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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第2章 後輩ヒロイン襲来と、期末テスト包囲網

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第49話 狭い我が家、五人の勉強会

放課後の教室で二葉さんが提案したのは、俺の家に集まっての勉強会だった。


「テストまであと四日。この五人の平均点を最大化するなら、問題を分担して教え合う形式が最も効率的。場所は誠の家がいい」


 俺は椅子に座ったまま固まった。


「なんで俺の家?」


「図書室は会話に制限がある。綾瀬家は今日の放課後には間に合わない。消去法よ」


 理屈は通っている。

 通っているけれど。

 いつも淡々としている声が、今日はほんの少しだけ早い。


「……うち、狭いぞ。六畳しかないし、母さんもいるし」


「お母様がいるなら、なおさら健全でしょう。充分よ」


 二葉さんが一言で切って、鞄を閉じた。

 交渉は終了したらしい。


「やった! 誠くんち行くの初めて!」


 三桜さんが机に身を乗り出した。


「あたしも賛成。誠の部屋、ちょっと興味あったし」


 一花さんがにやりと笑う。

 振り向くと、篠崎まで目を輝かせていた。


「センパイのお家ですか! 行きます行きます!」


 全員一致で即決された。

 俺の拒否権はどこにあるんだ。


  ◇


 最寄り駅から十分ほど歩くと、築年数のそこそこいった二階建てが見えてくる。

 綾瀬家のタワーマンションとは、比べるべくもなかった。

 玄関の鍵を開ける手が、われながらわずかに鈍る。


「……まあ、入れよ」


「おじゃましまーす!」


 三桜さんの声が明るく響いて、四人分の靴が三和土に並んだ。

 狭い。

 女物のスニーカーやローファーが整然とひしめいて、それだけで玄関がいっぱいになる。

 篠崎のハイカットだけ少し場所を取っていて、三桜さんが「わ、かわいい靴」とかがみ込んだ。


「へえ、ちゃんと家って感じじゃん」


「一花。失礼よ」


「褒めてんの。エレベーター乗らないで家に着くの、なんか新鮮」


 構えていたのは、俺のほうらしい。


 廊下はすれ違うのもやっとの幅しかない。

 進んでいくと、奥のキッチンから油の跳ねる音がした。


「あら、誠? お友達?」


 母さんの声が壁越しに聞こえる。

 姿は見えないが、唐揚げの匂いが廊下に流れてきた。


「今日ちょうど多めに揚げてるから、あとで持っていくわね」


「……ああ、ありがとう」


 四人の視線が一斉に俺へ集まった。

 三桜さんが小さく鼻を鳴らして「いい匂い」と呟いている。


 俺の部屋は二階の六畳間だ。

 ドアを開けて中に入ると、五人分の空気で一気に狭くなった。

 壁際にベッドとデスク、本棚。

 椅子はゲーミングチェアが一脚きりで、とても全員ぶんはない。

 結局、押し入れから低い座卓を引っ張り出して、床に広げることになった。


「思ったより片付いてる」


 一花さんが部屋を見回して、少し意外そうに言った。


「散らかしてたら呼ばないだろ、普通」


「あたしの友達の男子とか、もっとカオスだよ? 誠、偉いじゃん」


 偉いとかそういう話じゃない。


 二葉さんが、デスクの前で足を止めた。

 俺も一瞬遅れて気づく。

 デスクの端、モニターの横に――【ルナ】のアクリルスタンドが立っている。

 ゆったりとしたローブをまとった、銀髪の魔法使いふうの少女。

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。


 二葉さんが一瞬だけ固まって、それからそっと視線を外した。

 指先が、スカートの裾を軽くつまんでいる。


 一花さんは「へえ」と声を漏らして、唇の端をくっと持ち上げた。

 楽しげな、それでいてどこか満足そうな笑みだった。


 三桜さんは小さく息を呑んで、両手で口元を覆った。

 指の隙間から覗く頬が赤い。


 三人とも、てんでばらばらの反応だった。

 ――まあ、男の部屋にゲームのグッズが飾ってあるのが珍しいんだろう。

 気まずいといえば気まずいけど。


「センパイ、ネトゲやるんですね!」


 篠崎が屈託なく声を上げた。


「あ、ああ。まあ、少し」


「かっこいいキャラですね。魔法使い系? センパイ、そういうの好きなんだ」


 ……少し、じゃないし、好きの度合いもだいぶ控えめに言った。

 でもそれ以上ツッコまれる前に、二葉さんが場を動かしてくれた。


「始めましょう。座卓は狭いから、使う教材だけここに広げて」


 そう言いながら、二葉さんはごく自然に俺の右隣へ腰を下ろした。

 参考書を開いて俺との間に置き、指先でページの端を押さえる。


「この位置なら、私が解法を指しながら説明できる。効率的でしょう」


 肩が触れそうなほど近い。

 二葉さんの髪から清潔なシャンプーの匂いが届いて、頭が少しぼうっとする。

 ふと横を見ると、耳が赤い。

 当人は平然と数式を指しているのに、耳だけが正直だった。


「この恒等式、係数を求めてみて。解き方は任せるわ」


 適当な数を代入して連立させる手もあるが、俺は両辺を展開して、同じ次数の項をそろえた。

 二葉さんの視線が、俺の手元を追っていた。


