第129話 昼下がりの砂浜、それぞれの熱
浜の途中で絡まれた心花が泣きやんだあと、六人は波打ち際で輪になって、ビーチボールを打ち上げつづけた。
空っぽの保冷バッグを前に二葉さんが決めたルールは、先に落とした二人が飲み物の買い出し係。
胸もとを押さえた三桜さんと、砂に顔から飛びこんだ立花が続けて落とし、泣いたぶん遊んで取り返すと言った心花は、最後には声を上げて笑っていた。
「じゃ、買い出しは三桜ちゃんと俺な。何買ってくりゃいい?」
立花が顔の砂を払いながら起き上がった。
「私も行きます」
心花が手を挙げていた。
片方の腕を、まっすぐ空へ伸ばしている。
一花さんの笑顔がほんの一瞬だけ遅れた。
二葉さんは何も言わずに心花を見た。
「篠崎ちゃん、べつに負けてないじゃん。座ってていいんだよ?」
「負けてないから行くんです。……さっき、売店まで行けなかったので」
心花は浜の真ん中のほうを見ていた。
海の家の軒先で、売店の青いのぼりがさっきと同じように揺れている。
「今度はちゃんと着いて、ちゃんと買って、ちゃんと戻ってきます。そしたら今日のぶん、ぜんぶ元どおりですもん」
声は明るかった。
明るいまま、まっすぐだった。
「心花ちゃん、手つないでこ!」
三桜さんが心花の手を両手でつかんだ。
さっき浜の途中でつないだのと同じ手だった。
「……あー、じゃ、俺は先に行って並んどくわ。昼過ぎの売店って混むからさ」
立花が空のナップサックを肩にかけた。
かけるなり、返事も待たずに浜の真ん中のほうへ駆けだしていく。
ずいぶん先まで行ってから一度だけ振り返って、大きく両手を振った。
「タチバナくん、ああいうとこだけ気が利くよね」
「ああいうところだけ、ね」
二葉さんがバッグを開けて、小さながま口を取り出した。
ついていた砂は、もう一粒も残っていない。
二葉さんはそれを心花の手のひらに乗せると、心花の指を上から一本ずつ折りたたむようにして握らせた。
「預かりものよ。返すわ」
「……はい」
二葉さんはそれから自分の財布を開けて、千円札を二枚、心花のもう片方の手に持たせた。
「飲み物の代金はこれで。お茶を四本。スポーツドリンクを二本。おつりは数えてから受け取りなさい」
二葉さんの注文は、工程表を読み上げるみたいに淀みがなかった。
「あたし強炭酸! いちばん喉が痛くなるやつね」
「私、かき氷! かき氷食べたい!」
「三桜。かき氷は飲み物ではないわ」
「溶けたら飲み物だもん!」
心花がこらえきれずに吹き出した。
「三桜先輩、それ完全に屁理屈です!」
「屁理屈じゃないもん。状態変化だもん!」
「理科の用語を都合よく使わないの」
「センパイは、何がいいですか?」
「なんでもいい。……心花は?」
「私は、着いてから自分で決めます」
心花は三桜さんと手をつないで、二、三歩歩きだした。
それから、くるりと振り返った。
「先輩たち、センパイのことちゃんと見張っといてくださいね。抜けがけは、なしですからね!」
「はいはい。見張っとく見張っとく」
「行ってらっしゃい、篠崎さん。三桜も」
「私、ついで!?」
白い水着とミントグリーンの水着が、手をつないだまま砂浜を遠ざかっていく。
そのずっと先で、青いのぼりの下に立花が立っていた。
両手を頭の上で大きく振っている。
何を叫んでいるのかまでは、ここからでは聞き取れなかった。
一花さんはシートの上で膝を抱えて、黙ってそっちを見ていた。
二葉さんは正座したまま、黙ってそっちを見ていた。
俺も黙っていた。
二つの背中が、さっき心花が足を止めたあたりに差しかかる。
止まらなかった。
そのまま砂を踏んで、のぼりの下まで歩いていって、立花の振る手の横に並んだ。
「……着いた」
一花さんがぽつりと言った。
