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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第33話


 安宿に戻る頃には、とっくに昼も過ぎていた。

 あっと暖炉の前のクレール達が、入って来たマサヒデ達を見る。


「マサヒデ様!」


 ぱたぱたとクレールが駆けて来て、マサヒデに跳びつき、


「ああ! 遅いので心配しておりました!」


 と、ぐいぐいと顔を押し付ける。


「大丈夫ですけど、徹夜したので疲れました。湯を借りたら寝かせてもらえますか」


 クレールが泣きそうな顔を上げたが、


「はい!」


 と返事を返してくれた。

 マサヒデはクレールの頭に手を置き、


「少し休んだら、何があったか話しますから。申し訳ありません」


「お休みになって下さい」


「すみません」



----------



 湯船に入ると、ぐっと疲れてきて、瞼が閉じそうになる。

 風呂のある宿で良かった・・・


「マサヒデさん」


「は。何でしょう」


 アルマダの声が掛かり、はっと顔を上げると、アルマダがにやにや笑っている。


「疲れたようですね」


「ええ。そりゃあ疲れましたよ」


 アルマダが真面目な顔になる。


「マサヒデさん。これは憶測なんですが」


「む。何でしょう」


「マチダ様に情報を提供していたのは、奉行所の者では」


「何故」


 ばしゃ、とアルマダが顔に湯をかけて、ばっと拭い、マサヒデに鋭い目を向ける。


「先程の同心。覚えてます? マチダ様の事を、先生と。マサヒデさんが剣客と知ると、ああ、それで来たのか、と」


「どういう事でしょう」


「マチダ様は、自分の事を隠していた・・・とまではいかなくとも、隠棲していたのでは? 村の者以外、マチダ様の事を知る者は少ないのでは?」


 マサヒデも顔に湯をかけ、少しあの同心の事を思い出す。


「いや。奉行所の皆さんは、マチダ殿の事を知っていてもおかしくないです。泥棒を捕まえたり、危険な動物や魔獣を退治したり。捕らえた泥棒は奉行所に突き出されるので、当然ながら誰が、とくる」


「ああ。確かに」


 それもそうだが・・・あの同心はそうだろうか。

 アルマダには、あの同心が情報提供をしていたとしか思えない。

 マサヒデが首をぐるぐる回す。


「確かに、悪党の情報を提供するには、同心ってぴったりですけど。悪党ってのは分かっているのに、捕まえられないとか、そういう感じの・・・は、ないか。ちゃんと証拠を集めていたんですから」


「ふむ」


「ここを詮索するのはやめましょう。マチダ殿も知られたくないみたいですし、厄介事になりかねない」


「そう・・・ですね。すっきりしませんが」


 アルマダはどうもここで落とせないようだが、マサヒデはこれ以上はやめた方が良いと思う。首を突っ込んでしまった以上、すっきりさせないと気が済まないのは分かるが。


「見ざる、言わざる、聞かざるでいきましょう。例え悪党とはいえ、マチダ殿が人斬りをしていたのは確か。襲われたでもなく、自ら斬りに行く。紛うことなき連続殺人犯です」


「それはそうですが」


「そうですよ。聞かずにおきましょう。マチダ殿にも、色々あるんです」


「色々? 他にも何か?」


「昔は、キホで道場を開いていたとか」


「ほう」


「道場を閉め、幼い娘を連れ、ゾエまで浪々の旅を・・・あれ?」


 はて、とマサヒデが首を傾げた。


「どうしました」


「奥方がいなかったですよね」


 アルマダが顎まで湯に沈む。


「そこではないですかね。道場を閉めた理由。何があったかまでは分かりませんけど、孫程の年齢の娘と、居ない奥方・・・まあ、単純に旅の途中でという事も考えられますけど」


