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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第5章 夏休み!海と水着と、夏祭りの告白

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第129話 昼下がりの砂浜、それぞれの熱

浜の途中で絡まれた心花が泣きやんだあと、六人は波打ち際で輪になって、ビーチボールを打ち上げつづけた。

 空っぽの保冷バッグを前に二葉さんが決めたルールは、先に落とした二人が飲み物の買い出し係。

 胸もとを押さえた三桜さんと、砂に顔から飛びこんだ立花が続けて落とし、泣いたぶん遊んで取り返すと言った心花は、最後には声を上げて笑っていた。


「じゃ、買い出しは三桜ちゃんと俺な。何買ってくりゃいい?」


 立花が顔の砂を払いながら起き上がった。


「私も行きます」


 心花が手を挙げていた。

 片方の腕を、まっすぐ空へ伸ばしている。


 一花さんの笑顔がほんの一瞬だけ遅れた。

 二葉さんは何も言わずに心花を見た。


「篠崎ちゃん、べつに負けてないじゃん。座ってていいんだよ?」


「負けてないから行くんです。……さっき、売店まで行けなかったので」


 心花は浜の真ん中のほうを見ていた。

 海の家の軒先で、売店の青いのぼりがさっきと同じように揺れている。


「今度はちゃんと着いて、ちゃんと買って、ちゃんと戻ってきます。そしたら今日のぶん、ぜんぶ元どおりですもん」


 声は明るかった。

 明るいまま、まっすぐだった。


「心花ちゃん、手つないでこ!」


 三桜さんが心花の手を両手でつかんだ。

 さっき浜の途中でつないだのと同じ手だった。


「……あー、じゃ、俺は先に行って並んどくわ。昼過ぎの売店って混むからさ」


 立花が空のナップサックを肩にかけた。

 かけるなり、返事も待たずに浜の真ん中のほうへ駆けだしていく。

 ずいぶん先まで行ってから一度だけ振り返って、大きく両手を振った。


「タチバナくん、ああいうとこだけ気が利くよね」


「ああいうところだけ、ね」


 二葉さんがバッグを開けて、小さながま口を取り出した。

 ついていた砂は、もう一粒も残っていない。

 二葉さんはそれを心花の手のひらに乗せると、心花の指を上から一本ずつ折りたたむようにして握らせた。


「預かりものよ。返すわ」


「……はい」


 二葉さんはそれから自分の財布を開けて、千円札を二枚、心花のもう片方の手に持たせた。


「飲み物の代金はこれで。お茶を四本。スポーツドリンクを二本。おつりは数えてから受け取りなさい」


 二葉さんの注文は、工程表を読み上げるみたいに淀みがなかった。


「あたし強炭酸! いちばん喉が痛くなるやつね」


「私、かき氷! かき氷食べたい!」


「三桜。かき氷は飲み物ではないわ」


「溶けたら飲み物だもん!」


 心花がこらえきれずに吹き出した。


「三桜先輩、それ完全に屁理屈です!」


「屁理屈じゃないもん。状態変化だもん!」


「理科の用語を都合よく使わないの」


「センパイは、何がいいですか?」


「なんでもいい。……心花は?」


「私は、着いてから自分で決めます」


 心花は三桜さんと手をつないで、二、三歩歩きだした。

 それから、くるりと振り返った。


「先輩たち、センパイのことちゃんと見張っといてくださいね。抜けがけは、なしですからね!」


「はいはい。見張っとく見張っとく」


「行ってらっしゃい、篠崎さん。三桜も」


「私、ついで!?」


 白い水着とミントグリーンの水着が、手をつないだまま砂浜を遠ざかっていく。

 そのずっと先で、青いのぼりの下に立花が立っていた。

 両手を頭の上で大きく振っている。

 何を叫んでいるのかまでは、ここからでは聞き取れなかった。


 一花さんはシートの上で膝を抱えて、黙ってそっちを見ていた。

 二葉さんは正座したまま、黙ってそっちを見ていた。

