第36話
セキト村のボロ家、マチダ宅。
去ろうとした所で、小さくマチダの声がして、マサヒデ達は中へ上がった。
静かに中に上がって行くと、マチダが目を覚ましていて、布団の中からマサヒデを見上げた。
「トミヤス殿」
マサヒデは頭を下げ、マチダの枕元に静かに座った。
クレールとイザベルも上がってきて、マサヒデの横に並んで座る。
「お加減は」
マチダが笑顔を向け、
「いや、随分前から全く良くはありませぬ」
笑えない皮肉だ。
はあ、とマチダが息をつく。
「暴れ過ぎた。少ない寿命を縮めてしまい申した」
けほ、と小さく咳をして、
「ヨネ。頼む」
ヨネに手を貸してもらい、マチダが身体を起こし、
「先日は失礼致しました」
と、マサヒデに頭を下げた。
「剣聖のご子息とは露知らず。この世間知らずをお許し願い申す」
「いえ。ただの息子です。私自身は剣聖でも何でもない、ただの浪人者。私は偉くも何ともないですから」
「ふ、ふふ」
力のない笑みで、マチダが笑う。
「私も浪人者でありますゆえ・・・ふふ。良い機会。もはや先はありますまい。話しておきまする。ヨネ。お前もしかと聞け」
「はい」
「私が、天虎であり申した。人斬りをしておりました」
え! とヨネが驚き、口に手を当てる。
「もはや天虎の仕事は出来ぬと、しばらく前から大人しくしておりましたが・・・」
「何故、そのような事を」
マチダがちらりとヨネを見る。
「浪々と諸国を歩いていた頃。北の果てのゾエで改めて道場をと考えておりました。ゾエの田舎であれば、私を知る者はおらぬであろうと」
げふ、とマチダがむせる。
はあ、はあ、と息をつくマチダを待って、落ち着いた所でマサヒデが返す。
「ここでまた道場をと」
「はい。しかし、ヨネが病に倒れた。このセキト村の皆様は、総出でヨネを助けてくれた。私は、この村に恩返しをしようと考え、剣術ではなく、読み書き算盤を教え始めました」
「なるほど」
「そして、このセキト村だけでなく・・・ゾエに恩を感じた。足の届く限り・・・」
「それで、剣で」
「如何にも」
マチダは、はあー、と深く、切れ切れに息をつき、頷いた。
「ヨネ」
「はい」
「お前には、死ぬ前に伝えておかねば・・・」
すす、とヨネが膝を進め、覗き込むようにマチダを見る。
「何を? 父上、何を」
「お前は、儂の子ではない」
「え?」
「いや、子ではある。が、儂の血は流れておらぬ」
「父上? どういう事ですか?」
「母上はな・・・子を宿して、私の元に来た。祝言を上げ。数日して・・・ごほっ」
皆がマチダの言葉を待つ。
「母上は、儂に頭を下げ、既に腹に子がおると。聞いた時は、かっとした。刀に手を伸ばしかけた。が・・・それも瞬き程の時間であった。すぐに怒りは収まった。良いと思うた。血は繋がっておらずとも、生まれた子は、儂の子じゃ。父御が誰であろうと構わぬ。決して離さぬ」
「・・・」
「そして、お前が産まれた。難産であった。母上は、お前を産んで・・・」
「はい」
「儂は神も仏も恨んだ。もはやこれまでかと。泣いた。お前の母上と過ごした時は短かったが、思ったよりも好いてしまったのだな。そして、お前が歩けるようになり、道場を閉じて・・・キホを出たが・・・やはり、儂は剣でしか生きられぬと・・・誰も知らぬ、ゾエを目指した」
「はい」
はー、と、少し苦しげに息を吐き、マチダが懐かしい目をして、天井を仰ぐ。
「良うしてもらった・・・大事な娘を助けてくれた・・・既に亡くなった方もおられるが、今でも忘れられぬ。この寒い地は、なんと温かな者が住んでおるのだ。その者らに私が剣を教えるはならぬ。儂が振れば良いと、道場は開かぬと決めた」
「・・・」
「その者らを守ろう、とっ! ごほっ!」
く! とマチダが手に口を当てる。
「父上!」
「こふ・・・良い。良い。ふうー・・・」
そして、マチダはヨネを押しのけ、這うように床の間の刀を取り、
「トミヤス殿」
と、マサヒデに差し出した。
「礼でござる。血で汚れた物ですが、形見として受け取ってもらえませぬか」
「まだ知り合って数日ですが」
マチダは笑って、ゆっくりと首を振る。
「構いませぬ。トミヤス殿がおらねば、私は死んでおり申した。この命の礼。あの時トミヤス殿が来られておらねば、こうして娘に遺言を残す事も出来なんだ」
マサヒデは目を閉じ、しばらく考え、マチダの刀を受け取った。
「モリサネにござる」
「モリサネ・・・」
モリサネはキホの国の一派。
豪壮な作りで、マサヒデの雲切丸とは正反対だが、業物を多く残した刀工だ。
その姿は健全無比と評され、戦乱期のサキョウ王もモリサネを絶賛したと言う。
「トミヤス殿には、ガンシュウ=モートシーをご存知でござろうか」
「勿論です」
「それは、ガンシュウの息子、ハルモト=モートシーの愛刀でありました」
「えっ!?」
クレールもイザベルも驚いて、マサヒデの手の刀を見る。
歴史的な逸品ではないか!