さっき、止まった、と言ったときと同じ低さの声だった。
同じ低さのまま、語尾だけがほんの少し震えていた。
二葉さんが長い息を吐いた。
きちんと揃えていた膝をほどいて、ゆっくりと足を横へ崩す。
「――はい、おしまい!」
いきなり背中に重みが倒れかかってきた。
一花さんが体ごと、俺の背中にもたれかかっていた。
肩甲骨のあいだで、赤い布越しのやわらかさが二つ、ゆっくりと形を変える。
「篠崎ちゃんは三桜とタチバナくんに任せたし。こっからは、あたしらの時間っしょ」
「あたしらって、誰と誰だ?」
「あたしと二葉。誠はその真ん中」
背中から回ってきた腕が、俺の首にゆるく巻きついた。
「マコト。塗り直しの時刻よ」
二葉さんが、一花さんのバッグから日焼け止めのボトルを取り出していた。
朝、一花さんが「誠用」と言っていた二本目のほうだ。
手つきにまるで迷いがない。
「塗り直しにも時刻があるのか」
「十四時半。日焼け止めは二時間おきに塗り直すものよ」
「それ絶対いま決めたでしょ。工程表見せてよ」
「……頭の中にあるわ」
「出た、頭の中の工程表。いつでも好きに書き足せるやつ」
二葉さんは聞こえなかったふりをして、ボトルの蓋を開けた。
それから俺の前へ回りこんで、投げ出していた俺の脚の横に膝をついた。
「脚よ。ラッシュガードが守ってくれるのは、上だけだもの」
手のひらに白いのを絞り出すと、二葉さんはそれを俺の膝の上にぺたりと乗せた。
冷たさに膝が勝手に跳ねた。
跳ねた膝を、二葉さんの手のひらが上からやんわり押さえつける。
「動かないで。ムラになるわ」
膝から脛へ、脛からまた膝へ。
一花さんの背中を三往復で済ませた人とは思えないほど、手のひらはゆっくりと動いた。
前かがみになった二葉さんの長い黒髪が肩からこぼれて、俺の腿の上へさらさらと落ちる。
毛先が腿の上をくすぐるように揺れた。
かがんだぶんだけ一本きりの肩紐がゆるみ、黒い布の胸もとで、押しこまれていた丸みが深い影をつくっていた。
膝の上まで上ってきた手は、そこで止まらなかった。
「……二葉さん。そこから上はいい」
「そこから上も日なたよ」
「二葉、そこ日なたじゃなくて海パンの中」
「裾よ」
「裾の中って言うんだよ、それ」
二葉さんの手が、海パンの裾のぎりぎりのところでぴたりと止まった。
止まったまま、ゆっくりと顔を上げる。
すぐ目の前に二葉さんの顔があった。
黒髪から、清涼感のあるシャンプーの香りがふわりと立ちのぼっている。
「……マコトが動くから、手がすべったのよ」
「俺は一ミリも動いてない」
「心の中で動いたわ」
反論できなかった。
心の中のほうは、たしかにだいぶ動いていた。
「はいはい、下は二葉に取られたし。じゃ、あたしは上担当ね」
背中の重みがふっと離れた。
と思ったら、膝立ちになった一花さんが、後ろから俺の頭の上へ覆いかぶさってきた。
「首の後ろ、また赤くなってるじゃん。あたしが誠の日傘になったげる」
頭のてっぺんに、やわらかな重みがずしりと乗った。
赤い布越しのふくらみが、俺の頭の丸みに沿ってゆっくりとたわんでいく。
首から垂れた二本の紐の先が、額の前でぶらぶらと揺れていた。
前髪の上からくすくす笑う息がかかる。
「……一花さん。それは日傘じゃない」
「日傘じゃなかったら、何?」
「重しよ」
俺より先に、膝もとから二葉さんが答えた。
「誠、重い?」
「……答えたら負ける気がする」
「正解。重いって言ったら泣くし、軽いって言ったら嘘になるもんね」
一花さんはけらけらと笑って、さらに体重を預けてきた。
笑うたびに、頭の上の重みが小さく弾む。
脚には二葉さんの手のひら、頭には一花さんの重み。
パラソルの影の中で、俺は首から上と膝から下を、それぞれ別の人に押さえこまれていた。
