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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第3章 四人目のルナと、完璧すぎる記憶

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第82話 文具店の帰り道、覚悟の後押し

火曜の放課後は、やけに静かだった。


 教室に残っているのは俺だけだ。

 一花さんはクラスの女子に連れられて、二葉さんは先生に頼まれごとで職員室、三桜さんはクラスの子の手伝い——それぞれ違う用事で、いつのまにか教室からいなくなっていた。

 俺は帰り支度をしながら、机の中に押し込んだままのプリントをのろのろ整理していた。

 急ぐ理由もない日だった。


「センパーイ!」


 教室のドアが勢いよく開いた。


「篠崎?」


「センパイ、まだいてくれてよかったっ」


 制服姿の小柄な後輩が、息を切らしながら教室に入ってくる。

 ボーイッシュなショートヘアが汗で少しだけ額に張りついていた。

 急ぐ理由もなかったはずの放課後が、いきなり慌ただしくなった。


「一年の教室から走ってきたのか?」


「はい! センパイ、今日ヒマですか?」


 両手で抱えているのは、クリップボードと薄っぺらいエコバッグ。

 クリップボードの上端に、〈掲示係 七月分 買い出しリスト〉の文字が見えた。


「掲示係?」


「そうなんですよ! 夏休み前の掲示、うちのクラスは私の担当で。画用紙とか模造紙とか、駅前まで買いに行かなきゃいけないんですけど……」


 篠崎が両手のバッグを持ち上げて、困ったように眉を下げてみせた。


「量もあるし、ああいう大きな紙って一人だと絶対に折っちゃうんです。センパイ、買い出し付き合ってくれませんか?」


「他のクラスメイトは?」


「みんな部活とか塾で忙しそうだったんで、つい『私が全部買い出し行ってくるよ!』って大見得を切っちゃって……」


 てへ、と篠崎はバツの悪そうに笑う。


「お前らしいな。後先考えずに引き受けたのか?」


「だって、まさかこんなにかさばるなんて思わなかったんですもん……」


 少し照れたように笑ってから、篠崎はもう一度、両手のバッグを持ち上げてみせた。


「だから、お願いします。センパイ」


 断る理由は、特になかった。


「……じゃあ、行くか」


「やった!」


 篠崎がぱっと顔を輝かせた。

 嬉しさを隠す気がまったくない。

 クリップボードは、そのまま俺の手に押しつけられた。


  ◇


 駅前の商店街を並んで歩く。

 火曜の放課後はまだ明るくて、部活帰りの生徒がちらほら見えた。


「まず文具店でマーカー買って、それからホームセンターですね」


「逆じゃなくていいのか?」


「マーカーは色を見て選んだほうがいいので、文具店が先です。ホームセンターだと種類少ないですから」


 俺はへえ、と間の抜けた返事をする。


「慣れてるな」


「うち、母がいつも忙しいから、買い物って昔から私の担当だったんで。通学路にあった文房具屋、意味もなく長居して眺めてたんですよ。それでちょっと詳しくなっちゃいました」


