■ 拾九 二〇〇五年八月十八日(木曜日) 午前十一時三十五分
■ 拾九 二〇〇五年八月十八日(木曜日) 午前十一時三十五分
長崎へは小倉からだと電車で3時間。特急ソニックから博多で特急かもめに
乗り換える。昔・・・まだ父親がいた頃は、毎年、夏か冬に車で帰ってた気が
するけど、離婚してからはまったく長崎に行ったことがない。
長崎駅に着いたとき、駅で父親が待っていた。
「久しぶりだな」
「・・・うん」
久しぶり・・・いつぶりだ?離婚して以来・・・。
俺の手に持っていた荷物を取り上げる。
「戻ってきて安心した。あまりお母さんを困らせるな」
「・・・はい・・・」
父親は俺が家出をしたと思っているのかいないのか、いなかった一ヶ月のことは
深くは聞いてこようとはしなかった。でも、話したとしても誰も信じてはくれない
だろうし、頭がおかしくなったと思われるよりかは黙っているほうがいいんじゃ
ないかと思った。母親にも警察にも学校にも、『家出をした』と思われてるほうが
いいと思って、東京のほうに歩いて行ってみた、なんていう嘘の話を作った。
でもなんで、東京のほうに歩いていった俺が辰宮神社にいたのか、はうまく話せ
なかったけれど・・・
「じいちゃんは・・・」
「ガンやったみたいだな。病院をとにかく嫌がって・・・行ったときにはもう
手遅れ。・・・親父らしいといえば親父らしい」
そういって父親は寂しそうに笑った。
「戦争で兄弟をほとんどなくして。苦労したらしい。・・・覚えとるか?
昔・・・お前をつれてここいらの坂道を散歩してた」
「う・・・ん、なんとなく・・・」
長崎の連なる坂道・・・ぼんやりと思い出した。夏の記憶・・・
じいちゃんの顔は、よくは思い出せない。手を繋いで、長崎の坂道を歩いた、
というイメージしか俺には残ってない。
「お前、まだ持ってるか?時計・・・」
「あ、うん・・・」
左腕の時計を見せた。父親は
「これは・・・親父の大切なものやったらしい。昔・・・親父は辰宮神社の
近くに住んどったらしいんやが、その神社の神主さんにもらったらしいんだ」
「・・・え?」
「それからずっと大事にしてて・・・でも俺が欲しがってな。二十歳の誕生日に
ようやくもらえて、でもお前が欲しがるからお前に譲った」
「・・・辰宮神社って・・・俺たちが昔住んでた?」
「ああ」
・・・どきっとした。辰宮神社の神主さん、って・・・
「・・・じいちゃんは、昔あの辺に住んどったんか?・・・でもなんで長崎に」
「うーん・・・戦争が終わったあと、兄弟がほとんど死んで親戚の古閑の家の
養子になったらしいけどな。詳しい話は俺も最後まで聞けんかったな」
「養子・・・養子って・・・じゃあじいちゃんの前の名前はなんやったん?」
「・・・さあ・・・なんやったっけな・・・」
まさかな・・・
「イマイズミ・・・」
「え」
「今泉・・・?」
「・・・さあ。俺は聞いたことがないけんな」
じいちゃんの住んでいる家にいくと忌中の張り紙が張られていた。
古閑という表札の下に、俺はその名前を見つけた。
『古閑 萬亀』
「・・・マキ・・・」
「ああ、親父の名前か?・・・昔の人だから、珍しい名前だな。マキ・・・名前
・・・そういやお前の名前をつけたん、親父だよ」
「え」
「『万里』、って。・・・昔、世話になった人の名前だそうだ」
「・・・」
「・・・顔を見てやりなさい」
棺の中に入っているじいちゃん・・・萬亀の顔を見た。・・・わからない。
60年もたつと、昔の面影もよくわからなかった。
「じいちゃん・・・じいちゃんの兄弟・・・みんな戦争で死んだん?」
「そうだな・・・上の兄弟はみんな、戦争に行ったりとかで亡くなったらしいが。
確か残ったのがすぐ上のおねえさんにあたる人と妹・・・俺からすれば叔母に
あたる人かなあ・・・」
「・・・おばさん?」
「でも俺は会ったことないな」
「い、今でも生きてんの?その・・・おばさんとかって人たち」
「うーん・・・親父の下の妹のおばさんって言う人は昔逢ったことがあるけど・・
他の人はもう死んどるかもな」
「原爆・・・原爆で死んだ人とかいた!?」
「原爆?・・・さあ・・・でも親父が長崎に来たのは戦争のあとだから原爆・・・
とかって聞いたことないけんどなあ・・・どうしてそんなことが気になるんか」
「い、いや・・・」
結局・・・千鶴子はどうなったんだろう。生きてたのか、死んでたのか・・・
葬式が終わった。父親の兄弟は三人いて、父親は長男になるそうだが、
他の二人もじいちゃんについてのあまり詳しい話は知らないみたいだった。
骨になったじいちゃん・・・萬亀を見ても、わけがわからないままだった。
俺の記憶にある萬亀は、ボーズ頭のあの萬亀でしかない。
みんな、どうなってしまったんだろう・・・
あれから




