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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第2章 後輩ヒロイン襲来と、期末テスト包囲網

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第39話 並んで歩く朝、仮面の隙間

あくびを噛み殺しながら、通学路の坂を登っていた。

 昨夜も二葉さんの問題集と格闘して、寝不足が二日目に突入している。

 六月の朝日がまぶしくて、思わず目を細めた。

 ふと、昨日の弁当の味が舌の奥に蘇る。

 ……あの卵焼きは、ちょっと反則だった。


「おっはよー、誠」


 不意に、横合いから声が降ってきた。

 自販機の脇にもたれた一花さんが、ひらひらと手を振っている。

 朝の光を受けて、ゆるく巻いた明るい茶色の髪が、ふわりと揺れた。


「……一花さん。なんで、ここに」


「なんでって、通学路じゃん。同じ方角なんだし、たまたまっしょ」


 にやにやと口角を上げたその顔に、偶然の気配はかけらもない。

 一花さんは壁から背を離すと、当然のように俺の隣に並んだ。


「てか誠って、朝型? 夜型?」


「……どっちかっていうと夜型だな。テスト前は特に」


「えー、あたしは朝型。だからこういう早起き、余裕なの」


「……それでこんな時間に待ち伏せできるわけか」


「待ち伏せって言い方ひどくない? 散歩してたら偶然会っただけなんだけどー」


「散歩する人は自販機に張り付かないだろ」


 一花さんの視線が、斜め上に泳いだ。


「…………」


「…………」


「……ま、バレたもんはしょうがないし」


 一花さんは、てへ、と舌を出して笑った。

 嘘をつき通さないのが、この人の憎めないところだ。


「誠と早く会いたかったからね。早起きして待ってたの」


「待ってたって……いつから」


「んー、三十分くらい前かな?」


「そんなに前からかよ」


「愛の力だよ、愛の力!」


「……重いな、それは」


 一花さんは意に介した様子もなく、俺の腕にさらに体を寄せてくる。


「えへへ、嬉しいくせに」


「重すぎたら、逃げるからな」


「えー、逃がさないよ? ばっちり捕まえたんだから」


「捕まえたって、俺は指名手配犯かなにかか」


「んふふ、あたし専用の指名手配犯。他の女の子には渡さないの」


 悪びれない笑顔のまま、一花さんは俺の腕に体重をかけてきた。

 半袖ブラウスの薄い生地越しに、腕の内側へ押し当てられる予想以上の柔らかさ。

 服を一枚隔てているはずなのに、体温ごと密着してくるその圧は、隠しようがなかった。


「ちょ、近すぎるって。というか、なんで一人なんだ?」


 いつもなら三姉妹揃って登校してくるか、あるいは俺の隣の席を死守している二葉さんが昇降口で待ち構えていることが多い。

 一花さんが単独で待ち伏せしているのは、そういえば珍しかった。


「えー? あたしが誠を一人占めしちゃダメなの?」


「ダメとは言ってないけど……この時間の通学路、けっこう目立つぞ」


「いいじゃん、別に。みんなに見せつけてやりたいし」


「誰に見せつけるんだよ」


「世界中の女の子たちに!」


 あまりのスケールに、俺は一瞬言葉に詰まった。


「規模がでかすぎるだろ」


「それくらい誠のことが好きってこと!」


 あっけらかんと言い放って、一花さんはにぱっと笑う。

 離れる気配は一向になく、腕に絡みつく力を強めてくる。

 少し着崩した半袖ブラウスの襟元から、鎖骨がちらりと覗いた。


「じゃ、せっかくだし、これ聞いてよ」


 と、一花さんがポケットからイヤホンを引っ張り出した。

 片方を自分の右耳にはめて、もう片方を俺の目の前にぶら下げる。


「この曲、めっちゃいいから」