しばらくして、一花さんがようやく俺の頭から離れた。
満足したようにシートの上へうつ伏せに寝転がり、膝から下をぱたぱたと宙で揺らしはじめる。
揺れる足の裏が目に入った。
両方とも、土踏まずのあたりまで赤くなっていた。
「一花さん。足の裏、赤くなってる」
ぱたぱたが止まった。
一花さんは寝転がったまま、足をすっとシートの上へ下ろした。
「……そういうとこは、見なくていいの」
さっきまでとは違う、低くて小さな声だった。
焼けた砂の上で、足の指一本動かさずに立っていた背中を思い出した。
俺は保冷バッグを引き寄せた。
飲み物は一本もないが、底にはまだ保冷剤が二つ残っている。
取り出すと、ひんやりとした重さが手のひらに張りついた。
「足、こっち」
「……え」
返事を待たずに一花さんの足首をつかんで、赤くなった足の裏に保冷剤を押し当てた。
「ひゃっ……!」
一花さんの背中がびくんと跳ねた。
つかんだ足首は思っていたより細かった。
手のひらの中で、強張っていた足の指が少しずつほどけていく。
「……ずるいなあ。そういうの、急にやるの」
一花さんはシートに顔を半分埋めて、くぐもった声で言った。
見えている片方の耳だけが、日焼けとは違う色をしていた。
膝の横で白いものがすっと動いた。
見ると、正座を崩した二葉さんが素足を一本、無言でこちらへ差し出していた。
「……二葉さん」
「何かしら?」
「黙って足を出すのはやめてくれ。心臓に悪い」
「言ったら、出しにくくなるもの」
「二葉、順番守って。今あたしの番だから」
「守っているわ。次が私よ」
差し出された足の裏も、一花さんと同じくらい赤かった。
俺は一花さんの足を保冷剤ごと右手ひとつで押さえ直し、空いた左手で二つ目の保冷剤をそっと当てた。
二葉さんは何も言わずに目を閉じた。
閉じた睫毛の先が、少しだけ震えていた。
「あーっ! もう始まってる!」
浜のほうから聞き慣れた声が飛んできた。
心花が砂を蹴ってこっちへ駆けてくる。
手には黒い缶を一本握りしめていた。
その後ろから、かき氷のカップを両手で捧げ持った三桜さんと、ぱんぱんにふくらんだナップサックを背負った立花が続いた。
「抜けがけなしって言ったじゃないですか! ……え、なんですかこの状況。センパイ、両手に足って、どういうことですか!?」
言われて自分の手を見た。
右手には一花さんの足の裏、左手には二葉さんの足の裏。
どちらも保冷剤ごと、手のひらで包むように押さえている。
「……冷やしてた」
「足をですか!?」
「あたしらの足、さっきの砂でちょっと焼けちゃってさ。誠が冷やしてくれてんの」
一花さんが寝転がったまま、つかまれていないほうの足をひらひらさせた。
心花の目が、二人の赤い足の裏のあいだを行ったり来たりした。
それから、ほんの一瞬だけ唇を結んだ。
「……じゃあ、私も尋問に混ざります」
心花は俺の真横にすとんとしゃがみこむと、握っていた缶を俺の首筋にぴたりと押し当てた。
「つめたっ」
「冷たいうちに白状してください。冷やすと口が軽くなるって、テレビで言ってました」
「それは嘘だろ」
「えへへ、嘘です。今つくりました」
短い髪がすぐ横でぴょこんと跳ねた。
しゃがんだ膝に押されて、白い水着の胸もとが寄せられ、思いがけない深さの谷をつくっている。
首筋から離れた缶は、いつか自販機の前で見たのと同じ真っ黒なブラックだった。
「やっぱり、それなんだな」
「はい。暑い日はこれでシャキッとするんです」
心花はプルタブを引いて、それから少しだけ声を落とした。
「……それに、甘いの飲んだら、なんだか、また泣いちゃいそうだったので」
小さな喉がこくりと一度だけ動いて、ふう、と長い息が抜けた。
「シャキッとしました」
