第38話
ウスケシの安宿。
雪も降っているので、マサヒデ達は宿の中―――
「違う」
「・・・」
マサヒデとカオルは狭い部屋の中で居合の練習中。
カオルの抜いた刀が、マサヒデの刀の柄で止められている。
「やはりカオルさんはせっかちですね」
「は・・・」
「もう一度」
じりじりとした時間が過ぎていく・・・
----------
宿の1階の酒場では、クレール、シズクが男と向かい合っていた。
暖炉前の丸テーブルの横にはイザベルが立ち、周りに鋭い目を配らせている。
「貴方様は何者で、マサヒデ様に何用でしょうか」
男がきょろきょろと店を見回す。
「あの、トミヤス殿は?」
「稽古中ですので、私がお聞き致します。それで、貴方様は」
クレールの冷ややかな言葉に、は、と男が頭を下げる。
「私、シラタ家用人のチュウベエと申します」
「シラタ家のチュウベエ様ですね。シラタ家とは、開拓長官のシラタ伯爵で、そのご家中ということでしょうか」
「はい」
「で、マサヒデ様に御用とは」
「はあ、それが、何とも申し上げにくいのですが」
「厄介事ですか?」
「いえ。トミヤス殿を見て参れと」
シズクが怪訝な顔で腕を組む。
「はあ?」
「ただ見てこい、と言われただけで、私も何とも・・・」
クレールも不審な目でチュウベエを見る。
「人となりを見極めてこいと? それとも、何か心配事でも?」
チュウベエも困った顔で、腕を組んで、首を傾げる。
「さあ・・・ただ見てこい、だけで、私もそれだけで良いのか、とシラタ様には確かめたのですが、それで良いと。というわけで、ここに来たのですが」
「お会いになれなかったとしましたら?」
「それも別に構わぬと・・・私もトミヤス殿に会えたとして、どうしたら良いのか良く分からず、行けとは言われましたが、言うなれば用もなく来たようなものですので、少々困っておりまして」
「ふむ」
そこに女中が来て、皆の前に茶を並べていく。
「はーい。伝票でーす」
そう言って、クレールの前にさっと伝票を差し出す。
これはクレール配下の忍。
伝票を取って、うん、と小さく頷き、ポケットに入れる。
チュウベエが手を差し出し、
「あ、私めが」
「構いませんよ。それより、何ともお困りのようですし、マサヒデ様を呼んで参りましょう」
「クレール様、良いの?」
これまで色々とあり、シズクも知らない政治家、貴族となると、警戒してしまう。
首都ウキョウでは、暗殺者が送られた事もあったのだ。
「大丈夫ですよ。稽古中なので、お着替えに少し時間がかかりますけれど」
クレールが席を立って、テーブルの前のイザベルに伝票を差し出す。
「イザベルさん、伝票を預かって下さい」
「は」
イザベルが伝票を見ると、小さな字が書いてある。
クレールを見ると、後ろのチュウベエにちらりと目を向ける。
(おやおや)
伝票を見て、一瞬だけ口の端を小さく上げ、すぐ無表情に戻り、すっと伝票を受け取って、畳んでポケットにしまった。
----------
しばらくして、マサヒデとカオルがクレールに連れられて2階から下りて来た。
階段の途中で、カオルがぴたりと足を止める。
「ご主人様」
「ん」
マサヒデも足を止め、後ろのカオルを見上げる。
そのマサヒデの前で、クレールも振り向いて、カオルにぶんぶん手を振り、口に指を当てる。
「ん・・・あ、いえ。気のせいでしょう」
「む。気のせい、ですか。そういうのが一番危ないですよ。ここにも勇者祭の参加者はいる。目よりも勘を信じた方が良いでしょう。警戒して下さい」
「は」
カオルはしれっと頭を下げ、クレールとマサヒデに付いていく。
先頭のクレールがにやりと笑った。
----------
テーブルにマサヒデが座り、後ろにカオルとシズクが立つ。
「シラタ様の用人の、チュウベエさん?」
「はい」
「話は聞きました。用もないのに、ただ見てこいと言われ、困っておられる」
「はい」
「で・・・どうします? ここにトミヤスがおりますが」
「・・・どう致しましょう?」
「・・・」
「・・・」
何とも言えない、不思議な沈黙。
チュウベエが品書きを取って、
「あ、何かお食べには。私めが」
「私は白湯で結構です」
「あ、では」
ぱらぱらとチョウベエが品書きをめくり、酒の所を開いて、女中を呼ぼうと手を上げようとした時、マサヒデの後ろのカオルがひらひらと封書を振って見せた。
チョウベエに見えるよう、封書の後ろの署名に指を差す。
『ショウゴ=キノト』
ぎょ、とチュウベエが目を見開き、咳払いして、
「ん、おほん・・・ではー・・・茶とまんじゅうにします」
マサヒデが怪訝な顔でチョウベエを見る。
「どうされました?」
ん、ん、とチュウベエが咳払いして、
「あ、いや。何の用もなく訪ねて来たのに、明るいうちから酒を呑んで帰るのも、ちとバツが悪いなと思いまして」
「はあ・・・そうですか」
「お女中!」
