異世界でもお風呂は一人で入るのが常識だと思う
「……ダメだ。緊張する」
結局あの後、俺が一番遅く入ることになった。しかし最初に準備を終えたのも何故か俺で、広い浴場に一人、湯船に浸かりながらみんなを待っている。
まあ、男は海パンみたいなのを渡されただけだから、準備が簡単だったのもある。
「受付の女性にはゴミを見るような目で見られていたような気がするし……」
浴室まで案内してくれた受付の娘は、少女四人と混浴をしに来た俺にどのような感情を抱いたのであろうか。
あの目を思い出す限り、感じた印象そのままだとは思うが。
「しかし湯浴み着ってどんな格好で来るんだろうか」
お湯に浸っても大丈夫なキャミソール、のような物を想像する。
……あれだけ嫌がっていたものの、いざこう言うシチュエーションになると少し楽しみにしてしまうのは男のサガだろうか。
「お待たせしましたぁ」
しばらく待っていると、扉が開く音と共にニアの声が聞こえ、みんなの気配も入ってくる。
「みんな。遅かったな……って!?」
緊張しながらも、ゆっくりと振り返った俺の目に映ったのは……ある意味予想通りの光景だった。
「ふ、普通の水着じゃないか!」
俺が渡されたのがほぼ海パンだったので多少そんな予感はしていたが、みんなが来ていたのは、俺の世界で一般的に水着と呼ばれていた代物。
「水着……って言うんですかこれ?」
腰を捻りながら自身を確認するミオンが付けているのは、ビキニタイプの胸がフリルで覆われた物。
「店員は、混浴で入る時の湯浴み着と言っておったぞ」
リーラは下こそショートパンツに似た着衣だが、胸元は寄せて上げられているのか普段より増して見えた。
「まあでも、下着と変わりませんよねぇ。これじゃあ」
そして、ニアが一番酷い。いや、この言い方は失礼だが、ハイネック型で大きく強調された胸が、目のやり場に相当困るものになってしまっている。
そんな中、恥ずかしそうにみんなの後ろに隠れているロロが一番の癒しになるとは誰が思ったか。
一人だけワンピースの水着をつけて露出すら控えめのロロを見ていると、父親の気持ちとはこんな感じなのかと錯覚してしまいそうだ。
「水に濡れても大丈夫な下着。と言った感じでしょうか」
「そう言う意味では、確かに水着と言った方が正しいのかもしれませんねぇ」
水着、という言葉がまだ存在していない世界でも、肝心な部分は隠しながら女性の武器を見せつける。と言う考えのもと着衣を作るとああなるらしい。
「どこの世界でも、辿り着く形は一緒なんだな……」
「何か言いましたか?」
「いや……」
種族や世界が変わっても、変わることのない人の思想に少しだけ感動しそうになった。
が、今はそれどころではない。俺はこれから、こんな格好を晒しているみんなと風呂に入らなくてはいけないのか?
湯船の中で一人身を震わせている俺を知ってか知らずか、ニアが俺を手招きしている。
「では、旦那様。こちらに」
「な、何でだ?」
そこには小さな椅子が一つ。嫌な予感しかしない。
「お背中を流して差し上げますわぁ」
完全に予想通り。だが、それはもう読んでいる。俺は既に、一人で風呂に来て身体を洗い終えているのだから。
「いや、もう身体は洗ったから……」
「背中はきちんと洗えてないですよね?」
だが、ニアも勿論引かない。
「洗えてると思うけど」
「良いから、こっちに来るのだ!」
どうやって言いくるめようか考えていた俺を横からリーラが腕を引っ張り、湯ぶねから引き上げようとしてくる。
「な、リーラまで何で!?」
一番乗り気ではなかったはずのリーラがどうしてこんなことを?
「みんなで話したのー」
逆側には、ロロが立つ。この二人に左右を押さえられるのは珍しい。本来こんな事をするはずのいつもの姉妹は、向こうで仁王立ちをして俺を待っていると言うだけだが。
「……なにを?」
聞きたくはないが、聞かないと俺が今から何をされるのか分からず恐怖が助長される。
「ご主人さまの身体をみんなで洗おうって」
……意味がわからない。
「背中ってさっき言ってたよね!?」
「背中なのは私だけですわぁ」
向こうでニアが手をあげている。背中を流すってそう言う意味かよ。
「私は右腕です」
「我は左腕」
ミオンとリーラも、自身の担当箇所を語る。腕なんてきちんと洗えると言うツッコミ待ちか?
