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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第5章 夏休み!海と水着と、夏祭りの告白

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133/135

第133話 帰りの電車、答えの出ない問い

浜で三桜と二人きりで夕日を見送った帰り道、初めての呼び捨ては、駅に着く前にみんなにばれた。

 抜けがけだと詰め寄った心花も、おでこへのぺちと、お願いの受付に自分も入れてもらう約束で手を打ってくれた。

 駅までの坂の街灯の下でめくってみた立花の背中は、肩甲骨から腰まで、切れ目なく真っ赤に焼けていた。


 帰りの電車も行きと同じ古い車両だった。

 向かい合わせの座席が並ぶ車内には、海帰りらしい家族連れが何組か乗っているだけで、まだ十分に空いている。


「はい、約束」


 乗りこむなり、一花さんが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 リブ編みのタンクトップ越しに、やわらかな重みが二の腕へぴたりと寄せられる。


「帰りは譲んないって言ったよね、二葉」


「言っていたわね」


「……え、それだけ?」


「帰りのことは帰りに考える、と言ったでしょう。今、考えたわ。どうぞ」


 二葉さんはあっさりと言って、通路を挟んだ向かいのボックスへ腰を下ろした。

 一花さんは俺の腕を抱えたまま、拍子抜けした顔で固まっている。


「……なんか企んでない?」


「企んでいないわ。行きの四十分で、足りたもの」


「何が足りたの、何が?」


「景色よ」


「景色見てたとき、誠の腕に乗っかってたもんね。そりゃ足りるわ」


「……景色よ」


 二葉さんは窓のほうへ顔を向けた。

 窓の外はもうほとんど暗くて、景色なんかろくに見えない。

 一花さんは釈然としない顔のまま、それでも俺を窓側へ押しこんで、自分はその隣にすとんと座った。


 向かいの窓側には三桜が座った。

 その隣に心花が当然のような顔で腰を下ろす。


「罰として、帰りは三桜先輩の隣です。私が見張ります」


「見張りって、さっき止めるとこまで込みって言ってなかったか」


「今度は止めます。三桜先輩がまたセンパイを借りようとしたら、私が窓口で『ただいま貸し出しできません』って断りますから」


「私、図書館の出入り禁止の人みたい……」


 三桜はそう言いながら、どこか嬉しそうに心花の腕に自分の腕を絡めた。


 残った立花が、二葉さんの向かいへどさりと腰を下ろし――背もたれに触れた瞬間、跳ね起きた。


「いっ……!」


「背もたれに寄りかからないこと。それと、今夜は仰向けで寝ないことね」


「うつ伏せで寝ろってこと? 俺、うつ伏せだと息できねえんだけど」


「昼、うつ伏せで爆睡してたじゃん。シャツかぶって、寝言まで言って」


「あれはノーカンだろ!」


 結局、立花は背もたれから拳ひとつぶん体を浮かせて、膝に両手を置いた姿勢に落ち着いた。

 通路の向こうで、背筋のまっすぐな二人が向かい合っている。

 片方は生まれつきで、片方は日焼けのせいだった。


「次女さん、ずっとその姿勢で疲れねえの?」


「疲れるのは、立花くんの背中のほうよ」


 電車が動きだした。

 窓の外を、浜沿いの街灯がひとつずつ後ろへ流れていく。


「で?」


 一花さんが俺の腕を抱えたまま、顔だけこっちへ向けた。


「どういう流れで、そうなったわけ? 三桜って」


「……夕日がきれいだった」


「答えになってないし。三桜は?」


「……ひみつ」


 三桜は心花の肩に半分隠れるようにして、膝の上のハンカチをいじっていた。

 二葉さんに返しそびれたままのハンカチだった。


「二葉ー。迎えに行ったとき、なに見たの?」


「夕日よ」


「……迎えに行った人まで口裏合わせてんの、なんで?」


「見たままを言っただけよ」


 一花さんは天井を仰いで、もういい、と小さくぼやいた。

 ぼやきながら、俺の腕を抱える力だけは少しも緩めなかった。


「……ねえ誠。あたしも夕日見ればよかったかな?」


「なんでだよ」


「そしたら今ごろ、あたしのことも呼び捨てだった?」


