第35話
ウスケシの安宿。
キタジョウも帰り、客も帰って行き、1階にはマサヒデ達が残っているだけだ。
「ご主人様、あのキタジョウなる同心ですが」
マサヒデが頷き、
「ええ。私も勘で分かりました。あの方がマチダ殿を手助けしていたんですね」
アルマダとイザベルも無言で頷く。
証拠はないが、間違いないと思う。
マサヒデは目を細めて顎に手を当て、
「厄介事を引き受けてくれるかって、そういう意味で言ったんでしょうか」
いや、とアルマダが首を振る。
「違うでしょう。私達がここには旅の途中で寄っただけとは、当然知っていますよ。キタジョウさんが新しい天虎をと誘うなら、サカバヤシ様やナガタニさんか」
「ううむ」
「まあ、それでも自分から誘いに行く事はないでしょう。それに」
アルマダが指を立て、
「マサヒデさん、言いましたよね。見ざる、言わざる、聞かざる。それが良い。勘付いた所は見せないようにしましょう。言葉の端々にも見えましたが、おそらく、キタジョウさんは勘付いて欲しくて遅くまで居たんです」
「ふむ」
「勘付いたと見せなければ、もう声を掛けてくる事はないでしょう。私達には、ここで正義の味方をしている時間はありませんし・・・」
カオルが首を傾げる。
「何故、勘付いてほしかったのでしょう?」
アルマダも腕を組む。
「さ・・・我々を引き込む事は出来ないと分かっていたと思いますが」
マサヒデが首を振る。
「待って下さい。それ、違うんじゃないですか?」
「違う? 違うとはどういう意味でしょう?」
「キタジョウさんがマチダ殿の黒幕みたいに考えてませんか? 私もそうでしたけど」
「・・・」「・・・」「・・・」
「逆でしょう。マチダ殿がキタジョウさんに助けを求めたのでは? キタジョウさんは、私の事は探らないで、という感じで、我々にそれとなく、こう・・・あれですよ。自白をしにきたみたいな感じでは」
「なるほど。そうかもしれませんね」
アルマダ達が頷く。
「見ざる、言わざる、聞かざる。キタジョウさんの事は黙っていましょう。探ればすぐに分かりますし、必要があればで」
「そうですね。放っておきますか」
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翌日。
マサヒデはマチダの様子を見に行こうかと思ったが、先に材木問屋のウノ屋を先に見に行こうと考えた。マチダの娘、ヨネの奉公先だ。
今日は馬の後ろにクレールを乗せ、イザベルを連れての3人。
クレールはさぞ喜ぶだろうと思ったが・・・
「さーむいですうー!」
風が吹くたびに声を上げ、マサヒデにしがみつく。
「いつも馬車の中ですからね」
「風が当たりますう」
「黒嵐は背が高いですから」
「いつもこんな寒い馬に乗ってるんですか?」
ふ、とマサヒデが失笑して、
「寒い馬って何です」
ぽんぽん、と黒嵐の首を軽く叩く。
「黒嵐はそんな馬ではありませんよ。大体、私達の中で一番暖かそうな格好しているじゃないですか」
「それでも寒いです」
ひゅ、と小さく風が吹く。
「ひえー!」
「何ですか」
「風が!」
後ろでイザベルがにやにやとマサヒデとクレールを見ている。
「顔がしもやけになりそうです!」
「・・・仕方ないですね・・・」
後ろを向いてイザベルに合図して、道の脇に一旦馬を止めて下り、
「じゃあ、もう少し着て下さい」
黒嵐の鞍袋から、ラディのコートを引っ張り出して、クレールに被せる。
クレールの物と同じデザインのもこもこのコートだが、サイズが大きいので、小さなクレールなら重ねて着れるはず。
「・・・それ、血が付いてるって」
マサヒデはこのコートをラディから借りて、立ち回りをしてしまった。ばっちり血が染み込んでしまい、ラディがご立腹なので、洗濯屋に出しに行くのだ。
「ええ。洗濯屋に出しに行きますが、後にしましょう。さあ」
ばさりと広げると、ばっちり血が。
「・・・我慢します」
イザベルが進み出てきて、
「クレール様。そのコートの上からでは少々きついかもしれませんが、私のコートで宜しければ」
と、イザベルが革のコートを差し出す。
「・・・」
革のコートだが、自分にはあまりに似合わない。デザインが正反対だ。
しかも長いロングコートなので、クレールの背丈では引きずって歩くことになる。
「イザベルさん、ありがとうございます。でも、我慢します。私も慣れませんと」