「ハルモトから息子ナガモトに継がれ、ナガモトから私のおった道場に贈られた。それからは、免許皆伝の証に伝えられてきた物でござる」
「そのような逸品を」
ふ、とマチダが笑う。
「トミヤス殿に免許をお出ししたいが、今はそれもならぬゆえ、先に期待を籠めてお譲り致す。ハルモトはアブソルート流でございました。ご存知かな」
「・・・」
「さて、お父上のカゲミツ=トミヤス殿は、アブソルート流から出たと聞き申した。であれば、トミヤス流であれば、継ぐに十分と存じまする。トミヤス殿であれば、必ずや・・・ごほっ!」
つらそうにむせるマチダに、マサヒデは深く、ゆっくりと頭を下げた。
「お約束致します」
ふう、とマチダが安堵した笑顔をマサヒデに向けた。
「無理な約束を強いて、申し訳ござらぬ。剣客であればいつ斬られても仕方ないが」
「それは覚悟の上。その上でお約束致します」
「有り難きお言葉を頂き・・・もう何も思い残す事はございませぬ。いつでも冥土に旅立てる」
「マチダ殿、そのような」
マチダが笑った。明るい笑顔であった。
「ふふ。ハルモトも臓物の出来物で死んだそうで。皮肉にございますな。されど、ハルモトは生涯、戦で負ける事はなかった。その刀、縁起が良いのか、悪いのか」
「父上」
ヨネがマチダの背中に手を当てると、マチダがその手を取り、
「免許皆伝、あの世で待っており申す」
と、ぐっと頭を下げた。
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安宿に戻った後、ラディにマチダからもらったモリサネを見てもらった。
ラディは治癒師でもあるが、鍛冶屋の娘で刀の目利きも一級だ。
1刻程(2時間)して、ラディが部屋から刀剣年鑑を持って出て来て、マサヒデのテーブルに座り、
「こちらを」
と、年鑑を開き、開いたページに指を置いた。
「2尺3寸、反り、半寸と1分。造込み豪壮なり。蛙丁字乱れ、影映り鮮やか、猪首切先。間違いなくこれです。モリサネ作、無銘。ハルモト=モートシー愛刀、ナガモト=モートシー蔵、アブソルート流オオトリ道場蔵、以降所在不明。重要文化財」
「文化財の方ですか」
戦乱期きっての名将ガンシュウ王の息子、ハルモトの愛刀。文化財指定も当然か。
「はい。ほんの少し曲がりが見えますが、欠けや捲れは見えません。とても何人も斬った物には見えません」
「ううむ・・・そうですか」
恐ろしい使い手であったのだろう。
病でなければ、マサヒデ達など要らず、一瞬であの野盗達を斬り伏せていたはずだ。
ラディが少し口を濁す。
「その・・・薄っすら曇っている所が見えます。多分、血です」
む、とマサヒデが頷く。
「明日・・・研ぎに出しに・・・いや、これは首都のサガワ先生にお任せしましょう。しばらく預かってもらいたいと・・・邪魔であれば、父上の所へ、と」
次期人間国宝の候補、シロウ=サガワ。
勿論、この国で一番の研師だ。
この刀を手掛けてもらうのは、サガワしかいない、と、ぴんときた。
「イマイさんでは」
マサヒデは黙って首を振った。
イマイとは、マサヒデの愛刀、雲切丸を研いだオリネオの町の研師の名。
雲切丸は国宝・酒天切コウアンの兄弟刀。
それを手掛けたのだから、当然ながら腕は申し分ないし、個人的に仲も良い。
だが、このモリサネの研ぎはサガワでないといけないと思う。そう感じる。
「サガワ先生に手紙を書いてきます。明日、冒険者ギルドで配達を頼みましょう」
「分かりました。後程、マサヒデさんの部屋に持って行きます」
「お願いします」
マサヒデはラディに頭を下げ、席を立ち、部屋へ戻って行った。
ラディも部屋に戻り、マサヒデから預けられたマチダの刀をもう一度抜く。
(形見の刀)
心の中で手を合わせ、ゆっくり眺める。
いつもなら、これ程の名刀を手にしていれば、心が弾む。
だが、この刀は、どうしても楽しんで鑑賞するような気分にはなれない。
人を斬った刀だからではない。初代サカバヤシの愛刀は、楽しく見られた。
(なるほど)
心が納得し、自然と頷いた。
自身がなぜ納得したのか、理由は分からなかった。
サガワに任せると言った、マサヒデの気持ちが分かった。そう感じた。
この刀はサガワでないといけない。何故か腑に落ちた。
「・・・」
静かに鞘を取り、ゆっくり納める。
傷んだ拵えに、優しく、温かな空気を感じた。