「……どうだろうな」


「ほら、すぐ濁す」


 一花さんは俺の二の腕を、抗議するように指先でつねってきた。

 痛くはなかった。


「三桜先輩、何拾ってたんですか? ずっとしゃがんでましたよね」


「貝だよ! いちばんきれいなの、誠くんにあげたの。お土産」


 通路の向こうで、立花が首を伸ばした。


「同じ海に来てんのに、お土産?」


「それ、俺も言った」


「同じ海でも、ひとつも拾ってない人には、お土産になるの」


 三桜は胸を張った。

 一花さんが、なにそれ、と笑いながら、俺の腕をもう少し深く抱えこんだ。


「見たいです、センパイ!」


「リュックのいちばん上。家に着くまでは開けない」


「揺れたら割れちゃうから。心花ちゃん、ごめんね。今度、誠くんに写真撮ってもらうね」


「約束ですよ! センパイ、ちゃんと明るいとこで撮ってくださいね」


 トンネルをひとつ抜けたころ、肩にこつんと重みが乗った。


「……あたし寝る」


「寝るって宣言してから寝る人、初めて見た」


「宣言しとかないと、誠が肩動かすっしょ。動いたら起きるからね」


「起きてるだろ、それ」


「寝言だよ、今の」


 一花さんは俺の腕を抱えこんだまま、目を閉じた。

 頬が肩口に落ち着く場所を探して、二、三度ずれる。

 ずれるたびに、腕に寄せられたやわらかさが、薄いリブの生地ごと形を変えた。

 わざとなのかどうか、確かめる勇気はなかった。


 寝言だと言い張った声は、五分もしないうちに本物の寝息に変わった。

 高い位置でまとめた髪の結び目がゆるんで、ほつれた毛先が俺の首筋にかかっている。

 シャワーのあとでつけ直したらしい柑橘の香りが、潮の匂いの下でまだかすかに残っていた。

 絡めた腕の力だけは、眠ってもまるで緩まなかった。


 向かいでは心花が三桜の肩にこてんと頭を預けていた。


「……心花ちゃん、見張りは?」


「見張ってます……目つぶって、見張ってます……」


 言い終わる前に、心花の口から小さな寝息がこぼれた。

 三桜はくすくす笑いながら、心花のキャップをそっと取って、自分の膝の上に置いた。

 そのうち三桜のまぶたも、ゆっくりと重くなっていった。


 通路の向こうで、二葉さんが静かに立ち上がった。

 手には畳んだバスタオルを一枚持っている。

 通路を渡って三桜たちの席まで来ると、眠りかけた三桜と心花の膝の上に、それを広げてかけた。


「冷房が効いているわ」


 誰に言うでもなくそう言って、二葉さんは三桜の頬に貼りついていた髪をひと筋、指先で耳にかけた。

 三桜は半分眠ったまま、その指に頬をすり寄せた。

 二葉さんの手が、ほんの一瞬だけそこで止まった。

 それから何事もなかったように席へ戻り、腕を組んで目を閉じた。


 その背筋は眠っても崩れなかった。

 向かいの立花も背もたれから体を浮かせたまま、こくり、こくりと舟をこいでいる。


 起きているのは、俺ひとりになった。


 レールの継ぎ目を越えるたびに、車両が小さく揺れる。

 窓の外にはもう海は見えなかった。

 暗いガラスに、車内の明かりと、眠っている顔がいくつも映っている。

 その端にひとりだけ目を開けている俺の顔があった。


 右手を膝の上で開いた。

 浜を出てからもうずいぶん経つ。

 それなのに、指のあいだにまだ何かが挟まっているような気がした。

 組まれていた指の形が、皮膚のどこかに残っている。


 電車が揺れて、向かいの三桜の膝が俺の膝に当たった。

 朝と同じだった。

 朝は、わざと寄せてきた膝だった。

 今は眠っていて、寄せたのか揺れたのかも分からない。

 タオル越しに、膝の骨の小さな硬さが、ときどき触れては離れていく。


 蛍光灯の下で見ると、三桜の目のふちはまだほんのりと赤かった。


 波打ち際で三桜が言ったことと、あの夜、画面に届いた一行。

 言葉はほとんど同じだった。

 三桜はその続きまで同じことを言っていた。

 あの夜のことを知っているのは、画面の向こうにいたひとりだけのはずだった。


 浜では喉の奥で止まった問いを、今度は最後まで言葉にしてみた。


 ――三桜が本物のルナなのか。


 声には出さなかった。

 それでも、言葉の形になったのは初めてだった。

 形になってみると、思っていたよりずっと短い問いだった。


