第39話
ウスケシの安宿。
ゾエの開拓長官、シラタ伯爵が身分を偽り、マサヒデを飲み会に誘いに来た。
が、当然ながらクレール配下の忍には看破され、カオルにもバレてしまった。
結局、白状して飲み会の誘いとなったのだが、なんと海軍中将ナツキも来ると言う。
「分かりました。で、質問があります」
「む、何であろう」
「何故、クレールさんとイザベルさんに聞こえないようにと」
おほん、とシラタが咳払いして、ちらりとイザベルを見て、
「ファッテンベルク様は陸軍の出であるゆえ。まあ、昔から陸軍と海軍は、気が合わぬというか。しょっちゅう喧嘩になる所を見ておるから」
なるほど。確かに、イザベルもそういう節がある。
「分かりました。で、クレールさんは何故」
つ、とシラタが目を逸らす。
「その・・・あれだ、場所が相応しくないと言うか・・・うむ・・・」
もごもごとシラタが小さな声で答える。
「?」
また下を向いてしまったシラタを、皆が怪訝な顔で見る。
一体、クレールに何を聞かれたくなかったのか。
「・・・カヤノの店であるから・・・」
蚊の鳴くような声でシラタが白状すると、女性陣の顔が一気に不機嫌になった。
カヤノはいわゆる歓楽街で、女郎屋の並ぶ所である。
クレールが口を尖らせて、つーん! と俯くシラタを見る。
「ああら! そういう飲み会でございましたの?」
ぶんぶんとシラタが手を振る。
「ああ、いやいや! いかがわしい事は何も!」
「それで身をお隠しになって?」
「とんでもない!」
「・・・」
慌てふためくシラタを見るクレールの目は、何の感情もなく怖ろしい目だ。
カオルもイザベルも白けた目でシラタを見ている。
シズクだけは拗ねた顔。
飯もなく、酒も呑めないのか、とでも考えているのか。
「夫を疑う訳ではございませんけれども、マサヒデ様もお年頃。逆らい難い所はございましょう。お目付け役を同伴させても宜しいでしょうか」
「は! ご随意に!」
ふう、とマサヒデが溜め息をついて、頬杖をつく。
「私って信用されてないんですね」
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そして夕刻。
身を隠して行くという事で、当然ながら高い店ではなく、普段着で良いとの事。
マサヒデがうんざりした顔で部屋から出ると、アルマダもうんざりした顔で部屋から出て来た。
「お目付け役が私ですか」
「申し訳ありません・・・」
「クレール様の頼みでなければ、行きませんよ」
「すみません・・・」
マサヒデが縮こまってアルマダに頭を下げる。
「さっさと行って、さっさと帰ってきましょう。何杯か呑んで、酔っ払ったふりでもして下さい。私が送って行くと言って出ますから」
「はい・・・」
「行きましょう」
「はい・・・」
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カヤノはウスケシに隣接した町ではあるが、いわゆる歓楽街で、ウスケシの一地区と言っても良い。
日が沈みかかったカヤノの町は、提灯の灯りを受けた雪が美しく・・・
「ちっ」
アルマダがこれみよがしに舌打ちをする。
面倒な、という表情があからさまに見える。
「何でこんな雪の中を」
ぶつぶつと先程から文句ばかり。
「まあまあ」
「何がまあまあですか。全く、あなたは面倒ばかり引き寄せて・・・」
「仕方ないじゃないですか。ご自身が出向いてお誘いなんて、断れませんよ」
「なら、あなたも貴族になって下さいよ。近衛騎士にでもなったらどうです。陛下に希望を出せば、即日了承です」
「嫌ですよ」
「その我儘のせいで、私はここに来てるんです」
「はい・・・」
アルマダが溜め息をついて馬を止める。
「ここですか」
よしず、と書いてある看板。
いわゆる揚屋で、女郎などはおらず、客が希望した場合に他店から呼ぶ。
酒と料理だけであれば、それほど高い店ではない。
と言っても、勿論、平民には結構な値段だ。
歓楽街の料理屋、と言った所だが、太夫なども呼ぶ事もあるから、店は綺麗だ。
「さっさと済ませましょう」
馬を下り、繋ぎ場につないで、アルマダががらりと店の戸を開ける。
「ほう」
小さく声を上げる。
泊まっている安宿の酒場と大して変わらないと思っていたが、しっかりしている。賑やかではあるが騒がしくはなく、客も身なりの良い者がちらほら見える。格を感じる店だ。良い服を着ているアルマダも、それらの客と大して変わらない。
アルマダがコートを脱いで脇に抱えると、店員が出て来てカウンターに入り、
「いらっしゃいませ」
と、頭を下げる。
アルマダも軽く頭を下げ、
