決意
「ロロ!?」
孤児院のシスターが、ロロを見るや血相を抱えて走ってきた。
「しすたー!」
ロロも、嬉しそうに彼女の元へ駆け寄る。
「良かった……無事だったのね」
「おにいちゃんに助けてもらったの!」
シスターはロロを抱き寄せ、目には涙。
余程、可愛がられていたのだろう。
「あなた達が……」
え? といった感じで、視線がこちらを向く。
ロロに言われ、ようやくこちらの存在に気づいたようだ。
「ありがとう、ございます」
「いや……」
俺たちは偶然見かけて、道中が一緒だったので連れてきただけだ。
かしこまって礼を言われるのはこそばゆい。
「私たち獣人は、身寄りのない子供が良く誘拐されるんです。事件にもなりにくいので」
ロロを撫でながら、そんなことを言う。
「良く……か」
あの洞窟が、目に浮かぶ。
「マスター?」
獣王国と人間の国を結ぶように彫られた、隠された洞窟。軍事利用できる大きさでもなければ、横に二人並ぶことも出来ない大きさ。
そんなものが、隠されるように存在していたワケ、とは。
「洞窟、潰しておいた方が良かったかも知れないな」
獣人の誘拐の為だけ、とは考えづらい。だが、何人もの子供が連れ去られて、一人も見つかっていないのなら、アレが悪用されているのは明白だ。
「そう、ですね」
ミオンも少し考えて、俺と同じ結論に至ったのか同意を示す。
「何の話なのだ?」
背後では、洞窟の存在を知らないリーラが話題について行けずソワソワとしている。
「いや、気にしないでくれ」
が、今説明しなくてもいいだろう。帰りにもう一度通った時に見せてやればいい。
「仲間はずれじゃ……」
眉根を寄せ、自分だけが話題に入れないことに不満の意を見せる。
……へそを曲げられないといいが。
「じゃあ、ロロ。行きましょう?」
そこまで話が進み、とうとう、お別れの時がやってきた。
俺はロロを見つめ。
「じゃあな」
その一言だけを、言う。
短い間だったが、本当に楽しかった。心からそう思っている。
できればもっと一緒に居たいが、ロロには帰る場所が――。
「ちがうよ?」
なにを言っているんだ?と言うように、キョトンとした表情を、俺に向ける。
そしてそのまま抱きしめられていたシスターの腕から、抜け出る。
「ろ、ロロ?」
彼女の突飛な行動に、シスターも動揺しているようだ。
「ロロね、今日はしすたーやみんなにさよならしにきたの!」
……え?ろ、ロロの奴……。
「な、何を言って」
動揺は、こちらも同じだ。
「ふむ」
いや、二名だけ、明らかに冷静な奴らがいる。
一人に至っては、なるほど納得した。と言わんばかりの様子。
……なにが分かったんだ。
「ロロ、おにいちゃんと行かなくちゃいけないから」
トトト、と俺の元に駆け寄り、そう言いながら足に抱きついてきた。
「「え?」」
俺とシスターの声が、重なる。
「ど、どういうことですか?」
シスターはこちらに視線を向け、状況の説明を求める、が。
「いや、俺にもさっぱり」
俺にもわからないので説明のしようが……。
「おにいちゃん、約束したよ?ロロを守るって」
足に抱きついていたロロは、俺を見上げ、そんなことを言う。
確かに約束はした。だけど。
「あ、ああ。だからこうやって、ここまで連れてきて」
それはロロを送り届ける。というものだったはず。
……だよな?そう考え記憶を掘り返そうとしていると。
「違いますよ。マスター」
ずっと黙って状況を静観していたミオンが、口を開く。
「へ?」
「マスターは、ロロさんを守る。としか言ってません。その中に期間などは明言してませんでした」
……は?
「な!?」
いや待て、そんな訳がない。俺は確かに、言ったはずだ。一緒に着いてくるか?と。
……だが思い返すと、確か誘拐犯に襲われた後、ロロが妙な事を言っていた記憶がある。
あれが、そうだと言うのか?
「ね? おにいちゃんはロロを守るの!」
キラキラと顔を輝かせ、そんな事を言うロロ。
その目は、これから先も着いていく事を確信している瞳だ。
「ははは! これはしてやられたのう!」
背後では、リーラが一人高笑いをあげている。
なにがそんなに面白いのか、目尻に涙を浮かべ、地面を転がりそうな勢い。
「笑い事じゃない!」
と言うかこれ、ミオンは全部知っていただろう!?むしろあの時の耳打ち。この状況を画策し本人こそ、ミオンなのかもしれない。
「あ、あの……」
身内で騒いでいる俺たちに、おずおずと言葉をかける、シスター。
「しすたー、ごめんなさい。ロロね、おにいちゃんに約束を破らせないために、一緒に行かなくちゃいけないの」
そんなシスターに、申し訳なさそうな声音でロロは謝罪する。
待て! その言い方だと、まるで――。
「まるで俺が全部悪いみたいになってる!?」
「強かですね」
「誰が入れ知恵をしたのかのう」
ミオンの言葉に、リーラがニヤつきながら彼女を見る。
ミオンはそっぽを向き知らん顔だ。
「お前らも、談笑してないで止めてくれ!」
もう誰が仕組んだとかどうでもいい。ロロを止めることに協力を!