 答えのほうは、すぐには来なかった。

 代わりに来たのは、別の考えだった。


 本物のルナは一人のはずだ。

 けれど、あの三人は何でも話す。

 朝ごはんの席で、俺の貸し借りまで決めてしまうくらいに。

 本物が三人のうちの誰か一人で、ほかの子はその子から話を聞いているだけなのかもしれない。

 夕方の波の音が少し心細い【リオン】のことも、それに【ルナ】が返した一行のことも。


 それを聞いて覚えていたのなら、言葉が同じでも不思議はない。

 説明は、それでつく。

 つくはずだった。


 波が引くたびに、組んだ指が俺の手の甲を押さえた。

 冷たい指の奥で、脈だけが急いでいた。

 夕日の色の中を、涙がひと粒、頬を転がっていった。

 どの説明に入れてみても、あの熱だけは収まる場所がなかった。

 かといって、だから三桜だと決められるわけでもない。


 確かめる方法なら、ひとつ思いついた。

 目を覚ました三桜に、その言葉をどこで覚えたのか、ひと言だけ聞いてみればいい。

 答えに詰まるかどうかは、顔を見ればたぶん分かる。


 思いついたのに、それをしている自分の姿は、どうしてもうまく思い描けなかった。

 思い描こうとすると、浜で問いが止まったのと同じ場所で、喉の奥がまた縮んだ。


 リュックは足もとに置いてある。

 いちばん上には、ティッシュにくるんだ桜貝が寝ている。

 開ければすぐに割れていないか確かめられるのに、家に着くまでは開けないと決めたものだ。

 さっきの問いも、その隣に置いておくしかなかった。

 くるんだまま、いちばん上に。


「……誠くん」


 向かいから寝ぼけた声がした。

 三桜がうっすらと目を開けて、こっちを見ていた。

 焦点が合っているのかどうか、怪しい目だった。


「……誠くん、まだおきてる?」


「起きてる。着いたら起こすから、寝てろ」


「……そっか」


 三桜はとろんとした目のまま、ふにゃりと笑った。


「よかった……まだ、おわってない……」


 それだけ言って、三桜はまた目を閉じた。

 膝の上で、タオルの下の指が、何かを握るみたいに小さく丸まった。


 俺はずれかけたタオルを、三桜と心花の膝の上にかけ直した。

 窓の外に見覚えのある街の明かりが増えはじめていた。


  ◇


 朝みんなで集まった乗り換えの駅――学校の最寄り駅に着いたのは、二十時を少し回ったころだった。


「誠ー……肩、あたしの跡ついてない?」


「シャツの縫い目の跡なら、一花さんのほっぺたについてる」


「うそ、まじで? ……責任とってよ」


「縫い目の責任までは取れない」


 一花さんは頬をこすりながら、ふらふらとホームへ降りた。

 心花は三桜にキャップをかぶせ直してもらって、まだ半分目が閉じている。

 立花は立ち上がるときに背中がシャツにこすれたらしく、声にならない悲鳴を上げた。

 二葉さんは眠る前とまったく同じ姿勢のまま、すっと立ち上がった。


 改札の前で六人の足が止まった。

 立花と三姉妹はここで改札を出る。

 俺と心花はここから別の路線に乗り継ぐ。


「じゃね、誠」


 一花さんが、寝起きでまだ少し腫れたまぶたのまま、ひらひらと手を振った。


「肩貸してくれたお礼、今度なんかで返したげる」


「貸したっていうか、勝手に寝てただろ」


「勝手に寝られる肩してるほうが悪いの」


「マコト」


 二葉さんが一歩前に出た。


「帰ったら首の後ろを冷やしなさい。昼より赤くなっているわ。それから、明日の工程表は白紙よ。好きなだけ寝ていていいわ」


「二葉さんの工程表に、白紙の日なんてあるのか」


「今、作ったわ」


 それだけ言って、二葉さんはくるりと背を向けた。

 改札へ向かいながら、三桜のほうを一度だけ振り返る。

 三桜はまだ、二葉さんのハンカチを握ったままだった。


「誠くん」


 三桜が俺の前に立った。

 何か言いかけて、口を閉じて、また開く。

 結局出てきたのは、短いひと言だった。


「……またね」


「ああ。またな、三桜」


 三桜の肩がぴくりと小さく跳ねた。

 浜で呼んだときと、同じ跳ね方だった。

 三桜は何も言わずに、繋いでいたほうの手を胸の高さで小さく振って、二葉さんの背中を追いかけていった。


「はいはい、ごちそうさまー」


 改札の向こうから、一花さんの声が飛んできた。


