第23話
一剣流ゾエ派、トワダ道場、本宅。
稽古が終わり、皆も引き、残っているのはナガタニだけであった。
ぱちぱちと火鉢の炭が火花を散らす。
「見事であったのう」
「はい」
「・・・」
言葉なく、トワダが口籠ってしまった。火箸でこつこつと炭を転がす。
しばらくして、ナガタニが我慢できず、声を掛けた。
「先生。何か」
トワダはちらっとナガタニを見て、ばつの悪い顔で、炭に目を戻す。
「うむ・・・騙し討ちのような事をしたな。ようなではないな。騙し討ちであった」
「は」
ナガタニが目を下に向ける。
大丈夫、と言っておいて、門弟達はマサヒデを隠れて襲った。
終わった後も、毒を盛ろうとした。
が、簡単に看破され、軽くいなされてしまった。
「怒るでもなく。呆れるでもなく。何事もなかったかのように、さらりと稽古をつけてくれた」
「はい」
「ナタノスケ。お前、出稽古に出向いた道場であのような事をされ、普通に稽古を続けることは出来るか。確かに、事前に勇者祭の相手はおると伝えてはおったが。例えば・・・遺恨のある者がおるが、それは大丈夫と言われ、道場に出向いてみれば、それらに襲われた、とか」
「いや、とても。大丈夫と言われ、そのような事があれば、怒り狂っておりました」
「そうじゃのう。儂もそうなると思う。まあ道場主に詰め寄ったであろうな。剣を抜いたかもしれぬ。他の者は関係ないと言われても、まあ帰ってしまったと思う」
「は」
さらりと障子を開けると、夕陽で雪が赤く黄色く輝いている。
トワダが目を細める。
「普段から生死の境におると、あんな程度は慣れたもの、という事ではあるまい」
「はい」
「普通であれば、険呑とした者に変わってしまったりするものだがな。尖った所は見えなんだなあ」
「はい」
「剣客とは、ああでなければな。しなやかに・・・儂やお前のように、がちがちに固いと、しっかり固くと見えて、意外と簡単に折れる」
「・・・」
「すぐに旅立ってしまわれようが・・・」
す、とトワダが障子を閉める。
しばらく、沈黙が続いた。
「お主、トミヤス道場に出向いてみぬか」
ぽつんとトワダが呟き、ナガタニが驚いた。
「は?」
「金は工面してやろう。一度、トミヤス道場に行ってみぬか」
「・・・」
「皆、カゲミツ殿の指南を受けておったとの話じゃ。トミヤス流の指南、受けてみぬか」
慌ててナガタニが膝を進め、
「先生! それは、それは破門という」
トワダが舌打ちして顔をしかめ、
「ああもう、違うわ。カゲミツ殿の教え方、少々盗んで参れと言うておるのじゃ」
「教え方・・・ですか?」
「全く! お前は鈍いのう。儂もあと10年もしたら、という歳じゃからの」
「10年? どういう事です?」
はあ、とトワダが溜め息をついて、
「道場をお前に譲ってやると言うておるのだ。こんな貧乏道場はいらぬか」
ナガタニが愕然として、言葉に詰まる。
宗家を継げ、と言われたのだ。
「せっ・・・先生」
「金を工面するに、一月程待て。お前の方でも、冒険者の手伝いでもして、少し金を貯めておけ。向こうで稽古に集中出来るようにな。帰りに首都に寄って、いくつか道場を回って参れ。ヤダ殿を頼れば、紹介状をいくらでも用意してもらえよう」
「は!」
「まだ日は明るいでな。帰りは夜になろうが、すぐトミヤス殿を追い、カゲミツ殿への紹介状を書いてもらってこい」
「は!」
「そうそう、何より、親御にもきちんと許しを得て参れよ。許しを得られたらば、準備にかかるとするか。冒険者仕事のある日は、休んで構わんからの」
「はい!」
「ではゆけ」
「はい!」
ナガタニが立ち上がって出て行った。
ふ、とトワダが小さく笑う。
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そして日が沈んだ頃、ウスケシの安宿。
「先生! どうか、どうか!」
困った顔のアルマダの前で、トワダ道場の門弟が手を付いて頭を下げていた。
マサヒデ達に毒を盛り、アルマダに叩きのめされた門弟だ。
客達がへらへら笑いながら、2人を囃し立てる。