 俺も黙っていた。


 二つの背中が、さっき心花が足を止めたあたりに差しかかる。

 止まらなかった。

 そのまま砂を踏んで、のぼりの下まで歩いていって、立花の振る手の横に並んだ。


「……着いた」


 一花さんがぽつりと言った。

 さっき、止まった、と言ったときと同じ低さの声だった。

 同じ低さのまま、語尾だけがほんの少し震えていた。


 二葉さんが長い息を吐いた。

 きちんと揃えていた膝をほどいて、ゆっくりと足を横へ崩す。


「――はい、おしまい!」


 いきなり背中に重みが倒れかかってきた。

 一花さんが体ごと、俺の背中にもたれかかっていた。

 肩甲骨のあいだで、赤い布越しのやわらかさが二つ、ゆっくりと形を変える。


「篠崎ちゃんは三桜とタチバナくんに任せたし。こっからは、あたしらの時間っしょ」


「あたしらって、誰と誰だ?」


「あたしと二葉。誠はその真ん中」


 背中から回ってきた腕が、俺の首にゆるく巻きついた。


「マコト。塗り直しの時刻よ」


 二葉さんが、一花さんのバッグから日焼け止めのボトルを取り出していた。

 朝、一花さんが「誠用」と言っていた二本目のほうだ。

 手つきにまるで迷いがない。


「塗り直しにも時刻があるのか」


「十四時半。日焼け止めは二時間おきに塗り直すものよ」


「それ絶対いま決めたでしょ。工程表見せてよ」


「……頭の中にあるわ」


「出た、頭の中の工程表。いつでも好きに書き足せるやつ」


 二葉さんは聞こえなかったふりをして、ボトルの蓋を開けた。

 それから俺の前へ回りこんで、投げ出していた俺の脚の横に膝をついた。


「脚よ。ラッシュガードが守ってくれるのは、上だけだもの」


 手のひらに白いのを絞り出すと、二葉さんはそれを俺の膝の上にぺたりと乗せた。

 冷たさに膝が勝手に跳ねた。

 跳ねた膝を、二葉さんの手のひらが上からやんわり押さえつける。


「動かないで。ムラになるわ」


 膝から脛へ、脛からまた膝へ。

 一花さんの背中を三往復で済ませた人とは思えないほど、手のひらはゆっくりと動いた。

 前かがみになった二葉さんの長い黒髪が肩からこぼれて、俺の腿の上へさらさらと落ちる。

 毛先が腿の上をくすぐるように揺れた。

 かがんだぶんだけ一本きりの肩紐がゆるみ、黒い布の胸もとで、押しこまれていた丸みが深い影をつくっていた。


 膝の上まで上ってきた手は、そこで止まらなかった。


「……二葉さん。そこから上はいい」


「そこから上も日なたよ」


「二葉、そこ日なたじゃなくて海パンの中」


「裾よ」


「裾の中って言うんだよ、それ」


 二葉さんの手が、海パンの裾のぎりぎりのところでぴたりと止まった。

 止まったまま、ゆっくりと顔を上げる。

 すぐ目の前に二葉さんの顔があった。

 黒髪から、清涼感のあるシャンプーの香りがふわりと立ちのぼっている。


「……マコトが動くから、手がすべったのよ」


「俺は一ミリも動いてない」


「心の中で動いたわ」


 反論できなかった。

 心の中のほうは、たしかにだいぶ動いていた。


「はいはい、下は二葉に取られたし。じゃ、あたしは上担当ね」


 背中の重みがふっと離れた。

 と思ったら、膝立ちになった一花さんが、後ろから俺の頭の上へ覆いかぶさってきた。


「首の後ろ、また赤くなってるじゃん。あたしが誠の日傘になったげる」


 頭のてっぺんに、やわらかな重みがずしりと乗った。

 赤い布越しのふくらみが、俺の頭の丸みに沿ってゆっくりとたわんでいく。

 首から垂れた二本の紐の先が、額の前でぶらぶらと揺れていた。

 前髪の上からくすくす笑う息がかかる。


「……一花さん。それは日傘じゃない」


「日傘じゃなかったら、何?」


「重しよ」


 俺より先に、膝もとから二葉さんが答えた。


「誠、重い?」


「……答えたら負ける気がする」


「正解。重いって言ったら泣くし、軽いって言ったら嘘になるもんね」


 一花さんはけらけらと笑って、さらに体重を預けてきた。