「いえ、私はロロさんがついてくるのに反対してませんから」
「我もだな」
「こ、こいつら……」
道中、ほとんど会話もしていなかったのに、こんな時だけ急に仲良くなりやがって……。
「……おにいちゃんは、約束守ってくれないの?」
いつまでも了承してくれない俺に痺れを切らしたのか、ロロはとうとう涙まで浮かべ始める
「う……」
お、俺の口から、ダメだとは言えない……。
誰かにロロを説得して、ロロ自身から止める。と言ってもらわないと。
「し、シスターはどうなんだ」
この中で、唯一味方になってくれそうな人。それは彼女だ。
「え?」
彼女はロロをとても大切に思っているようだし、急に現れた得体の知れない連中にロロを渡すのは難色を示すに違いない!
「ロロが行っては、困らないのか」
さあ、お前たちのような奴にロロは渡せないと言うんだ! 頑固な父親の如く声高らかに!
「いえ……彼女達はもともと孤児ですし、本人が納得しているのなら、私は笑って送り出しますよ」
「……」
……分かってた。俺に味方なんて最初から一人もいなかったのだ。
「マスター、いい加減悟りましょう」
ミオンが、俺の肩に手を乗せ俺をこそ説得してくる。
「……」
ゆっくりと、振り返る。
「最初から決まっていたことです」
そこには、笑いを堪えているかのようなミオンが、立っていた。
……せめて申し訳なさそうな顔でもしていてくれ。
「ミオン……やはり知っていたんだな」
「いえ」
そう問い詰めようとする俺を、ミオンは首を振り否定する。
「ただ、両親のことを話さないロロさんや、誘拐されるならどんな立場がされやすいかで予想していただけです」
「ぐ……」
言われてみれば、確かに不自然だ。
ロロぐらいの年齢であれば、両親の話をしたり、両親に会いたいという話題が一度くらい出てもいいはず。
「ツメが甘いのう、主よ」
背後では、リーラもやれやれと言わんばかりの態度だ。
「……俺の目的は、ダンジョンを巡ること」
だけどやはり、ロロを連れて行くのは反対だ。
「これから先は、平和に街道を歩くような日々はやってこない。常に危険と隣り合わせになる」
そう、俺は。
「ミオンやリーラは、自衛出来る実力があるはずだ。だが、ロロはまだ子供」
ロロを大切に思ってるからこそ。
「そんな危険な旅に……連れて行けるハズがない」
ロロが同行するのを、認めるわけにはいかないんだ。
「……」
俺の言葉で、周囲はシン……と静まり返る。
「えい」
そんな中、ミオンだけは空気を読まず俺の頭にチョップをかます。
「痛っ!?」
何をするんだ? と顔を向けると、そこには不機嫌そうな表情の、ミオン。
「マスターは、深く考えすぎです」
ミオンは、何故か怒っているようだった。
「何を……」
「守れば良いじゃないですか」
ただ一言、それだけ。
「……」
「それがマスターの力、なんですよね?」
俺の……力。
「それは……」
自身の手を、見やる。
「何を考え込んでおる」
それに続くように、リーラも発破をかけてくる。
「それに、私たちなら大丈夫とは何事だ。男なら、全員まとめて守ってやる! ぐらい言わんか」
「っ!?」
その言葉に何か、目が覚めたような気がした。
「もし我らより強い存在と邂逅した時、主は我らを置いて逃げるのか?」
「そんなわけ――!」
そんなことできるはずもない。俺は、みんなを――。
「では、良いではないか」
リーラは微笑み、俺の頬を撫でた。
「……」
暖かいその手に、不思議と勇気をもらったように思う。
「それに、人間は守るものが多い方が、自身の限界以上の力を発揮できる。とも聞いたぞ?」
口元を軽く上げ、不敵に笑う。
まるで……どうだ、お前に我らを守り通すことができるか? と挑発するように。
「は、ははは」
そんな事を言われて、それでも臆してしまったら……それこそ俺は俺で無くなってしまう。
「そうだな……」
もう決心を固めよう。
「分かった! 俺、が全員まとめて守り切って見せる!」
決意を胸に、俺は高らかに宣言する。全員をその手で、守り続ける。そう誓おう。
「リーラさんの言葉そのままですね」
「もう少し工夫が欲しいものだのう」
ようやく覚悟を決めた俺を二人は、いつものように茶化してくる。
「……水を差すなよ」
でも、うん。みんなに心配や気遣いをされるよりは、こっちの方が断然良い。
「ロロ、いいな?」
足元で、ずっと黙っていたロロの頭を撫で、確認をする。
「え……?」
「ロロは、俺が守る。ついて来てくれるか?」
そう言って、見つめる。
「――」
ロロの瞳には、段々と涙が溢れ。
「うんっ!」
嬉しそうに、俺の胸へと飛び込んできた。




