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江戸っ子歌い手少女  作者: 水海月
第一章『始まりの音色』
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第一章エピソード5『夢の幕開け』

全てを言い終えてすっきりした。

けれど、何だかどこからか気配を感じる。

そう思い部屋中を見回すと、凪が入り口に立っていた。


「いつの間にそこに!?」


そう聞くと、「いつだろうね?」と彼女は小さな笑みを浮かべた。

全て聞かれていたのか、と思い紅葉の顔が赤くなる。

だが、こんなことをしている場合ではないと思い、

座布団から立ち上がった。


「私に、舞姫をやらせてくれませんか?」


さっきは自分からやらないといったのに、こんなことを言って

きっと自分勝手な奴と思われただろう。

だけど、だけど私はいろんなことに挑戦したい。

沢山の楽しいことをしたい。


「楽しいこといっぱいしたいんです!皆に笑ってほしいんです、、」


自分の気持ちを洗いざらい吐き出した。

凪は小さな笑みを浮かべていた。そしてその表情の裏には

覚悟を決めたような決意が見えていて。


「ありがとう。やはり私の見込みは正しかったわ。

これからよろしくね、紅葉。」


「・・・・・はい!」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


あの後、私は凪と沢山お話をさせてもらった。

ちなみに呼び捨てにしてるのは、そうしようってお互いで話したから。

その日はもう遅い時間だったから帰ってもらった。

凪はどこに帰っているのか少し気になるが。

そして次の日の今日・・・・


「うぅ、嫌だ!起きたくないぃぃぃ!

お母様~お父様~」


もう17歳だというのに子供のように駄々をこねながら泣く泣く起きる。

夢の中できっと両親に無理やり起こされているのだろう。

その後彼女はまた布団の中に潜り一時間程の二度寝をした。


※ ※ ※ ※ ※ ※


ぼんやりとした意識の中、

どこからか声が聞こえてくる。

目を開くと紅葉の視界には寝室の天井が広がっていた。

左脇腹から、何かが自分をつつく感覚があった。

その感覚が呼ぶ先を視線で辿ると、

そこには猫が居た。

眠気であまり開かない目でもそれが十分かる。


「みじ・・紅葉・・紅葉!」


「えっ、うわぁぁぁ!」


その声に驚き、今までの眠気が一気に覚めた。

なぜならそこには、見覚えのない猫が居たからだ。

種類はおそらくキジトラだろうか?

胡桃色(くるみいろ)と黒色の網模様の毛並みが、まるで雲のようにふわふわと猫の体中に広がっている。


「ね、猫が喋ってる!!」


「あっ、そっか、この姿はまだ知らないのか!」

 

そう言うと、キジトラは足早に寝室から立ち去っていく。その時に、紅葉の目におかしな物が映った。猫の尻尾が二叉に分かれていたのだ。

その様子を何も言えずに黙ってみていた紅葉は、何がなんだか分からないまま、

頭を抱え、脳みそをぐるぐると回転させて目の前の状況を整理していた。


え、え、何これどういう事?猫が喋ってる?何であの猫尻尾が2本あったの?ていうかそもそもの話猫なんてここでは飼ってないよね。どこから入ってきたんだ?────────


同じような事をしばらく考えていると、

寝室の外に広がる廊下に、知っている人物が彼女の視界に映った。

胡桃色の肩まで届いたウルフヘアーに、長いまつ毛の中に宿る宝石のような琥珀色の瞳。

凪だ。

今日はどうやら服装を変えたらしく、沢山の桜が描かれた(えがかれた)