 笑うたびに、頭の上の重みが小さく弾む。

 脚には二葉さんの手のひら、頭には一花さんの重み。

 パラソルの影の中で、俺は首から上と膝から下を、それぞれ別の人に押さえこまれていた。


 しばらくして、一花さんがようやく俺の頭から離れた。

 満足したようにシートの上へうつ伏せに寝転がり、膝から下をぱたぱたと宙で揺らしはじめる。


 揺れる足の裏が目に入った。

 両方とも、土踏まずのあたりまで赤くなっていた。


「一花さん。足の裏、赤くなってる」


 ぱたぱたが止まった。

 一花さんは寝転がったまま、足をすっとシートの上へ下ろした。


「……そういうとこは、見なくていいの」


 さっきまでとは違う、低くて小さな声だった。


 焼けた砂の上で、足の指一本動かさずに立っていた背中を思い出した。

 俺は保冷バッグを引き寄せた。

 飲み物は一本もないが、底にはまだ保冷剤が二つ残っている。

 取り出すと、ひんやりとした重さが手のひらに張りついた。


「足、こっち」


「……え」


 返事を待たずに一花さんの足首をつかんで、赤くなった足の裏に保冷剤を押し当てた。


「ひゃっ……!」


 一花さんの背中がびくんと跳ねた。

 つかんだ足首は思っていたより細かった。

 手のひらの中で、強張っていた足の指が少しずつほどけていく。


「……ずるいなあ。そういうの、急にやるの」


 一花さんはシートに顔を半分埋めて、くぐもった声で言った。

 見えている片方の耳だけが、日焼けとは違う色をしていた。


 膝の横で白いものがすっと動いた。

 見ると、正座を崩した二葉さんが素足を一本、無言でこちらへ差し出していた。


「……二葉さん」


「何かしら?」


「黙って足を出すのはやめてくれ。心臓に悪い」


「言ったら、出しにくくなるもの」


「二葉、順番守って。今あたしの番だから」


「守っているわ。次が私よ」


 差し出された足の裏も、一花さんと同じくらい赤かった。

 俺は一花さんの足を保冷剤ごと右手ひとつで押さえ直し、空いた左手で二つ目の保冷剤をそっと当てた。

 二葉さんは何も言わずに目を閉じた。

 閉じた睫毛の先が、少しだけ震えていた。


「あーっ! もう始まってる!」


 浜のほうから聞き慣れた声が飛んできた。

 心花が砂を蹴ってこっちへ駆けてくる。

 手には黒い缶を一本握りしめていた。

 その後ろから、かき氷のカップを両手で捧げ持った三桜さんと、ぱんぱんにふくらんだナップサックを背負った立花が続いた。


「抜けがけなしって言ったじゃないですか! ……え、なんですかこの状況。センパイ、両手に足って、どういうことですか!?」


 言われて自分の手を見た。

 右手には一花さんの足の裏、左手には二葉さんの足の裏。

 どちらも保冷剤ごと、手のひらで包むように押さえている。


「……冷やしてた」


「足をですか!?」


「あたしらの足、さっきの砂でちょっと焼けちゃってさ。誠が冷やしてくれてんの」


 一花さんが寝転がったまま、つかまれていないほうの足をひらひらさせた。

 心花の目が、二人の赤い足の裏のあいだを行ったり来たりした。

 それから、ほんの一瞬だけ唇を結んだ。


「……じゃあ、私も尋問に混ざります」


 心花は俺の真横にすとんとしゃがみこむと、握っていた缶を俺の首筋にぴたりと押し当てた。


「つめたっ」


「冷たいうちに白状してください。冷やすと口が軽くなるって、テレビで言ってました」


「それは嘘だろ」


「えへへ、嘘です。今つくりました」


 短い髪がすぐ横でぴょこんと跳ねた。

 しゃがんだ膝に押されて、白い水着の胸もとが寄せられ、思いがけない深さの谷をつくっている。


 首筋から離れた缶は、いつか自販機の前で見たのと同じ真っ黒なブラックだった。


「やっぱり、それなんだな」


「はい。暑い日はこれでシャキッとするんです」


 心花はプルタブを引いて、それから少しだけ声を落とした。


「……それに、甘いの飲んだら、なんだか、また泣いちゃいそうだったので」


