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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第4章 夏を待つ五人と、還ってきたルナ

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第94話 夏の作戦会議と、天道の綻び

七月半ばの土曜日。

 休日の駅前にあるファミリーレストランは、昼時ということもあって大勢の客で賑わっていた。

 発端は火曜の夜、五人のグループトークに投下された一花さんのメッセージだ。


『そろそろ夏休みの予定、立てたくない?』


 その一言でトントン拍子に話が進み、こうして集まることになったのである。


「おまたせー! 誠くんの分も持ってきたよぉ」


 三桜さんが両手にグラスを抱えて、ドリンクバーから戻ってきた。

 俺の前に置かれたのは、氷がたっぷりと入ったウーロン茶だ。


「ありがとう、三桜さん」


「えへへ、どういたしまして!」


 三桜さんは嬉しそうに笑うと、向かいの席にすとんと腰を下ろした。

 その後ろから、くすみブルーのオーバーサイズTシャツにハーフパンツ姿の心花も歩いてくる。

 入れ違いに店員がやってきて、小さなパフェの器を心花の席の前へ置いていった。

 ボーイッシュな見た目に反して、注文はしっかり甘いもの派らしい。


「センパイ、お茶だけでいいんですか? 甘いものも頼んでおかないと、このあとの会議で頭が回りませんよ」


「いや、俺はさっきハンバーグセットを食べたばっかりだからな……」


「食事と甘いものは別腹です! 脳への糖分補給は大事なんですから」


 心花は三桜さんの隣に座ると、さっそくパフェのスプーンを口に運んだ。

 そんな平和な向かいの席とは裏腹に、俺の両隣は先ほどから異様な人口密度を保っている。


「それで、どこに行こっか! 海? それとも夏祭りとか?」


 俺の右隣に陣取った一花さんが、強炭酸のドリンクをストローでかき混ぜながら身を乗り出してきた。

 距離が縮んだ分だけ、体温がはっきりと伝わってくる。

 彼女が私服の薄手のサマーニットの肩を寄せてくるたび、俺の二の腕が柔らかいものに沈む。

 そちらを見ないようにするだけで、精一杯だった。


「海はいいわね。日帰りで少し遠出するのも悪くない」


 俺の左隣からは、二葉さんの静かな声が降ってきた。

 彼女はスマートフォンに視線を落としながらも、なぜか俺との距離が異常に近い。

 エアコンの風除けという建前なのか、彼女の細い肩が俺の腕にぴたりと触れている。

 清楚で清涼感のあるシャンプーの香りが、右の一花さんの香りと混ざり合って俺の思考をかき乱す。


「候補はいくつかまとめてきたわ」


 二葉さんがスマートフォンの画面を、こちらへ傾けて見せてくる。

 箇条書きでびっしりと並んだリスト——海水浴場、花火大会、夏祭り、プール、映画。

 日程の横に、例年の天候と、去年の混雑の記録まで添えてある。


「相変わらず周到だな……」


「当然よ。楽しみの最大化には事前準備が不可欠だもの」


 淡々と言い切る二葉さんの横で、俺は画面の端に残った検索タブを見てしまった。

 ——『二人で 夏祭り 穴場』。

 五人の会議なのに、二人で。

 俺は賢明にも口をつぐんだ。


「あのさ、両隣をがっちり固められて、俺、すごく身動きが取りづらいんだけど……」


「火曜に決まったでしょ。あたし専用のバッテリーなんだから、ちゃんと充電させてよね」


「それに、六人掛けのボックス席なんだから、詰めて座るのは空間を有効に使うための合理的な判断よ」


 一花さんは得意げに口の端を上げてさらに体重を預けてくるし、二葉さんは涼しい顔で言い放つ。

 動かせるのは、もう首から上しかない。

 向かいの三桜さんが、ポテトを齧りながらむうっと頬を膨らませた。


「ずるい……。一花お姉ちゃんも二葉ちゃんも、誠くんの隣に座ってずるいよぉ」


「早い者勝ちっしょ。三桜も早くこっち側に来ればよかったのに」


