獣王国・ゴルドー
「それで、主達はこれからどこに向かうつもりなのだ?」
道中、横を歩くリーラが聞いてきた。
「ああ、この国の首都だ」
今向かっているのは、獣王国の首都であるゴルドーという都市。
そこには、周囲に多数の未攻略ダンジョンが残存しており、それ目的の冒険者も多く非常に栄えている街だ。
……一応、ロロの故郷候補でもある。
「そうなのか。楽しみだな!」
何故か瞳をキラキラと輝かせているリーラ。
「なんでそんなに上機嫌なんだ?」
「我は他の種族と交流を持ったことが殆どないからな!」
都市などの、大きく栄えた場所に行ったことがない。ということだろうか。
初めての体験にワクワクしている子供のようだ。
「それに、龍の姿では迂闊に姿も見せられない」
俺はその姿を直接確認したわけではないが、赤龍と同等だと仮定するなら……まあ、人前に出れる姿でも大きさでもないだろう。
「今の姿なら問題ないんじゃないのか?」
その姿で行けば良かったのではないだろうか。そう考えたが。
「この姿は、主と契約をしたから取れる姿なのだぞ」
自分の胸に手を当て、リーラはそう答えた。
言われてみれば、最初から人になれるのならわざわざ森に呼び出したりしないか。
「ちなみに、少しだけ主の好みのイメージも反映されている」
誇らしそうに胸を逸らす。
「……へえ」
そんな俺たちのやり取りを聞いていたミオンが、そう呟きチラリと横目でリーラを見やる。
身長こそはミオンと同じだが、長い艶のある髪に、控えめではあるもののミオンよりは明らかに大きい胸。
「いや、勘違いするなよミオン」
別にリーラの姿が好みという訳では……ない、かも知れない。
「何がですか?」
顔はいつもの無表情だが、声は明らかに不機嫌。
と言うか、最近ではミオンも感情を良く出すようになっているはずなんだ。
無表情の時点で、怒っているとも取れる。
「……」
これ以上何か喋って、やぶを突いてしまっても良いものか……。
「な に が で す か ?」
……いや、やめておこう。後が怖すぎる。
「いや、何でもないなら良いんだ」
目を逸らして、話題は終わりだと意思表示を固める。
「尻に敷かれておるのう」
そんな俺の姿を見て、リーラがニヤニヤと笑い茶化してきた。
「そう言うことじゃない」
別にミオンとそういう関係って訳でもないのだし。
そもそも何故俺はミオンにされるこの手の話題に弱いのか。……これが尻に敷かれているということか?
「おにいちゃんはこの人が好きなの?」
なんて考えてると、ミオンと手を繋ぎ黙って景色を眺めていたロロまでも、この話題に参戦してきた。
「ロロまで何を言い出すんだ……」
ロロを見ようと振り返ると、背後に砂煙が見えた。
「そんなことより、ほら、馬車が来る」
丁度いい、この話題を誤魔化すついでにあれに乗せてもらおう。
「誤魔化しましたね」
「誤魔化したのう」
二人には、バレバレのようだが。
「……」
喋れば喋るほど墓穴を掘る。もうずっと黙ってしまおうか。
「ははは! 拗ねるな拗ねるな。我が悪かった」
そんな俺の反応を楽しんでいるのか、リーラは俺の肩を笑いながら叩き謝罪をする。
「馬車、停めますね」
ミオンも追及をするのをやめてくれたようだ……。
「ふう、前途多難だよ。……ほんと」
こんなパーティで大丈夫なのだろうか。不安しかない。
♢
「ありがとう、助かった」
乗せて貰った馬車の運転手にチップを渡し、礼を言う。
女性三人に男一人であったためか、やはり変な目を向けられていたように思う。
「おお! ここが都市と言うものか!」
リーラとロロは、ついてすぐ走り出してしまった。
「あまりはしゃぐなよ。迷子になるぞ」
ゴルドーは、首都と言うだけあってかなり広大だ。集合場所も決めていないような状態ではぐれると探し出すのが困難になる。
「うむ!」
こちらに顔すら向けずに、生返事だけを返して街をウロウロ。
……本当にわかっているのか?
「まずは、ロロさんの家を探しましょうか」
隣に立っていたミオンが、そう提案する。
正直ミオンだけでも落ち着いてくれて助かった……。
「そうだな」
ミオンまではしゃいでいたら、収集がつかなくなっていただろう。
「こっち!」
ロロは随分先の路地裏から顔を覗かせて、こちらへと手招きをしていた。
「やっぱり、この街に住んでたようですね」
「ああ」
でなければ、あそこまで迷いなく歩くことは出来ないだろう。
「リーラ! 置いて行くぞ」
未だ露店やショーウインドウに目移りを繰り返しているリーラ。
「ま、待つのだ! もうちょっと!」
その場から動きたくないとばかりに声をあげる。
「後からいくらでも観光させてやるから」
今は、ロロの用事が優先だ。
「ほ、ほんとだな?」
そう言いながらも、目線はチラチラと何かを見ていた。
……あれは、串焼きか?
「はやく〜」
動き出そうとしない俺たちに、ロロが向こうから催促の声をあげている。
「ほら、行くぞ」
焦ったいリーラの腕を掴み、引きずるように連れて行く。
「うう……仕方ない。約束は守るのだぞ!」
名残惜しそうな唸り声を出し、もう一度連れてこいと念押しをしてくる。
「わかったわかった」
この街にはしばらくいるつもりだ。
その間なら、観光でも食べ歩きでも、好きなだけさせてやる。
「……裏通りか」
ロロがするすると、慣れた様子で歩いていくその場所は、明らかに一般的な道ではなかった。
「あまり、治安は良くなさそうですね」
ゴミも散乱し、野良猫も多い。
……それに、周囲の窓からは余所者を観察するような鋭い視線も感じる。
「獣王国の王都でも、こんな場所があるんだな」
前回では踏み入ったことすらない獣王国の暗部に、少しだけ触れた気がした。
「ここ!」
路地を抜け、広い通りへと出る。その正面にあったのは、家などではなく。
「ここは……」
大きい建物に広い敷地。敷地の中では、多くの子供が遊んでいる。
そして何人かいる大人は、全員が修道服のようなものを着込んでいた。
「教会……いえ、孤児院ですね」
隣でミオンが、そう呟いた。




