↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第4章 夏を待つ五人と、還ってきたルナ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/111

第90話 欠けた一枠と、夏の報せ

木曜日の夜。

 放課後に三桜さんへ借りていたノートを返して帰り、夕食と入浴を済ませて自室に戻った俺は、机の上のパソコンを立ち上げた。

 放り出した鞄と、脱ぎ散らかしたままの制服のネクタイが視界の端に映る。

 だが、今はもうそれらに関心を向ける気は起きなかった。

 薄暗い部屋を、ディスプレイの青白い明かりだけが照らす。


 『エデン・オンライン』のログイン画面から、見慣れた拠点街の広場へと降り立った。


 俺は【リオン】を操作して、すぐにフレンドリストを開いた。


 一番上の名前は、今日も灰色のままだ。

 【ルナ】 オフライン。

 あの利用制限中のシステムメッセージを見てから、もうかなりの時間が経つ。

 運営の制限なのかエラーなのか、未だに分からない。


 ぽっかりと空いた穴のような寂しさは、今では静かな底流となって俺の中に横たわっていた。

 詮索するつもりはなかった。

 戻ってきたら、いつも通りに迎えるだけだ。


 リストのさらに下を見る。

 【アリア】もオフラインだった。

 回復役が二人ともいない状況は、少しだけ心細い。


 そんな静かな夜の空気を吹き飛ばすように、不意にチャットが飛んできた。


『兄貴ーーッ! こんばんはッス!!』


 クロウ。

 相変わらずのテンションで、画面の端から小柄なアバターが猛ダッシュで駆け寄ってきた。

 俺の目の前で、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳び跳ねる。


『おう、こんばんはクロウ。今日も元気だな』


『当たり前ッスよ! 兄貴が来るの、ずっと待ってたッス!』


『待たせて悪かったな。ノエルは……もう来てるのか?』


 広場に面した酒場のカウンターの端に、弓使いのエルフが静かに寄りかかっていた。

 ノエルだ。

 彼女のアバターは全く動いていないように見えるが、チャットはすぐに返ってきた。


『こんばんは、リオン。今日は二人ともお休みみたいね』


『ああ。ルナもアリアもいない。回復なしの編成になるけど、狩り、行くか?』


『俺は全然いけるッスよ! 兄貴がいれば百人力ッス!』


『……馬鹿クロウ。リオンの負担が増えるだけでしょう。少しは頭を使いなさい』


『うぐっ! ノエル姐さん、相変わらず厳しいッス!』


 クロウががっくりと肩を落とすエモートを返す。

 そのやり取りを見ているだけで、俺の口元は自然と緩んでいた。

 ルナがいない寂しさを、二人がこうして騒がしく埋めてくれる。


『大丈夫だ。ポーションは多めに積んである。少しレベルを落とした狩り場なら、三人の火力で押し切れるだろ』


『リオンがそう言うなら、付き合うわ』


『よっしゃーッ! じゃあ俺、さっそく先行して索敵してくるッス!』


 言うが早いか、クロウのアバターが目にも留まらぬ速さで街の出口へと向かって走り出した。

 その後ろ姿を追いかけながら、俺とノエルもフィールドへと足を踏み入れた。


 向かったのは、少し前に実装された中級者向けの森林エリアだ。

 ルナたちと一緒ならもっと奥の深層を狙うが、今日は安全第一の進行になる。


『前方、獣型の群れを発見ッス! 五体……いや、六体ッス!』


『了解。俺がヘイトを集める。ノエルは後方から削ってくれ』


『任せて』


 俺は重い盾を構え、モンスターの群れの中央へと踏み込んだ。

 挑発スキル【ウォークライ】を発動する。

 赤いエフェクトが広がり、六体の獣が一斉にこちらへ牙を剥いた。


 ガンッ、ガンッ、と連続して盾に衝撃が走る。

 普段ならここで、ルナの回復魔法が温かく俺を包み込む。

 あるいは、アリアの丁寧な防御バフがダメージを軽減してくれるはずだった。

 だが、今日はどちらもない。

 HPバーがじわじわと削れていくのを見ながら、俺はポーションのショートカットキーに指を置いた。


『兄貴、無理しないでくださいッス! 俺が二体引き受けるッス!』


『クロウ、突っ込みすぎよ。左側が空いてるわ』


『わ、分かってるッス! ……うおっ!?』


 クロウが短剣を振るいながら側面へと回り込む。

 その動きの隙を突こうとした一体の額に、ノエルの矢が寸分違わずに突き刺さった。


『ナイス、ノエル!』


『リオン、ポーションの残りに気をつけて。減りが早いなら一時撤退も視野に入れるわよ』


『まだいける。半分は残ってるからな』


 俺が前線で耐え、クロウが遊撃し、ノエルが的確に急所を射抜く。

 ヒーラー不在という制約の中で、三人の連携は不思議なほどに噛み合っていた。

 クロウが俺を気遣い、ノエルが全体を冷静に俯瞰しているからだ。


『最後の一体、もらったッス!』


 クロウの背後からの強襲で、最後の一体が光の粒子となって消えた。


【討伐完了】


『ふう。お疲れ、二人とも』


『お疲れ様ッス! いやー、やっぱり兄貴の盾は安定感が違うッスね!』