 小さな喉がこくりと一度だけ動いて、ふう、と長い息が抜けた。


「シャキッとしました」


「篠崎ちゃん、ほんとそれ好きだよね。見てるだけで口の中が苦くなるんだけど」


「一花先輩は強炭酸で喉を痛めつけてるじゃないですか。おあいこです」


 両手で黒い缶を大事そうに抱え直すと、心花はもう一口飲んで、小さく息を吐いた。

 その横顔に、もうさっきの涙の跡は残っていなかった。


「はい、綾瀬姉さん。いちばん喉痛くなるやつ」


 立花がナップサックの中からペットボトルを一本取り出して、一花さんに放った。

 一花さんは俺の手から足を引っこめて起き上がり、片手で器用に受け止めると、俺のすぐ横で勢いよくキャップをひねった。


 ぷしゅ、では済まなかった。


 噴き上がった泡が、一直線に俺の顔へ飛んできた。

 頬から顎まで、冷たい泡がぱちぱちと弾けながら伝い落ちていく。


「ちょっ、誰!? これ振ったの誰!?」


「俺! 走った! かき氷溶けるから、ダッシュで来た!」


「立花くん。炭酸を持って走るなら、走る前に炭酸を置いていきなさい」


「それ持ってこないってことだろ!」


「あははっ! 誠、顔じゅうしゅわしゅわいってる! 天然の炭酸パックじゃん!」


 一花さんはお腹を抱えて、シートの上をごろごろ転がっていた。


 二葉さんがタオルを一枚取って、俺の顔を黙って拭いはじめた。

 拭くついでのように、真横にしゃがんだ心花と俺のあいだへ、自分の肩を少しだけ割りこませてくる。


 三桜さんはそんな騒ぎをよそに、俺の前にちょこんと座ってかき氷を差し出してきた。

 薄い桃色のシロップが、溶けかけた氷のすき間にしみこんでいる。


「誠くん、ひと口あげる。……いちごじゃないよ、桃だよ」


「色だけじゃ見分けがつかないな」


「味がちがうの! 桃のほうがね、いちごよりちょっとだけ大人の味なんだよ」


「三桜、桃で大人ぶるのはさすがに無理あるって」


 一花さんの指摘に、三桜さんが頬をふくらませた。


「でも三桜先輩、今日は背伸びの日ですもんね。水着のときから」


「……水着のことは言わないで、心花ちゃん」


 三桜さんが赤くなって、自分でスプーンをくわえた。

 くわえてから、はっとしたように、新しくすくったひと口を俺の口もとへ運んでくる。

 冷たさのあとから、桃の甘い香りがゆっくり鼻へ抜けていった。

 今度は何も垂れてこなかった。


「どう? 大人の味?」


「……桃の味だ」


「それはそうだよ! 桃だもん!」


 三桜さんはスプーンを振って力説した。

 振っていたスプーンが、そこでふと止まる。


「あっ、そうだ誠くん。立花くんね、売店で、浮き輪の隣の海パンの棚の前で、ずーっと――」


「三桜ちゃん! それは着替えるまで秘密って言ったろ!」


「あっ」


 三桜さんは慌ててスプーンをくわえて、そのまま固まった。

 くわえたスプーンのすき間から「……海パン」とだけこぼれた。


「三桜先輩、ぜんぶ言っちゃってます……!」


 心花が缶を口に当てたまま、肩を震わせて笑っていた。


 それから、日が傾くまで遊んだ。

 二葉さんは三回「もう一回」と言って、三回ともボールの輪を一から数え直させた。

 四回目でようやく五十を越えると、何事もなかったような顔で「妥当ね」とだけ言った。

 立花は一花さんに沖まで引っぱっていかれて、息も絶え絶えに戻ってきた。

 三桜さんと心花は波打ち際にしゃがみこんで、寄せてくる波に砂の山を崩されては、また積み直していた。


 心花はときどき顔を上げて、こっちに大きく手を振った。

 ブラックの缶は、夕方になるころには空になっていた。


  ◇


 日が低くなりかけたころ、パラソルを畳んで、浜の真ん中の海の家でシャワーを借りて着替えた。

 夕方になると入り口の更衣室には列ができる、と二葉さんの工程表に書いてあったらしい。

 男子の着替えは、女子よりずっと早く終わる。


「相沢、見ろ」


 仕切りの向こうから出てきた立花が、ハーフパンツのウエストを親指でぐいと引っぱってみせた。

