第34話
ウスケシの安宿。
マサヒデ、アルマダ、イザベルが席に着くと、カオルが同心を連れて来た。
同心が3人を1人ずつ指差し、
「トミヤスさん、ハワードさん、ファッテンベルクさん」
「そうです」
「はい」
「いかにも」
頷いて、同心が頭を下げる。
「申し遅れましたが、ウスケシ北町奉行所同心のキタジョウです。じゃ、軽くですから。まんま答えて下さい。まず、マチダ先生の事は、イン道場からの帰りに、通りで会った医者に聞いた。聞いたのはトミヤスさん」
「はい」
「その医者の人相風体、覚えてますかい」
「結構な年齢で・・・」
と、質問と回答が続く。
ほとんどは頷くだけ。
「で、トミヤスさんとハワードさんはマチダ先生の所に残り、ファッテンベルクさんと、そっちのサダマキさんで逃げたのを追ったと」
3人が頷くと、うんうん、とキタジョウが頷き、
「不審があります。庭に転がってた奴に、横っ腹をぶった切られてるのがあった。鎧ごと、すっぱりと綺麗に斬られてた。あれはトミヤスさんだ、とサダマキさんは言ってますが」
キタジョウがカオルを指差す。
マサヒデが頷き、
「私です。トミヤス流に『金切り』という技術があります。刀で鎧を斬る」
「ほう。ちと御刀を見せて頂いても」
「構いません」
マサヒデが雲切丸を差し出すと、キタジョウがおお、と小さく声を上げる。
「こりゃまた驚いた。手のかかった拵えじゃありませんか」
「そこそこです」
青貝の鞘に、鍍金(金メッキ)の金具。ただの浪人が持てる物ではないと一目で分かる拵え。中身も勿論普通ではないが、限られた者しか知らない。
鬼を斬ったという逸話のある国宝、酒天切コウアンの兄弟刀なのだ・・・
「そこそこって感じじゃありませんがね」
言いながらキタジョウが雲切丸を取り、軽く抜く。
「おっ!? と・・・こいつぁ!?」
「何か」
鍔元2寸だけは窓開け(一部だけ研ぎを仕上げてある所)されていて、恐ろしく輝いている。キタジョウはそこを見て驚いたのだ。そこから先は寝刃研ぎで、曇っている。
長く所在が不明で、いつしか刀剣年鑑から消えた名刀、号・雲切丸。
雲の切れ目から差す日差しのような輝きであると、雲切丸と名がついた。
驚くのも当然。
「・・・なあるほど。ここは研師が研いじゃったって感じですか」
「ええ。寝刃研ぎで注文を出したのですが、年代物なので、どうしても見たいと」
「でしょうなあ・・・んー・・・」
同心が目を細めて雲切丸を見て、切先の方に目を近付ける。
「ここで斬ったー・・・わ、け、だ・・・が・・・」
首を傾げてから納め、マサヒデに返し、腕を組む。
「欠けも曲がりも見えませんが、本当にこれで斬ったんですかい」
「ええ」
「失礼を承知で言いますがね。私もトミヤスさんの名は聞いてますが、刀ですっぱり鎧ごとなんて、ちょっと信じられません。ここで見せてもらえますかい」
「構いませんよ。で、何を斬れば」
「ううむ」
キタジョウが唸りながら十手を帯から引き抜き、
「こりゃあちょいとな・・・ああ、ちとお待ち下さい」
上着を脱いで、袖をはだけて、着込み(鎖帷子)の腕部分を外し、2つに折ってくるくると回し、棒状にして、
「これで良いですかね」
「ヒケ瑕がちょっと心配ですが、大丈夫だと思います」
キタジョウが立ち上がると、マサヒデも立ち上がり、すらりと抜いて切先を指差し、
「では、この辺で斬りますよ」
「物打ちじゃないんで」
「据物切りとは違いますよ。人を斬るのは切先で十分です」
ぱきん! と音がして、キタジョウの手の丸めた着込みが真っ二つ。
左右の手の固く丸めた着込みを見て、キタジョウが驚きの声を上げる。
「・・・とおー・・・いや、参ったぜ・・・」
そのまま懐に入れようとしたので、マサヒデが慌てて止め、
「あ、駄目です!」
「えっ」
「斬れた鎖が引っ掛かってしまいますよ。服に絡みつくと、破れたりしますから」
「あ、そうか、すまねえ」
マサヒデは雲切丸を納めて、キタジョウの斬れた着込みを指差し、
「ところで、その着込みの弁償って、しなくても良いですよね」
「はっ・・・? ははははは!」
キタジョウがげらげら笑い出し、マサヒデ達も笑った。
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聴取が終わり、キタジョウはそのままマサヒデ達と夕餉を食べていく事になった。
キタジョウは、もう日も沈んだから営業時間外だ、と酒も呑んでいる。
「キタジョウさんを見ていると、ハチさんを思い出しますよ」
「ハチ? 誰です」
「オリネオという町でお世話になった同心さんです」
「へーえ」
「幽霊屋敷の立ち会いって、こっちでも噂は流れてますかね」
「ああ勿論」
「あの時、そのハチさんも見届けとしてついて来たんです」
くす、とアルマダが笑う。
「そう言えば、その幽霊屋敷に踏み込んでくれと泣きついて来たのも、ハチさんでしたね」
「ああ、そうでしたね」
おや、とキタジョウが口に運んでいたお猪口を止め、
「何でまた。ありゃあ勇者祭のお相手って聞きましたが」
