第20話
翌朝、一剣流ゾエ派、トワダ道場。
シズクが馬車を降り、ばす、ばす、と雪を踏んで門前のマサヒデ達の横に並ぶ。
いつもは馬と馬車の見張りに残っているアルマダの騎士達も、今日は並んでいる。
雪が積もって静かだが、道場の中から大きな声と撃ち合う音が響いてくる。
「一剣流って、やっぱ道場ちっちゃいんだね」
一剣流贔屓のアルマダが、じろりとシズクを睨む。
ふ、とカオルが鼻で笑い、
「シズクさん。一剣流は門弟をふるいに掛ける道場。これといった者しかおられぬのですよ。門弟も今は弱くても、これは才があると見られた者しかおりません。でなければ在籍を許されないのです」
「そうなの?」
「ここの冒険者ギルドは大きかったですね」
「だね。それが?」
「冒険者には剣を使う者が多いのに、何故ここにおらぬのでしょう。道場の稽古代など、大した額ではありませんよ。何十人と冒険者を抱えていてもおかしくはないはずでしょう」
「あ。あー・・・そっかあ・・・一剣流って、そういう道場なのか。それでちっちゃいんだね」
「はい。そういう事です」
アルマダが看板を見ながら、ぽつりと呟いた。
「一剣流の開祖アキタダは、門弟を殺し合わせて、生き残った者に一剣流を継がせたんです」
「・・・まじで?」
「一剣流は、そういう剣です。ここは分派ですが、そういう木の幹の所はどこも同じですよ。分派というのは、おまけの枝葉の色が違う程度です」
ぶる、とシズクが身を震わせた。
この震えは雪の寒さだけであろうか。
「あのさ、ヤダ先生も・・・やったのかな。他の門弟さんと」
「まさか。もう戦乱の世ではないのですから、流石にそんな事はしていないでしょうが・・・厳しい試験であったはず。ただ腕が立つだけでは、一剣流の看板は背負えませんよ」
「ここの人も?」
「当然、そうでしょう」
「どんな試験すんだろ?」
マサヒデが鼻で笑って、
「シズクさん、本当に知らないんですか? この国の武術界隈じゃ有名ですけど」
「え? 知らんけど・・・どんなの?」
「今は門弟同士で殺し合う事はしなくなりましたが、斬るのは1人だけです。師匠を斬る事が出来たら、宗家になります。師匠を超えたって証ですよ」
「まじで!?」
「嘘です」
ぶふ! とカオルが吹き出し、皆がくすくす笑う。
「ビビらせんなよー! もおー!」
ばさっ! とシズクが雪を蹴ったが、おっと、おっと、とマサヒデが笑いながら避ける。
「もおー! もおー!」
「あはは! 私も入れて下さい!」
クレールがえっちらおっちら足を上げて、雪を歩いて来る。
「おおっと、シズクさん。そこまで」
「何だよ!」
ひょいと飛んで来た雪を避け、マサヒデが雲切丸の柄に、ぽんぽん、と手を乗せると、シズクも治まった。
「真面目な話ですよ」
皆が揃った所でマサヒデが道場を指差し、
「クレールさん、ラディさんも聞いて下さい。ここ、勇者祭の参加者がいます」
「え」「まじ?」
「・・・」
ラディが無言で懐から鉄砲を出し、かしゃ! とシリンダーをスイングアウトして弾薬を確かめる。イザベルが真剣な顔でラディの横に立って頷き、
「うむ。この広さであれば、そちらの方が良い。八十三式は邪魔になろう」
「はい」
「狭い空間での乱戦になろうから、なるべく撃たぬようにせよ。味方に当たるとまずい。だが、お前が死ぬと確実に死者が増える。自分の命を第一にせよ。迫られたら迷わず撃て。助けるのは事が終わった後か、残りが少なくなって睨み合いになった時で良い。斬り合いはすぐに済むはずだ」
「はい」
「近間での拳銃の使い方は」
「身にぴたりとつけ、左の手の平を前に出す。下腹に適当に狙いをつけ、ぱぱっと3回引き金を引く」
「そうだ。そして離れる。良いな」
「はい」
「よし。その拳銃は5発しか撃てぬ。撃ち、離れたら、すぐ水鉄砲の魔術か、壁を作って一旦外に出よ。最中に弾薬を込め直す時間はないぞ。残り2発は保険だ」
「はい」
「我は勇者祭の参加者でないゆえ、助けてやれぬぞ。死ぬなよ」
「はい」
皆が黙ってラディとイザベルのやりとりを見つめている。
「・・・」「・・・」「・・・」
マサヒデが気不味そうに小さく手を挙げ、
「あのですね、まだ斬り合いになるって決まった訳では」
くるりとイザベルがマサヒデに向いて、
「マサヒデ様。お言葉ですが、それは油断では」
「はい。そうです」
ぺこりとマサヒデが頭を下げる。
