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江戸っ子歌い手少女  作者: 水海月
第一章『始まりの音色』
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第一章エピソード13『袋のねずみ』

「はぁ面白かった!紅葉山楽団やっぱり最高だな!」


仕事をサボって公演を見に行っていた管理人が伸びをしながら帰ってきたようだ。


(あっ、終わった・・・・・)


紅葉が心の中でそうつぶやいた瞬間。這いつくばっていた二人の方に、

管理人が首を向ける。そして二人の存在に気づいた時、その目が大きく見開かれた。

数秒お互いの間に沈黙が流れる。

そこから一番最初に口を開いたのは管理人の方だった。


「ちぼだ!ちぼが出たぞ!」


管理室のカウンターから外に顔を出し、管理人が外の入り口に向かって声を上げる。

ちぼというのは盗人(ぬすっと)を表す隠語だ。

客が混乱したりそれに紛れて盗人が逃げないようにするために関係者達の間で使われている。

二人はその意味を知らなかったが、おそらく自分達の事を言っているという事だけは

察したので、地下通路へと逃げようと急いで道を引き返す。

だがそんな事を劇場関係者である管理人が許すはずもなく、

壁に掛けてあった編み笠の紐をすべて切り取って、凪と紅葉の手足を縛ってしまった。


「ちょっ、ちょっと!」


自分達の手足を縛った管理人に縄を解いてくれと言うために、必死に呼び止めようとする凪。

だが、そんな彼女に構わず、木棚の中を一つ一つ確認し、何が盗まれたのかを入念に調べる。

そして、それは劇場の警備員である木戸がやってくるまで行われた・・・



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



床から伝わるこの音は、刻一刻とこちらへ迫っていた。音の数は三つ、四つ・・いや五つだ。

少しずつ強くなっていくこの振動が、自分達の余命を宣告するカウントダウンのようにも思えた。

そしてこの部屋へその音がやってくる。

管理室の扉が勢い良く開かれ、それが壁にぶつかった音が部屋中に鳴り響く。


「うごくな!って、もう動いていないのか・・・この者どもを

捕獲したのはお主か?」


木戸の中の親方的存在である大木戸の問いに管理人が背筋を伸ばして答える。


「はい!」


「そうか、協力感謝する。首と腰は我々で縛らせてもらうぞ。」


その言葉が放たれた瞬間に、大木戸以外の木戸が全員二人の元へ二人ずつ駆け寄ってきた。

恐らく首と腰を縛る者と、足の紐を解く際に逃げないように見張る者で役割分担しているのだろう。

紅葉は現役時代は沢山の芸を持っていて、その中には縄抜けの芸もあった。

だがこの瞬間にやってしまうと、状況が悪化してしまうのでやめておく。



こいつらが気を抜いた瞬間に凪の縄も解いて天榎ちゃんの所に行こう───────



そんな考えを思い浮かべていると、自分の腰の紐を引っ張られて現実に引き戻された。


「うっ!・・ちょっと痛いんですけど!」


そんな紅葉の文句に木戸は、


「うるさい!さっさと立ち上がれ!」


まるで駄々をこねる子供を冷たくあしらうかのように、

さっきより力を込めて紅葉の腰の紐が引っ張られる。

その強さにはさすがに紅葉も耐えられなかった様で、仕方なく立ち上がる事にする。


「ていうか私達何もしてないんですけど!」


不満を感じた凪も反論の声を上げる。

先程の紅葉の事もそうだが、自分達は何も悪いことなんてしてない。

なのになんで自分達が捕まっているのだろうかという疑問符が凪の

頭の中を埋め尽くしていた。


「うるさい盗人め!管理室には持ち出し厳禁の書類が大量に保管されているからな!

何か盗もうとしたに違いない!」


管理人から返された答えはやはり納得できるものではなかった。

確かにあの現場だけを見れば盗人に見えるのも仕方がないという事は凪分かった。

だがこちらの言い分も少しくらい聞いてくれたっていいではないか。

そんな不満でいっぱいになった凪を木戸が連行していく。

それに釣られるように紅葉も連行されていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



二人が連行された後、管理室には大木戸と管理人だけが残されていた。

大木戸は、仕事を部下に任せて彼女達を瞬時に捕らえた管理人にお礼をしていたのだ。


「迅速な対応、我々木戸一同感謝を申し上げる。これからも

我々木戸への協力よろしく頼むぞ。」


「あ、ありがとうございます!」


自分より位の高い人物に感謝の言葉をもらったのは初めてだったので、

管理人はものすごく緊張していながらも、同時に嬉しさも感じていた。

その様子に小さく微笑んだ大木戸は、カッカッと下駄の音を鳴らして扉へ向かう。

そして管理人の方へ体を向けて、


「それではこれで失礼仕る(つかまつる)。」


そう言って管理室から出て行った。

その様子を最後まで目をそらさずに見送っていた管理人の全身の力がその瞬間に抜けた。

彼の心の中は嬉しい気持ちでいっぱいだった。

子供の頃から憧れていた木戸がちぼなどの犯罪者を連行する瞬間は今まで何度も見たことはあったが、

お礼を言われたのはこれが初めてだったので、なんだかこそばゆい気分だ。

そして気持ちが落ち着いてから、管理人は何事もなかったかのように仕事へ戻るのであった。


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