第31話
セキト村から離れた林の中。
雪が積もっており、馬では途中から進めなくなったので、カオルもイザベルも馬から下りて野盗を追っていくが、足が雪に取られる。
木の上を跳んで行くのも、枝に雪や凍った霜があるので難しい。
雪も降っておらず、足跡がはっきりと残っているので、追うのは容易ではある。
(が、相手もそれは承知だ)
待ち伏せは必ずあると見て追うべき。
無事にねぐらまで付いて行けても、そこには人数が揃っているはず。
そして、ねぐらはそう遠くはない。
この時間、この足が沈む雪の中をセキト村まで来たのだから、そう離れてはいないと見ても良いはずだ。
「ん」
さくさくさく、と雪中を軽く歩いていたカオルが手を挙げ、足を止める。
「何か」
後ろのイザベルもぴたりと足を止め、耳を澄ませて足を止める。
し、とカオルが小さく口を鳴らし、
「声です。おそらく仲間でしょう」
「よくお分かりに」
人族のカオルよりも、狼族のイザベルの方が耳は良いのだが、幼い頃から忍として鍛えられてきたカオルには、軍で鍛えられたイザベルも舌を巻く事ばかりだ。
「静かですから・・・行きましょう。向こうでは、我々を待ち構えているはず」
「カオル殿、彼奴らは逃げませぬか?」
カオルは上げた足を下ろし、
「ありえますが、近くに他のねぐらを用意してあればです。この寒さ、この雪の深さ。そう遠くへは歩けないはず。そのまま追えば良いだけです。待ち受けている可能性の方が高いでしょう」
「なるほど」
「斬り捨てて構いませんが、1人は捕らえましょう。出来ればあの者共の狙いが知りたい所です。あれだけ集まったのですから、大きな仕事のはず。他に仲間がいるかもしれませんし」
「確かに。しかし、そうなると頭領やまとめ役の者を誤って斬らぬようにしませんと。下っ端では先の計画を知らぬやも」
「大丈夫でしょう。細かい所までは分からないでしょうが、大きな仕事をするから集まれ、と集めたはず。何処を狙うかくらいは聞かせ、集めていると思いますから、下の者からでも聞けましょう」
「なるほど」
「慎重に参りましょうか」
木の枝を跳んでこっそり行きたい所だが、ばさばさ雪が落ちてはこっそりの意味がない。仕方なく、そのまま歩いて進んで行くと、すぐに木の間に小さな光が見えた。
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光が見えたとはいえ、夜の闇の中で遠くからでも目立つのだから、距離はある。
深い雪の中をかなりの距離を歩いて、流石にカオルも疲れてしまった。
建物の見える所で止まり、
「イザベル様、少し」
「何か」
「疲れました」
「えっ」
イザベルが驚き、口を開けてカオルを見る。
このカオルが『疲れた』とは・・・
稽古の後ならまだしも、歩いていて疲れたとは!?
「イザベル様? どうなされました?」
「いや、カオル殿が疲れたとは、お珍しく」
む、とカオルが口を尖らせ、
「私でも疲れはします。生き物なのですから」
「それはそうですが・・・」
カオルは、ふ、ふ、と手に息を当て、袖に手を突っ込む。
こんな姿を見るのは初めてだ・・・
が、驚いてばかりもいられない。
「カオル殿、遠眼鏡をお貸し下さい。私が偵察致します」
「はい」
もそもそと懐から遠眼鏡を出し、イザベルに渡す。
元々は長鉄砲に着ける物で、通常の遠眼鏡より小さく、携帯しやすくて便利だ。
「む・・・」
きちきちきち・・・と上のつまみを回して、ピントを合わせる。
小さく戸が開き、誰かが顔を出してこちらを見ている。
イザベルが手で合図して、小声で、
「木の裏に。何者かが様子を伺っております」
「はい」
2人がゆっくりと木の陰に隠れてしゃがむ。
夜目の利く猫族であると、こちらは暗闇であるとはいえ、見えるかもしれない。
イザベルが木からそっと顔を出し、じっと観察。
「古いお堂です。中は見えませぬ。今、顔を出している者が1人・・・外にはおりませぬ。人数は不明」
「お堂ですか」
「修験者が使っておったものでしょう。そう大きくはありませぬ。奥行きが分かりませぬが、入って10人少しと見えます」
「床下はありますか?」
「はい」
カオルがにやりと笑った。
「では、焼き討ちしましょう。この雪で森林火災にはならないでしょう。イザベル様は隠れたままゆっくり近付き、扉を塞いでしまって下さい。1人は捕らえられるでしょう」
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しばらくして―――
カオルはこっそり床下に忍び込み、にやにや笑いながら、枝と枯れ草の山に特製の油をとろとろと巻いて垂らし、ゆっくりと下がりつつ、指で地面に線を書きながら、火薬をそこに途切れのないように細く落として行く。
上からは野盗達の声。
「上手く撒いたみてえだな」
「この寒さだ。途中で帰ったのかもしれねえ。日が登る前に出ようぜ。明るくなったら足跡追われちまう。寝るのはどっかに移ってからだ」
「顔は見られてねえよな? 町に行って2、3日は宿借りるか?」
「んー・・・」
会話を聞きながら、カオルがにやにや笑う。
(逃げられぬぞ)
床下から這い出て、引いてきた火薬にじゃりっと火打ち石で火薬を飛ばすと、ちり! と火薬が音を立てて燃えた。さー! と床下を走って行き、ぼ! と油に火が点く。
(よし!)