「シラタ家の用人、チュウベエさんは来ていますか。誘いを受けて参りました」
「ああ、チュウベエさんの。もう来ておられます。ご案内致します」
店員が人を呼ぶと、女中が出て来た。
「2階のチュウベエさんのお部屋に。ご予約の2人だよ」
「はい。ではこちらへ」
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「失礼致しますー」
女中が声を掛け、さらりと襖を開き、
「チュウベエさん、お客様をお連れしました」
「おお、来たか! ささ、入ってもらって!」
シラタの嬉しそうな声が廊下のマサヒデに聞こえる。
「はい。では、お入り下さいませ」
「失礼致します」
「うっ」
チュウベエと名乗るシラタ伯爵が、身を固めた。
アルマダ=ハワード・・・この国一の貴族、ハワード公爵家の三男坊。
先程までの不機嫌な顔は何処へやら、アルマダは爽やかな笑みを浮かべ、
「はじめまして。マサヒデさんにお目付け役でついてきました」
「や、それは、どうも・・・」
アルマダは女中にコートを渡し、すたすたとシラタの前に歩き、
「座っても?」
「どうぞ・・・」
「では失礼して」
続いてマサヒデも入って来て、刀を帯から抜き、右手に置いて座り、
「本日はお誘いありがとうございます。マサヒデ=トミヤスです」
と、シラタに頭を下げる。
シラタの隣の顎髭を蓄えた男が、海軍中将のナツキか。
マサヒデを見て、にこやかな顔で頭を下げる。
マサヒデの名を聞いて、女中の方は、あっと顔を上げた。
アルマダは驚いた女中の方を向き、
「とりあえず、酒を頼みます」
「あっ! はい! 少々お待ち下さい!」
さ、と襖を閉め、女中が下がって行くと、アルマダが2人に頭を下げた。
「改めまして、本日はお誘いを感謝致します。アルマダ=ハワードと申します」
はっ! とナツキも顔色を変えた。
まさかお目付け役に、ハワード家の者が来るとは思っていなかったのだろう。
慌てて頭を下げ、
「海軍中将、ヨシタケ=ナツキであります」
シラタも続いて頭を下げる。
「改めまして、ゾエ開拓長官、リュウセイ=シラタです」
アルマダが頭を上げて、シラタとナツキを見る。
「さて、ナツキ中将。この場では何とお呼びしたら良いでしょうか」
「ナベジロウと」
「分かりました。マサヒデさん、覚えましたか?」
「覚えましたよ。チュウベエさん、ナベジロウさん」
「うっかりナツキ様とか中将とか呼ばないように」
「分かってます」
アルマダが頷く。
「では、本日はプライベートな飲み会という事で。私もハワード家の者ではない、ただの若造です」
「は」「恐れ入ります」
シラタとナツキが頭を上げると、アルマダがにっこり笑った。
2人は完全に手球に取られている。
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しばらくして酒を持って来た女中に、シラタがにこやかな顔で、
「お女中、この2人はゾエは初めてなんだ。ゾエの自慢、海の幸で見繕ってくれるかい。見ての通りの若者、がっつりしたのを頼むよ」
「はい、あの、トミヤス様」
ん、とマサヒデが顔を向ける。
「はい?」
「勇者祭のトミヤス様でございますか?」
「ええ。多分、そのトミヤスだと思いますが」
「わあ! やっぱり! ではでは、そちらのお方は、もしかして」
アルマダが爽やかに笑う。
「ええ。多分、そのアルマダ=ハワードですよ」
「うわあ・・・」
女中が目を輝かせてアルマダを見つめ、は! として、
「あの、厨房の者に伝えてきます! うちでご満足頂けるか分かりませんが、精一杯の物を運んで参ります!」
アルマダが女中を見て苦笑する。
「大丈夫ですよ。旅の最中は乾パンと干し肉生活。蛇なんかも食べてたりするんですから」
「蛇!?」
「ええ。ですから、ちゃんとしたお店で食べられるだけで、ありがたいんです」
「では、余計に腕を振るわないと! 美味しい物をご馳走しますから!」
そう言って、女中はぱたぱたと部屋を出て行った。
「やれやれ・・・」
そう言って、アルマダはとくとくとお猪口に酒を注ぎ、
「では皆様、まずは乾杯をしましょう」
「む、そうですな」
シラタとナツキも酒を注ぐ。
マサヒデも嫌だなあ、と思いながら酒を注ぐ。
「では、この美しいゾエに乾杯」
「乾杯」
ぐぐ、と皆が酒を飲み干し、たん! とお猪口を置く。
ふはっ! と苦い顔をしたマサヒデを見て、アルマダが笑う。
「ははは! マサヒデさんは、まだ酒には慣れませんか!」
「いやあ・・・」
マサヒデが苦笑いで頭に手を置くと、シラタもナツキもにっこり笑った。




