第24話
翌朝、マサヒデ達は朝も暗いうちに出て、ウスケシの外に向かっていた。
降ってはいなかったが、積雪が重く、馬も馬車も足が重い。
ざくざくと馬が雪を踏みながら歩いて行く。
(実際、バジー拳とはどんなものであろう)
一撃必殺の拳というのは聞いているが、見たことはない。
ジンノジョウが言うには、人族でありながら、立木に拳で穴を空ける程。
シズクよりも強いのではないか、という。
ちらりと後ろの馬車を向く。
殴り合いであの鬼族のシズクに勝てる男。想像もつかない。
槍も『神槍』と言われる程の達人。
恐ろしい風聞ばかり広がっているが、優しい爺様だそうな。
(楽しみだ)
マサヒデがにやにやしていると、隣で馬を並べているアルマダがマサヒデの顔を覗き込む。
「何をにやにやしているんです」
「えっ」
「さっきからにやにやして」
マサヒデが顔にぺたぺた手を当てる。
「あれ? そうでしたか?」
アルマダが呆れて溜め息をつき、
「ええ。これから恐ろしい達人に会いに行くというのに。私は緊張で身体を固くしているというのに、余裕がありますね」
マサヒデはアルマダから目を逸らして前を向き、
「いや・・・別に、どうこうって訳ではないのですが。どんな体術だろうって。シズクさんと立ち会ったら、どうなるかって考えていたら」
「まあ、それは私も興味ありますよ」
ぶん! とマサヒデがアルマダの方に顔を向ける。
「ですよね!?」
「ええ。生えている生木を殴って穴を空けるなんて・・・私達が無手で立ち会ったら、間違いなく死にますよ」
「手加減はしてもらえるでしょう」
「それはそうでしょうが、大怪我はしますよ・・・鎧は脱いでおかないと。へこんだら修理費が怖いですよ」
「ははは!」
はあ、とアルマダが溜め息をついて、
「私は笑えませんよ・・・イザベル様」
「は」
後ろをついてきているイザベルが、アルマダの横に馬を並べる。
「サカバヤシさんから聞いてますよね。これから会いに行く方、生木に拳で穴を空けられる方です。殴り合いで勝てると思います?」
「無理です」
即答。マサヒデがにやっと笑って、
「イザベルさんには立ち会ってもらいますよ。あなたの軍隊格闘技、中々見られるものではないですし、イン先生も喜んでくれるでしょう。頼みますよ」
「は!」
主から頼むと言われると、聞かずにはいられない。狼族の悲しい性。
アルマダが眉を寄せ、
「マサヒデさん・・・」
「ん。なにか」
「いや・・・何でも」
アルマダがイザベルを見ると、誇らしげに胸を張っている。
マサヒデには何の悪気もないのだが・・・
(可哀想に)
イザベルがどうなることやら。
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バジー拳、イン道場・・・
とは小さな看板に書いてはあるが、道場の建物はない。
馬の上から庭を覗けば、小柄な老人が小さな椅子に座って、子供達を見ている。
大人は1人だけで、老人の隣に立っている青年がいる。あれは高弟だろうか。
子供達の、ばん! ばん! と強く地を叩くような踏み込み。
あの踏み込みが強い打撃を生み出すのか・・・
「へえ・・・私達が知っている体術とは、かなり違いますね」
「ええ・・・」
興味深そうにマサヒデとアルマダが見ているが、カオルは鋭い目で老人の隣に立っている青年を見ている。
イザベルがカオルの様子に気付き、そっと馬を寄せ、小さな声で、
「カオル殿。如何なさいました」
「あれは・・・あの者は、チャンショウ=リウでは・・・」
「何者ですか」
「大中心国の陸軍特殊部隊員・・・特級の暗殺者です」
う、とイザベルの喉が詰まる。
「暗殺者・・・」
「リウも来ていたとは聞いておりませんでした。情報省と軍諜報部に報せねば」
「イン殿とはどういう関係の」
「インが軍の教官になる前からの弟子ですが・・・何故ここに」
ちらりとリウがこちらに目を向け、目礼した。
老人もこちらに目を向け、にこりと笑った。
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マサヒデ達が馬を下り、インの所に歩いて行く。
「あっ! 誰だ! 稽古中だぞ!」
子供の声が上がったが、リウが子供に手を向け、
「イン先生のお客様です。ほら、練習を続けなさい」
「はい! すみません!」
子供は稽古に戻り、ばん! ばん! と地面を踏み鳴らす。
リウが歩いて来て、軽く頭を下げ、
「申し訳ありません。何分、子供ですので、お許し下さい」
マサヒデも申し訳ない、と頭を下げ、
「いえ、こちらこそ、稽古中にずかずか入って失礼しました。私、マサヒデ=トミヤスと言います。恥ずかしながら、剣をかじっておりまして」
そう言って、懐からジンノジョウに書いてもらった紹介状を取り出し、
「サカバヤシさんとは、ちょっとした付き合いもありまして・・・あの、イン先生にお目通りは叶いますでしょうか」
