第一章エピソード19『楽器とは』
帰らなきゃ。早く帰らなきゃ────────
今現在の天榎の頭の中を、その単語だけが埋め尽くしていた。
いくら楽師だとはいえ、十四歳という若さ、それに女だというのに
こんな時間にまっすぐ帰らなかった自分が馬鹿だったとしか言いようがない。
いつもだったらまっすぐ家に帰ってたけどなんで今日に限って?────────
その小さな胸に自身の命より大事なものとも言える笛をしっかりと抱きかかえて、
月明かりに照らされた道を無我夢中で走り続ける。
早く安らぎを感じるわが家へ帰りたい。そんな言葉でいっぱいの天榎が
走り続けて走り続けて辿り着いた先は、
「あれ?ここどこ?・・・・」
全く身に覚えがない十字路の真ん中だった。
天榎の家がある下町の道幅よりもさらに狭く、人が横に五人ほど並んだだけですぐに
ぎゅうぎゅう詰めになってしまいそうなほどだった。
今日は本当に調子が悪い。きっと厄日なんだろう。
そうだ、早く家に帰って布団に入れば寝る事ができる。
寝れば明日になる。だから早く家に帰ろう。
そう思い、来た道を引き返そうとしたのだが・・・・
「どっちから来たんだっけ?」
天榎の周りに佇む四つの道の内、どれが正しい帰り道なのかが分からない。
なにせ自分と自分の楽器の身を守ろうとして急いで家に帰ろうとしたのだ。
何も考えずともいつもの帰り道に体が勝手に向かっていると思っていた。
そんな甘い考えが自分の首を絞めたのだ。
愚かな選択を取った己を呪ってしまいたい。
たった一日に起きた様々な出来事のせいでとてつもなく混乱して立ち尽くしている天榎に、
背後から一つの影が襲った。
「きゃっ!」
後方から何者かにいきなり手首をつかまれ、体の後ろでがっちりと紐状のもので縛り付けられる。
突然の事に驚いて指先の力が抜け、天榎の足元に竹が割れるような音が鳴って、能管が落ちる。
その瞬間、天榎は自身の全身から血の気が引いていくのを感じた。
手を伸ばして拾おうとしたがもう遅く、
頭から天榎の体がすっぽり入るくらいの麻袋で、彼女の体が包まれる。
そして言葉を発するより前に体が横向きになって、
謎の人物に運ばれた。
抵抗をしたかったが、能管が壊れたかもしれないという可能性が頭をよぎり、それどころではなかった。
能管、私の能管・・・