「あーいっ! せんせっ! どおーかお弟子にっ!」
「わははは!」
「恥ずかしいので、頭を上げて下さい」
「お返事を聞くまで上げませぬ!」
ふいっとアルマダが横を向き、
「そうですか。あなたは衆人環視の中、私に恥をかかせ、私がそれに耐えられずに首を縦に振るのを待つと言うのですか」
「そのようなつもりは!」
「そのような脅迫じみた事をして、願いと」
「いや! いやいや!」
ははは! と客達がげらげらと笑う。
「では頭を上げて下さい」
「は・・・は!」
マサヒデ達も、別のテーブルでにやにや笑いながら2人を見ている。
アルマダがテーブルを挟んだ前の席を指差すと、門弟が頭を下げて座る。
「失礼致します」
「例えあなたがここで腹を切っても、私は断ります」
「そこを曲げて、何卒」
「駄目です」
「何故そこまで!」
詰め寄る門弟に、アルマダは横を向き、帰れ、とひらひら手を振って、
「私は忙しいのです。勇者祭の途中。旅の途中。あなたの面倒を見るのは嫌です」
「私は、自分の身は自分で守ります。例え力及ばず旅の途中で斬られても、一切の文句はありませぬ。何卒、トミヤス流を」
アルマダは、ちらと門弟を見て、また横を向く。
「トミヤス流を学びたいのであれば、トミヤス道場に行って下さい。入門を断られる事はありませんし、カゲミツ様は教え上手ですし、私とマサヒデさんが10人いても掠りもしない達人です。カゲミツ様では不足ですか?」
「まさか!」
「ではトミヤス道場へどうぞ。さ、お帰り下さい」
「先生からご指南を」
「愚か者が!」
アルマダの大きな声が響き、騒がしかった店がしんと静まり返った。
「既にトワダ道場に身を置きながら、さて他流の強い者と見れば簡単に乗り換える! 自分をどう見ますか! そのような者を弟子に迎える程、このアルマダ=ハワードは安くありません!」
「ははっ!」
「一剣流を修めてから、改めて来て下さい。その時は考えぬでもありません」
「・・・」
「帰りなさい」
「は・・・失礼を致しました」
門弟はがっくりと肩を落とし、すごすごと店を出て行った。
シズクが頬杖をついて、出て行く門弟の背を見送り、
「あーらら・・・ハワードさんがあんなに怒るの、珍しいね」
カオルも溜め息をつき、
「私共はご主人様について、運が良うございました」
マサヒデが首を振り、
「あなた達は違いますよ。教えてはいますが、弟子ではないんです。私も既に他の道場に在籍しているのに、弟子にしてくれなんて言ってきたら、追い払いますよ。当たり前じゃないですか」
カオルも内弟子を装った忍の家臣だ。
「んー」
「まずトワダ先生に許しを得て、道場を辞し、それから頭を下げに来るのが筋です」
イザベルが頷き、
「全くその通りです。彼の者のような軽い者を弟子にするなど」
マサヒデがイザベルの顔に手を向け、
「ま、ここまで。私達の言い方は、トワダ先生の目を馬鹿にしているに等しい」
「は。軽率でした」
イザベルが頭を下げる。
マサヒデは腕を組んで、昼間のアルマダとあの門弟の立ち会いを思い出す。
「アルマダさんとの立ち会い、覚えています? あの方、間違いなく才はあります。私は、あの方が一剣流の皆伝を得るのも遠くはないと見ました」
「いや、確かに、中々の動きでありましたが・・・しかし」
マサヒデが頷く。人族と獣人族では、覚えの早さが違うのだ。
「ええ。あの方が一剣流を修めるには・・・遠くはないと言っても、どうですかね。猫族だと何年くらいでしょうか。人族より伸びは遅い。私やアルマダさん、生きていますかね」
「・・・」
マサヒデがイザベルに微笑む。
「イザベルさん。あなた、トミヤス流を頑張って下さいよ。私達が死んだ後に、あの方がトミヤス道場に来た時、相手が出来るくらいにはなって下さい。一剣流の皆伝の相手ですよ」
「は。今は不祥なれど、必ずや」
喋っている間に、何となく店のざわめきが戻ってきた。
マサヒデ達も落ち着き、カオルが静かに湯呑に茶を注いでいく。
落ち着いて湯呑を取った所でドアが開いて、風が吹き込む。
ナガタニだ。
