第41話 四十七基に、体はひとつ
第十一ダンジョンの柱は、十四本あった。
市内で一番多い第九より、二本多い。
朝の九時に着いて、所長室で挨拶をして、十時から一本目の前に立った。
基部の前で目を閉じる手順は、第七でも、ここでも変わらない。
下がり幅、なし。
濁り、なし。
速さの欄は、書くことがない。
一本目を書き終えて顔を上げると、案内の人が一歩ぶん離れたところで待っていた。
「いま、何をされてたんですか」
「聴いてました」
「それは、聞きました。あの、何を聴くんですか」
十四本ぶん、同じ質問に同じ答えを返した。
四本目あたりから、案内の人は質問をやめて、俺の顔を見るのをやめて、柱を見るようになった。
見る場所が変わるのは、いい変わり方だと思った。
十二本目の前で、案内の人が自分から足を止めた。
俺が目を閉じるより先に、その人が口を閉じた。
昼を挟んで、十四本を終えたのは夕方だった。
第七の九本なら半日で済む道のりが、丸一日かかった。
道が長いのではない。
一本ごとに、誰かが説明を求めるからだった。
◇
夜の欄で、詰まった。
出張のために、秋津さんが紙をもう一枚作っていた。
様式第一号は聴いた結果を書く紙なので、どこでどう聴いたかを書くところがない。
巡回票、と印刷されたその紙には、順路の順番と、時間帯と、夜の欄がある。
夜の欄には、「換気塔での聴取」と刷ってあった。
第七の三本を前提にした欄だった。
第十一に、換気塔はなかった。
正確には、換気の設備はあるが、柱の音がダクトに乗る造りではない。
こういう基のほうが多いのだと、着いた日に知った。
宿から電話をかけると、秋津さんは二回で出た。
『欄が合わないんですね』
「合わないです。書けないので、空欄になります」
『空欄が続くと、後で読む人が、聴いてないと思いますよ』
「そう思います」
『……作り直します。明日の朝までに送ります』
翌朝、宿のファクスに、直した紙が届いていた。
夜の欄が、「夜間停止の有無」に変わっていた。
機械が止まる時間帯があるかどうかを書けば、聴ける時間があるかどうかが分かる。
第十一は、深夜二時から四時まで搬送設備が止まる。
その二時間なら、基部の前で聴ける。
その晩は、二時に起きた。
機械の全部が寝ている構内は、第九の朝の窓より静かだった。
十四本のうち、気になる二本だけを聴いた。
二本とも、昼と同じ音だった。
同じなら、それでいい。
宿に戻って、巡回票の夜の欄に、二時から四時、と書いた。
欄が変わっただけで、書けなかったものが書けるようになった。
俺は十年、書けないほうを自分の側の問題だと思ってきた。
欄の側の問題であることが、けっこうある。
◇
――同じ週。動画配信サイト、地方巡業中の枠
『こんばんは。今日は第三十六ダンジョンの外に来ています』
『先に一個だけ言います。柵の内側には、入らないでください』
『聴こえた気がしても、入らないでください。私も入りません。ここ、線の外です』
毎回言うの好き
テンプレになってきた
でもテンプレになるのが正しいんだよな
『はい。テンプレでいいです。テンプレじゃないと、忘れるので』
画面の奥、浅層の入口の脇で、探索者が三人、何かを片づけていた。
小さいのが二匹、通路の隅から出てきて、二人が前に出て、一人が後ろで数えていた。
湧いてるな
あれ第三十六の浅層? 静かだね
うちの県のダンジョンもあんな感じ
『静かですよ。ここ、班の人が五人しかいないんですけど、五人で毎日回してるそうです』
『……あと、画面の端に映ってるおじさんは、映さないでほしいそうなので、映しません』
草
もう有名人なのに
線の外から見てるだけの人、って本人が言ってた
◇
第三十六の柱は、五本だった。
保全班は五人で、班長は五十代の人が一人。
その人が、朝の巡回も、書類も、機械の発注も、全部やっていた。
「番号は若くないんですけどね、開業はうちが一番あとなんですよ。あとって言っても、二十年ですけど」
班長さんは笑って、そう言った。
事務所の机には、五人ぶんの湯呑みと、発注の控えと、子供の描いた絵が並んでいた。
絵は、たぶん柱の絵だった。
五本を聴くのに、半日もかからなかった。
そのあとの二日は、書類の作り方と、順路の順番の話をして終わった。
柱の話をしに来て、柱以外の話ばかりして帰る。
地方の基で違うのは、柱ではなかった。
人と、設備と、書式だった。
第二ダンジョンは、市街地の真下にあった。
柱は十本、班は十二人、設備は新しい。
ただ、夜は入れなかった。
上の建物が商業施設で、閉店後は建物ごと施錠される決まりだという。
第四で使った室長権限は、ここでは効かない。
管轄が違う。
「昼のあいだに、機械の合間で聴きます」
そう言うと、班長は驚いた顔をした。
「合間、ありますかね」
「二十分あれば足ります。二十分の静かなところが、一日に何回かあるはずなので」
実際、あった。
搬入の切れ目に三回、清掃の前に一回。
四回に分けて、十本を聴いた。
書けたのは、十本とも「異常なし」だった。
◇
「もう一基、寄れませんか」
日曜の夕方、帰りの支度をしながらそう言うと、綾坂さんは手帳を開いた。
「隣県の第二十九です。ここから一時間半で、明日の朝に着きます」
「無理です」
即答だった。
「先方に連絡していません。所長の許可も、入構の手続きも、宿もありません。あと、明日の午後は本省で説明です」
「……そうでした」
「灰田さん」
綾坂さんは手帳を閉じた。
「あと一基、は、毎回言いますよね。第十一のときも、第三十六のときも言いました」
数えられていた。
「回れるだけ回ったほうがいいと思ったので」
「回れるだけ回ると、四十七基は回りません」
意味が分かるまで、一拍かかった。
分かってから、返す言葉がなかった。
◇
帰りの新幹線は、日曜の夜の便だった。
窓の外はもう暗くて、通路側の綾坂さんは、膝の上で書類を読んでいた。
発車してすぐ、綾坂さんの携帯が鳴った。
短く話して、切って、また鳴った。
三回目のあと、綾坂さんは携帯を伏せた。
「三件です。うちの基も見てほしい、という問い合わせ」
「どこですか」
「言いません。言うと、灰田さんが順番を考え始めるので」
正しい判断だと思った。
俺は手帳を出して、この二週間のぶんを見返した。
第十一、十四本。
第三十六、五本。
第二、十本。
移動と、挨拶と、書類の作り方の相談を全部入れて、二週間で三基。
余白に、割り算を書いた。
四十七を三で割ると、十五と少し。
十五かける二週間で、三十週。
七か月と少しあれば、一巡できる計算になる。
思っていたより、短い数字だった。
一年かかると思っていた。
七か月なら、回れる。
そう思って顔を上げると、綾坂さんがこちらを見ていた。
俺の手帳の余白を見て、それから自分の黒い手帳を開いて、別の数字を書いた。
見えたのは、二つの数だった。
九十四と、三十。
「それは、なんの数ですか」
「次の会議で説明します」
綾坂さんは手帳を閉じて、窓のほうを向いた。
「先に言うと、灰田さんが今夜寝ないので」
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