↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第5章 夏休み!海と水着と、夏祭りの告白

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/134

第126話 海の家の取り合いと、特賞の抽選会

泳げないはずの三桜さんが、ばたつく足で水を叩きながら、みんなの待つところまでひとりで泳ぎきった。

 どこで覚えたのかと詰め寄られても「ひみつ」で押し通し、水の中でこっそり俺と小指を立て合って笑った――そこまではよかった。


 海から上がるほんの数十歩のあいだに、三桜さんは三方を塞がれていた。

 右に一花さん、左に心花、真後ろには二葉さんがぴたりとついている。

 波打ち際を歩いているだけなのに、どう見ても連行だった。


「で、三桜。いつから泳げるようになったの?」


「ひみつ」


「じゃあ、どこで練習したんですか? 川ですか? まさか池じゃないですよね?」


「池で泳ぐ人なんていないよぉ! ……あっ、場所もひみつ!」


「池ではない。それだけは判明したわね」


 二葉さんが後ろから静かに付け足した。

 足首を洗っていく波の音の中で、その声だけがやけにくっきりと届く。

 三桜さんは両手で口をふさいで、首をすくめた。


「消去法でいくなら、次は川ね」


「か、川は流されちゃうからダメって言われ……あっ!」


「誰に言われたのかしら」


「だ、誰も言ってない!」


 三桜さんの裏返った声が、寄せてきた波の音にまぎれた。


「二葉ちゃん、なんでさっきからずっと後ろにいるの……?」


「三桜は逃げるとき、必ず後ろへ下がるもの」


「うわ、詳しっ。さすが生まれたときから隣で見てるだけあるわ」


 一花さんが感心したように口笛を吹くまねをした。

 三桜さんは右にも左にも後ろにも逃げられず、助けを求めるみたいにこっちを振り返る。

 俺はちょうど水平線を眺めているところだった。

 眺めているところ、ということにした。


「あっ、今、三桜先輩がセンパイのほう見ましたよね!?」


 心花の指がまっすぐ俺に向いた。

 一花さんの目がすうっと細くなり、二葉さんは三桜さんの肩越しに首だけをこちらへ向ける。


「見てない。……見てたとしても、俺は関係ない」


「関係ない人は、さっき海の中で三桜といっしょに笑わないと思うなー」


「思い出し笑いだ」


「二人同時に?」


「……同じことを思い出したんだろ」


「それを共犯と言うのよ、マコト」


 二葉さんの声は涼しかった。

 三桜さんの肩にはいつのまにかその手が置かれている。

 逃がさないつもりの置き方だった。


「腹減ったー! 昼! 昼にしようぜ!」


 沖のほうから立花がざぶざぶと水を蹴立てて上がってきた。

 ひとりで散々泳ぎ回っていたらしく、肩で息をしている。

 尋問の輪のすぐ脇を、何も知らない顔でまっすぐ通り過ぎていった。


「タチバナくん、今いいとこなんだけど」


「いいとこって何? 焼きそばより?」


「……焼きそばよりは、いいとこじゃないかも」


 一花さんがあっさり寝返った。

 その隙に、三桜さんが二葉さんの手の下からするりと抜け出して、パラソルのほうへ駆けていく。

 二葉さんは追わなかった。

 追わずに、「お昼のあいだも続けるわ」とだけ俺に言った。

 なぜ俺に言うのかは聞かないでおいた。


 パラソルの下に戻ると、三桜さんが水着の胸もとを両手でぐいと引き上げていた。

 肩紐のない布は水を吸って重くなったぶん、歩くたびに少しずつ下がってくるらしい。

 引き上げるたびに、フリルの縁がやわらかな丸みに沿って小さく弾んだ。


「三桜。それ、人のいるとこで直すやつじゃないから」


「だって、水吸ったら重たくなるんだもん……。一花お姉ちゃんのは落ちないの?」


「あたしのは首で吊ってるからね。構造の勝利っしょ」


「構造なら、私のほうが安定しているわ。肩一本で支えているもの」


「二葉のは、一本で支えてる量がおかしいんだって」


 一花さんの指摘に二葉さんは黙ってタオルを肩に掛けた。

 掛けたタオルの端が、ちょうど片方しかない肩紐を隠す位置に落ちる。


  ◇


 海の家は浜の真ん中あたりに、よしずを張りめぐらせて建っていた。

 板張りの小上がりに低い長テーブルがいくつも並び、天井の扇風機が気だるそうに首を振っている。

 奥の鉄板ではソースの焦げる音がひっきりなしに弾けていた。


「立花くんは通路側。その隣がマコト、奥が私。向かいは奥から篠崎さん、三桜、一花」


 サンダルを脱ぐより先に、二葉さんの指示が飛んだ。

 電車のときよりさらに早かった。


「また二葉が決めてるし。しかも自分は誠の隣」