「なんだか楽しそうだな」


「はい! 私、こういうの変にこだわりが強いんで。文具店って、見てるだけでテンション上がりません?」


 得意げに笑う姿は、年下らしい無邪気さがあった。

 俺が答える前に、篠崎はもう文具店のドアを引いていた。


「センパイ。模造紙に書くなら、水性と油性、どっちだと思います?」


「え? リストには書いてないな……適当に水性でいいだろ」


「ブッブー、不正解です。模造紙に水性で書いたら滲みますよ。ここは油性一択です!」


 言われてみれば確かにそうだ。

 俺は素直に感心して頷く。


「……なるほど」


「あ、この太字は見出し用にいいですよ。書き味がいいんです」


「書き味て」


「大事ですよ! 安いのだとインクがかすれて二度書きするハメになるんです。結局損します」


 完全に篠崎のペースだった。

 俺はリストにチェックを入れながら、ただ後ろをついていく。

 篠崎が備え付けの試し書き用メモ帳に、さらさらと何かを描き始めた。

 覗き込むと、丸っこくてかわいらしい犬のイラストが描かれている。


「うまいな」


「えへへ、でしょう? 授業中によく描いてるんです」


「それ、真面目に聞いてないってことだろ」


「あちゃっ、バレましたか!」


 篠崎がペロッと舌を出す。


「あ、これセンパイにあげます」


 試し書き用のメモ帳から一枚ちぎって、丸い犬のイラストを差し出してきた。


「……もらってどうすんだ?」


「お守りですよ。教科書に挟んどいてください」


「テストもう終わっただろ」


「じゃあ次のテストまでの予約です!」


 断る隙もない。

 俺はポケットにその紙切れをしまった。


「赤と青と黒と……見出し用に緑もいりますね。よし、これで完璧です!」


「迷いがないな」


「当然です! 妥協は最大の敵ですよ。さあ、レジ行きましょう」


 会計を済ませると、篠崎は当然のように小さな紙袋を自分で持った。


「それくらい俺が持つよ。荷物持ちで呼ばれたんだし」


「だーめです! こういうのは半分こって決まってるんです!」


「……それ、二葉さんみたいな言い方だな」


「え、綾瀬先輩みたいですか? やだ、私の方がもっと可愛く言ったのに」


 篠崎がぷくっと頬を膨らませた。


 続いて向かったホームセンターでは、ホッチキスの芯を探すのに手間取った。

 広い店内をあちこち見回している俺に、篠崎が呆れたような声を出す。


「センパイ、そっち工具コーナーですよ」


「ホッチキスも工具みたいなもんだろ」


「全然違います。事務用品は三番通路です」


 篠崎は迷いのない足取りで棚の奥へ進んでいく。


「案内板あったのか?」


「入口に大きく貼ってありましたけど」


「……見てなかった」


「知ってます」


 篠崎がくすくす笑う。

 棚の間を歩いている途中で、横から男性の店員が声をかけてきた。


「何かお探しですか?」


 作業着姿の中年の店員だった。

 篠崎がほんの一拍、笑顔を作るのが遅れた。

 目元に微かな強張りが走り、すっと俺の半歩後ろに入る。

 小さな紙袋を胸の前に抱え直す、身を守るような仕草が見えた。


「大丈夫です、もう見つかりました」


 俺が半歩前に出るようにして代わりに答えると、店員は会釈して去っていった。

 篠崎はまた何事もなかったように俺の横に戻る。

 あの切り替えの速さが、少しだけ気になった。


「あっ、センパイ、テープ。掲示物に使うならメンディングとセロハン、どっちが正解でしょう?」


「またクイズか。……適当にセロハンでいいだろ」


「チッチッチッ、甘いですね。セロハンは時間が経つと黄色くなるんです。ここはメンディング一択です」


「……ほんと何でも知ってるな」


「好きなんですよ、こういうの」


 それから一拍おいて、篠崎はいたずらっぽく笑った。


「……センパイとこうして一緒に選ぶのも、含めてですけど」


「……息を吐くようにそういうこと言うよな」


「あはは、照れました? さあ、次は画用紙ですよ!」


 俺は苦笑しながら、リストにチェックを入れる。


「係の予算、大丈夫か?」


「マーカーで八百四十円、芯が百八十円、テープが二百六十円で、残り二百二十円ですね」


「画用紙、足りるのか?」


「リストの裏を見てください。画用紙は別予算って書いてありますよ」


 言われてリストをひっくり返すと、裏面に小さな字で補足がびっしり並んでいた。


「……気づかなかった」


「センパイ、こういうの読まないタイプですよね」


「よく知ってるな」


「いっつも見てますから」


 悪気のない笑顔だった。


  ◇


 買い物を全部終えて、商店街を引き返す。

 夕焼けが屋根の向こうに広がっていた。

 篠崎は右手に袋を下げ、左腕で画用紙を抱えている。

 俺は模造紙の筒を肩に担いで、残りの荷物を持った。


「模造紙って、長くて意外とかさばりますよね」


「筒だからまだいいだろ」


「センパイは背が高いからそう言えるんですよ。私だと引きずっちゃいます」


「なるほどな。なら、荷物持ちで呼ばれた甲斐があったってことか?」


「はい、大助かりです」


 篠崎は楽しげに言って、それから少しだけ歩調を緩めた。

 夕方の商店街は買い物客が増えていて、ぶつからないように歩くうちに、篠崎との距離が自然と近くなる。


「……なんか、こういうのいいですね」


「こういうのって?」


「こうやって、センパイと他愛もない話しながら歩くの。センパイを独り占めできてるみたいで」


「……お前なぁ」


「冗談ですよぉ。でも、センパイ」


 篠崎の声が、ふいに静かになった。


「……センパイって、最近ちょっと顔つき変わりましたよね」


「顔つき?」


「なんだろ……前はもうちょっと、ふわふわしてたっていうか。どこか遠くを見てるみたいだったんです。でも今は、なんか覚悟決めた人みたいな顔してます」


 心臓が一つ跳ねた。

 昨日、校門の前であの少女から告げられた言葉。

 ルナの正体を巡る謎、三姉妹の本当の気持ち、そして他校の制服を着た彼女の底知れない瞳が、まだどこか頭の隅にこびりついている。


「……そうか? 自分じゃわからないけど」


「そうですよ。前はちょっと困ってる顔が多かったけど、最近はちゃんと前向いてる感じがします。私の顔を見て、安心した顔してますし!」


「お前な、自分で言うかそれ」


「だって本当のことですから! 私の癒やしパワーのおかげですね!」


 えへへ、と篠崎が無邪気に笑う。

 目の前の篠崎は、そんな俺の事情なんて何一つ知らない。

 深い意味を込めているわけでもなく、見たままを素直に口にしただけだ。


「……そうだな。篠崎のおかげかもな」


「えっ」


 篠崎がぱちくりと瞬きをした。

 それから、耳まで真っ赤にして俯いてしまう。


「せ、センパイ、そういうの反則ですよ……」


「自分で振ったんだろ」


「うう……センパイの馬鹿」


 ぷいっとそっぽを向いた篠崎が、二、三歩進んだところで、ちらりとこちらを振り返った。


「……センパイの方こそ、赤いですけど」


「夕日のせいだ」


「ふふっ、そういうことにしておきます」


 笑いながら歩き出した背中を、少し慌てて追いかける。


「最近、毎日楽しいですね」


 弾むような声だった。

 けれどその奥に——この時間がずっと続いてほしいと願うような響きが、ほんのかすかに混じっている気がした。


「今日は本当にありがとうございました。一人じゃ絶対無理でした」


「また何かあったら呼べよ。荷物持ちくらいならいつでも手伝うから」


「……! はいっ、絶対呼びますからね!」


 篠崎は照れたように頬を押さえ、それから数歩だけ先へ駆け出した。

 くるりと振り返り、夕焼けを背にして楽しげに手を振る。


「早く行きますよ、センパイ!」


 その声に苦笑して、俺は模造紙の筒を担ぎ直した。

 騒がしくて、世話焼きで、やたら頼りになる後輩だった。

 明日もたぶん、あの騒がしい放課後がやってくる。

 それだけで、かさばるはずの荷物は案外軽く感じられた。

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