「だって、心花ちゃんとドリンクバーに行ってる間に、二人がもう座っちゃってたんだもん……!」


 三桜さんはテーブルの上に身を乗り出し、俺の方へ手を伸ばしてくる。

 前傾姿勢になると襟元に少しだけ隙間ができてしまい、俺は慌てて視線をそらした。


「まあまあ、三桜先輩。席なんてどこでもいいじゃないですか」


 心花がパフェを食べ終え、スプーンを置きながら宥める。

 だが、その瞳の奥には少しばかり悪戯っぽい光が宿っていた。


「それよりセンパイ、夏休みはどこに行きたいですか? 人の少ない綺麗な海、探しておきますよ。二人でこっそり抜け出すのもありですしね」


 心花がにっと笑ってウインクを飛ばす。

 その瞬間、俺の両隣から強烈な冷気が立ち上った。


「ちょっと篠崎ちゃん、そういうのは反則でしょ? 海に行くなら当然、あたしと誠がペアっしょ。日焼け止め、背中に塗ってほしいし」


「そうね。肩甲骨の周辺は自分では届かないもの。身近な人に頼むのが合理的よ」


 二葉さんが手元のスマートフォンから視線を上げずに言った。

 援護射撃に聞こえて、その実、自分の希望だ。


「二葉さんもそっちから来るのかよ……」


「事実を述べただけよ」


「ねー二葉。今、自分で何言ったかわかってる? 身近な人って、誠に塗ってほしいって自分で——」


「わかっているわ。一花の読解力が上がったのは喜ばしいことね」


 顔色ひとつ変えずに言い返す。

 だが、グラスに添えた指が、さっきより少しだけ強く握られていた。


「照れた照れた! 二葉が照れてるー!」


「照れていないわ」


「二葉ちゃん、耳赤いよ?」


「……三桜。余計なことを言わないの」


 三桜さんの天然な指摘が追撃になったらしい。

 二葉さんはストローに口をつけて話題を流そうとしたが、赤くなった耳は隠しようがなかった。


「じゃあ私は夏祭りがいいな! 浴衣着て、誠くんの隣を歩きたい……!」


「センパイ! 私もどこでも行きたいです! 荷物持ちでも場所取りでもやります!」


「心花、そういう役目じゃなくて、普通に楽しめよ」


「じゃあ、遠慮なく言いますね。……花火、一緒に見たいです。センパイの隣で」


 心花が、椅子の上で前のめりになる。

 だぼついたTシャツが胸のところだけで張って、布の落ち方が変わった。


 口々に言い合う四人に、俺は苦笑するしかない。


「そろそろ行き先を決めないか——」


「行き先より誰と行くかが大事でしょ!」


 一花さんの即答に、三桜さんと心花が深く頷き、二葉さんまでもが無言でグラスを掲げた。

 満場一致だった。

 夏休みの行き先を決める作戦会議のはずが、いつの間にか、誰が俺の隣を確保するかという陣取りゲームにすり替わっている。


「あの、お隣、よろしいですか?」


 不意に、テーブルの脇から澄んだ声が落ちてきた。

 顔を上げると、そこには白いワンピースに薄手のカーディガンを重ねた、清楚な私服姿。

 ゆるふわの長い髪を揺らし、上品な微笑みを浮かべた天道琴音が立っていた。


「天道……? どうしてここに?」


「駅前の本屋に寄った帰りです。窓際から【リオン】さまのお顔が見えたので、つい嬉しくて」


 天道は俺に向かって小さくお辞儀をした。

 相変わらず、彼女は日常の場面でも俺のことをゲーム内の名前で呼ぶ。


「皆さんでお茶会ですか? もしよろしければ、私も交ぜていただけないかしら。夏休みの予定のお話なら、少しでもお役に立てるかもしれませんよ」


 その瞬間、テーブルの温度が一気に数度下がった。

 さっきまで俺を巡って火花を散らしていた四人が、今度は一丸となって見えない壁を構築する。


「ごめんねえ、天道さん。うちら、クラスの集まりみたいなもんだからさ」


 一花さんが、いつもよりワントーン低い、少し冷めた声で先制した。


「そう。これは身内だけの作戦会議。外部の人間が口を挟む余地はないわ」


 二葉さんがスマートフォンを伏せ、そこで初めて顔を上げた。


「あ、あのね……! ここ、もう座る場所ないから……!」


