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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第3章 四人目のルナと、完璧すぎる記憶

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第79話 騒がしい帰還と、取り戻した体温

向き合いたい人たちがいる——天道にそう告げて、駅の改札で見送った。

 あとは、水族館で待っている四人のところへ戻るだけだった。


 来た道を引き返して商店街の裏道に入ると、飲食店のざわめきがすぐ近くを包んだ。

 ランチ時をわずかに過ぎた頃で、店先の看板の裏で店員が休憩している。

 潮の匂いがまた少しだけ濃くなった。

 さっきと同じ道なのに、足取りが軽い。


 水族館の青い看板が、また視界の正面に戻ってきた。

 入口の広場に、見慣れた影が四つ。

 誰かがベンチの背に腰を預け、誰かがベンチの端に浅く座り、誰かが自販機の前をうろうろし、誰かが柱にもたれて空を見上げている。

 パフェのカップは、どこにも見当たらない。


「誠ーーっ!」


 一花さんの声だった。

 四つの影の一つが、弾かれたようにこちらへ駆け出してくる。

 サンダルが地面を叩く高い音が、広場のタイルの上で跳ねた。


「ちょっと、遅いんだけど! 何分待たせんの、馬鹿誠!」


 怒っている——ように見せかけて、目が潤んでいた。

 腕に飛びつかれる。

 さっきの遊歩道にはなかった体温が、腕の中にあった。


「……一花さん、痛い」


「うっさい! あたしの心配返せ! 一時間だよ、一時間!」


「そんなに経ってたか?」


「経ってた! 二葉が『追いに行く』って言い出すのを篠崎ちゃんが必死で止めてるし、三桜はずっとオロオロしてるし……もう、こっちは生きた心地がしなかったんだからね!?」


 腕がしびれそうな力でしがみついている。

 痛い。

 けれど温かかった。


「遅かったわね」


 二葉さんが数歩遅れて歩いてきた。

 いつもの淡々とした声。

 けれどカーディガンの裾を握った指の関節が、わずかに浮いていた。


「別に、心配なんかしていないわ。……ただ、これだけ待たされたら、少しは文句を言う権利くらいあるでしょう」


「ごめん、二葉さん」


「……謝ってほしいわけじゃないわ。次からは、もっと早く歩きなさい」


 言い終える前に、少しだけ目を逸らした。

 強がりを言いながらも、その視線の逸らし方が全部を白状している。

 カーディガンの裾を握る力が、ほんの一瞬だけ強くなった気がした。


「誠くん、大丈夫だった?」


 三桜さんが小走りに駆け寄ってくる。

 小さく、肩で息をしていた。


「大丈夫だよ。心配かけてごめん」


「……ほんとだよ。ずっと心配してたんだからね」


 三桜さんが、空いているほうの俺の袖をきゅっと掴んだ。

 小さな手に、思ったよりも力が入っている。

 一花さんとは反対側の腕に、別の温もりが届いた。


 三桜さんが、俺の腕にすり寄るように少しだけ体重を預けてきた。

 二葉さんは小さくため息をついて、赤くなった耳を隠すようにそっぽを向いた。

 一花さんは一花さんで、腕にしがみついたまま離れない。


「センパイ」


 篠崎が三人の後ろから顔を出した。

 いつものように軽く手を振っている。

 けれど目がいつもより真剣だった。


「……大丈夫でしたか?」


 声が低かった。

 いつもの弾む調子じゃなく、確かめるような響きだった。


「ああ。大丈夫だ」


 篠崎が一瞬だけ息を吐いて、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 肩の力が抜けるのが目に見えた。

