第21話
一剣流ゾエ派、トワダ道場。
今、この道場の庭にマサヒデ達を狙う門弟と、マサヒデ達が対峙していた。
「その足で、立ち会いますか?」
爆弾を投げ込まれて、中から転がり出て来たのだ。
門弟達は皆、雪の中に裸足。これではすぐに凍傷になってしまう。
「はっはっは! お見事、お見事!」
道場の中から、笑い声と拍手。
老人が手を叩いて笑いながら、マサヒデ達を見ている。
マサヒデはちらりと老人に目をやり、軽く会釈して、庭の門弟達に目を戻す。
「く!」
悔しそうな顔で門弟の1人が立ち上がり、剣を構えると、他にも立ち上がる。
(魔族は3人か。だけか?)
慌てていたろうが、もうどっしりと腹が据わっている。これは中々と見える。
一剣流、それも猫族では、伊達ではない。
シズクはまだしも、下手をすると人族のマサヒデや、やわなクレールは斬られる。
「・・・」
黙ったまま、カオルがすっとマサヒデの少し離れた左後ろに立つ。護衛の基本位置。
「寒いよー。さっさと終わらせて中に入ろ」
ばす、ばす、と乱暴に雪を踏んで、シズクもマサヒデの横に立つ。
ぶー、と後ろから蜂の飛ぶ音。これはクレールだ。
油断なく周りにすすす、と目を運ぶ。
屋根の上。
庭木。
低い木の上には雪が積もったまま。あの中に飛び込んで隠れてはいない。
塀の向こう側にはいるかもしれない。
這いずった跡は見えないから、床下はおそらく居ない。
が、猫族の動きなら低く跳んで入れるかもしれない。
この角度では見えないが、道場の中にもまだいるかもしれない。
(こんな所かな)
マサヒデが頷き、
「関係ない方は、始まる前に中へ戻って下さい。冷えてしまいますし」
「は・・・」
人族が雪をはたきながら道場に入って行き、3人だけ残る。
く、く、とブーツを小さく動かす。
(参ったな)
積もったばかりの柔らかい雪。これは無願想流で低く跳び込むのが難しい。下手に低く跳び込もうとすると転がる。
向こうも足は取られるだろうが、雪には慣れているはず。
どっこいどっこいという所か。
「引く気はないようですね。では、始めますか」
柄袋を取って懐に入れ、さくり、とマサヒデが踏み出す。
カオルとシズクも合わせて前に出る。
と、ばばば! と雪を蹴って門弟が駆け出てきた。
「おお!」
まさかこれ程の速さで!?
ぱっと避けようとしたが、雪に足が取られ、足が捌けない。
右から切り上げてくる!
(まずい!)
反射的にぱっと膝を付き、真っ直ぐ上に抜き打ち。
こめかみの横を剣が掠めていった。
手には斬った手応えが残る。
(これは偶然)
雪は分かっていたのに、相手の速さに驚いた。これはまさに油断であった。
あれほど注意していたつもりが・・・
(俺は減点1だな)
目の前に剣が落ち、雪に沈む。
次いで、ぱささ、と小さな音がして、雪が赤く滲んだ。
「あ、くそっ・・・」
落ちた剣に門弟の手が伸びたが、膝を進めて剣の上に乗せ、くるりと手首を返して落とすと、門弟の首元にマサヒデの刀、雲切丸が乗る。
「お見事です。さあ、もう降参しましょう」
ぴちん、ぴちん、と門弟の手から血の落ちる音が静かに聞こえる。
そして、何度か血の落ちる音を聞いた後。
「参りました」
ふうっ! と息を吐き、マサヒデが立ち上がる。
そこで初めて門弟の傷を見たが、左手首の下半分が斬れている。
「血止めを急いで。次の方、どうぞ・・・お二方まとめてでも」
さす、さす、と1人がゆっくり前に出る。
もう1人は隠れるように後ろに一列に並ぶ。
「おっ」
シズクの声。
ぱーん! と後ろに隠れた者が、前の門弟の上を跳んできた。
が・・・
「おごっ」
シズクが軽く突き出した棒に自ら腹を突っ込ませ、上体が前にのめり、どさっと雪の上に落ちる。
「残念。横からは丸見えだって」
落ちた剣の上に、シズクが鉄棒の先を落とすと、ばきん! と鈍く高い音が響き、剣が折れる。