「ああ。サカバヤシ殿のご友人。申し遅れました。私はイン先生の弟子の、リウと申します。チャンショウ=リウ」
名乗って、リウはマサヒデが差し出した紹介状を受け取り、封のジンノジョウの名を見て頷き、
「では、皆様どうぞ」
そう言って振り向きながら、リウはちらりとカオルに目を向け、笑顔で目礼した。
カオルも目礼を返したが、笑顔では返せなかった。
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インは渡された紹介状を読みながら、興味深そうにマサヒデ達を見ては、紹介状に目を戻したり。横からリウも紹介状を覗き込み、同じようにちらちらとマサヒデ達を見る。
読み終わると頷いて紹介状を封に戻し、リウに渡して、
「マサヒデ=トミヤス殿」
「はい」
「ううむ、大変失礼致した。このような田舎暮らしでして、世に疎く。まさかに剣聖のご子息が、このような田舎道場に参られるとは光栄で」
「いや、恥ずかしながら、私まだまだ武術は素人で」
「はあ・・・ふむふむ」
くす、とインが笑い、
「ジンノジョウ君からの紹介状には、小生意気なので、こてんぱんにしてほしいと書いてありますが」
「ええっ!?」
驚くマサヒデ達を見て、くすくすとインとリウが笑う。
「道場に来てはただ飯を食らい、門弟の分まで平らげる始末で困っておるとか。腕が立つだけに、ジンノジョウ君にもどうにも出来ぬで、少し懲らしめてやってくれとあるが・・・これは真で?」
皆の目がシズクに向けられる。
「え!? 私!? 違うよ、違います! ジンノジョウ、好きなだけ食っていいって言うから!」
インが膝を叩いて笑い、横でリウもくすくす笑う。
「ははは! ほうほう、あなたが鬼族の」
「あ、はい。そうです」
ばさりとシズクがフードを取ると、紛うことなき角。おお、とインとリウが驚く。
「おお、これはこれは! 鬼族の方とお会いするのは初めてだ。リウは?」
リウが驚いた顔で、小さく首を振る。
「いや・・・いや、私も初めてです」
「まあ、だろうな。大中心は魔族そのものが少ない国であるし」
シズクがぺこりと頭を下げると、
「あーっ!」
と、後ろで子供の声が上がった。
「鬼だ! 鬼が来た!」
「うわ! 本当だ! イン先生!」
声を上げ、子供達が庭の隅に走って行く。
ああ、とシズクが悲しいような、気不味いような顔でフードを被る。
「おい! 無礼な事を言うな!」
慌ててリウが子供達の所に小走りに走って行き、子供達を宥めていると、しばらくして子供達も戻って来た。
少し大きな子供がリウの後ろから、
「鬼の姉ちゃん、悪い鬼じゃないのか?」
「んー・・・悪い子にはお仕置きする」
そう言ってにやっと笑うと、子供がぺこっと頭を下げた。
「さっき、変な事を言って、ごめんなさい」
「いいよ! 初めて私を見る人は、誰でも驚くから、お仕置きなんかしないよ!」
「ありがとう!」
シズクがフードを取り、覆面も取ってにっこり笑い、
「後で遊んでやるから、家に帰ったら、本物の鬼と遊んで来たって父ちゃん母ちゃんに自慢してやれ!」
「本当!? 痛くない!?」
「痛くないよ!」
「すげえー!」
わいわいと声を上げる子供達を見て、インがにこにこ笑っている。
リウが苦笑しながら、
「よし。じゃあ皆、練習に戻りなさい。練習が終わったら、鬼のお姉さんと遊んでもらおう」
「「「はーい!」」」
リウがインの隣に戻り、シズクに頭を下げ、
「大変申し訳ありませんでした」
「あ、大丈夫です! いつもの事なんで」
インも軽く頭を下げる。
「子供の事ですからな。しかし、お約束は守って、後で遊んでやって下され」
「はい!」
「して、どうしますかな? ま、軽く手合わせでも致しますか。それが一番早い」
「・・・」「・・・」「・・・」
皆が顔を見合わせる。
こうも軽く、手合わせしようと言ってくれるとは。
「ここ最近は槍の研究ばかりで、拳の方はご無沙汰での。まずは拳でお相手しよう。これでも道場主、錆びては困る」
よいしょ、とインが立ち上がる。
う! とマサヒデ達が動けなくなった。
ただ立っただけなのに、恐ろしい気迫を感じる。
インは何の事もないように、ゆっくりと肩を回している。
「・・・」
顔も別に険しいものではないし、目も鋭いものではないが、まさに覇気。
マサヒデよりも頭ひとつ小さな小柄な老人が立っただけで、身動き出来ない。
「そうさな。では鬼のお方、一手どうかな」
「わ、私・・・?」
「うむ、鬼族と言えば、まあ恐ろしいと伝わっておりますし、是非」
シズクを残し、皆がゆっくりと一歩引いた。
ごくっとシズクが喉を鳴らし、思い切って声を上げた。
「あのっ!」
「なにか」
「こっ・・・殺さないで・・・」
インが呆けた顔になり、少しして、げらげら笑い出した。
「ははははは! これはまた可愛い鬼じゃ! のうチャンショウ!」
リウが笑顔で頷く。
インは大笑いしているが、覇気は消えない。
後ろでクレールとラディが目を合わせ、手を合わせた。