「……そうね。あなたの解き方は、無駄がなくて好きよ」


 シャーペンを持つ手が止まった。

 二葉さんも一拍遅れて自分の言葉に気づいたらしく、参考書のページを勢いよくめくった。


「解き方の話よ」


「分かってる」


「……なら、いいわ」


「あ、ずるい。二葉が一番いいとこ取ってる」


 一花さんの声が背後から降ってきた。

 振り向こうとした瞬間、肩に柔らかい重みが乗る。

 一花さんが俺の後ろから、肩越しに覆いかぶさるように覗き込んでいた。

 髪が首筋にかかって、吐息が耳に触れる。


「ここ、あたしも分かんないんだけど。教えてくんない?」


 声が近すぎる。

 耳のすぐ横だ。

 背中に感じる体温と圧が、明らかに勉強の距離じゃない。


「一花さん、もうちょっと離れてくれ。教科書が見えない」


「えー、だってあたし座る場所ないし。誠の背中、あったかいし」


 悪びれない。

 ただ、俺の肩に置かれた指先には、かすかに力がこもっていた。

 軽口のわりに、この部屋にいることが少しだけ嬉しいのかもしれない。

 ……気のせいか。


 二葉さんの指先が、ページの端をぴくりと押さえ直した。

 無言の冷気が右側から立ち昇る。


「……誠くん」


 左の太ももに、ことん、と重みが落ちた。

 三桜さんが俺の膝に頭を乗せて、上目遣いでこちらを見ている。


「誠くんのおうちの匂いがして、なんだか安心しちゃって……ちょっとだけ休憩」


「まだ始めて十分だろ」


「十分も頭使ったの、すごくない?」


 すごくない。

 でも三桜さんの頭はもう俺の膝に収まっていて、ベビーパウダーの甘い匂いが立ち上ってくる。

 目を閉じかけている。

 猫か。


「三桜先輩、それ絶対、勉強する気ないですよね?」


 正面から篠崎が指摘した。


「あるよぉ! ここからでもノート見えるもん!」


「上下逆さまですよ」


「うっ……」


 言い負かされた三桜さんが、ぽすんと俺の膝に顔を埋める。


 右に二葉さんの肩、背中に一花さんの体温、膝に三桜さんの頭。

 俺の身体のどこに空きスペースがあるんだ。


「センパイ、私もここ分からないんですけど」


 あぶれた篠崎が座卓の端から身を乗り出して、ノートを突き出してきた。

 顔が至近距離にある。


「この二次関数の頂点なんですけど、平方完成ってどこで使うんですか?」


「……ああ、それはこの係数を括り出してから――」


「ふんふん。ここですか?」


 篠崎が顔をさらに寄せて、ノートを覗き込む。

 前髪が俺の手に触れそうな距離だ。


「センパイの説明、分かりやすいです。学校の先生より全然いい」


「そりゃどうも」


「もっと教えてください。こっちも、こっちも」


 次々ページをめくる篠崎に応じていると、背後から一花さんの声が落ちた。


「ねえ誠、あたしの質問まだなんだけど」


「順番だろ。一花さんのは難しいから後で」


「えー。後輩優先? 先輩泣くよ?」


 泣かないだろ。


「綾瀬先輩こそ、さっきから質問のふりして引っついてるだけじゃないですか」


 篠崎にじとっと見られて、一花さんが「うっ」と短く詰まった。

 二葉さんが小さく溜息をつく。


「騒がしすぎる。このままでは誰一人として期末を突破できない」


「二葉が一番の原因では? その密着距離で効率とか言わないでくんない?」


 一花さんに指摘されて、二葉さんの耳がさらに赤くなった。


「……これは、教えるのに必要な距離よ」


「真正面からでも見えますけどね」


 篠崎にまであっさり刺されて、二葉さんが「むっ」と口を引き結ぶ。


「はいはい」


 一花さんが笑って、俺の肩に顎を乗せ直す。

 三桜さんは膝の上で、もう完全に目を閉じている。

 篠崎は正面で、次の問題を書き込んでいた。


 建前を並べては誰かに刺され、顔を赤くして言い返す。

 その応酬が、六畳間のなかをぐるぐる回っている。

 窓の外では夕暮れの空が茜色に沈みはじめて、階下から母さんが「唐揚げできたわよー」と声を上げた。

 いつもは一人きりの部屋が、人の声と熱気で膨らんでいる。

 面倒を見て振り回されてばかりだけど、不思議と嫌な気はしなかった。


 二時間ほど経つと、教科書とノートの散らばった座卓の上に、篠崎の消しゴムのかすが積もっていた。

 一花さんがぐっと伸びをして、三桜さんが目をこすりながら俺の膝から起き上がる。

 二葉さんが参考書を静かに閉じた。


 なんとなく、終わりの空気が流れる。


「……綾瀬家と違って、狭くてうるさかっただろ」


 俺は窓に目をやりながらこぼした。

 照れ隠しだ。

 分かっている。


 二葉さんが静かに首を横に振った。

 その横で、一花さんが肩をすくめて笑う。


「うるさいのはあたしたちでしょ。部屋のせいにすんなって」


「そんなことないよ、誠くん。あったかくて……すごく、よかった」


 三桜さんが両手を胸の前で握って、小さく笑う。


「私も楽しかったです、センパイ。また来ていいですか?」


 篠崎がこてんっと首をかしげて聞いてきた。

 四人の声と視線と温度が、狭い六畳間を満たしている。


 散らかった座卓も、立ちのぼる唐揚げの匂いも、階下から聞こえる母さんの鼻歌も。

 全部ひっくるめて、悪くなかった。

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