「もうちょっと良い剣買った方が良いなあ。ほら、カオル。後は譲ってやるよ」
「では」
すさり、すさり、とカオルが前に出る。
すっとカオルが袖に手を入れると、ばっと門弟が飛び退いた。
「ゾエは猫族のお方が多いので、このような物を用意して参りました」
カオルが袖から手を出し、ぴ! と指を立てると、小さな紙包み。
「またたびですが・・・まあ、この後の稽古に支障も出ましょうし・・・これは使わずに参ります」
「・・・」
ひゅ! と指を振り、袖の中に放り込む。
「では」
左手で鞘を掴み、右手を持って行き、ゆっくりと前に・・・
す、とカオルの右手が抜き打ちのように振られたが、完全に間合いの外。
あれ、と門弟が不思議な顔をしたが、直後に顔を歪め、
「ぐあっ!?」
声を上げた門弟の足に、深々と棒手裏剣が刺さっている。
「ふふ。見えませんでしたか? 今のは虚実の虚というやつで・・・」
すらり。
2尺2寸半、モトカネの美しい三本杉の刃紋が雪にきらめく。
「これが、虚実の実になりましょうか」
「ええい! 小癪な!」
ぐっと門弟が棒手裏剣を引き抜き、剣を構え直す。
カオルは右脇構え。門弟は正眼。
「・・・」
少し睨み合いをした後、カオルが軽く礼をするように上体を傾けた。
介者剣術でよく見る形だ。
綺麗には見えないが、突っ込んで足を斬り払う、体当たりで倒してしまうなど、意外に有効だ。
突っ込んで来たなら、そのまま振り下ろしても斬れない。
的が小さいから突きは難しい。
正眼に構えているならそのまま真っ直ぐ突けばと思えるが、意外と簡単に外される。
ただし、全て甲冑を着ていればの話。
下に着込みは着ているかもしれないが、その程度は剣なら普通に振り下ろせば斬れるし、斬れずとも地面に叩き付けられる。
おそらく女であるから、重さを乗せて斬る為に、このような構えを取るのだ・・・
「ふっ!」
この程度。
余裕だと真っ向に振り下ろしたが、ひょいとカオルが真っ直ぐに身を起こした。
剣がカオルの鼻先を掠めて外れる。
あっと思った時には遅い。
下から上がってきたカオルの刀が、ぴたりと門弟の小手についている。
「く・・・く・・・」
「お見事! フギ先生の教えですね!」
カオルの後ろからマサヒデの声。
門弟からは、既に刀を納めたマサヒデと、鉄棒を拭いているシズクが見えた。
「くそ・・・参りました・・・」
すらりとカオルが刀を納めると、肩を落として門弟が道場に戻って行く。
もう一度マサヒデは慎重に周りを見回し、道場の中を覗いて確認してから、後ろのラディを手首を斬った男の所に呼んだ。
ほ、と道場の中で座って見ていたナガタニが胸を撫で下ろした。
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「当道場の道場主を務めております、サトシゲ=トワダと申します」
「トミヤス流、マサヒデ=トミヤスと申します」
「同じく、アルマダ=ハワードと申します」
「同じく、カオル=サダマキと・・・」
皆が名乗り、頭を下げていく。
門弟が盆に湯呑を運んで来て、た、た、た、と並べ、白湯を注いでいく。
マサヒデが湯呑を取ろうとした所で、カオルがぐっと手を伸ばし、アルマダを超えてマサヒデの湯呑の上に手を差し出して止め、す、と自分の前の湯呑を差し戻す。
「失礼を承知で申します。先の事もありますゆえ、お毒見をして頂けますまいか」
す、とマサヒデが湯呑を置く。
「・・・」
くすくすとイザベルが笑う。
「人族に効く毒など、そなたには腹を下す程度では?」
「あーはっは!」
シズクが笑って、アルマダの前の湯呑を取り、ずずっとすする。
この丈夫な鬼族は、人族用の毒など効きはしない。
「おうっ!? こりゃあぴりっときいてて美味いなあ! うんうん、さすが一剣流は白湯も違う! んー、身体があったまるなあ」
「ふっふっふ」
トワダが笑って、ぱん、ぱん、と手を叩き、
