第五章3 『社畜とクズ』
魔王視点です。
「勇者と魔王で、和解しないか?」
その提案に、俺はまたしても剣を振る決心を鈍らせてしまった。
「和解……どういうことだ?」
聞き返すと「そうこなくちゃな」と言って勇者は剣を下ろすように頼んでくる。
仕方なく剣を下ろし、俺は奴の目を睨んだ。
「思いついたんだけどさ、このまま2人とも死ななきゃ、どっちかが前の世界で生き返ることもなく、この異世界で気ままに暮らせるじゃん。平和的かつ二度目の人生を歩めるんだ。な? お互い、悪くない話だとは思わないか?」
このまま……つまり、魔王のまま生きろって?
冗談じゃない。
「お前は、戻りたくないのか?」
思わず気になって訊ねると、勇者は何を聞いてくるのかと思えばと言ってから、呆れたように吐き捨てる。
「ないね」
「――!」
「戻れる保証もないし、この世界で死にたくねえし。……人生ってさ、やり直せるもんじゃねえし、こうして生きてるだけで儲けものだと思わね? 本当はお互い、死んで終わりだったんだぜ?」
確かにそうだ。
本当はやり直せない。ここに生きてることも、おかしい。
考えてみると、贅沢すぎる権利だった。
「やり直したいって思わないように生きるのがコツじゃん。だから僕は、後悔はしてもやり直そうとはしない。な、だから和解しようぜ? この世界、女の子も可愛いし、勇者ってだけで楽できるしさ。こんなチャンス手放すなんて馬鹿だぜ」
「……」
その言葉で確信した。
やはり同姓同名の他人だ。
俺ではない。俺に似た誰かだ。
だって俺は……そんな風に考えられない。
惨めで何も変われない俺は、またしても惨めに元の俺に戻っていく。
「和解は、できない」
これが俺の中での当然の結論だった。
しかし納得できないのか、勇者は信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。
「はぁ!? なんでよ! これ以上ない話じゃん。殺し合いとか冒険なんて、僕らにはそもそも無理だろ!? こっちに来てから散々痛感してんじゃねえの!?」
ああ、そうだよ。
お前の言うとおりだよ。
俺は魔王として何一つ、何も成せていない。
「だからこそ戻りたいんだ……。俺は本物じゃない、こんな俺に魔王なんて大役を続けられるはずがないんだよ。もうたくさんなんだ……ここに来てから、ずっと誰かに迷惑かけ続けてるだけだ!!」
「魔王様……」
視界の端で、セイレちゃんやサキさんが心配そうにこちらを見つめている。
また俺は、彼女たちの負担になっていた。
ごめん……不甲斐ない魔王で、ごめんよ。
「なんだよ、それ……」
「――!」
「ここにいて本物じゃないって? 馬鹿じゃねえの? 僕の目の前にいるのは紛れもなく魔王で、あの子たちは、魔王のあんたのことを――」
「黙れ!! 俺の何を知ってるっていうんだ!! 俺は、やり直すんだ。今度こそちゃんと――」
必死に叫ぶと、勇者はこちらを射抜くように見てくる。
先程までのチャラ男とは全く違う目をしていた。
見たことがある。
俺とは違う、信念の宿った者の眼だ。
「……そんなこと言ってるやつがさぁ、やり直せるわけねえじゃん。この世界で変われてすらいねぇくせに、理想だけ語ってんじゃねえよ」
「何を――」
「僕はあんたのこと何も知らないけどさ、根っこが変わらないまま戻れたとして、きっとまた、あんたは同じ道を歩むに決まってる」
「……!!」
抉られるような言葉だった。
自覚しているからこそ、それが初対面で、自分の顔をしていて、同姓同名の、しかも勇者でホストで、自分とは真逆の人間に言われて、頭の奥が熱くなった。
「それだけは、僕にもわかる。あんたの気持ち、痛いほどわかる。僕だって立派な人生歩んだわけじゃないし、似たようなもんだからな。けどよ……」
ジリジリと、頭に電気が走る感覚に襲われる。
「あんたにとって、この世界は生きやすくねえのか?
ここで僕を殺して戻れたとして、あんたは後悔しないのか? 戻るって、ここからいなくなるってことだろ。ここで知り合った連中と別れるってことだ。
それってさ……この世界で死ぬのと同じじゃん。生前の僕らと変わんねえよ」
「――っ!?」
だから、その言葉には鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
「それに記憶は保ったままこの世界に来てるんだ。全くの別人ってわけじゃない。そんなにやり直したいんなら、ここでやり直してみりゃいいんじゃねえのか?」
剣を握り直し、俺は勇者の首元に構える。
「お前に……俺の何がわかる。お前みたいに遊んできた奴に、俺の気持ちなんか――」
「わかんねえよ。遊んできたことも否定しない。あんただって、僕の何を知ってるって言うんだ? 何も知らないくせに決めつけんなよ」
「……!」
「でも元は同じ人間で、同じく死んだ者同士じゃん。なんで理由もなく殺しあうんだって話じゃね?」
「人間……?」
勇者の言葉に、サキさんが驚いているように見えた。
終わった。
やっぱり俺は、人間だろうと魔王だろうと、駄目な奴だった。何もできない雑用専門の、いてもいなくてもいい存在。
魔王って書かれた椅子に座るだけの、飾り物だ。
誰かの言葉で奮起して、勝手に落ち込んで、最後は必ず逃げる。
そもそも、逃げてなきゃここにいない。
「……はは」
考えないようにしてきたけど、やっぱりそうだ。
今までは言い訳のように、自分の中で言い聞かせてた。
俺は社会に殺されたって思ってた。
けど、実際は違う。
俺は淘汰され、殺される道を「選んだ」。
殺されたんじゃない。
都合のいい理由をつけて、被害者の立場を演じて、結局は自分で選んで、逃げたんだ。
これじゃあ、勇者を馬鹿になんてできないな。
俺は、誰からも必要とされない「クズ」だから……。
「撤収だ……」
「え……!?」
俺の言葉にサキさん達が驚いていた。
目の前に勇者がいて、いつでも殺せる状況。
でも、今の俺には、もう彼を殺すことはできなかった。
「魔王様、よろしいのですか!?」
「……いいんだ。もう、帰ろう」
そう言い残し、俺はゲートへと向かう。
サキさん達も大急ぎでこちらにやってくるのがわかった。
俺がゲートに足を踏み入れる頃には、全員が集合した。
「よろしいのですか?」
サキさんの言葉に頷くと、身体が闇に飲まれていった。
その間際、背中越しに勇者から声がかけられた。
「魔王、勝手に死ぬなよ! 僕はあんな人生やり直すつもりねえからな!! それに諦めてねぇから!!」
死ぬな。
その言葉が頭に残った。
生前、周囲の連中が誰一人としてかけてくれなかった言葉だ。




