第一章エピソード9『奏でる黒』
私は、祖父の影響で能管を始めて十一歳の頃に紅葉山楽団に入った。
紅葉山楽団は江戸中で知らない人は居ないほどの有名な楽団で
天才楽師たちが集まる場所だった。
祖父はとても温厚な人物で音楽を愛する人だった。
性格の裏表が一切なく、その人柄を周囲の人に認められ、
近所の人や紅葉山楽団内でも非常に信頼を置かれていた。
そんな祖父に憧れて私も紅葉山楽団に入った。
審査に受かった時は飛び上がるほど嬉しかった。
天才能管師と謳われた私は、入って早々沢山の公演に出演した。
それまで売れっ子だった同年代の楽師たちを押しのけて。
公演は出演できる人数の枠が決まっているので、すべて楽器の実力で決まってしまうのだ。
あの頃は何も知らずに呑気に吹いていたけれど、
きっと、その頃からものすごく嫌われていただろう。直接的な嫌がらせをされなかったのは祖父が楽団のなかでも大きな信頼を得ていた人だからだった。
祖父が老衰で亡くなってからというものの、ずっとひどい目にあっていた。
自分の能管に傷をつけられたり、かんざしを隠されたりと嫌がらせをする対象がそれらのものだったことから、私はようやく自分のせいで他の人たちが公演にでられなくなったとようやく気づいた。
他にも、楽屋の襖を開けたときに天井から水が降ってきたり、
着物を木端微塵に破かれたりしたこともあった。
「あんたさぁ、あの老いぼれのコネで
入って人気出たからって調子乗ってんじゃないわよ!
あんたのせいであたしたち全員お払い箱同然よ!どうしてくれんのよ!」
虎子が壁を蹴りつけて大声で怒鳴った。
そうじゃないと叫びたかったけど怖くて声が出なかった。
蚊の鳴くような声で「ご、ごめんなさい。」という事しかできなかった。
「ごめんなさいで済む話じゃないでしょ!
あんたが来てからというものみんな生活苦しいのよ!
この中には家族の生活を背負って演奏してる人だっている。
そういう人たちはね、皆毎日毎日辛い思いして何とか明日を迎えようと頑張ってんのよ!」
壁に背をつけてその場に崩れ落ちた。
自分がなぜこの場にいるのか分からなかった。
祖父と同じ場所に居ていたかったからだ。
音楽が好きだったからだ。
紅葉山楽団に入れば今までより楽しい楽師人生を送ることができると思っていた。
なのに、現実は全然そんなことなくてむしろ自分が皆を傷つけてしまう。
それに、一番の問題は紅葉山楽団に入った時に書いた契約書だ。
紅葉山楽団に入った楽師は、入ってから必ず十年は続けないとならない。
紅葉山楽団専属楽師をやめるかどうかを決められるのは十年経ってからである。
これが契約書の内容だった。もちろん自分の中でしっかりと考えて
その上で入ると決めたのだ。だから何も文句は言えない。
──────あと二年耐えるんだ・・・・
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「盗み聞きしてたけどあれは完全に集団でやってるな。黒だ。」
紅葉の頭を悩ませた。
「調べてみた所、紅葉山楽団は十年は専属楽師をしないといけないらしい。
入団する時に書く契約書の内容がそうなんだとさ。
ちなみにあいつが入ったのは十一歳の頃だからあと二年は続けないといけないってことだな。」
「三吉鬼はその契約書に書かれた内容を直接見たの?」
凪が聞くと、三吉鬼は首を横に振った。
「見てない。虎子ってやつとあいつ・・天榎だったかな?
その二人がそういう会話をしていたのを聞いたんだ。」
「そうね・・・じゃあその契約書にちゃんと目を通したら何とか方法が見つかるかもしれないわね。」
紅葉の考えではすぐ方法が思いつかないと思いきや、紅葉より頭の回る
凪が先に方法を思いついたようだ。
「明日もう一回劇場の公演見に行こうよ!楽屋に入れる方法が見つかるかもしれないよ!」
紅葉が明日の予定を決めて、二人がそれにうなずいた。
「よーし、じゃあ明日は劇場に行くぞー!おー!」
天井に拳を突き上げて活を入れた。二人も一緒にやってくれると思ったが、
どちらもやってくれずに、遅れて「「お、おー?」」と困惑した顔で
活を入れる。自分だけ突然おかしな事をしたみたいで少しだけ恥をかいた。
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