「歩きながらか……」


「いーから、ほら」


 返事を待たず、一花さんの指が俺の左耳にイヤホンをすっと押し込んだ。

 指先が耳たぶに触れた瞬間、思わず肩が跳ねる。

 ひんやりと冷たくて、妙に柔らかい。


「あはは、びっくりした?」


「……急にやらないでくれ」


「だって、誠が自分から来るわけないし」


 それは否定できなかった。

 一花さんはそのまま俺の左側にぴたりと寄り添う。

 半歩離れようとすると、イヤホンが引っ張られる。


「あー、離れると抜けるから。もっと寄って」


 ぐい、と腕を引かれて、肩が触れた。

 片耳ずつ分け合ったコードの短さが、そのまま二人の距離になる。

 歩くたび、彼女の髪が頬にさらりと触れた。

 ――心臓に悪い。


 イヤホンからは、知らないバンドの曲が流れていた。

 ゆったりしたメロディに合わせて、一花さんが小さく鼻歌を歌っている。

 その横顔は、いつもの小悪魔めいた余裕とは少し違って、どこかのんびりしていた。


「……いいでしょ、この曲」


「ああ。正直、意外だった」


「超失礼なんだけど。罰として、このまま学校まで連行ね」


 ぽん、と肩を叩かれて、一花さんは機嫌よく歩調を速めた。

 コードに繋がれたまま、俺はそれについていく。

 ……不思議と、嫌じゃなかった。


 住宅街を抜けて、並木道に出た。

 街路樹の葉が朝日を透かして、歩道にまだらの影を落としている。

 イヤホンのコードが二人を繋いでいるから、歩幅を合わせないとどちらかが引っ張られる。

 気づけば自然と、一花さんの歩調に合わせていた。


「ねえ、誠ってさ」


「ん?」


「こうやって並んで歩くの、どう?」


「……どう、って」


「感想。率直なやつ」


 一花さんが、にやにやしながらこちらを見上げてくる。

 困った。

 正直に答えたら、この人はもっと調子に乗る。


「……悪くない」


「ふーん。素直じゃん」


 一花さんは満足げに目を細めて、肩にぐっと体重を預けてきた。

 頭半分ほど背の低い一花さんの頭が、ちょうど俺の肩口にこつんとおさまる。

 ――悪くないどころか、かなりいい。

 でも、それは絶対に口にしない。


 曲が変わった。

 さっきよりテンポの速いイントロに、一花さんがぱっと表情を明るくする。


「あ、これこれ。サビがやばいから、聞いて」


 弾むようなギターに合わせて、一花さんが足取りを弾ませる。

 コードに引っ張られて、俺の歩幅まで少し跳ねた。


「お、乗ってきたね」


「乗ってない。引っ張られてるだけだろ」


「結果オーライ」


 一花さんは楽しそうに笑って、そのまま並木道を歩いていく。

 木漏れ日が二人の影をちらちらと揺らした。

 ときどき対向の自転車をよけるたびに、肩がぶつかる。

 一花さんはそのたびに少しだけ笑って、離れようとはしなかった。


 しばらく、そうやって歩いた。

 一花さんは曲に合わせてときどき体を揺らしながら、昨日のドラマの話やら購買の新作パンの話やら、何でもないことを楽しそうに並べていた。

 俺は適当に相槌を打ちながら、この時間がもう少し続けばいいのに、と柄にもないことを考えていた。


「そーいえばさ」


 ふと、一花さんが軽い調子で切り出した。


「最近、後輩ちゃんがすごいらしいじゃん?」


「え……」


 不意打ちのように飛び出した言葉に、俺の足が止まりかけた。

 後輩ちゃん。

 それは間違いなく、篠崎のことだ。

 昨日の昼休み、廊下で三桜さんに目撃されたあの空の弁当箱の光景は、三姉妹の間でとっくに共有されているのだろう。


「すごいって、何が」


「とぼけちゃってー」


「とぼけてないって」


「んー? お弁当、二人で食べたんでしょ?」


「それは……まあ、成り行きで」


 一花さんはにやりと笑って、俺の肘を軽くつつく。