「篠崎ちゃん、ほんとそれ好きだよね。見てるだけで口の中が苦くなるんだけど」
「一花先輩は強炭酸で喉を痛めつけてるじゃないですか。おあいこです」
両手で黒い缶を大事そうに抱え直すと、心花はもう一口飲んで、小さく息を吐いた。
その横顔に、もうさっきの涙の跡は残っていなかった。
「はい、綾瀬姉さん。いちばん喉痛くなるやつ」
立花がナップサックの中からペットボトルを一本取り出して、一花さんに放った。
一花さんは俺の手から足を引っこめて起き上がり、片手で器用に受け止めると、俺のすぐ横で勢いよくキャップをひねった。
ぷしゅ、では済まなかった。
噴き上がった泡が、一直線に俺の顔へ飛んできた。
頬から顎まで、冷たい泡がぱちぱちと弾けながら伝い落ちていく。
「ちょっ、誰!? これ振ったの誰!?」
「俺! 走った! かき氷溶けるから、ダッシュで来た!」
「立花くん。炭酸を持って走るなら、走る前に炭酸を置いていきなさい」
「それ持ってこないってことだろ!」
「あははっ! 誠、顔じゅうしゅわしゅわいってる! 天然の炭酸パックじゃん!」
一花さんはお腹を抱えて、シートの上をごろごろ転がっていた。
二葉さんがタオルを一枚取って、俺の顔を黙って拭いはじめた。
拭くついでのように、真横にしゃがんだ心花と俺のあいだへ、自分の肩を少しだけ割りこませてくる。
三桜さんはそんな騒ぎをよそに、俺の前にちょこんと座ってかき氷を差し出してきた。
薄い桃色のシロップが、溶けかけた氷のすき間にしみこんでいる。
「誠くん、ひと口あげる。……いちごじゃないよ、桃だよ」
「色だけじゃ見分けがつかないな」
「味がちがうの! 桃のほうがね、いちごよりちょっとだけ大人の味なんだよ」
「三桜、桃で大人ぶるのはさすがに無理あるって」
一花さんの指摘に、三桜さんが頬をふくらませた。
「でも三桜先輩、今日は背伸びの日ですもんね。水着のときから」
「……水着のことは言わないで、心花ちゃん」
三桜さんが赤くなって、自分でスプーンをくわえた。
くわえてから、はっとしたように、新しくすくったひと口を俺の口もとへ運んでくる。
冷たさのあとから、桃の甘い香りがゆっくり鼻へ抜けていった。
今度は何も垂れてこなかった。
「どう? 大人の味?」
「……桃の味だ」
「それはそうだよ! 桃だもん!」
三桜さんはスプーンを振って力説した。
振っていたスプーンが、そこでふと止まる。
「あっ、そうだ誠くん。立花くんね、売店で、浮き輪の隣の海パンの棚の前で、ずーっと――」
「三桜ちゃん! それは着替えるまで秘密って言ったろ!」
「あっ」
三桜さんは慌ててスプーンをくわえて、そのまま固まった。
くわえたスプーンのすき間から「……海パン」とだけこぼれた。
「三桜先輩、ぜんぶ言っちゃってます……!」
心花が缶を口に当てたまま、肩を震わせて笑っていた。
それから、日が傾くまで遊んだ。
二葉さんは三回「もう一回」と言って、三回ともボールの輪を一から数え直させた。
四回目でようやく五十を越えると、何事もなかったような顔で「妥当ね」とだけ言った。
立花は一花さんに沖まで引っぱっていかれて、息も絶え絶えに戻ってきた。
三桜さんと心花は波打ち際にしゃがみこんで、寄せてくる波に砂の山を崩されては、また積み直していた。
心花はときどき顔を上げて、こっちに大きく手を振った。
ブラックの缶は、夕方になるころには空になっていた。
◇
日が低くなりかけたころ、パラソルを畳んで、浜の真ん中の海の家でシャワーを借りて着替えた。
夕方になると入り口の更衣室には列ができる、と二葉さんの工程表に書いてあったらしい。
男子の着替えは、女子よりずっと早く終わる。
「相沢、見ろ」
仕切りの向こうから出てきた立花が、ハーフパンツのウエストを親指でぐいと引っぱってみせた。