「流石はクレール様です」
それからウノ屋まで、クレールは風が吹くたびに肩を竦めながらも、我慢して黙っていた。
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マサヒデはウノ屋の前で馬を止めて、しばらく眺めていた後、
「ふうん」
と小さく声を出し、くるりと馬首を返してしまった。
後ろに乗っていたクレールが、マサヒデの服をちょいちょいと引っ張る。
「もう良いんですか?」
「はい」
「お店には入らなくても良いんですか?」
「はい」
下男が店先を掃除しており、特に騒ぎになっているでもなく、店はいつも通りという感じだ。
「店も落ち着いています。材木問屋で、私達が買い物する事はありませんし」
「娘さんは」
「多分、今日はマチダ殿の所におられるでしょう。連絡は入っているはず。わざわざ入って尋ねる事もないと思います」
イザベルも頷く。
「クレール様、私もそう思います。娘御の事を尋ねれば、どういう関係かと確認されます。大っぴらに野盗を斬り殺した者ですとは言い辛いです。我らの名を出して尋ねる事は出来ますが、どちらにしても、娘御が胡乱な目で見られましょう」
「む・・・」
「参りましょう。マサヒデ様、何か土産を買って行きますか?」
「土産ですか・・・何が良いかな」
クレールが嬉しそうに声を上げる。
「それなら船に戻って、焼き芋を作って持って行きましょう!」
「は? 焼き芋ですか?」
マサヒデが怪訝な声を返したが、クレールが嬉しそうに頷き、
「はい。ゾエは芋が少ないので、焼き芋は滅多にない貴重な食べ物なんですよ。船には芋はたくさんありますから」
「へえ! 知りませんでしたよ。では、港に行きますか。船、久し振りですね」
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久し振りに船に戻ったが、落ち着く事もなくすぐに出て来た。
マサヒデの後ろのクレールが懐に焼き芋を入れ、湯たんぽ代わりにしている。
「はー! 温かいです! このくらいで丁度良いですね」
マサヒデの背中にも、焼き芋の温かさが伝わってくる。
「うん。温かいですよ。そうそう、町を出たら建物がないので、風が強くなって吹きさらしでもっと寒くなりますから」
「ええーっ!」
「我慢するんですよね」
「・・・」
「慣れるんですよね」
「もう!」
「ははは!」
ぽっくりぽっくりと馬を進めながら、他愛もない話で気分を紛らわせる。
イザベルも2人の会話を聞き、くすっと笑った。
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セキト村では、つい昨日に事件があったと知れ、マチダのボロ家は村人が遠巻きに囲まれていたが、皆、マチダの迷惑になると囲んでいるだけで、静かであった。
マサヒデ達が馬で近付いて行くと「あっ」と声が上がり、村人の1人が近寄って来た。
「あんたはこないだ来た」
「はい」
「マチダ先生、助けてくれたんだな」
「恥ずかしながら」
「ありがてえ。感謝致します」
と、深々と頭を下げた。
後ろに並ぶ村人達も、頭を下げたり手を合わせたり・・・
「皆さん、おやめ下さい。それより、今、マチダ先生はお休みに?」
「へい。今朝方、おヨネちゃんが戻って来て」
「そうですか。では、私達もすぐに帰りましょう」
そう言って馬を下り、ゆっくり歩いて行き、玄関を開ける。
「すみません」
控え目に声を掛けると、すぐに若い娘が出て来た。
マサヒデは頭を下げ、
「トミヤスと申します」
あっと娘が驚いた声を上げる。
「もしかして、父を・・・」
「余計なお世話だったかもしれませんが」
「そんな」
マサヒデは手を前に出して、言い出そうとしたヨネを止めて、
「マチダ殿にご迷惑なので、すぐ帰りますから。クレールさん」
「はい」
クレールが出した焼き芋の袋を受け取り、ヨネに渡す。
「温かいうちに。それでは」
と、頭を下げた。
「あの」
引き留めようとするヨネに、
「もう帰ります。マチダ殿には、あなたから宜しくお伝え下さい」
半ば強引に土産を押し付けたような感じになったが、これで良い、とマサヒデは玄関を閉めようとした。
「トミヤス殿」
奥から静かな声。
は、とヨネが中に振り向いた。
戸に手をかけていたマサヒデの手も止まった。




