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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第3章 四人目のルナと、完璧すぎる記憶

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第85話 俺の答えと、小さな棘

帰宅してシャワーを浴びて、ようやく自室のベッドに仰向けに倒れ込んだのは、九時を回った頃だった。

 七月の夜は少し蒸していて、エアコンの冷えた風が、ひんやりとしたシーツの感触とともに背中を包んだ。

 机の上に放り出したカバンからは、今日一日を共にしたノートが顔を覗かせている。


 長い一日だった。

 放課後、一花さんと二人きりになった教室。

 昇降口で合流した二葉さんと三桜さんは、案の定、待ちくたびれて少しだけご機嫌斜めだった。

 四人で駅前の商店街まで歩いて、約束通り、アイスを奢らされた。

 一花さんは宣言よりさらに上を行って、いちばん高いカップのやつを選び、勝ち誇った顔で俺に会計を押しつけた。


 右から三桜さんに腕を引かれ、左からは二葉さんが無言で俺の歩幅を管理してくる。

 その二人ごとまとめてからかうみたいに、前を歩く一花さんが振り返って笑う。

 アイス一つで二葉さんたちの機嫌があっさり直ったのは、正直助かった。

 機嫌が直れば直ったで、三人ぶんの声は最後まで止まらなかった。


 食べ終えた三人がタワーマンションの方へ帰っていくのを見送って、俺は一人、電車に揺られて帰ってきた。

 一人になった部屋で天井を見上げていても、あの余韻はまだ胸の奥で、確かな熱を持ってじんわりと居座っている。


 ——手放したくない。

 我ながら、呆れるくらいに欲張りだと思う。

 胸の底で輪郭を持ち始めたその想いは、教室で一花さんに告げた時よりも、ずっとはっきりしている。

 そっと目を閉じると、四人の顔と声が、順番に浮かんでくる。


「あのデート、あんたどう思ったの」


「あの子、本物だったの?」


 夕暮れの教室で、背もたれ越しにこちらを向いた一花さんの横顔。

 いつも小悪魔みたいに余裕ぶって、距離感をバグらせてからかってくる。

 でも、俺が今の方を大事にしたいと答えた時、ふとした瞬間に見せた、あの不器用で壊れそうな顔。

 からかいの下に不安を沈めて、挑発と笑顔で上から蓋をしている。

 素顔を見せることを、たぶん本人が思っているよりずっと恐れている。


「それ、二葉とか三桜にも言ったりしないでよ」


「言ったら許さないから」


 ——言わない。

 あの言葉は、俺たちだけの秘密だ。

 だから、もう泣きそうな顔はしないでほしい。


「マコトの体調を三十年先まで管理するのは、私の役目なのだから」


「隣にいたいから、譲らない。たとえ、相手が一花や三桜でも」


 淡々とした声の裏側に、隠しきれないほどの重い熱を抱えている二葉さん。

 理屈を並べて建前で武装しながらも、俺の隣という特等席だけは頑なに手放そうとしない。

 肩が触れた時の、きっちりした見た目とは裏腹の、思いがけないやわらかさ。

 ハート型にくり抜いた卵焼きを一花さんに暴かれた時は、耳だけが赤くなっていた。


 無茶をしてるのは、二葉さんの方じゃないのか。

 三十年先の体調まで管理しようとするなんて、いくらなんでも過保護すぎるだろ、と胸の内で苦笑する。

 でも——嫌じゃないんだから、困る。


 その独占欲は、言葉ではなく行動で伝わってくる。


「誠くん最近なんかちょっと元気なさそうだったから」


「誠くんの特別に、なります。ぜったいに、なってみせます!」


 誰よりも素直で、感情が全部表に出てしまう三桜さん。

 計算なんてできなくて、俺が疲れている時は真っ直ぐに気遣ってくれる。

 涙目で抱きついてきた時の、小動物みたいな華奢な体温と、甘いベビーパウダーの匂い。


 ——ちゃんと、受け止めるから。

 その代わり、いきなり泣きながら飛びついてくるのは心臓に悪いから、少しは勘弁してほしい。


 打算のないその勢いが、俺の警戒心をいつの間にか溶かしてしまう。


「センパイが困ってたのはわかりました。迷子みたいな顔してましたから」


「センパイは私たちが守ります!」


 小柄な体で、誰よりも元気に距離を詰めてくる篠崎。

 俺の迷いや疲弊をいち早く見抜いて、下から覗き込んでくるときの真っ直ぐな瞳。

 俺を守ると言って前に立ってくれた時の、小さな背中と力強い声。

 俺の変化にいちばん早く気づいて、後輩のくせに盾になろうとしてくれるあの健気さ。


 置いていくわけないだろ、大切な後輩なんだから。

 明日も何かあったら、また呼んでくれていい。


 俺にだけ見せてくれる安心したような笑顔を、もっと守ってやりたいと思う。


