第22話
一剣流ゾエ派、トワダ道場。
待ち構えていた門弟をなぎ倒し、毒を盛った門弟もすっ飛ばし、やっと道場が静かになった。
改めて皆の前に湯呑が置かれ、白湯が注がれていく。
道場主のトワダの前の湯呑にも注がれる。
トワダが湯呑を取り、ふっと湯気を吹いて、
「お毒見は必要かな」
ちら、とマサヒデがカオルを見ると、つ、と静かに白湯を飲んでいる。
小さく手を挙げ、
「ああいや、もう」
マサヒデも湯呑を取り、一口。
にや、とトワダが笑い、
「さて、トミヤス殿。歓迎の催しは如何で」
ふ、とマサヒデが息をつき、そっと湯呑を置いて、
「私は減点1です」
「ほう? 不足でしたかな」
「はい。私は油断がありましたので」
「ああ、そういう事で。自分に不足と。あれだけ見事に仕留めたが。ふうむ・・・して、ハワード殿は」
「非常に結構かと」
ちらりと壁際に並ぶ門弟の、毒を盛ってきた者を見ると、門弟がぐっと頭を下げる。
「そちらは・・・ええと、そう、サダマキ殿。失礼、歳のせいかな。人の名がすぐ出んで・・・失礼、失礼」
「あいや、構いませぬ。正直に申しますと、私には今ひとつ」
トワダが「ぱん」と膝を叩き、
「ほ! これは手厳しい! して・・・シズク殿か。はは、聞くまでもないかの」
「まあ、うん・・・そんな所です」
シズクは何とも言えない気不味そうな顔で目を逸らす。
「ファッテンベルク殿。傍から見ておられて如何」
「マサヒデ様はお見事と見えました。減点などございませぬ」
は、とトワダが小さく口を開け、次いで、げらげらと笑い出した。
「ははははは! 確かに! いや、確かに、私にもそう見えましたぞ!」
トワダが笑いながら、横に控えたナガタニを見て、マサヒデを指差し、
「あれで減点とは、いやはや贅沢なものよな? お前、どう思う」
「は? はあ、その・・・お見事かと」
「そう見えたか。トミヤス殿は、あれでは不足と言う。お前には見事と見えたか。そうかそうか。トワダ道場の高弟はあれで満足か」
「・・・」
ナガタニが目を伏せる。
トワダは意地悪く笑って、マサヒデ達に目を戻し、
「ま、恥ずかしながら当道場はこの程度でございます。トミヤス殿には、ひとつお教えを授けていただけるとか。代わりにこちらは足運びと。適いますかな」
「えっ」
門弟の1人が小さく声を上げた。
何人かがトワダを驚いた顔で見ている。
「待て待て。お主らは知らんからそんなに驚くのよ。トミヤス殿が教えてくれるのは、ヤダ殿が擦り落とし出来なんだ太刀じゃ」
「何と!?」「ヤダ先生が!?」
ざわざわと門弟達が顔を見合わせる。
「どうじゃ。儂は左右転之秘太刀など、惜しくなかろうと思う。秘太刀などと仰々しい名前があるから、惜しく思えるだけよ。一剣流はとかく擦り落としに極みがあり、他は所詮おまけじゃ。ま、言うても、儂はそう思うというだけじゃ。お主らの意も聞こう」
門弟達は黙り込んでしまった。
マサヒデはちらりと門弟を見たが、そう不満そうな顔はしていない。
だが、ここは引いておくべきだ。
「トワダ先生。私達は門外の者です。まず見てからご判断を。値すると見えたら、お教えを下さいますでしょうか」
ナガタニが驚いた顔でマサヒデを見る。
トワダも少し驚いて、
「それで宜しいのか? おおこれは凄いと思うておっても、口ではこんなの足りぬと言うかも知れぬが」
「結構です。私は学ばせて頂きに参りました。授業料が不足と見えましたら、足りぬ分も差し出します」
す、と頭を下げたマサヒデに、トワダが唸る。
「ううむ・・・ナタノスケ」
トワダが手を出すと、
「は」
ナガタニが頭を下げ、トワダの手に剣を置いた。
トワダがゆっくりと立ち上がり、
「されば、その授業料、見せて下され」
真剣・・・
マサヒデ達がぴりっと緊張したが、
「ああ、いやいや。これは刃が丸めてござる」
す、す、とトワダが刃の上で手を滑らせ、マサヒデ達に手の平を向ける。
「当流では、免許以上は稽古に刃引きを使うゆえ・・・あ! トミヤス殿は刃引きは持っておらぬか。や、これはしまった! ナタノスケ、刃引きの刀はあったかな」
「ああ、いや・・・木刀はございますが」
「むう、用意しておくべきであったか・・・手落ちをお許し下され。ナガタニ、木刀と木剣を」
「は」
ナガタニが壁に掛かっている木剣と木刀を取り、マサヒデの前に木刀を置き、トワダに木剣を渡す。
「ありがとうございます。では」
置かれた木刀を取り、マサヒデが立ち上がり、トワダの向かいに立って一礼し、木刀を構える。トワダも木剣を構え、
「されば、お見せ下され。あのヤダ殿が擦り落とし出来なんだ太刀、儂に擦り落とせるかの」
すう、とマサヒデが上段に構える。
合わせて、トワダも上段に構える。
参れと言おうとして、ぴく、とトワダの手が反応した。
ほんの少し。
髪の毛一筋程か、じんわり、じんわり、とマサヒデの木刀が動いている。
構えがブレているのではない。止まっていない。
この動きに反応して、思わず手が反応したのだ。
(これは牽制ではない!)
