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みんなの観光案内『ニアの場合』


「ここは……なんだ?」


 ニアが連れてきた場所は、意外にも普通の通りに点在している建物だった。

 しかし、その建物は特に看板なども見当たらない白い外壁を晒している店舗。

 清潔感は感じるが、外見からは何の店か想像がつかない。


「お風呂屋さんですよぉ」


 ニアは、俺の疑問にあっさりと答えを返す。


「風呂……屋?」


「屋台の店員さんに聞いたんですけど、この獣王国は温泉が良く出るらしいんです。だから、いくつかの宿屋さんにも個別のお風呂があったみたいですねぇ」


 確かに、あんな休憩所みたいな所に風呂があるのは不自然だった。この世界の水事情的に考えれば、風呂なんて川での行水が良いとこのはず。お湯なんて貴族が奴隷に沸かせて入るレベルなのだから。


「源泉から直接引いてたってことか」


 しかし、温泉なんて存在がこの街の名物となっているなら納得がいく。


「はい」

「良く気づいたな」


 もしかして、ロロの時から考えていたのだろうか?


「ロロちゃんの番の時に思ったんです。大人の宿屋にまで個別のお風呂があるぐらいなら、公共の大浴場があっ

ても不思議じゃないんじゃないかって」

「大人……」


 やっぱりあの宿の意味を分かっていたんじゃないか……。


「では、行きましょうか?」


 そんな俺の気持ちを知りもせず、ニアはみんなを中へと促す。


「そうだな。正直、これは本気で楽しみだ」


 湯船に浸かる。しかも温泉なんてどれぐらいぶりだろうか。

 この世界に呼び出されてからと考えるなら、数年ぶりだと考えても差し支えない。

 ワクワクとした気持ちを抑えきれず、入口をくぐる俺に、ニアが頬を染めて言う。


「あらあら、旦那様はお元気ですねぇ?」

「……元気?」


 意味深な発言をしたニアを見、足を止める俺。同じように入口をくぐったミオンが中にある張り紙を指さした。


「マスター。ここ、混浴ですよ」

「な!?」

「ご主人さまと一緒にお風呂―?」

「さ、流石にそれはちょっと……恥ずかしいのだが」


 いや、恥ずかしいとかそんな話ではないだろう!?

 いくら何でも裸はまずい。俺がじゃない、みんながだ!


「では、リーラさんは外でお待ちになってますかぁ?」

「それは嫌だ! 仲間外れではないか!」


 仲間外れは嫌だから混浴に妥協するとか、倫理観どうなっているんだ。


「私も混浴で構いませんが」


 まあ、最初から乗り気なミオンやニアに比べればいくらかマシだと言えるのかもしれないが。


「いや、流石にダメだろ」


 だが、これだけはいくら何でも承伏する訳にはいかない。


「何故ですかぁ?」

「いやだって……混浴ってことはみんなが他の奴にも見られるって事で」


 俺だけが見れるのなら良い。と言う事ではないが、何よりみんなの姿を他の男に見せるのは……なんか嫌だ。


「……確かに、主以外に見られるのは嫌だのう」


 俺の言葉に、リーラは風呂での状況を想像したのか顔を顰めていた。

 だが、その言い方だと……。


「その言い方だと、マスターになら見られても良いみたいですね」


 ミオンも同じように感じたのか、リーラにそう言った。


「そ、それは……」


 自分の失言に気が付いたのか、顔を染めるリーラ。


「あらあらぁ」


 そんなリーラを、ニアが楽しそうに見つめて微笑んでいた。


「だから、ここはダメだ」


 別の場所にしよう。そう言って踵を返そうとした俺の前にニアが立ちはだかる。


「大丈夫ですよぅ?」

「え……?」

「とあるお店の店員さんにちゃんと聞きましたので。ここは、家族専用のお風呂があって大きな浴場を貸切にできるそうです」


 ……家族、風呂?