 朝の駅と同じ仕草だった。

 ゴムの下から朝とは違う真新しい黄色がのぞいている。


「売店で買った。乾いてるやつ」


「……やっぱり海パンか」


「やっぱりって言うな。乾いてるんだぞ。未来の俺、ちゃんと仕事しただろ」


「仕事の方向がちょっとずれてる」


「濡れたまま帰るより、だいぶまともだろ!」


 立花はゴムをぱちんと戻して、胸を張った。

 まともかどうかはともかく、本人が満足しているなら言うことはない。


 海の家の軒先のベンチで待っていると、四人がまとめて出てきた。

 朝の駅で見た格好に戻っている。


 一花さんは黒いリブのタンクトップに麻のワイドパンツで、湿った髪をもう一度高い位置でまとめ直していた。

 二葉さんは白いブラウスのボタンを喉もとまで留め直し、紺のロングスカートの裾を指先で整えている。

 心花はくすんだオレンジのTシャツをだぼっとかぶって、キャップを後ろ前にかぶっていた。

 三桜さんは淡いクリーム色のワンピースだった。


 三桜さんの髪は乾ききっていなかった。

 毛先から落ちるしずくが、ワンピースの肩に小さな染みをつくっては、少しずつ広がっていく。

 染みたところだけ薄い生地が肌に張りついて、肩の丸みがうっすらと透けていた。


「三桜、髪拭ききれてないって。肩、濡れてるよ」


「ドライヤー、すっごい列だったの……。歩いてたら乾くかなって思って」


「乾くまで歩いたら、駅を通り過ぎるわ」


 二葉さんがハンカチを取り出して、三桜さんの毛先を後ろからまとめて押さえた。

 押さえながら、その目がベンチの立花のほうへ流れる。


「立花くん。帰りは何を履いているの?」


「聞いて驚け、次女さん。海パン」


「……驚いたわ。別の意味で」


「乾いてるやつだから! そこ大事だから!」


「立花くんね、柄にするか無地にするかで、棚の前で十分くらい悩んでたんだよ」


「三桜ちゃん、それも言わなくていいやつ!」


 心花がキャップのつばの下で、肩を震わせて笑っていた。


「篠崎ちゃんまで笑うなよ! 俺なりに真剣だったんだぞ!」


「すみません、立花先輩! でも、十分って……!」


 駅へは浜の入り口まで長い砂浜を歩いて戻る。

 畳んだパラソルは、朝と同じように立花が旗みたいに担いでいた。

 日はだいぶ低くなっていた。

 砂の熱は昼間よりずっとやわらいで、サンダルの底からほんのり温かさが伝わってくるだけだ。

 空の端はまだ何色になるか決めかねているように見えた。


「二葉先輩、日傘入れてください!」


 心花が小走りに二葉さんの隣へ並んだ。

 二葉さんは日の傾いた浜で、律儀に日傘を差していた。


「……端ならいいわ」


「端でいいです! 端っこ、好きなので」


 心花は日傘の縁ぎりぎりに肩を寄せた。

 二葉さんは何も言わずに、日傘を少しだけ心花のほうへ傾けた。

 傾けたぶんだけ、二葉さん自身の肩が日傘の外へはみ出していた。


 その後ろを、一花さんと立花が並んで歩いていく。


「ねえ、海パンくん」


「その呼び方やめてくんない!?」


「じゃあ、乾いた海パンくん」


「乾いたを足すな!」


 二人の声はよく通って、寄せる波の音にもまぎれなかった。

 少しずつ先へ行くのに、声だけはいつまでもすぐそばで聞こえる。


 三桜さんは俺の少し前を歩いていた。

 サンダルの足を一歩ずつ砂に沈ませて、湿った毛先を肩の上で揺らしている。

 ワンピースの肩の染みは、さっきより少しだけ大きくなっていた。


 俺はいちばん後ろだった。

 前を行く五人の背中が、少しずつ間を空けながら、長い砂浜に点々と並んでいる。


 寄せてきた波が、足もとのすぐ先で砂を洗って引いていった。

 その音を聞いたところで、足が止まった。


 前を行く声は止まらなかった。

 立花の笑い声も、心花の弾む声も、日傘の下の短い相づちも、そのまま少しずつ遠ざかっていく。


 三桜さんだけが振り返った。

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