入口の引き戸には、イザベルがつっかえ棒を掛けている。後は待つだけだ。
ゆっくりと音を立てないように、慎重に雪を踏んで、近くの茂みの後ろに隠れ、息を潜める。
後は斬るのみ。
手が冷えないように懐に突っ込み、温めておく。
床下からは火の明かり。
(ふふ。すぐに暖かくなる)
白い吐息が見えないように気を付け、じっと待つ。
入口側にはイザベルが隠れている・・・
ふかし芋になるのは何人かな、などと考えていると、
「あっ!」
と声が上がった。
咄嗟に柄袋を取って、さっと懐に入れ、鯉口を切る。
「何か燃えてるぞ!」
「下か!? 火が落ちたのか!?」
ごとごとと扉を引く音。
「あっ、ちきしょう! 凍っちまったか!?」
「開かねえのか!?」
ごとん! ごとん!
(開かぬ、開かぬ)
「仕方ねえ! 破れ!」
ばかん! と音がして、ばきばきと破れ戸を壊す音。
(ここだ)
ささ! と音に紛れ、お堂の裏手から屋根に飛び移り、イザベルに見えるように手を振って、屋根に積もった雪を蹴る。
「うおっ!?」
ばさ! と雪の塊が落ち、野盗が驚いて声を上げる。
「何やってんだ! 暴れ過ぎだ!」
「でもよ」
ばすん! と雪の音がして、また落ちてくるかと野盗が上を見上げた時。
一瞬、何かが光ったのが見えた。
そして、縦に真っ二つに両断され、血を吹きながら左右に倒れる。
両断された男の向こうで、剣を床まで振り下ろしたイザベルがゆっくり立ち上がる。
「・・・」
絶句した野盗達にイザベルが剣を向け、
「最後の1人だけ生かしておいてやる。他は斬るが・・・」
ばかん、と音を立て、燃えた床が落ち、めらめらと火が立った。
「そこにおっては焼け死ぬぞ。出たければ我を斬れ」
「ええい!」
しゃしゃしゃ! と野盗達が剣に刀にと抜いて立ち上がる。
「洒落臭え!」
左腕を前に、右手で持った剣を思い切り引いて、奥の1人が飛び込んできた。
腹に向けて、イザベルの長い剣が伸びてきたが、
「む」
がきん! とこもった金属音がして、剣が流された。袖の下に金属の小手を着けていたのだ。
「死にや」
かすん!
「がれっ、れっ、れれっ・・・」
イザベルの横を通り過ぎ、野盗は左右に転がった死体に躓いて、雪の中に転がり落ちていった。イザベルの目に、野盗の目と目の間に、深々と棒手裏剣が刺さっていたのが見えた。
すう、とイザベルの後ろからカオルが出て来て、横に立った。
「イザベル様、今のはご油断です」
「は」
ひょいとカオルが手を振ると、かしゃん! と音がして、投げた小壺が割れた。油が飛び散って、ぼう! と音を立てて火が燃え広がる。
「ささ、皆様、お早目に。外は寒いですが、ここは暑すぎます」
かしゃん! ぼうっ!
あっと言う間に火が燃え広がり、お堂の中が熱気に包まれる。
「あ! くそうっ!」
野盗の袴に火が燃え移り、ばん! ばん! と袴を叩く。
「ちきしょう! お堂を燃やしやがって、罰当たりめが!」
ぷ! とカオルが吹き出し、
「ふふ、罰当たりなどと、ご冗談を・・・あなたには及びません。面白いお方ですね。さ、参りませ。私共を斬らねば出られませんよ」
「けっ! 壁を破る! おい! 何とか止めろ!」
敵を目の前にして、壁をなどと、何を暢気な・・・
壁に向かって剣を振り上げた男の背に、ぱきん! と小壺が当たった。
「うわ、うわあーっ! 助けてくれえー! うわあーっ!」
「・・・」
燃えながら暴れる野盗を見て、他の野盗が喉を鳴らす。
残り、3匹。
「先程、こちらのお方が言いました。そこにいては焼け死ぬ、と。もうお忘れで?」
「た、たた、助けてくれ!」
刀を放り投げてイザベルの前に手を付いた野盗の顔に、思い切り剣の切先が入り、後頭部まで突き抜けた。イザベルが野盗の顔を押し蹴ると、中まですっ飛んで転がる。
「カオル殿、どちらを生かしましょう」
カオルが首を傾げ、2人を見る。
「ふむ・・・あなた達、私達を相手にしたくなければ、斬り合って下さい。勝った方を助けます」
「嘘だろ」
野盗2人が目を見合わせる。
「おお、カオル殿、それは良い案」
「ふふ。我らを蹴散らして出られそうなら、どうぞこちらへ」
カオルが冷たく笑う。
その目は全く笑っておらず、野盗2人の目には、悪鬼に見えた。
「すっ・・・すまねえ! 死んでもらうぜ!」
「この畜生が! 死ぬのはてめえだ!」
野盗2人が、燃えるお堂の中で剣を向け合う。
「はーっはっは! 良いぞ! 殺し合え!」
イザベルの残酷な笑い声が、静かな林の中に響いた。