躑躅色(つつじいろ)の着物を着ていた。


「わぁ!すごく素敵な着物だね!凪。」


「あ、ありがとう。私の年齢で着てもちょっと子供っぽいかなと思ったんだけど、

そうでもない様で安心したわ。」


きまり悪そうに頬をかき、凪はそう言った。


「あっ、そうだ!猫見なかった?結構大きくて、胡桃色のキジトラなんだけど、、、」


慌てていたせいか、あまりうまく言葉で伝えられなかったので、身振り手振りでなんとか伝えようとする紅葉。


「あぁそれなんだけど、言い忘れててごめんなさいね。あれ実は私なのよね。」


「はぁ?」


とんでもない戯言をまるで普通のことかのように言う凪に、紅葉は思わず驚きの声を上げてしまった。

当たり前だ。そんな現実味のない馬鹿な話、誰が信じられるというのか。


「ねぇ凪、いきなり何言ってんのさ?凪みたいな人間があんなちっちゃい猫になれるわけないでしょ?」


「いやホントよ!だってさ、さっきの猫の声と私の声似てない?」


紅葉の言葉に凪が反論した。彼女の言葉で先程の猫又の声を思い出す。

言われてみると確かにあの猫の声は凪の声によく似ている。

それにあの猫は元々人の言葉を喋った不可解な猫だ。

凪本人も色々と謎な部分がある。

いや、だとしてもやはり人間が猫になるなんてありえない。


そんな疑惑の瞳を凪に向ける。


「はぁ、分かったわよ。そこまで信じられないっていうんだったら見せてあげる。」


紅葉の瞳が放つ圧に耐えきれず、凪が溜息をついた。

刹那、彼女の体中を白い光が包みこんだ。

白光のせいで、凪の姿はよく見えないが、姿が少しずつ小さくなっていくように見えた。

まさか本当に猫だったのか?

そんな事を考えていると、いつの間にか白光が少しずつ消えていく。

そして次の瞬間凪の姿が猫に変化していた。

その猫の姿は先ほどと同じ、胡桃色と黒色の網模様の毛、2本に分かれた尻尾だった。


「ほ、ホントに凪だったの?」


「だから言ったじゃ〜ん」


キジトラ───否、凪が片方の前足で、

手を折り曲げてそう言った。


「ま、言い忘れてたんだけどさ、私って実は猫又っていう妖怪なんだよね!」


またもや非現実的な言葉が凪の口から飛び出してきて、またもや紅葉の思考は止まってしまった。


ん?猫又?──


何度も訳の分からない言葉を突きつけられて頭がくるくる状態になりながらも、

脳死で凪の言葉に耳を傾ける。


「私は元々、歌がすごく好きなのね。だから自分も人を集めて歌ってもらうっていうのをやろうと思ったんだけど、他の芸者さんとかがやってる歌だと面白味がないじゃない?だ・か・ら、江戸の色んな楽師さんを集めて新世代の音楽を作りましょっていう話!」


得意げに自身の夢を語る凪を見る紅葉の瞳は、キラキラと輝いていた。

ゼロから新しいモノを創りあげるという、未知なるものへのワクワクが止まらなかった。

未知なるモノとはいったものの、紅葉が今まで創作物に取り組んだことがないといえば嘘になる。大道芸人の仕事の際にも、道端で大道芸を披露する際に、一から芸を考え尽くし、見物人に受けるようなそれを披露してきた。


「それで、結局最初は何をすればいいの?」


「まずは、江戸中の楽師を集める所からよ。

だから早速準備して劇場に行きましょ!」


そして凪は自身の着物の袖からあずま袋を取り出し、

颯爽と準備を始めた。


「えっ、いっ、今から!?」


「うん、そうだけど?」


キョトンとした顔で凪がそう不思議そうに答えた。

まさか今から劇場に行くとは思っていなかったので、

すっかりのんびりと過ごしていた。

今から行くとなると、用意するものが沢山ある。


「あずま袋でしょ、銭でしょ、それからそれから・・・」


指を折って必要なものを数え、右往左往し、

目を回った状態でせっせと支度をする紅葉。

その様子を凪が座布団に座りながらのんびりと眺めていた。


「ゆっくりでいいよ~。別にそんなに急がなくていいからね。」


片手で頬杖をつき、もう片方の手をひらひらと振りながらにこやかに答える凪。

そんな紅葉を見ていた凪の視界に、不意に向日葵色の髪をハーフアップに結った

女性の姿が映った。


「こ、琴葉?」


もういないはずなのに、そんなことは分かっているはずなのに、

その人をもう一度見れた事。その衝動に駆られて思わず

座布団から立ち上がり、彼女の方へと走り、手を伸ばす。


『凪、あなたの事、応援してるからね。』


その瞬間何処からかそんな声が聞こえてきて、

凪に微笑んだ琴葉は一瞬にして風に乗って姿を消してしまった。

そして、凪はその場に崩れ落ちた。


「凪~支度終わったよ・・・ってどしたのさ!?」


支度が終わり、凪に報告をしに来た紅葉なんてお構いなしに、

彼女はその場で大粒の涙を流しながら、床を叩き付けていた。


「琴葉~!!!」


部屋中にはただ凪の嗚咽だけが響いていた。

そして、紅葉は何も言わず泣き声をあげ続ける凪を

黙って見つめている。

そんな二人を包み込むかのように、

部屋中には、涙を乾かしていく、切ないほど冷たい風が吹いていた。

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