『……被弾が多かったわね。もう少し回避を意識しなさい、クロウ』


『ええっ!? 俺、けっこう華麗に避けてたつもりだったんッスけど!』


 ボヤくクロウを尻目に、ノエルは淡々とドロップアイテムを拾い集めている。

 俺たちは森の開けた場所にある切り株の周りで、少し長めの休息を取ることにした。

 焚き火のオブジェクトを設置し、キャラクターを座らせる。

 パチパチと薪が爆ぜる環境音が、ヘッドホンから心地よく流れてきた。


『兄貴、ルナさん、最近ずっと見てないッスね』


 ふいに、クロウがぽつりと切り出した。


『ああ。もう二週間か。どうしたんだろうな』


『寂しいッスね……。ルナさんの魔法ドカーン! がないと、なんか物足りないというか』


『そうだな』


 俺の短い返信に、クロウは何かを察したのか、慌てたように言葉を継いだ。


『あ、でも! 俺とノエル姐さんがいるんで、いつでも呼んでくださいッスよ! 兄貴一人にはさせないッス!』


『……クロウの言う通りね。私たちはここにいるわ』


 ノエルの言葉は短かったけれど、そこには確かな温もりがあった。

 ゲームの中のテキストチャットでしかないのに、不思議と胸の奥が熱くなる。

 弟分の真っ直ぐな気遣いと、古参の静かな優しさが、ルナのいない夜を、そっと温めてくれていた。


『ありがとう、二人とも。すごく助かってるよ』


 しばらく沈黙が落ちた後、ノエルの言葉がゆっくりと流れてきた。


『……ルナのことだけれど』


『ん? 何か知ってるのか?』


『いいえ。ただの勘よ。長くいると、なんとなく分かることもあるの』


 そう言われると、そうかもしれない。

 ノエルはこのパーティで最古参のひとりだ。

 俺やルナよりも前から『エデン』をやっている。


『……あの子のことだから、戻ってきたらまた無茶するんでしょうね』


『無茶?』


『ええ。一人で何か抱え込んでいないといいけれど。……ルナがいないと、やっぱり少しバランスが崩れるわね』


 ノエルのその一言に、俺は少しだけ目を丸くした。

 ただのゲーム仲間への心配にしては、妙に実感を伴っているような気がしたからだ。

 何か事情を知っているような、そんな薄い引っ掛かり。


『ノエルは、ルナと付き合い長いもんな。古参の勘ってやつか?』


『……そうね。まあ、あの子なら心配ないと思うけれど』


 ノエルは、それ以上は語らなかった。

 古参同士、心配の形も人それぞれ、ということなのだろう。


 直後、画面の上部に派手な金色のシステムメッセージが流れた。


【運営からのお知らせ:八月より、夏季限定大型イベント『幻の海賊島』を開催いたします!】


【水着アバターや限定武器など、豪華報酬を手に入れよう!】


『うおおおおッ!! 夏イベントッス!!』


 クロウが焚き火の周りを走り回りながら、大文字のチャットを連打してきた。


『海賊島ッスか! これは絶対行くしかないッスね! 限定装備、絶対ゲットするッス!』


『また面倒な周回クエストが来そうね……。水着のステータス補正はどうなのかしら』


『ノエル姐さん! 去年の夏イベ、すっごい楽しかったじゃないッスか! 今年は五人で行けたら最高ッスよ!』


 五人。

 クロウが何気なく言った言葉に、少しだけ胸が軋んだ。


 五人揃ったパーティ。

 俺、ルナ、クロウ、アリア、ノエル。

 去年の夏イベは、確かに五人で限定ボスを討伐した。

 ルナが一番にはしゃいで、アリアが堅実にバフを回して、クロウが突っ込みすぎてノエルに怒られて。

 あの時の五人の連携と熱量を、今の三人で再現するのは難しい。


『……そうだな。五人揃ったら、行きたいな』


『ッスよね! ルナさんとアリアさんにも教えないとッスね!』


『うるさいわね。……まあ、性能次第では手伝ってあげてもいいわ』


『やったーッ! 今から楽しみで眠れないッス!』


『子供ね……』


 ノエルの呆れたような一言に、俺は声を出して笑った。

 夏の大型イベント。

 いつもなら、ルナが誰よりも早く攻略情報を集めてきていたはずだ。


 ——ねえリオン! 水着、どんなのがいいと思う!?

 そんなルナの声が、今にも聞こえてきそうな気がした。


『そろそろ俺、落ちるわ。明日も早いし』


『了解ッス! 兄貴、今日も楽しかったッス! おやすみなさいッス!』


『おやすみ、リオン。また今度ね』


 二人の言葉に見送られながら、俺はログアウトボタンを押した。

 画面が暗転し、ゲームの景色が消える。


 部屋には再び静寂が戻ってきた。

 クロウやノエルと過ごした時間は、間違いなく楽しくて、温かかった。

 彼らがいれば、エデンの世界は十分に面白い。


 けれど、ディスプレイに映る自分の顔を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。

 楽しかったはずなのに、心のどこかに拭いきれない余白が残っている。


「……ルナがいたら、な」


 誰に聞かせるわけでもなく呟いた言葉は、静かな夜の空気に溶けて、あっけなく消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。