「サカバヤシ道場でも、勇者祭の参加者はおられたと存じます。サカバヤシ様がマサヒデ様とご懇意であられたゆえ、襲われずとも済んだのではありませぬか? 稽古を理由に、実際のマサヒデ様の様子見という事もありえますが」
「はい。全くその通りです」
「首都の神誠館では門弟共が待ち構えておりました。お忘れなく」(※首都編44話)
「はい」
これではどちらが主だか分からない。まるで駄目君主が側役に叱られているようだ。
アルマダが苦笑して、
「イザベル様、その辺で許してあげて下さい。マサヒデさんはこれでも常住坐臥というつもりなんですから」
「は。言葉が過ぎました。申し訳もございません」
「あ、いや・・・いや、何のことやら。さあ行きましょうか」
マサヒデが、ぽん、とシズクの腕を叩いて、
「じゃ、一番手頼みますよ。今度は弓はないと思いますから」
シズクは不満そうに口を尖らせ、
「えー! 剣でも服は破れちゃうってー。寒いじゃーん」
「そしたら経費で新しいの買ってあげますよ」
「あ、分かった。じゃ行く」
いそいそとシズクが玄関に歩き出す。
「わざと服だけ斬らせるとか駄目ですよ。見てますからね」
「・・・ちっ」
びし! とクレールがシズクを指差し、
「あっ! 今、舌打ちしましたよ!」
「お見通しですよ。ほら、行った行った。あなたの立ち回りはこういう役じゃないですか」
「はーい」
ばさばさと雪を踏んで、皆が玄関の前に立つ。
クレールとラディは門の左右で顔を覗かせている。
ささ、とマサヒデとカオルが玄関の脇に立つと、シズクが頷いて、
「おはようございまーす!」
と、がらりと玄関を開けると「続けろ」と声が聞こえた。ナガタニの声だ。
道場の戸が開いて、ナガタニが出てくる。
「おはようございます。トワダ道場へようこそ」
「ども! おはようございます! 勇者祭の人、居ます? 私、マサちゃんの所の鬼だけど」
ばさりとシズクがフードを取る。
「マサちゃん? あっ、ああ! トミヤス殿?」
ナガタニが首を伸ばして、シズクの後ろを見る。
アルマダが笑顔で軽く手を挙げて会釈している。左右に綺羅びやかな鎧を着た騎士が2人。
「どうも」
ひょいと玄関の横からマサヒデが顔を出す。
「あっ!」
ナガタニが声を上げて手を付き、
「昨日の今日でお越し頂けますとは!」
「あ、ああ、そんな。それで、入っても良いですかね? 出来れば外でやった方が良いかと思うのですが」
マサヒデが刀の柄に手を乗せ、くいくいと上げる。
「あいや、そちらは大丈夫ですが」
シズクを挟んで反対側のカオルを見ると、カオルも頷く。
マサヒデが門の方を向いて、手で招くと、クレールとラディも入って来た。
「では、ちょっと多いですが、失礼致します」
シズクが後ろのイザベルの方を向いて、
「なあんだ! ほら、イザベル様! 何もなかったじゃん!」
ふん、とイザベルが鼻を鳴らし、
「シズク殿。分からんぞ。稽古中に刺される事も考えておけ。ナガタニ殿も騙されておるかもしれぬ、という可能性は無ではないのだ」
「大丈夫だってえー」
では、とマサヒデが框を上がった所で振り向き、
「そうですよ、シズクさん。ナガタニさんは大丈夫って言いましたけど、これ、道場の中で斬り合いになっても、うちは大丈夫ですって意味かも知れないんですから」
と、ナガタニの頭の上を何かが飛んでいった。
「?」
ナガタニが振り向いた所で、わ! と声が上がった。
ごとん、ごとん、ころころ・・・
「げえっ!?」
じりじりと小さく火花を鳴らしながら転がる筒。あれは導火線!?
マサヒデは何事もないかのように、玄関を上がった所から道場を見ている。
「ほら。シズクさん、見てみなさい。あの人、真剣持ってますよ」
「あ! ほんとだ!」
ばたばたと駆け回る音、倒れ込む音、庭に飛び降りる音。
「すみません。一旦出ます」
マサヒデが框に腰掛け、蒼白な顔のナガタニの横で脱いだブーツを履き直す。
ナガタニが動けずに目を見開いて爆弾を見ていると、導火線がどんどん短くなっていく。
「うっ!?」
頭を抑えて土間に跳び下り、地に張り付く。
「大丈夫ですよ」
そう言って、マサヒデが玄関を出て行く。
玄関の前から誰も居なくなった所で、恐る恐るナガタニが顔を上げ、道場の方を向くと、筒が転がっているだけ。
「あれは竹筒に導火線をつけただけです」
後ろから女の声がして、はっとナガタニが玄関の方を向くと、少し離れた所でアルマダがにこにこ笑っていた。