「ほれ、言った通りであろうが。そんな手が通るものか。さっさと降参せい」
アルマダが笑いながら、
「トワダ先生。折角ですので、此度は私めに譲って頂けませんか」
「おお! それは良い、それは良い! おい、真剣を持って参れ」
「え」
驚いて門弟がトワダを見る。
「何を呆けた顔を。ハワード殿を待たせてはならぬ。はよう剣を持って参れ」
「ぼっ、木剣では・・・」
「お前、毒を盛っておいて、いざ勝負となれば木剣を望むのか? 呆れたものだ」
ぱん! とトワダが膝を叩き、厳しい顔に変わり、
「闇討ちは問答無用で斬って構わぬが勇者祭の規則よ! その事、忘れたか! 毒飼いを目論んだ者に尋常に1対1を望まれたハワード殿に感謝せい! 行け!」
「はーっ!」
門弟が苦しそうな顔で手を付き、早足で下がって行く。
す、とアルマダが立ち上がり、
「カオルさん。ちょっと手伝いを願えますか」
「は」
カオルが手早くかちかちと鎧を外していき、ごとりごとりと置く。
「ありがとうございます」
アルマダが腰にベルトを付け直し、すら、と剣を抜いた。
奥から真剣を持った門弟が出てくる。
「いつでもどうぞ」
鎧まで脱いだアルマダを見て、かっと来たのか、門弟の顔が一気に赤くなり、
「ええーい!」
がばっと振り被って飛び込んできたが、すっとアルマダが半身になり、門弟の脇から背中に手を回し、ぐっと後ろに押すと、ばたんと門弟が倒れた。
「見苦しい! 立て!」
トワダの声が響き、剣を握り直し、ぱっと門弟が立ち上がる。
この細やかで素早い動き、流石に猫族。
(おや)
さ! さ! さ! と左右に身を入れ替えながら、門弟が詰めてくる。
これが話の足運びか。細かく滑るようだ。猫族にぴたりの運びではないか。
「だあーっ!」
アルマダの左にすっと滑ったと思いきや、袈裟に振り下ろしてきた。
さ! とアルマダが剣を斜めに突くように出す。
剣が交差し、一見は鍔迫り合いのような形になったが、すっとアルマダが右足を引きながら、すぱん! と剣を払うように振ると、門弟の背中がアルマダの剣で押されてたたらを踏む。
本来ならここで真っ二つだが、斬らぬように剣筋を変え、縦にして剣の横腹で押したのだ。が、剣に引っ掛かりを感じた。道着が少し斬れてしまったようだ。
だん! と門弟が足を踏み、よろめきを止めてくるりと振り返る。
「おっと、失礼。斬るつもりはなかったのですが、道着の背中が斬れました。私もまだまだ未熟。後で弁償します」
「未熟・・・舐めるな!」
水平斬りに振られたが、かっ! とアルマダの目が開いた。
アルマダの険が割入る。
険の高い鎬を捉え、振り抜かれる。
すぱーん! と門弟の剣が横に飛んでいく。
剣は柄頭が大きいので、すっぽ抜けずに門弟も一緒にすっ飛んだ。
大して力は入れてなかったが、獣人の全力であろう振りを綺麗に流したので、思いの外に飛んでしまった。
「うぇあ!?」「む!?」
シズクとイザベルが左右に身体を傾けると、2人の間に門弟が飛んできて、ばたん! と倒れ、すぁー! と床を滑っていく。
「むう! 既に横擦りまで! や、これは驚いた! 見事! お見事じゃ!」
「恐れ入ります」
アルマダが滑って行った門弟に背を向け、トワダに頭を下げる。
後ろでは、ぱん! と門弟が床を叩いて、くるっと宙で回って立った。
「けえやっ!」
どん! と門弟が壁を蹴り、アルマダの背後から飛んで来たが、するっとアルマダが横に動いた。があん! と門弟の剣が床を叩く。弾かれた勢いを使ってそのまま切り上げようとしたが、ぱ! とアルマダが肩に膝を置いて押し止める。
「危ない!」
首にぴたりとアルマダの剣がついていた。
このままくるっと回ったら・・・
「・・・参った!」
門弟が悔しそうな顔で、ゆっくりと剣を置き、アルマダに向き直って手を付き、
「参りました!」
改めて大きな声で言って、ぐっと頭を下げた。




