エピソード20『変なやつら』
闇に包まれた世界。走って前後に勢いよく振られる手の肘が麻袋に小刻みに当たっているのを感じる。
そのせいで天榎が捕まえられている麻袋が振り子のようにゆっくりと放物線を描き続けていた。
普通の人間ならこんな危険な状況に陥った事でパニックになったり、
それと合わさって、体がずっと大きく揺れている事により、頭がどうにかなってしまうだろう。
だが彼女は楽師だ。しかも幼少の頃からずっと傍にいた一番親しい家族のような存在である自身の楽器と離れ離れになってしまったのだ。
しかもそれが壊れてしまった可能性も出てきている。
そんな状況彼女に耐えられるはずがなかった。
どうしようどうしようどうしようどうしようあの高さから落ちたら絶対もう使えないよ・・・
早く回収したいのに──────
直後、頭を抱えてうずくまっている天榎の全身に衝撃が走る。
「だっ!いったたたたた・・・な、なに?誰なの!?」
強がって威嚇したが、暗闇で何も見えないというのもあり、余計不安を感じる。
麻袋が落ちたという事は何者かが天榎を誘拐した人物の腕に攻撃をしたのだろうか?
いや、だとしても麻袋が落ちたすぐ後にもう一度回収されて逃走劇の再開になるはずだ。
彼女の脳内会議で目まぐるしい程の情報量が飛び交う中、
外から下駄の音が聞こえてきた。距離はほんの数メートルで、こちらに辿り着くのもほんの数秒だろう。
恐らくこの人物が麻袋を落としたに違いない。
だとしたら一体どんな人物なのだろうか。何が目的で私を助けたのだろうか。
このあと私はどうなるのだろうか。いや、そもそも本当に助けるという目的で腕を攻撃したのだろうか。
混乱して頭がどうにかなってしまっていた彼女の事なんてお構いなしに、
下駄の足音は大きくなり、麻袋の結び目に手がかけられ、
天榎の体に、夜の涼やかで新鮮な空気が流れ込む。
その瞬間、目を閉じて歯を食いしばったのだが、数秒経っても何も起きない。
こちらに近づいてくる気配も一向にない。不思議に思い、恐る恐る目を開けてみると、
「!!良かった!無事だったんだ!」
「怪我はない?どこか殴られたとか・・・」
天榎の目の前に、桜が描かれた躑躅色の着物を着た短い金髪の女性が跪いて、
こちらの様子を伺っていた。
そしてそのすぐ後ろには、かなり活発で明るい少女がなぜかわーわー騒いでいる。
「ていうかやっぱり誘拐されてたのね。能管が道端に落ちてたからもしかしてとは思ったけれど。
それにしても見つけたのはお手柄だったわ紅葉。」
「そんなことないよ。結果的には妖術で凪がこいつを倒してくれたから助けられたんだし。」
『紅葉』、『凪』。この名前で呼び合う彼女達を天榎は何日か前に見たことがあった。
「って、えええええ!?」
そう、劇場で出会って専属楽師をやってほしいと言ってきたあの二人組だ。
思わず一人の時の口調になってしまい、天榎は慌てて首を横に振って気を取り直す。
「ちょ、なんでこんなところにいるんだよ!
こんな暗くなってるのに危ないだろ!」
「?あなたを助けるために来たんだけど。」
紅葉がきょとんとした顔で答える。その顔に、天榎の威嚇におびえている様子は一切無く、
純粋なその瞳に天榎は耐え切れなくなり、声を荒げてさらに強気になる。
「ていうか、大体なんでこいつのこと倒せたんだよ!
あんた達と年齢も身長も力も全然違うのに!」
凪の顔に向かって人差し指を突き付けてそう言うと、
紅葉が困ったように頭を掻いた。
「え~っと、あ!これあなたの笛ね。」
目を少し逸らした後、紅葉が話題を変えた。
一番気になることを隠されて、天榎はそのことについて言及する。
「あ~っ!目逸らした!ちゃんと話せよ!・・・まぁでもありがとな。」
話題は逸らされたものの、自身の大事な大事な楽器を回収してくれたことに礼を言う。
その落ち着いた態度のまま、「それと、」と言って続ける。
「なんでここまで来たのかとか、紅葉山楽団の事とか。
色々聞かなきゃいけないことが多いんだよ・・・」
それまでの態度から一変し、落ち着いた声色で問いかける天榎。
その様子を見て、最初に口を開いたのは凪だった。