「ううむ」


「下世話な話ですが、年若の奥方が道場の門弟と・・・などという所では? それは道場も閉めたくなりますよ」


「なりますかね?」


「マサヒデさん。あなた、マツ様やクレール様が門弟に寝取られでもしたら、どう思います」


「・・・」


 確かにそうだな、と頷くと、ざば、とアルマダが立ち上がる。


「では、私は先に上がりますよ。マサヒデさんも風呂で寝ないうちに」


「はい」


 湯船にもたれ掛かり、湯気で薄っすらと見える天井を見上げ、これまでのマチダの人生を思う。道場を閉め、娘を連れての旅。どのような人生であったろうか・・・



----------



 部屋に入ると、クレールが茶を飲んでいた。


「マサヒデ様」


 くす、とマサヒデが笑う。


「ふふ。下に居ても良かったのに」


「心配だったんです」


「すみませんでした」


「謝ってばっかり!」


 声を上げるクレールに、マサヒデは困ったような笑顔を向け、ベッドに座る。


「ではもう謝りません。おやすみなさい」


「もう!」


 ぷんぷんするクレールを置いて、ベッドに潜り込む。

 横になったマサヒデは目を閉じたが、クレールは出て行かず、視線を感じる。


「クレールさん。マチダ殿という方ですが」


「はい」


「キホからゾエまで、まだ幼かった娘さんと旅をしてきたそうです」


「はい」


「行く宛もなく、ここまで。大変だったでしょうね」


「はい」


「・・・寝ます」


「おやすみなさいませ」


 それから、目を閉じたマサヒデは、すぐに寝息を立て始めた。

 クレールは静かにカーテンを閉めて、静かに茶を飲む。

 マサヒデの言うマチダなる者とは、何者だろう。



----------



 夕方頃になって、マサヒデが起きて2階から1階の酒場を見下ろす。

 酒場では皆がクレールを囲んで、おお、と声を上げている。

 何事かと手すりから覗き込んで見ていると、おお! とまた声が上がった。


「ジャンプです!」


「すげえ!」


 木の人形がぐるぐる走り回り、クレールの手を飛び越えている。

 あれは首都でキョウイチから習った、陰陽術の練習だろう。(※首都編89話)


(楽しそうだな)


 何となく、下りるでもなく上から眺めていると、静かに宿の戸が開いた。

 笠を取ると、カオルの頭。

 そして後ろに先程の同心。

 窓の外は茜色で、もう日は沈みにかかっている。


(こんな時間までかかっていたのか)


 カオルは昨晩から寝ずに、同心に付き合っていたのだ・・・

 自分は疲れたと言って、クレールもぞんざいにして、ぐうすか寝ていた。

 申し訳ない気持ちになり、カオルに頭を下げて、もう一度階下を見渡す。

 アルマダもイザベルも居ない。2人も寝ているのか。


 起こそうかと思って部屋のドアに目を向けると、がちゃりとドアが開いた。


「あっ」


 イザベルかと思ったが、ラディだ。同じ部屋。

 ラディがマサヒデを見て、急にむっと不機嫌な顔になった。


(ラディさんも怒っているのか)


 と、小さく頭を下げると、ラディは静かにドアを閉めて、マサヒデの前に歩いて来て、


「マサヒデさん」


「心配をかけて、申し訳ありません」


 少しラディの顔が和らいだが、むっすりと眉に険が寄っている。


「あの、何か・・・」


「コートに血が」


「あっ!」


 ラディから借りたもこもこのコートを着て、立ち回りをしたのだった! すっかり忘れて、朝までばっちり染み込ませてしまったではないか!


「あれは取るのが大変です」


「はい。すみませんでした」


「あのコートは気に入っています」


「はい」


 小さくなってマサヒデが頭を下げていると、がちゃっとドアが開き、


「どうした、ラディ」


 と、つなぎを着たイザベルが眠い顔を出し、マサヒデとラディを見る。


「あのコートは気に入っています」


「それがどうかしたのか」


「ばっちり血が染み込んでいます」


「ふっ」


 イザベルが鼻で笑うと、む! とラディが振り返ってイザベルを睨み、


「借り物を血で汚して返すのはどうですか?」


「まあな。それはそうだが」


 イザベルはまだにやにやしている。


「何がおかしいのですか」


「あんなもこもこしたコートをお気に入りとはな。お前のイメージが崩れるな」


 ぴくぴくとラディが震え、拳を握ったが、


「あ、あ、イザベルさん。今、起こそうと思ってました。同心の方が来られてます。ほら、ね?」


 と、マサヒデが作り笑いの顔で階下を指差す。


「ほら、お調べがありますから。行きましょう」


「は!」


 イザベルが廊下に出て、ぴしりと頭を下げる。


「先に下に行って下さい。私、アルマダさん起こしてきますから」


「は!」


「じゃあ、ラディさん、また後で・・・ごめんなさい」


「・・・」


 ラディはぎろりとマサヒデを睨み、ぱたんとドアを閉めて部屋に入ってしまった。

 イザベルもマサヒデの横を通り過ぎ、1階の酒場に下りて行く。


(イザベルさん、しれっとした顔で)


 全く! と顔をしかめ、アルマダの部屋のドアをノックする。


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