「それなら、我達だけで入れるのう」


 リーラもそれを聞いてほっとしているようだった。


「準備が良いですね」

「……本当に入るのか?」


 忘れていた。この姉妹、事前の準備だけはどんな労力を払っても完璧に済ませて逃げ道を潰してくるんだ。


「お嫌ですかぁ?」

「嫌って言うか、みんなには羞恥心ってないの?」


 一緒に寝るなんて比じゃない。裸だぞ?恥ずかしいだろ。


「私は旦那様なら別に構いませんねぇ」

「マスターなら平気ですね」

「わ、我は……流石に。でも仲間外れは嫌だし……」

「ロロはみんなでお風呂入りたいよ?」


 四人の意見は多種多様なものの、軒並み好意的な意見のみ。


「そ、そう……」


 もはや、羞恥心をあらわにしいてる俺が一番意識していて恥ずかしく思えてくる。


「多数決しましょうか?」


 ミオンはそんな提案をしてくるが。


「いやもう結果見えてるんだけど」


 こんなもの、どう考えても負け試合。


「でもさ、家族風呂ってことは血縁関係のない俺たちには入れないんじゃないか?」


 どうにかこうにか、逃げ道を探す。絶対に無駄だと理解しながら。


「料金さえ払えば入れますよぅ。確認済みです」

「……本当に、準備がいいな」


 なんでこの姉妹はこんなことに手際の良さを発揮してしまうのか。


「ただ、変なことをするのは禁止って言われましたねぇ」

「変なこと……」


 それって……大人の宿屋でするようなことだよな?


「リーちゃんなにそれ?」

「分からぬ」


 知識の薄い背後の二人は放っておこう。藪をつつく必要はない。


「!? こ、これだ!」


 どうにか打開策はないのか……そう思案していた俺の目に、ミオンとニアの間に起死回生の張り紙を見つけた。


「分かった、入るよ」

「あら、随分物分かりがいいですねぇ」

「もう少し粘ると思っていました」


 ここは、大人しく言うことを聞く。この後の、俺の意見を通しやすくする為に。


「ただし、俺の言うことも受け入れることが条件だ!」


 いつものパターンで、この混浴は逃れることは出来ないだろう。

 無理やり引きずられて行くぐらいなら、最低限の譲歩を引き出してやる。


「条件、ですか?」

「変なことは出禁になるからダメですよぅ?」

「ち、違う! これを着ける事が俺から出す条件だ」


 そう言って、先ほど目についた二人の背後にある張り紙を指さす。


「これは……?」

「湯浴み着、と書いてますねぇ」


 そこには、『混浴に抵抗のある方、湯浴み着をお貸しいたします』の文字。


「これを着けられないなら、俺は入らないぞ」


 この世界の湯浴み着がどんな物かは知らないが、他者に貸し出すぐらいだ。肌の露出が最低限の物に違いない。


「……仕方ないですねぇ」

「分かりました」


 二人は少し悩んだような素振りを見せるが、譲歩をした俺が条件を出したことで、これを飲まないと温泉に入るのは無理だと考えてくれたようだ。


「よし!」


 初めて、あの二人。特にミオンに譲歩をさせる事に成功した!嬉しさのあまり、ついガッツポーズまで決めてしまう。



「ねえねえリーちゃん」

「ん? どうしたのだ」

「あの張り紙、ご主人さまに見せるように二人とも動いてなかった?」

「む……言われてみれば。しかしミオンもニアも、主に言われてから気づいたような反応をしていたぞ」

「そうだよねー。変なのー」

「もしかしたら、主は誘導されただけなのかもしれないな」


 ……何か、とてつもなく不穏な会話が背後で繰り広げられている。


「二人とも、早くいくわよぉ」

「はーい」

「うむ! 肌を見せなくて良くなったのは我も助かると言うものだ」


 ニアに促され、立ち尽くす俺を追い抜いてロロとリーラも奥へと引っ込んでいった。


「……」


 あれほど準備に余念のないニアが、こんな所に堂々と書かれている湯浴み着の存在を知らないなんて事があるだろうか?


 ……誰も居なくなった温泉の入り口で、俺は一人膝から崩れ落ちた。



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