湯に浸かって百秒数えるまでが入浴です
それからしばらくして、ようやくロロの洗髪が終わった。
「できたー!」
ちなみに他のみんなはとっくに終わっており、ロロだけが熱心に洗い続けていたんだ。
「随分と一生懸命に洗っていましたねぇ」
「ご主人さまに綺麗になって欲しくて!」
「……俺ってそんなに臭かったか?」
ロロにそんな事を言われると、少しだけ不安になって身体の匂いを嗅いでみる。臭くないと思うんだが。
「そう言う事じゃないですよマスター」
そんな俺を、ため息を吐きながら否定するミオン。
「ええ。大好きな人の為に、何かをしたいって気持ちなんですからぁ」
そんなものなのだろうか。
「ですよねぇ? ロロさん」
「うん!」
ニアに聞かれ、元気よく返事を返しているロロ。どうやら、合っていたようだ。
「あ、ありがとう」
まあ、悪い気はしないが。やはり素直な好意を向けられるのは、いつまでも慣れる気がしない。
顔が赤くなってるんじゃないか?このまま居たら、のぼせてしまいそうだ……。
……よし早く出よう。そう思い、出口へと足を向け歩き出す。彼女達が、とんでもないことを言い出す前に逃げるんだ。
「では、湯船に浸かりましょうかぁ」
しかし思惑はあっさりと打ち砕かれる。俺の手首はニアによってしっかりと抑えられ、動き出すことが出来ない。
「……もう終わりじゃないのか?」
身体も洗ったし、みんなの目的は達成したと言うことにしてくれないだろうか。
「何を言っているんですか。折角の温泉なのですから、浸からないと勿体無いですよ」
「うむ、我も楽しみにしておった」
「ロロもー!」
分かってはいたが、みんな湯に浸かるまでがお風呂だと言わんばかりの顔をしている。
「じゃ、じゃあ……みんなでくつろいでくれ。俺はもう出るから」
だが、俺は既に湯にも浸かり身体も洗った。なので外で待っていても問題はないはず。
「逃しませんよぉ」
が、ニアは掴んだ手首を離してはくれない。
逃げるとは心外な。これは女子で楽しくお風呂に入るのを邪魔しないようにという心遣いで……。
「マスターも一緒です」
ミオンが一歩、近づいてくる。
やめてくれ、ただでさえみんな露出が激しいんだ。これ以上、俺に近づかないで欲しい。
身体を洗われていた時は、目を瞑っていたため気にならなかったが、こうやって改めて近くで見ると、みんな肌が綺麗で目のやり場に困る。
「いや、俺はもう入ったから」
みんなの姿から目を逸らすように顔を背けるが、説得は簡単には終わらない。
「みんなで入るのー」
腰にロロが抱きついてきて、上目遣いで俺を見てきた。
いつもと同じ、ロロの良くやる行為ではあるのだが、お互いの格好のせいか、肌がより触れ合うせいでロロに対する意識がまるで違う。
「う……わかった」
そう言いながら、ロロの肩を抑え引き離す。早く離れてもらわないと、俺はこんな小さな、娘のように思っているロロに変な感情を抱いてしまいそうだ。
「……これからは、ロロさんに言ってもらいましょうか」
「そうですねぇ。旦那様もロロさんには弱いみたいですし」
背後では、いつもの姉妹がひそひそと密談中。その内容は、実行されると俺の精神が保たないからやめてくれ。
「不穏な話をするのはやめてくれないか?」
しかしお前達、本当に仲良くなったよな……。昨日までのギクシャクはどこへ行ってしまったのか。
早く仲良くなってくれたら。とは思っていたがいささか早すぎる。そして仲良くなった結果の俺への影響が濃ゆすぎる。
「あらぁ、何でもないですよぅ」
「早くー」
ニアに対し何か言い返そうとしたが、ロロによってそれは妨げられる。腕を取られ引っ張られた俺は、結局みんなで湯船に浸かることになった。
……まあ、湯の中ならそこまで姿が見えないから平気か。
その時の俺はそんな事を考えていたが、それは直ぐに間違いだと知る事になる。
♢
「……ここの浴場って結構広いよな」
広さで言えば、五人で入って一人や二人泳ぎ出しても邪魔にはならない程度には面積がある。
「そうですね」
同意を示すミオンの声が、真横から聞こえた。いや、もはや耳元と言ってもいい。
「だったら、もう少し離れて入ったほうがくつろげると思わないか?」
相変わらず、みんなは俺にべったりとくっつき、四方を抑えられ逃げ出す隙もない。
いつか、添い寝よりはマシだと言ったな。あれは間違いだった。これの方が、数倍頭に血がのぼる。
「私たちは十分くつろいでますよぉ」
ニアは俺の後ろ。抱きつくのではなく、背中を合わせるように座っているが……背中が大きく開いている水着のせいで、背中の肌と肌が殆ど触れ合ってしまっている。
「……暑いんだけど」
「お風呂なのだから、暑いのは当然であろう」
ミオンの逆側には当然のようにリーラ。もうみんな各々の定位置が自然と決まっているんじゃないか?