マサヒデが相談に来たハチを思い出しながら話す。
「何も悪さを働いてはいないから、奉行所では踏み込む事が出来ないが、周りの人達が怖がっているから、何とか出来ないかと相談に来たんです。同じ勇者祭の相手、私なら斬っても罪にはなりませんからと」
キタジョウがぐいっとお猪口を空けて、たん! と置き、笑い声を上げた。
「ははは! そのハチって奴もワルですねえ! 危ねえ事はトミヤスさん任せですか」
いやいや、とマサヒデは手を振り、
「そんな方ではありませんよ。実際、真剣持った人達が目の前にいる所で、すぐ近くで見てたんです。私達が斬られていたら、ハチさんも危なかったんですから、十分に危険な橋を渡ってます」
「ふうん。肝っ玉はちゃんとしてるって感じので」
「ええ。オリネオの奉行所でも腕利きですよ」
酒を注ごうとしたキタジョウが、あっと声を上げ、徳利を置いた。
「そうだ! そうだオリネオ! どっかで聞いた覚えがあると思った! あそこは今、鬼のノブタメがいる所だ!」
「そうです」
「えやあ、鬼のノブタメの配下となりゃ、そりゃあ肝も据わってるはずだあなあ」
ううむ、と唸り、キタジョウが徳利を取り、酒を注ぐ。
「じゃ、私も何か厄介事があったら、引き受けてもらえますかい」
「事によります」
「ま、そりゃそうですわな。ところで、カヤノにはもう行かれましたかい?」
「カヤノ? いや、知りませんが、ここらで有名な道場でもあるんですか?」
ちら、とカオルがキタジョウを見る。
キタジョウはその一瞬の視線を捉えて、カオルに笑顔を向け、
「おう、内弟子さんとしちゃあ、若い師匠に悪い遊びは覚えさせたくないと」
「いえ。ああいった所には厄介事がつきもので。オリネオにも有名な遊郭がございまして」
「何かありました、とか」
「左様です」
いやあ、とキタジョウがにやにや笑いながら腕を組む。
「しかしまあ、ゾエに来てカヤノに行かねえって手はねえなあ」
は、とアルマダが呆れ笑いで手を振り、
「我々は興味ありませんよ。それに、マサヒデさんは腕利き魔術師の妻を連れて来ているんです。行けると思います? バレたら消し炭ですよ」
「ははは!」
はたとマサヒデが膝を叩く。
「さっき、カオルさんが遊郭って言いましたね。そのカヤノというのは、歓楽街?」
ぐっとキタジョウが前に乗り出す。
「そうですとも! ご興味が湧きましたかい」
「いえ。全く」
あら、とキタジョウが首を落とす。
「は。全く色気のねえ・・・」
がっかりしたキタジョウの肩に、イザベルが手を置く。
「マサヒデ様の周りは、色気は十分に間に合っておる。歓楽街で金を落とす事はないぞ」
みし。
「いで!?」
ぎょっとしてキタジョウが肩を竦めようとして、がっちり止められ、ぐらっとお猪口が揺れて酒が飛び出る。
「魔の国一の公爵家、レイシクラン家」
みしし!
「いだだだ!」
「魔王軍騎馬隊大将を務めるファッテンベルク家」
くすくすとアルマダとカオルが笑う。
「この2家の女では不足に見えるのか」
「いやいやいやいや!」
「ならば良い」
すっとイザベルが手を引くと、キタジョウが肩を押さえながら、
「ああもう・・・あんた、貴族って、軍の大将の家か」
「そうだ。我も元軍人である」
は、とキタジョウが息をつく。
「色気ねえなあ」
「何!?」
がん! とイザベルがテーブルにグラスを叩き付け、キタジョウに顔を向ける。
マサヒデが苦笑して、
「イザベルさん。あなた、お父上にも同じ事を言われていたのでは」
ぐ、とイザベルが言葉に詰まると、皆がげらげら笑い出した。
マサヒデもにこにこしながら、
「キタジョウさんは、レイシクランやファッテンベルクの名を聞いても驚きませんね」
「ああ・・・」
キタジョウがちろちろ、と酒を注ぎ、お猪口の半分程で空になった徳利を振って、
「あたしも元は貴族でねえ」
「元? 貴族?」
こん、と空になった徳利を置き、ひらひら手を振る。
「潰れたりしたわけじゃありませんよ。貴族生活が嫌で、家を逃げ出して来たクチで。まあ若い頃は貴族と聞いちゃあ、むかっときたもんですが、この歳になって落ち着いてきたら、何と言いますかね。良く均衡が取れてきたと言うか」
「均衡?」
「ああ、お貴族様! なんてへえこらもしねえし、てやんでえ平民が、なんて事もねえし。ワルはワル、良い奴は良い奴と落ち着いただけでさ」
そう言って徳利を上げて、
「おーい! 酒くれー!」
と声を上げると、すぐに女中が酒を持って来る。
受け取って酒を注ぎ足し、
「一応、わきまえちゃあいますよ。表じゃあ、ちゃんとした態度ってもんはとりますぜ。今はそんな場じゃねえでしょう」
「ええ」
「てわけで」
きん、とイザベルが叩き付けたグラスをお猪口をつつき、
「ファッテンベルク家に乾杯だ! ははは!」
マサヒデは、にこやかに笑いながらぐっと酒を飲み干したキタジョウを見て、あ、この人は良い人だな、と感じた。
イザベルも「ふん」と鼻を鳴らしてグラスを取り、ぐっと傾けた。
カオルもにこにこしながら2人を見ていたが、何とはなしに、この男がマチダに情報を流していた者だ、と確信していた。