 ……そして。


「信じて」


「私が、あなたの本当のルナだから」


 完璧な記憶と証拠を持って、俺の前に現れた天道琴音。

 品のある紺のブレザーと、迷いのない眼差し。


 あの子が提示した事実は、推理のパズルとしては一切の隙がない。

 頭の中の理屈だけなら、天道がルナだと結論づけたくなる材料が揃っている。

 情報の正確さなら、誰よりも完璧だった。

 けれど、温度が違った。

 言葉はどこまでも正確なのに、画面の向こうで三年かけて積もっていったはずのぬくもりが、あの完璧さからは伝わってこなかった。


 ——ルナには、ずっと救われてきたんだ。


 誰が本物のルナなのか。

 三人のうちの誰かか、それとも天道なのか。

 その答えは、未だに出ない。


 天道が見せた完璧すぎる証拠と、三姉妹が時折見せるルナの面影。

 何度巡らせても、答えは一つに絞れなかった。


 だけど、もう迷いはない。


 ——たとえ誰が本物のルナでも。

 今までの時間を、嘘にしたくない。


 俺がこの数ヶ月間で触れてきたのは、ただのゲームデータでも、文字の記録でもない。

 体温があって、匂いがあって、笑って、怒って、泣きそうになる彼女たち自身だ。


 一花さんの不器用な笑顔も。

 二葉さんの重すぎるほどの想いも。

 三桜さんの真っ直ぐな温もりも。

 篠崎の無防備な信頼も。


 全部、俺が現実で受け取ってきた、本物の温度だ。


 天道が提示した完璧な記憶という事実も、俺は否定しない。

 あの子は、四人の壁に阻まれても、それでもまた校門の前に立つ。

 その想いも、きっと本物なのだろう。


 だとしたら、天道琴音という新しい存在も含めて、俺は彼女たちと正面から向き合う。

 ルナの正体を追う探偵としてじゃなく、ただの俺として。


 誰かを切り捨てるためじゃない。

 全員の温度を、俺自身で確かめるためだ。

 胸の内で言葉にするたび、腹の底が静かに固まっていく。

 そのためなら、どんな真実だって受け止めてみせる。


 胸につかえていた何かが、すっと消えていく感覚があった。

 大きく息を吐き出し、ベッドから体を起こす。


 と、机の上のスマホが震えた。


「誠、今日のアイス、高いだけあって美味しかったし。また奢ってくれてもいいよ?」


 一花さんだった。

 礼を言っているようで、ちゃっかり次の約束を取り付けようとしている。


「あと、二葉たちの機嫌取り、ちゃんと手伝ってあげたでしょ。貸しにしとくから」


「明日の朝も駅前で待ってるから。寝坊したら容赦なく置いてくから、覚悟しときなさいよね」


 手伝った、というか。

 アイスを頬張りながら「奢らせてあげたんだから、むしろ感謝してほしいんだけど」と胸を張っていただけな気がする。


 返信を打つ前に、また震えた。


「マコト。アイスの分、明日の弁当でカロリーを調整する。異論は認めない」


「それと、夜更かしはしない。睡眠は七時間を下回らないこと。いいわね」


 二葉さんの文面は今夜もきっちり整っていて、句点の位置まで几帳面だった。

 カップひとつでどこまで管理されるんだ。


「誠くん、見て見て! 購買裏の猫ちゃん、今日は膝に乗ってくれたの!」


「明日は誠くんにも撫でさせてあげるからね!」


「おやすみなさい、誠くん! また明日!」


 三桜さんからは、夕方の光の中で腹を見せて眠る野良猫の写真が三枚。

 警戒心のかけらもないその寝顔が、正直、ちょっと羨ましい。


「センパイ、明日は購買の新作パン、私が並んでセンパイの分も確保しときますから!」


「あ、私、明日は早起きなので先に寝ちゃいますね! おやすみなさいです!」


 篠崎は今日も通常運転だった。

 四人分の通知が、狭い画面の中でわいわいと騒いでいる。

 今日の帰り道の続きが、そのまま手のひらの上まで追いかけてきたみたいだった。


 一花さんに、「アイスはまた今度な。明日、よろしく」と軽くかわし。

 二葉さんに、もう寝ると約束し。

 三桜さんに、猫によろしくと返し。

 篠崎に、パンは楽しみにしてると打って——スマホを机の端に伏せた。


 そのまま机の前に座り、パソコンの電源を入れた。

 モニターの横では、【ルナ】のアクリルスタンドが、いつもの角度でこちらを見上げている。


 ログイン画面を抜けて、夜の広場に【リオン】が降り立つ。

 フレンドリストを開く。

 【ルナ】のアイコンは、灰色に沈んだままだ。


 ルナのアカウントは、まだ戻らないままだった。

 その事実が、部屋の空気に音もなく積もっていく。


 あの完璧な少女が現れた直後にルナが消えた。

 偶然か?


 小さな棘が胸に刺さったまま、俺は静かにウィンドウを閉じ、机の上のスタンドライトを消した。

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