 三桜さんも少し慌てた様子で、隣の空いたスペースを塞ぐように両腕を広げた。


「ええ。それにセンパイの夏休みの予定なら、私たちで全部埋めちゃうんで。お気遣いなくー」


 心花も明るい笑顔を作りながら、容赦のない拒絶を滲ませる。

 鉄壁の防衛網だった。

 普段はそれぞれに俺を引っ張り合う四人が、見事に連携して外敵を阻む姿は圧倒されるものがある。


 その光景を目の当たりにした一瞬、天道の完璧な微笑みが、時を止めたように固まった。

 すぐに何事もなかったかのように、元の穏やかな形へ戻る。

 それでも、俺の位置からは見えた。

 彼女の細い肩が微かに硬直したこと。

 そして、丁寧なお辞儀に合わせて、ワンピースの裾を掴む指先だけが、血の気が引いたように白くなっていることを。


「……そうですのね。クラスの皆様のお集まりなら、私がお邪魔するのは無粋でした」


 天道は一歩後ずさる。

 穏やかな笑みを取り繕ってはいるものの、言葉尻には隠しきれない緊張の糸が混じっていた。


「それじゃあ、【リオン】さま。また後日、改めて」


「あ、ああ……気をつけて帰れよ」


「はい」


 自動ドアの向こうに、彼女の背中が消えていく。

 完璧な笑顔の下で、あの白い指先だけが必死に何かにしがみついていたような気がして、俺は少しだけ胸が痛んだ。


「ほら誠、天道さんのこと見てないで。あたしたちの夏の話、まだ半分も終わってないよ?」


「……ああ、悪い」


 一花さんが、俺の腕をぐいと引き寄せる。

 さっきよりも、少しだけ力がこもっている気がした。


 テーブルには、また賑やかな声が戻ってきた。

 結局、具体的な日程や行き先は何一つ決まらなかった。

 それでも、わいわいと言い合う時間が楽しいのだと気づく。

 会計は一花さんが「あたしが言い出しっぺだもん」と言い張り、二葉さんが「では次回は私が」と間髪入れずに続けた。


 店を出ると、七月の陽射しが容赦なく降り注いでいた。


「続きはグループトークで決めよっ。逃げても無駄だからね、誠」


 一花さんの締めの宣言に送られて、三姉妹は連れ立って徒歩の帰り道へ向かう。

 心花は商店街に寄り道があるらしく、小さく手を振って人混みへ消えていった。


 俺が電車に乗るため改札へ向かおうとしたとき、ロータリーの端に見覚えのある姿が目に入った。

 天道だった。

 植え込みの陰でスマートフォンの画面へ視線を落としながら、ときおり、窺うようにこちらへ目を上げている。

 俺が店から出てくるのを、ずっとここで待っていたのだろうか。


「天道」


 声をかけると、彼女は小さく息を呑んで顔を上げた。

 一瞬、その瞳に何かが走った。

 期待だったのか、怯えだったのか。

 判別する前に、いつもの穏やかな微笑みが上書きされる。


「あら、【リオン】さま。……お一人ですか?」


「もうみんなとは別れた。天道こそ、帰らなかったのか?」


「少し、涼んでいただけです」


 七月の炎天下で涼むなんて、嘘が下手だなと思った。

 短い沈黙が落ちる。

 天道がスマートフォンをバッグへしまう、その寸前。

 伏せられる画面に、一瞬だけ、見慣れた『エデン』のコンパニオンアプリがよぎった気がした。

 彼女は視線を落としたまま、ふと、独り言のように呟く。


「——ルナ、まだ戻りませんのね」


 思わず耳を疑った。

 台本を読み上げるようなあの整いすぎた丁寧さが剥がれて、素の柔らかさだけが残った、無防備な呟きだった。

 その響きの奥に、今日だけは、小さな焦りと必死さのようなものが透けて見えた。


「……ああ。ルナがいないと、どうにも調子が狂うよ」


 言ってから、自分の声が思ったより落ちていたことに気づく。

 天道が、はっと顔を上げた。

 俺を見たその瞳が、一度だけ大きく揺れる。


 我に返ったように、天道は小さく一礼すると、今度こそ背を向けて歩き出す。

 俺は、遠ざかっていく彼女の華奢な背中を、ただ黙って見送ることしかできなかった。

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