「いや、背中だからちゃんと洗えていないって言い訳が既に崩壊しているんだが?」
「……」
みんな黙ってしまった。
「何か喋ってくれ」
せめて言い訳をしてくれないと、それに対して反論が出来ない。無言のまま事を起こそうとする奴が一番厄介とはこの事か。
「ご主人さま早くー」
「ちょ……」
湯船から上がりきった俺を、焦ったいとばかりにロロが背中を押して目的の場所まで押しやってしまう。
結局、こうなってしまうんだ。
「ろ、ロロはどこになったんだ?」
三人が両腕と背中ときて、ロロはまさか――。
「あたまー!」
そう言って、台座代わりの椅子を追加で引っ張ってきた。
「正面を洗うって言い出さなかっただけ、優しさか……」
そしてロロ、邪な想像をしそうになった俺を許してくれ。
「そうしたかったのは山々だったんですけどねぇ……」
山々だったのかよ。
「店員さんに釘を刺されてしまいましたからね」
「その様子が目に浮かぶようだ……」
恐らく俺に向けていた表情とそう変わらない顔で注意をしていたに違いない。
「ここ、座ってー」
「……まあ、仕方ないか」
大人しく椅子に座る。
よく考えて見れば、目を瞑ってさえいればいつもの添い寝よりは密着もないし、我慢できるはずだ。
「では、お湯を掛けますねぇ」
座った俺に頭からお湯をかぶせ、いよいよみんな曰く『奉仕』が始まった。
♢
いやこの光景さ、おかしくないか?
「……なあ」
「しゃべるとお口にせっけんが入っちゃうよー」
頭を一生懸命にゴシゴシと洗っているロロに、注意されてしまった。
「……」
黙るんだけど、やっぱりこれはおかしいと思う。
座った俺の両手を少女二人が持ち、背中と頭も同時に洗われている。
目を瞑っている俺には確認しようがないが、物凄く他人に見せられない姿になっている気がする。
「な、なんか凄い光景じゃのう」
それを感じたのか、リーラも少し恥ずかしそうに言う声が聞こえる。
「そうですか?」
「旦那様は旦那様なんですから、これぐらい普通ですわぁ」
「そ、そうなのか?」
騙されるなリーラ。これは絶対に普通ではない。
「そうですわぁ」
「そうです」
「む、むう。我が無知なだけだったか」
しかし俺の願いも虚しく、リーラは言いくるめられてしまった。
「……みんなの中で常識を語れるのは、誰もいないんじゃないか」
「もー。しゃべらないでー!」
少しだけ口を出そうとしたものの、喋ると頭が揺れて洗いにくいのか、ロロに注意されてしまった。
黙ろう。
「主はああ言っておるが」
「それは、人間の国のお話でしょう?ここは獣王国ですもの」
「確かにそうだの」
「温泉があって、マスターを奉仕する為のこのような着衣もあるんですから。これが普通なんです」
いや、その水着は奉仕用なんかじゃないだろ。張り紙には湯浴み着とはっきり書いてあったじゃないか。
「うむむ……」
「騙されるなよ、リーラ」
「だーめ!」
ロロに頭を、ペチンと叩かれてしまった。
黙る。
「だが、受付で我らは明らかに浮いていなかったか?本来はこう言う使い方をするものではない気が……」
そうだ、いいぞ。流されるな。
「それは、リーラさんがソワソワと落ち着いて居なかったからですよぉ」
「そうです。リーラさんも自分の事を興味深そうにジロジロ見られたら、良い気はしないでしょう」
「そ、そうだったのか……」
「みんなに迷惑をかけてしまっていたのだな……」
「良いんですよ」
「そうですよぅ。申し訳ないと思っているのなら、少しでも旦那様を綺麗にして差し上げましょう?」
「そ、そうだな! 頑張るのだ!」
唯一、この状況に違和感を覚えていたリーラも、丸め込まれてしまった。
「……」
俺を洗うリーラの手つきが、より力強くなった気がする。
「よいしょ……うんしょ……」
何も喋れない俺の頭を、一生懸命に洗うロロの声だけが俺の癒しだ。