横で見ているナガタニも驚いた。
溜めている。じっくりと溜めている。
溜めながらも、じわじわと切先が上がってきている。
これがいつ振り下ろされるか・・・
なんという緊張!
トワダも目を据え、門弟達も只事ではない空気に息を飲む。
「ん!」「む!」
猫族の門弟達にも見えぬ速さで、木刀と木剣が交差し、ぱかーん! と大きな音が響いた。
マサヒデの木刀は横に逸れて、トワダの木剣はマサヒデにぴたりと向けられている。
ヤダと初めて手合わせした時と、全く同じだ。
弾いた。
「・・・」
トワダが目を見開いて、握っている木剣を見ている。
ナガタニも、門弟達も、目を丸くして2人を見ている。
上段から真っ向に来ると分かっていて、トワダが擦り落とし出来なかったのだ。
一剣流の本流、オノダ一剣流宗家のヤダが擦り落とし出来なかった太刀。
それを分かっていても、目の前で見れば驚きしかない。
「ふうー・・・」
マサヒデが深く息をつき、木刀を納め、頭を下げた。
「ありがとうございました」
トワダが悔しそうに強く目を閉じ、手を震わせて木剣を握りしめ、
「・・・お見事・・・」
と、何とか言葉をひねり出した。
----------
「いやはや、参った、参った!」
トワダはすぐに立ち直り、からからと笑って、
「いやあ、左右転之秘太刀だけではとても足らぬかな。何でも教えましょうぞ。皆様に左右転之秘太刀をお見せし、しかと伝授致そう。ほれ、ナタノスケ。お前も木剣を用意せよ」
「は!」
「うむ、ではトミヤス殿。お約束通り、ナタノスケに今の太刀、叩き込んで下さいますかな」
「はい」
「時に、サカバヤシ道場でもこちらを?」
「いえ。別のものを」
「む・・・そうか・・・サカバヤシ道場では何処の奥義を?」
ぽん、とアルマダがマサヒデの肩に手を置き、トワダににっこりと笑顔を向け、
「トワダ先生。そちらは秘密という事で。今ので授業料には十分と」
ちらりとトワダがナガタニを見ると、ナガタニと目が合った。
この太刀を学び、引き換えにサカバヤシ道場で教えているという奥義を学ぶ・・・
同じ事を思い付いた2人が、うむ、と頷き合う。
「ナタノスケ。しかと学べ」
「は!」
マサヒデが手を挙げ、
「トワダ先生。それでは皆様の指導がお手空きになりますから、皆様の稽古相手も出しましょう。魔術師がおりますので、良い稽古になるかと」
「ほう! 魔術師!」
「大丈夫です。死霊術ですから、道場を燃やしたりはしません」
「おお、それは良い! いや、しかしそれは過分というものじゃ。宜しいのか?」
「構いません。この魔術師、こちらに来てから、食って呑んでばかりです。皆様に少し揉んでやってもらいたいのです」
くす、とシズクが笑う。
む、と後ろに控えていたクレールが口を尖らせている。
「ではお言葉に甘えましょうかな」
マサヒデが頷いて後ろを向き、
「クレールさん!」
「はい!」
むっとした顔でクレールが立ち上がり、前に出てくる。
うわあ、と門弟の幾人かが下に向く。
レイシクランではないか・・・
「私の妻のクレールです」
「妻」
す、とクレールが綺麗に頭を下げる。
マサヒデは笑顔を向け、
「虎くらいで皆さんの稽古に足りましょうか」
「虎」
「あ、足りなければ熊でも」
「熊」
「出来る限り、道場は壊さないようにします。怪我人が出ても、治癒師を連れて来ておりますし」
トワダがちらりと門弟を見ると、皆、下を向いている。
少し首を傾げて、
「そうですなあ・・・ナタノスケ、何か思い付くか?」
「獣相手に1対1では簡単です。クレール殿、何頭か出せますか」
クレールが面を上げて、顎に指を当てて首を傾げ、
「ううん・・・出せますけれど、虎、熊を何頭もだと、あまり長くは」
「狼辺りでは?」
「それなら大丈夫です!」
「では狼で頼みます。何頭か出して襲いかからせて下さい」
ああ、と門弟達が目をつむる。
ナガタニが門弟を見て、
「おい! 情けない顔をするな!」
「いや、ナガタニさん・・・」
「素手ならともかく、武器を持ってただの獣に負ける訳がなかろう。魔獣ではないのだぞ」
「はあ・・・」
「怪我は心配するな。治癒師をご用意して下さっているのだ。獣と人の違いをよく学ぶのだ。何度か魔獣退治に行ったが、人の方が遥かに恐ろしい。少し動きを見ていれば、すぐ分かる。狼程度は木剣で軽くいなせる」
「は・・・」
ナガタニがクレールに頭を下げ、
「では奥方、宜しくお願い致します」
「はい!」
ナガタニはマサヒデに向き直り、真剣な顔で、
「トミヤス殿。ご指導、宜しくお願いします!」
「こちらこそ、未熟者ですが、ご勘弁下さい」
2人を見てトワダが頷き、
「では、他の皆様はこちらへ。私が当流の足運び、しかと伝授致しまするぞ。シズク殿も、棒術でも使えますゆえ、ご覧になって下され。参考になれば幸い」
「はい!」
「ありがとうございます!」
「よろしくお願いします!」
「ありがたき幸せ!」
皆が頭を下げ、立ち上がってトワダの周りに集まった。
マサヒデも立ち上がり、ナガタニの前に立つ。
クレールが門弟達の方を向いてにっこり笑って、
「じゃあ皆さん、私達はあちらで!」
「はい・・・」
クレールの眩しい笑顔に、皆が項垂れながら立ち上がった。