「相沢、篠崎ちゃん、またな! ……いってっ」


 手を振り上げた立花が、そのまま背中を押さえて固まった。


「立花先輩、今夜はうつ伏せですよー!」


「だから息できねえんだって!」


「昼寝はうつ伏せだったじゃん」


「綾瀬姉さん、それ今日二回目!」


 騒がしい声が改札の向こうへ遠ざかっていく。

 四つの背中が駅前の明かりの中に溶けていった。


 乗り継ぎの通路は、休日の夜らしくがらんとしていた。

 心花は俺の隣を、半歩だけ前に出て歩いた。

 さっきまで閉じかけていた目は、いつのまにかぱっちり開いている。


「センパイ」


「ん?」


「三桜先輩のこと、呼び捨てにしたの。……私、ちょっとだけ悔しいです」


「……悪い」


「謝んないでください。三桜先輩、帰りの電車でずっとにこにこしてたので。私が寝ちゃう前まで、ずーっと」


 心花は後ろ前のキャップのつばを、指先でくるりと回した。


「それに、呼び捨ては私のほうが先輩ですもん」


「呼び捨てに先輩も後輩もあるのか」


「ありますよ。呼び捨てにしてもらった歴が、私のほうが長いんです。三桜先輩は、今日からの新人さんです」


「数え方が独特すぎるだろ」


「独特じゃないです! 私、こういうのはちゃんと数えてますから」


 心花は人さし指を一本立てて、得意げに振ってみせた。

 がらんとした通路に、サンダルの足音がぺたぺたと響く。


「だから、センパイが三桜先輩を呼ぶときは、私への敬意をちょっとだけ込めて呼んでくださいね」


「どんな敬意だ」


「元祖呼び捨てとしての敬意です!」


「元祖って言うな」


 心花は胸を張って、それからふっと前を向いた。

 通路の分かれ道で、その足が止まる。


「私、こっちのホームなので。ここから、あと一時間ちょっとです」


 一時間ちょっとの帰り道を、心花はいつもひとりで帰っている。


「長いな」


「長いですよ。……でも今日は、たぶんすぐ着きます。窓の外見てたら、思い出すことがいっぱいあるので」


 心花はにっと笑って、両手を大きく振った。


「おやすみなさい、センパイ! 三桜先輩に、受付のこと念押ししといてくださいね!」


 心花は振り返り振り返り、階段を駆け上がっていった。

 短い髪が最後の段の上でぴょこんと跳ねて、見えなくなった。


  ◇


 家に着いたのは、二十一時の少し前だった。

 シャワーを浴びると、首の後ろが思っていたよりしみた。

 二葉さんの言うとおりだったらしい。


 冷凍庫から出した保冷剤をタオルで巻いて首に当てながら、自分の部屋でリュックを開けた。

 いちばん上にティッシュの小さな包みが寝ていた。

 指でつまみ上げて、そっとティッシュを開く。

 薄い貝殻は欠けもせずに、浜で見たときのままそこにあった。


 机のスタンドを点けて、光にかざしてみる。

 白い明かりの中では、夕日の下で見たときより色が淡い。

 それでも縁のほうに、ほんのりと桜色が溜まっていた。


 机の上とか、毎日目に入るところ。

 ひきだしの奥とかは、だめ。

 三桜に言われたとおり、机の真ん中に置いた。

 置いてから少し考えて、ノートを一冊どけて、もう少し手前に寄せた。

 椅子に座れば、いちばん最初に目に入る場所だった。


 リュックの底からは、一度も膨らまなかった浮き輪が出てきた。

 しぼんだビニールを畳み直して、押し入れの奥へ戻す。

 膨らまなくてよかったんだ、と浜で言った自分の声を思い出した。


 スマホが短く震えた。


『おうちに着いたよ。今日はありがとう。貝、ちゃんと机の上にいる?』


 三桜からだった。

 顔文字も絵文字もひとつもない、短い文だった。

 画面の中の【ルナ】なら、語尾が跳ねて、顔文字がふたつみっつ付いてくるところだ。

 三桜の文は浜で話すときの声よりも少しだけ静かだった。


 返事を打った。


『いるよ。机のまんなか。椅子に座ったら、いちばん最初に見えるとこ』


 送ってから、もう一行足した。


『おやすみ、三桜』


 三桜、の二文字を打つとき、指が少しだけゆっくりになった。

 浜で声にしたときより、ずっと簡単に打てるはずの二文字だった。

 送信を押す指先まで、自分でも可笑しいくらい優しかった。

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