マサヒデを見て、笑顔で軽く手を挙げ、テーブルに歩いて来た。
「シズクさん」
「へーい」
マサヒデがシズクに声を掛けると、向かいに座っていたシズクが立ち、席を空ける。ナガタニが慌てて、
「あいや、シズク殿。私はこのままでも」
「いいよ。マサちゃんに話あんでしょ」
そう言って、シズクはテーブルを移ってしまった。
「うむ・・・では、トミヤス殿。失礼を」
そう言って、ナガタニがマサヒデの前に座る。
ナガタニがマサヒデに頭を下げ、
「トミヤス殿。折り入ってお願いがございます」
「何でしょう。私で力になれる事でしたら」
「トミヤス道場を一度お訪ねしたく思います。一筆、紹介状を頼めませんでしょうか」
「あ、そんな事ですか」
イザベルが頷いて、2階の部屋に上がって行く。
「今、イザベルさんが封筒持ってきますから。まあ、うちの道場に紹介状なんて必要ないですけど」
「ありがとうございます。いや、実は・・・」
はは、とナガタニが照れ臭そうに笑い、
「先程、トワダ先生から道場を譲っても良いと、お言葉を頂き」
「お、おお! という事は!? つまり、それは!?」
マサヒデが驚いて声を上げると、ナガタニが赤くなって、下を向いてしまった。
「はい。しかし、私まだまだ。全然です。トワダ先生から、10年を頂きました。最初の5年で、まずはトミヤス道場。その後、首都にてヤダ先生を頼り、他派を知り、腕を磨こうと考えております」
うん! と、マサヒデが笑顔で頷く。
「そうですか! 10年・・・うん、10年! 帰ったら会えますよね?」
ナガタニが顔を上げ、マサヒデを見て、
「勿論。トミヤス殿。私、トミヤス道場にて、勇者祭のお帰りをお待ちしております。その時は、改めて手合わせ願えますか。必ずや、トワダ道場に恥じぬ腕になっておきます。トミヤス道場の2枚看板を、3枚にしておきます」
「楽しみしてますよ!」
す、とイザベルがマサヒデの前に、手紙を封筒、ペンを置く。
マサヒデがにこにこしながらペンを取り、あはは、と小さく笑い、
「いやあ、私、ペンには慣れないですから、汚い字ですけど、笑わないで下さい」
「ふふ。はい」
よたよたとマサヒデが慣れないペンを走らせる。
こういう所は、全く16の若者に見える。
これが、あれだけの剣を振るう者か。
「よし、と。代わりと言ってはなんですけど、道場の皆さんに、一剣流の怖さを身を以て知らせてやって下さい」
「ううむ、私程度に出来るでしょうか。頑張ってみますが」
封筒に紹介状を入れると、イザベルが横から手を出して受け取り、綺麗に油紙に包んでナガタニに渡す。
「ありがとうございます」
ナガタニが受け取り、懐に入れて、ぐっと頭を下げた。
「そうそう。サカバヤシ先生も、今トミヤス道場に向かってるんです。お会いになりましたら、宜しくお伝え下さい」
え、と口を開けてナガタニが顔を上げる。
「サカバヤシ先生はトミヤス道場に行かれたのですか? すれ違いになったと聞きましたが」
「顔を合わせることは出来ましたが、すぐ発たれてしまわれまして。サカバヤシ先生もしばらくトミヤス道場に、と仰っていましたので」
「左様でしたか。ううむ、賑やかになりそうですね」
マサヒデが何度も小さく頷く。
「喜ばしい事です。こうやって、色々な流派との交流が出来て。トミヤス流も磨きがかかりますよ」
「ははは! これ以上磨かれてしまったら、天下一になってしまいますよ!」
ふ、と小さく笑って、マサヒデがひらひら手を振る。
「ふふ。そこは父上に頑張って頂きます。私は気楽に武者修行ですよ」
「気楽ですか」
「ええ。おかしなものですよね。命がけの旅ですけど、気楽に楽しむんです」
と、そこでシズクがにこにこしながら、お猪口をナガタニの前に置いた。
「さ、ナーガターニさんっ!」
「あいや」
ナガタニが断ろうと手を上げかけた所で、ぐっとシズクが徳利を突き出す。
「10年後を祝っての酒さ! 断わりゃしないよね?」
「あ、はは・・・では」
注がれた酒を、ナガタニがぐっと飲み干し、は! と息をついた。
「お見事ー! 10年後におめでとう!」