「はーい!」
注文を取って、女中が下がって行く。
す、とカオルが前に出て、
「マサヒデ様。キノト侯爵より預かりました紹介状がございます。ついでに持って行って頂いては」
「ああ、そうでしたね」
「シラタ様の御用人と聞きまして、持って参りました」
す、とカオルがキノトの紹介状を差し出し、チュウベエを見る。
「時にチュウベエ殿。シラタ様とはいかなお方でしょう? 私共、名前しか聞いておりませぬが」
チュウベエが額に懐紙をぺたぺた当てて、
「まあ、よくやっておられるかと・・・」
「そうそう。キノト侯爵からお聞きした事がありました。随分とお酒を召されるとか?」
「はあ、まあ・・・最近は、仕事に差し支えぬよう、普段から禁酒を」
「屋敷の中では? 仕事場では? 外では如何でしょうか?」
「・・・」
にやりとカオルが笑う。
「名乗りが遅くなりまして、大変失礼を致しました。はじめまして『シラタ様』。私、マサヒデ=トミヤス様内弟子、カオル=サダマキと申します」
「えっ!?」「はっ!?」
マサヒデとシズクが声を上げ、チュウベエ改めシラタ伯爵が気不味い顔で横を向く。
「・・・」
ぷ、とクレールが小さく吹き出し、口に手を当てる。
「うふふ。シラタ伯爵、改めまして。私、クレール=フォン=レイシクランと申します」
はは、と笑って、シラタが額にぺちんと手を当てた。
「いやあ、参った。バレておりましたか」
「はい」
クレールがにっこり笑い、カオルとイザベルもにやりと笑った。
「それで、シラタ様。本日の御用は?」
「ひとつは詫び」
「詫び?」
意外な返答に、皆が顔を見合わせる。
シラタや、シラタ周りの者が、マサヒデ達に何かしただろうか?
「まあ、打ち解けてきて参りました所で、それとなくご様子を見ながら、許して頂けそうなら、実は私がシラタであります、と言うつもりでした」
マサヒデが慌てて手を振る。
「ちょっと待って下さい。何の詫びでしょう? 私達が何かうっかりしたと言うならともかく、シラタ様にお詫びを頂く覚えはございませんが」
シラタが首を振って、
「いや! いやいや、トミヤス殿。先日、手紙が届いてはおりませんか。ナガタニとの立ち会いをと」
「あ、ああ! あれですか!」
何の理由もなく、一剣流ゾエ派トワダ道場の高弟、ナガタニと立ち会えという手紙。
「申し訳ない!」
ばん! とシラタがテーブルに手をついて、額をごつんと付ける。
「すまなんだ! どうしてもと道楽貴族共にせがまれ、断り切れずに手紙だけは出すと! 申し訳ない! 断ってくれて、感謝を致します!」
「ああ、いやいや! お陰で、トワダ道場にも伝手も出来ましたし、ナガタニさん、トワダ先生にも、お会いする事が出来ましたから」
シラタが頭を上げ、マサヒデを見て、もう一度頭を下げる。
「そう言ってくれるとありがたい」
「シラタ様、感謝するのはこちらです。それで、まだあるんですか?」
「うむ。実は・・・うむ・・・」
シラタが口を濁したが、意を決したように顔を上げた。
「もはや白状しよう。奥方様と、ファッテンベルク様の前では言わぬつもりであったのだが」
「何か問題でも」
「ううむ・・・実は、飲み会でもと・・・ただの用人、平民であれば、トミヤス殿も来やすいであろうと考えて・・・パーティー嫌いと聞いておったから」
「飲み会」
ぴーん、と皆の頭に警戒音。
シラタは酷い酒乱で、酔っ払って刀を抜いたり、銃を撃ったり、大砲まで撃ってしまったとか・・・
「ううむ、お誘いはありがたいのですが、私、酒は全くで。食事会であれば」
「お待ち下さい」
カオルがキノトからの招待状を指差す。
シラタはパーティーで酔っ払って暴れていた所をキノトに押さえられ、簀巻きにされた挙げ句、家まで運ばれたという過去があり、以来、キノトの名を聞くと、酒の席でも大人しくなるとか。
「酒も結構ですが、キノト侯爵からは十分に注意されております。場合によっては取り押さえても良いとも」
「・・・」
自分の酒乱癖を自覚はしているのか、シラタが渋い顔で頷く。
「それで宜しければ、お誘いをお受け致しましょう。マサヒデ様、如何でしょう」
「え!? ううむ・・・まあ、はい・・・」
平民であるゆえ、貴族の身を明かしたシラタが足を運んで自らの誘いとなれば、余程の理由がなければ断れない。そして、今の所、余程の理由はない。
「いや、耳が痛い。自分でも分かってはおるのだが。実は、既にもう1人を誘っておって」
「もう1人ですか?」
「私の親友だ。これも、身分を隠して平民でという事で呼んだ」
貴族か・・・
マサヒデは渋い顔をしそうになったが、流石に本人を目の前にしている。
「どなたでしょう」
「ナツキという・・・海軍中将のヨシタケ=ナツキだ」
「海軍の、中将ですか・・・」
これには皆も驚いた。ゾエ開拓長官と海軍中将との、プライベートな飲み会とは。




