第五章4 『嵐が去って』
勇者視点です。
ズサッ。
魔王が去り、僕は全身の力が抜けて湖を張った氷の上に座り込んだ。
「し、死ぬかと思った……」
今でも心臓が破裂しそうなくらいに活動している。
剣を向けられた時もそうだが、話の最中に何度も怒らせてしまい、怒号の度に迫力で気圧されそうになった。
本当に生きてることが不思議で仕方がない。
下手すりゃ死んでた。
「でもまぁ……、魔王も苦労してんだな」
虚勢張りまくりの問答だったけど、魔王の精神状態が大分やばいことは嫌でも分かった。
野郎に心を痛めたいとは思わないが、なんとなく感情移入してしまった。
「勇者様!!」
モルちゃんが呼んでいる。
僕は腰を上げ、そちらへと駆け出した。
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「勇者様、大丈夫です?!」
「あ、ああ。なんか魔王も帰ったみたいだし」
「……す、すごいです。さすが勇者様です。何を話していたのかわかりませんが、あんなに魔王を怒らせた挙句、口論で勝っていたみたいです。初めて心の底から尊敬したですよ」
ま、そう見えたよな。
内心、死と隣り合わせで心臓バクバクでしたとは口が裂けても言うまい。
それに魔王にも色々あるみたいだが、勝手に死なれちゃまずい。どっちの世界でも借金まみれの僕だけど、前世の連中よりエリカちゃんの方が万倍いい。
「しかし……魔王、強すぎです。あそこまでの差があるとは予想していなかったですよ」
モルちゃんが思い出すように口にした。
確かに、魔王を取り巻く美女たちの……美女、美女。美女!?
「なんだよあいつ、僕より恵まれてんじゃね!?」
「きゅ、急にどうしたです?」
「……」
なんか存分に慕われてそうだったし、よくよく考えるとムカついてきた。
だってあれだろ?
彼女たちは部下みたいなもんだから、命令し放題ってことじゃん!!
それでなんであの体たらくなんだ。どんだけ我儘なんだよ!
あんなムッチリボディや美女を好き放題にできるっつうのに、何が「戻りたい」だ。
おのれ魔王……さっきは情に流されてたが、許せん。
次に会ったときは、絶対に僕の提案を飲ませてやる。
そして僕は悠々自適に……。
「勇者様、エリカさんが……」
モルちゃんの言葉で我に返ると、まだ起き上がれないエリカちゃんのことに気付いた。
「エリカちゃん!」
「大丈夫です!?」
声をかけて駆け寄ると、エリカちゃんは意外と無事だったらしく普通に立ち上がった。
「帰るわよ」
しかしその声から先程までの明るさは感じられない。
「あ、あの――」
声をかけようとするモルちゃんの肩に手を置き、僕は無言で首を振った。
いまはそっとしておこう。
「シュテム王国に戻ろう」
「……はいです」
魔王と和解をする目的は変わらない。
だけど今度は、一発ぶん殴ってからにしようと決めた。
エリカちゃんを泣かせたんだ。それから和解しても遅くはないよな。
こうして魔王と勇者の初対面が終わった。
双方に思うことがあり、この出会いを機に互いの存在を意識し始めるようになるのだった。
まだ、二人の物語は始まったばかりであった。




