第一章エピソード6『楽師と出会いと.....』
「てことで、早速劇場に来ちゃいました〜!」
木戸の目の前に大の字で立ち、空に向かって大声で叫ぶ紅葉を凪が静かにさせようと何とかなだめていた。彼女が立っている場所の横には、
今日出演する役者の名前が書かれたまねき書きというものが置いてあった。
「ちょ、ちよっと紅葉興奮しちゃうのは私もそうだったから分かるけど、こんなところで叫んだら迷惑になっちゃうって!」
道行く人々の顔色を伺いながら、凪が紅葉にひそひそとそう告げる。
彼女の視線の先には、歩きながら紅葉を見つめていた。おそらくドン引きしているのだろう。
凪の言葉でハッとした紅葉は顔を赤らめて、
シュンと大人しくなった。
そんな彼女に苦笑いし、
「じゃ、じゃあもう劇場の中に入りましょう。」
紅葉と共に劇場内へと足を運んだ凪であった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
二人───否、正確には一人と一匹が劇場内に入ると、中はたくさんの観客で賑わっていた。入口から見て中央と両端に座席がある。そして、こちらから真っ直ぐ正面の場所に、
そしてその両端に、こちらへと続く少し細い通路のようなものがある。
舞台と思わしき場所があった。辺りはしんと静まり返っていて、照明もついていない。
紅葉は小さい頃から父母と共に大道芸人として活躍し、忙しかったので、あまりこのような場所に来たことはなかったのだ。
「ねぇねぇ凪、あの脇にある通路みたいなのって何かな?」
そう聞くと、その質問について凪が答えようと紅葉の方を向いたとき、
「あれはな、歌舞伎の方とか、役者の方が楽屋と舞台に出入りするときに使う花道っていうんだ。」
見知らぬ少女が壁に寄りかかりながら即答した。
紺色の髪を肩ちょうどまで伸ばし、少し不良のような雰囲気がある。
そして、大きな水色の花が付いたかんざしが特徴的だ。
「へぇ、そうなんですね。ちなみにあなたは...」
紅葉が聞こうとすると、
「あっ、いっけねー、もう始まるじゃん。早くいかねーと。それじゃ!」
彼女の問いに答えるより先に、喋り方にそぐわないほどの素早さで風のように走り去っていった。
二人は顔を見合わせてキョトンとなりながらも、席に座り、開演を待った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
しばらくすると、パッと劇場内一面に照明が灯る。
それと同時に、歌舞伎の公演が始まった。
一番後ろには曲を弾く楽師が7人ほどおり、
一番前では3人の役者が芝居をしている。
内容は、武将である主人公がひょんな事から沢山の妖怪と出会い、
彼らの力を使って、天下統一を目指すというものだった。
紅葉としては、歌舞伎についてど素人ではあるが、役者の演技力も高く、
話の内容も面白かったのでかなり良かったと思う。
凪はどんな反応をしているのかと、横を向くと、真剣な眼差しで舞台を見ていた。
「もしかして凪もこの話面白いと思う?」
芝居中に普通の声量で言うとさすがに迷惑なので、
小声で話しかける。
「いや、もちろん話は面白いんだけどね、
それよりも後ろの楽師の中にかなりの才能がある人がいるなぁと思って。」
舞台の方に顔を向けたまま凪がそう答えた。
「えっ、どこどこ?」
額に手を当てて探す素振りをする。
「ほらあそこ!一番後ろの右端に居る能管を吹いてる人!」
彼女が指さす先をジーっと見つめて探していると、そこには紺色の髪を肩ちょうどまで伸ばし、
大きな水色の花が付いたかんざしを刺している。
芝居が始まる際には、一番最初に劇場内に能管の音が響くのだが、
この音も滑らかで美しい光る硝子のようだった。
そしてその後の演奏もその調子を保ち、完璧に演奏を終えた。
これは後述なのだが、どうやらその滑らかな音は、
長年能管の修業を積み重ねたものでも出すのは難しいらしい。
「ん?あの子さっき花道の事を教えてくれた女の子じゃない?」
「あっ!本当だ。よーし、この公演が終わったらあの子に話しかけにいこう。」
話が一段落すると彼女らは、再び芝居を見ることに集中し始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
時は過ぎ、日が暮れる時刻になると公演が終わり、
劇場内からぞろぞろと観客たちが出てくる中、
二人はとある人物を待っていた。
「あっ、凪居たよ!」
人ごみの中に紛れた役者や、舞台関係者の者達の中に目的の人物を見つけ、近づく。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
紅葉が恐る恐る聞いた。
「ぁあ?あー!あんたさっきの、、、」
どうやら思い出してくれたようで話しかけるのが安心した。
「実は、私達と一緒に音楽をやりませんか?」
思い切って単刀直入にそう言った。
「はぁ?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「で?音楽をやるってどういうことなんだよ?」
静まり返った空気を先陣を切って不良のような雰囲気の少女───ここでは仮名として
不良少女と言っておこう。不良少女が話し始めた。
場所は花鳥家の居間。凪と紅葉が不良少女と向き合うように座っている。
先程紅葉が淹れてきた煎茶を啜り、深呼吸をしてから
凪が口を開く。
「私達ね、舞姫という歌を歌う商売を始めようと思うんだけど、
歌には演奏がないと成り立たないじゃない?だから能管の腕がいいあなたに
演奏をしてもらいたいの。」
と、端的に言葉を並べた。一見堂々と話しているように見えたのだが、
正座をした足にピタッとくっつけている手が震えているのが分かった。
当たり前だろう。そんな聞いたこともないノーリスクハイリターンの商売やりませんか
と気楽に言えない事本人だって分かっている。
ごくりと唾を飲み込み、不良少女の返答を待った。
そして何秒か経ってから彼女が口を開く。
「今の仕事のほうがよっぽどマシだね。期待したあたしが馬鹿だった」
そう言って足早に入り口の方へ進んでいく不良少女を凪が追いかける
「待ちなさい!」
凪の声が辺りに響いた途端、彼女はとてつもない速さで走りだした。
それはまるで飛脚と同じくらいの速さのように見えた。いや、それといい所得部ができるくらいかもしれない。
彼女を凪が追いかけるが、すぐに身体が重くなり、足が止まってしまった。
「はぁ、はぁ、な、何よあれ。
能楽師が出すスピードじゃないでしょ、、、
って、あれ?」
周りを見渡すと、そこは見たことのない場所だった。人気人気が少なく、薄汚れて使い物にならない藁を敷いた浮浪者が数人いた。いわゆるホームレスだ。
「姉ちゃんさっきの姉ちゃんを追ってたのか?」
後ろから声をかけられて驚いて振り向くと、そこにはちょんまげのだらんとした雰囲気の老人が地面にあぐらをかいて座っていた。
「え、ええ。そうよ。彼女を追いかけてたの。」
「ならやめといたほうがいいぜ。あの姉ちゃんは、将軍様がごひいきにしている歌舞伎役者の楽師だ。変に近づくと将軍様がなんていうか分かりやしない。」