「いや、そうではなくて」
いけない。みんなと触れ合っている肌の面積が大きすぎて……なんだか頭が沸騰しそうだ。
「きもちいいねー」
膝には当然、ロロがいる。
「もうそこはロロの定位置なんだな」
「うん!」
ロロは最近、俺が座るような時はいつも膝に収まるようになってしまったんだ。余程ここが気に入ったらしい。
が、いつもは可愛らしいで済むはずのロロも、今日はなんだか顔を見ることが出来ない……。出来ないと言うか、アレ?景色が歪むような。
「なんかマスター達、親子みたいですね」
垢睦まじい俺たちを見て、ミオンがそんな事を言う。
「そうですねぇ」
「ご主人さまがお父さん?」
ロロが、俺の顔を見て言う。
そうだな。ロロが娘なら、俺はロロを物凄い溺愛してしまっていたかも知れない。
「はは、それなら我が母親と言ったところかの」
だが、このリーラの発言から、場には切迫した雰囲気が流れることになる。
「……何を言っているんですか?」
「そうですよぅ。リーラさんでは、せいぜいロロさんのお姉さんと言ったところでは?」
まずはいつもの姉妹が、口火を切った。
「だが、この中で適任は我だけであろう?」
「意味がわかりませんね」
「だってミオンとニアは姉妹の枠組みではないか」
「だから何ですか」
「お前達どちらかが母親だと、もう片方はそんな夫婦の後についてきている可哀想な者と言うことになるぞ」
まあ、それは確かに。一夫多妻でもない限り、そうなってしまうな。
それなら、同じように二人は姉妹としてしまった方が平和だろうか。
「「……」」
二人は黙り、お互いを見つめた。
「それともどちらが母親役か決めるかのう?」
「「それは勿論私が……」」
そうして、当然と言えば当然だが、二人はお互いの主張をぶつけ論争を始めた。
さっきまでの仲の良さはどこへ行ったのだろうか。
「ほれ、我が母親になるのが一番穏便なのだ」
「リーちゃんはご主人さまのお母さんになりたいんだ」
その言い方だと、言葉通りリーラが俺の母さんになってしまうじゃないか。
「何でそうなるのだ!?」
リーラも驚き、声をあげる。
「だってロロとご主人さまがお母さんとお父さんなんでしょ?」
ああ……ロロがさっき言ったお父さんとは、そう言う意味で言っていたのか。
「親子ってそう言う……」
しかし、みんなの言っていたのは親子。それは俺が父親でロロが子供、と言ったものだったはず。
リーラがロロの勘違いを訂正しようとするも。
「リーちゃんなら私たちの子供にしてあげてもいいよ!」
ロロは聞く耳持たず、ニッコリと笑いながらそんな事を言ってのけた。
「誰に教えられたんじゃこの強かさ……」
十中八九ミオンだろう。
「……と言うか主よ。さっきから黙っておるがどうかしたのか?――って」
え、何を言っているんだリーラは。俺はずっと喋っていたじゃないか。ほら今も……あれ、口が動いてない?
「なんじゃ! 顔が真っ赤ではないか!?」
おかしいな……意識が遠のくような……。
身体がふらつき、傾いたような気がした。
「ああ!? 主が溺れたー!」
俺の意識は、そこで途切れる。