 ——こいつも、待っていてくれたのか。


「あ。約束のドリンク、もう買ってあります」


 突き出されたペットボトルは、見たことのない色をしていた。

 さっき自販機の前をうろうろしていたのは、これを選んでいたかららしい。


「三桜先輩お墨付きの一本ですよ」


「……その情報だけは、聞きたくなかった」


 その横で、袖にかかっていた小さな力が、遠慮がちに二度ほど引かれた。


「……あのね、パフェなんだけど」


 三桜さんがおずおずと切り出した。


「四人で、分けて食べちゃったの。溶けちゃいそうだったから……」


「うん、いいよ。そのつもりで返したんだから」


「誠のぶん、あたしがいちばん多く食べたから」


 一花さんがにやりと笑った。


「聞いていないわ、一花。マコトのぶんの配分まで、あなたに委ねた覚えはないのだけれど」


「言ってないってば。じゃんけんで勝ったんだから正義」


「じゃんけんで決めたのは食べる順番だけでしょう。一口の分量は取り決めの外よ」


「そういう細かいことは勝者が決めるの」


 二葉さんが眉間に指を当てて、深く息を吐いた。

 一花さんは腕を抱えこんだまま、涼しい顔で舌を出している。


「……ではその勝者は、いつまでマコトの腕を占有しているつもりなの」


「ヤキモチ? 離してほしいなら、もっと素直に言えばいいのに」


「別に、私が離してほしいわけじゃないわ。マコトが困っているのよ」


「はいはい、そういうことにしといたげる」


「センパイ、綾瀬先輩たち、いつ見ても仲いいですね」


「これで仲いいのか……」


 篠崎が声を立てて笑い、三桜さんが半笑いで肩をすくめた。

 真昼の光が広場に照りつけて、五人の影が短く落ちている。

 さっきの遊歩道の静けさが、もう遠かった。


「で、誠」


 一花さんが不意に真顔になった。

 腕を絡めたまま、俺の顔をぐいと見上げてくる。


「うちら、まだ半分も見てないんだけど」


 空いているほうの右手首を、俺の目の前に突き出してくる。

 入場時に押された再入場の青いスタンプが、まだくっきり残っていた。


「……もう一回入るのか?」


「入るに決まってるでしょ。あんたのデートの付き添いで、あたしらはまだ水族館をまともに見れていないんだから」


「一花お姉ちゃんも見たかったんだね……」


「三桜、それ言わないの」


「わ、ごめん」


 三桜さんが首をすくめて、慌てて自分の袖口を口元に当てた。

 そのやり取りを聞いていた二葉さんが、静かにうなずく。


「私も賛成よ。せっかく入場料を払ったのだから、元を取るのは合理的な判断だわ」


「二葉ちゃんまで……」


「センパイ、私、深海のところがまだ全然見れてないんです! 行きましょう、行きましょう!」


 篠崎が跳ねるように前へ出る。

 三桜さんは俺の袖を掴んだまま、上目遣いに笑った。


「わ、私も——もう一回、見てみたいな。誠くんと」


 ……断れる空気ではなかった。

 というより、断りたくもなかった。

 少女と二人で回ったあの水族館とは、たぶん別の場所になる。


「わかった。もう一回、みんなで入ろう」


「やった!」


 一花さんが拳を突き上げた。


 五人で連れ立って、再び青い看板の下をくぐり抜けた。

 真昼の光の余韻を背中に残して、館内の涼しい風が頬を撫でる。


 薄暗がりに目が慣れるより先に、篠崎が元気よく駆け出した。


「センパイ! 早く早く!」


「走るなって。水槽は逃げないから」


「篠崎ちゃん、元気すぎでしょ。しっぽ見えてるよ?」


 一花さんがけらけらと笑いながら、俺の右腕にしっかりしがみついてくる。

 肩口に、夏らしいトップスから覗く素肌が触れた。

 触れたところだけが、やけに熱かった。


「あたしらはおとなしく回ろうねー、誠」


「その腕、離してくれないか?」


「やーだ。迷子になっちゃうし」


「一花、見苦しいわ。マコトが歩きにくそうにしているでしょう」


 二葉さんが淡々とした声で言いながら、なぜか俺の左側にぴったりとくっついて歩き始めた。

 紺色のワンピースの裾が、歩くたびに俺のズボンに掠れる。


「二葉さんも近いんだけど」


「私は合理的な距離を保っているだけよ。館内は人が多いから」


「その理屈、さっきも聞いた気がするんだけどな」


 熱帯魚のエリアに入ると、三桜さんが小さな水槽の前で立ち止まっていた。


「誠くん、見て見て。この四角いお魚、すっごく可愛い……」


「ハコフグだな。動きが鈍くて可愛いよな」


「うんっ。……あ、こっち見た」


 三桜さんがふんわりとしたスカートを揺らしながら、水槽に顔を近づける。

 その後ろ姿を、二葉さんが黙って見つめている。

 視線に気づいた三桜さんが、振り返った。


「二葉ちゃんもこっちで見る?」


「……私はいいわ。三桜が見ているのを、ここで見ているから」


「もう、二葉ちゃんってば」


 三桜さんが照れたように笑って俺のそばに戻ってくると、服の裾をきゅっと引っ張った。

 一花さんが右腕をホールドし、二葉さんが左に寄り添い、三桜さんが裾を掴んだまま見上げてくる。

 ——同じ順路を、まるで違う速さで歩いている。


 腕や服越しに伝わってくる三人の確かな熱が、いつの間にか強張っていた俺の心を少しずつ解きほぐしていく。

 あの遊歩道で胸に刺さった小さな棘も、今はこの騒がしさの奥に沈んでいた。

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