第一章エピソード18『嫉妬と憧れ』
「偽善者ねぇ・・・・・」
ただ俯いて黙っているだけの紅葉を見つめていながら、そんな事ばかり考えている凪。
本来の彼女であればすぐにでも紅葉のフォローをするのだが、
伊右衛門の発した言葉の意味を考える事に気を取られてずっと顎に手を当てたままだった。
確かに伊右衛門の言っていた偽善者という事はあながち間違っていない。
向こうにとって自分達のやっている事がお節介だという事もあるかもしれない。
自分達の利益の為だけと思われているかもしれない。
だが、天榎が自分達の事を偽善者だと思っているかどうかなんて、
分かるのは本人だけなのではないのだろうか?
本人の気持ちを知らない外野がやめとけと口を出しても外野である相手もそれに応じる理由はない。
それが現状を深く知った者ならなおさらだ。
と、そんな答えを導き出した凪は、ハッとしてようやく現実に意識を引き戻された。
そしてそんな彼女の視界の中心にはただそこに佇んでいた紅葉が居た。
「ねぇ紅葉!」
急いで彼女をフォローしようと傍に駆け寄る。
俯いた状態だったのでその表情は確認できなかったし、しづらかったが、
その佇まいから彼女がいきなり吐かれた厳しい言葉にひどく落ち込んでいる事が伺えた。
「・・あっ!凪。ご、ごめんなさい・・・ちょっとびっくりしただけだよ!
アハハッ・・・・」
本人から見たら今の自分は強気でいられているようだが、
私から見たらそんな事は全くない。紅葉の口が僅かに震えているのを、
その喋りから察したからだ。
「ねぇ、とりあえず紅葉山楽団の人達が居ないか探してみない?
丁度公演終わりって言ってたし。」
先程の伊右衛門は公演が終了したので劇場から出てきたと言っていた。
だったらその近くに紅葉山楽団も同行していたのではないのだろうか?
そう思い、彼女にその提案をする。それを聞かされた紅葉は顔を上げて、
「そうだね!じゃあ私の家の方角かな?ちょっと行ってみよ!」
字面だけ見るとすっかり元気になったように見えるが、
実際はそんな事は全くなく、先程とは様子が一切変わっていない。
自分の気持ちを隠すかのように、紅葉は凪の一歩先を歩いて、
彼女に早く行こうと促す。
なぜそこまであの事を引きずっているのか凪には分からなかった。
紅葉にとってあの言葉は確かに強かったかもしれない。
でもだからといってここまで引きずることが普通あるだろうか?
凪はその事だけが気がかりだったが、紅葉を待たせているので、
その事は後回しにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁー、今日も頑張った私えらいえらい!」
帰り道、夕焼け空を背にして伸びをしながら自宅への道を進んでいた楽師の少女が居た。
「今日の私の演奏絶対大成功だったでしょ!あれは完全に
私の琵琶の虜になってるね!」
随分と面倒くさい自画自賛をしている彼女の名は沙門虎子という。
彼女は現在、自身が所属している紅葉山楽団の公演が終了したので、
家に帰る道を進んでいたのだ。
周辺は人通りが少なく、虎子の他には道行く人は三、四人程しかいなかった。
「ふぁぁぁ~眠い。」
江戸の生活は日が昇る頃に起床し、日が沈む頃に就寝するという
正に太陽と共に過ごしているような毎日だ。
なので、夜遅くまで公演をする楽師という仕事は少々体への負担がある。
いつも思うのだがどうして楽師という仕事はこんなにも終わる時間が遅いのだろうか。
「ま、演奏は好きだから別に何時までだってやっててもいいけどさ。」
そう独り言を呟くと、彼女は先程までとはうってかわった冷徹な声色で
もう一度呟く。
「今日の私、ちゃんと光ってた・・よね?
あの中で一番だったよね?・・・」
その言葉には、どこか寂しさや怖さ、不安感といった負の感情を感じるものがあった。
自身の左手の二の腕を右手でがっちりと掴む。掴んだその手には少し震えが生じていた。
日が沈み、先程の道行く人々もいつの間にか居なくなっている。
音もなく、暗闇に包まれたその道に、彼女は一人ぽつんと取り残されていた。
それに気づいた虎子は自嘲気味に笑い、
「ははっ!何やってんだろ私・・・」
そう言って、人気が消えた道をただひたすらに進む。
周辺には、地面と草履が擦れる音だけが静かに響いていた。
ちなみに普段のお出かけなどで履くのが下駄、
おしゃれな場所だったり礼儀作法や品位、格式を重んじる大事な場所に行く際は
草履という使い分けをするそうです。
初めて知った・・・・・・