「手作りのお弁当。それも、誠のためだけに二人分。愛が重いねえ」


「……別に、愛とかそういうのじゃないだろ。篠崎はただの後輩だ」


「へえ? ただの後輩、ねえ」


 一花さんはこちらを振り仰いだ。

 ブラウスの襟元がわずかに開き、目線の下にゆるやかなラインが浮かぶ。

 その視界に気づかないふりをするあいだにも、一花さんの目は俺の顔からそれない。


「なんかさ、あの子、片道一時間以上かけて通ってるって聞いたけど?」


「ああ。それで昨日は、四時に起きて弁当を作ってきたって」


「四時ぃ? まっじで?」


 一花さんが目を丸くして、それからけらけらと笑った。


「すっごいねー。気合入ってんじゃん」


 一花さんの声は、からかうような明るさをまとっている。

 けれど、肩にかかる重みが、ほんのわずかに増えた気がした。


「で? お味のほうは」


「普通に……美味しかった。卵焼きとか、俺の好きな味付けをちゃんと分かってて」


「へえー、味付けの好みまで?」


「ああ、ちょっと意外なくらい」


 一花さんが少しだけ首を傾げる。


「誠ってさ、そういうの、あんまり口にしないでしょ」


「まあ、聞かれれば答えるけど」


「聞かれないと言わないタイプなんだよね、誠は。だから研究しないと当たらないの」


「そういうもんかな」


「そういうもん。……ふーん、研究までしちゃうんだ。健気だねぇ」


 一花さんは横顔を覗き込んでくる。

 その瞳はいつものからかうような色をまとっているのに、底のほうで静かに俺の反応を値踏みしているように見えた。

 言葉の端々に、微かな熱のようなものが滲んでいる。


「ふーん。ああいうのってさ、ポイント高いよね。ちゃんと見て、ちゃんと作ってさ」


 軽い口調だった。

 なのに、語尾がすこし尖っている。


「……ああいう子はさ、顔とか関係なく好かれるんだろうね」


 その横顔から、いつものからかいの色が、すっと抜けていた。


「比べるようなものじゃないだろ」


 俺がそう返すと、一花さんは一瞬だけ黙った。

 イヤホンの曲が、静かなサビに差しかかる。


「……あはは。なにそれ。誠って、そういうとこ、ほんとマジメだよね」


 一花さんは笑いながら、横から俺の顔を覗き込んだ。

 近い。

 目が合う。

 その瞳の奥に、一瞬だけ、笑顔とは違う何かが滲んだ気がした。

 けれど、瞬きひとつで消えて、いつもの余裕の色に戻る。


「ま、比べないって言うなら比べないけど。あたしのほうが先だかんね、一応」


「先って、何が」


「ひ・み・つ」


 一花さんは、ぱちんとウインクしてみせた。

 聞き返す間もなく、俺の耳からイヤホンがすっと引き抜かれる。

 ふっと音楽が途切れて、朝の喧騒が一気に耳に流れ込んできた。


 顔を上げると、校門がすぐそこだった。

 いつの間にか、ここまで来ていたらしい。


「はい、到着ー」


 一花さんはくるくるとコードをまとめながら、軽い足取りで校門をくぐる。

 朝の人混みに、二人の距離がすっと開いた。

 昇降口の手前で、一花さんが足を止めて振り返った。


「……ま、あたしが一番に決まってるしね」


 笑っていた。

 いつもの、余裕たっぷりの、一花さんの笑顔だ。

 ――なのに。

 その声が、普段よりほんの少しだけ、硬かった。


「じゃね、誠。一限、寝んなよー」


 ひらりと手を振って、一花さんは靴を履き替えて廊下に消えていく。

 ゆるく巻いた髪が揺れて、柑橘の残り香がかすかに漂った。


 ……気のせいだろうか。

 最後の一言だけ、いつもと声の色が違った気がした。

 でも一花さんは笑っていたし、考えすぎかもしれない。

 靴を履き替えながら、左耳に残ったイヤホンの温もりを、なんとなく指で触った。

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