朝の駅と同じ仕草だった。
ゴムの下から朝とは違う真新しい黄色がのぞいている。
「売店で買った。乾いてるやつ」
「……やっぱり海パンか」
「やっぱりって言うな。乾いてるんだぞ。未来の俺、ちゃんと仕事しただろ」
「仕事の方向がちょっとずれてる」
「濡れたまま帰るより、だいぶまともだろ!」
立花はゴムをぱちんと戻して、胸を張った。
まともかどうかはともかく、本人が満足しているなら言うことはない。
海の家の軒先のベンチで待っていると、四人がまとめて出てきた。
朝の駅で見た格好に戻っている。
一花さんは黒いリブのタンクトップに麻のワイドパンツで、湿った髪をもう一度高い位置でまとめ直していた。
二葉さんは白いブラウスのボタンを喉もとまで留め直し、紺のロングスカートの裾を指先で整えている。
心花はくすんだオレンジのTシャツをだぼっとかぶって、キャップを後ろ前にかぶっていた。
三桜さんは淡いクリーム色のワンピースだった。
三桜さんの髪は乾ききっていなかった。
毛先から落ちるしずくが、ワンピースの肩に小さな染みをつくっては、少しずつ広がっていく。
染みたところだけ薄い生地が肌に張りついて、肩の丸みがうっすらと透けていた。
「三桜、髪拭ききれてないって。肩、濡れてるよ」
「ドライヤー、すっごい列だったの……。歩いてたら乾くかなって思って」
「乾くまで歩いたら、駅を通り過ぎるわ」
二葉さんがハンカチを取り出して、三桜さんの毛先を後ろからまとめて押さえた。
押さえながら、その目がベンチの立花のほうへ流れる。
「立花くん。帰りは何を履いているの?」
「聞いて驚け、次女さん。海パン」
「……驚いたわ。別の意味で」
「乾いてるやつだから! そこ大事だから!」
「立花くんね、柄にするか無地にするかで、棚の前で十分くらい悩んでたんだよ」
「三桜ちゃん、それも言わなくていいやつ!」
心花がキャップのつばの下で、肩を震わせて笑っていた。
「篠崎ちゃんまで笑うなよ! 俺なりに真剣だったんだぞ!」
「すみません、立花先輩! でも、十分って……!」
駅へは浜の入り口まで長い砂浜を歩いて戻る。
畳んだパラソルは、朝と同じように立花が旗みたいに担いでいた。
日はだいぶ低くなっていた。
砂の熱は昼間よりずっとやわらいで、サンダルの底からほんのり温かさが伝わってくるだけだ。
空の端はまだ何色になるか決めかねているように見えた。
「二葉先輩、日傘入れてください!」
心花が小走りに二葉さんの隣へ並んだ。
二葉さんは日の傾いた浜で、律儀に日傘を差していた。
「……端ならいいわ」
「端でいいです! 端っこ、好きなので」
心花は日傘の縁ぎりぎりに肩を寄せた。
二葉さんは何も言わずに、日傘を少しだけ心花のほうへ傾けた。
傾けたぶんだけ、二葉さん自身の肩が日傘の外へはみ出していた。
その後ろを、一花さんと立花が並んで歩いていく。
「ねえ、海パンくん」
「その呼び方やめてくんない!?」
「じゃあ、乾いた海パンくん」
「乾いたを足すな!」
二人の声はよく通って、寄せる波の音にもまぎれなかった。
少しずつ先へ行くのに、声だけはいつまでもすぐそばで聞こえる。
三桜さんは俺の少し前を歩いていた。
サンダルの足を一歩ずつ砂に沈ませて、湿った毛先を肩の上で揺らしている。
ワンピースの肩の染みは、さっきより少しだけ大きくなっていた。
俺はいちばん後ろだった。
前を行く五人の背中が、少しずつ間を空けながら、長い砂浜に点々と並んでいる。
寄せてきた波が、足もとのすぐ先で砂を洗って引いていった。
その音を聞いたところで、足が止まった。
前を行く声は止まらなかった。
立花の笑い声も、心花の弾む声も、日傘の下の短い相づちも、そのまま少しずつ遠ざかっていく。
三桜さんだけが振り返った。