「揉めないためよ」


「それ、電車でも聞いた」


「電車でも揉めなかったでしょう」


「揉めなかったんじゃなくて、あたしが譲ってあげたの」


 一花さんは唇を尖らせて、もうひと押ししかけた。

 けれど二葉さんに目だけで何か言われると、小上がりの奥のほうへちらりと視線を流して、あっさり通路側に腰を下ろした。


「……ま、いっか。ななめ前ってさ、じーっと見てても気づかれにくい席なんだよね」


「今の宣言で気づいた」


「じゃあ、気づかれてるの承知で見る。そっちのほうが楽しいし」


 一花さんはテーブルに頬杖をついて、言葉どおり俺の顔を眺めはじめた。

 頬杖の角度まで、見られる側のことを計算しているみたいだった。

 目が合うと、一花さんは片眉を上げて、指先で自分の唇をとんとんと叩いてみせた。


「焼きそば大盛りと、カレーと、ラーメン。あとフランクフルト」


 壁に貼られた品書きを指でなぞりながら、立花がひと息に言った。


「立花くん。それは一人分なの?」


「一人分。海ってさ、なんでか腹減るじゃん」


「胃袋の数を数えてから頼みなさい」


「一個しかないけど、でかいから平気」


「朝、駅で足踏みしてたぶん取り返さないとだもんね、タチバナくん」


「そう! 二十分ぶん!」


 足踏みのカロリーを本気で取り返す気でいるらしい。

 三桜さんはラーメン、一花さんは焼きとうもろこしといか焼き、心花はカレーに決めた。

 二葉さんは品書きをほとんど見ないまま、焼きそばと言った。


「センパイは焼きそばですよね」


 俺が口を開くより先に、心花が言った。


「なんでわかった」


「入ってきてから、鉄板のほう三回は見てましたもん。それにセンパイ、味の濃いのから行く人じゃないですか。お昼も、いっつもいちばん濃いおかずから箸つけてますし」


「……よく見てるな」


「えへへ。見てますから」


 悪びれるところのひとつもない笑顔だった。

 好きで見ているから知っている、と真正面から言われてしまうと、こっちはもう焼きそばを頼むしかない。


 運ばれてきた焼きそばは、紙皿からこぼれそうなほどの山盛りだった。

 鉄板に押しつけられていた縁のほうの麺が、ところどころ茶色く焦げている。


「見ててください。センパイは、まず端っこの焦げたとこから行きますよ」


 心花がテーブル越しに身を乗り出して、実況みたいに声をひそめた。

 言われると逆らいたくなるのが人情だ。

 真ん中から崩してやろうと思った箸の先が、気づけば勝手に焦げのほうへ吸い寄せられていた。


「ほら!」


「……腹が減ってるだけだ」


 言い訳をしているあいだに、隣から別の箸がすっと伸びてきた。

 二葉さんが自分の皿の端から焦げたところだけを器用につまんで、俺の皿へ移している。

 ひとつ、またひとつ。


「二葉、何してんの」


「焦げは好きではないの」


「うっそだー。家でフライパンの底の焦げたとこ、いっつもこそいで食べてるじゃん」


「……記憶にないわ」


「二葉ちゃん、こないだもやってたよ? 木べらで、こりこりって」


 三桜さんの無邪気な証言に、二葉さんの箸がぴたりと止まった。

 移しかけていた焦げのひとかけらが、俺の皿と二葉さんの皿のあいだで宙ぶらりんになっている。

 二葉さんはそれを黙って俺の皿に落とすと、麦茶の紙コップに口をつけた。

 紙コップを傾ける首筋に、じわじわと赤みがのぼっていった。


「二葉先輩、ずるいです。私は見てただけなのに、行動で上書きしてきましたね」


「見ているだけでは、焦げは移らないもの」


「名言っぽく言ってるけど、それ、ただの焦げの押しつけだからね? はいはい、そこまで。誠、あーん」


 ななめ前から焼きとうもろこしが一本ぬっと突き出された。

 低いテーブルの上に一花さんが膝立ちで身を乗り出している。

 前に傾いた体の重みを、胸の前で交わった二本の紐が懸命に受け止めていた。

 紐の交わった真下のくぼみがテーブルの醤油差しよりも近い。


「……近い」


「とうもろこしが? まだ鼻の先までしか寄せてないけど」


「とうもろこしも」


「も、ってことは、ほかに何が近いのかなー。言ってみ?」


 逃げ道はとうもろこしにしかなかった。

 かじりつくと、甘い汁と醤油の焦げた香ばしさが、口の中でいっぺんにはじけた。


 一花さんはにんまりと笑って、俺の唇の端に指を伸ばした。

 くっついていた粒をひとつ、指先でつまみ取る。

 そのまま自分の口にぽいと放りこんだ。


「ん、おいし。誠の味つき」


「一花。テーブルに乗り出さないで。醤油差しが倒れるわ」


「倒れないように、ちゃんと肘ついてるじゃん」


 確かに肘はついていた。

 その肘のすぐ上で、もっと危なっかしいものが、テーブルの縁にやわらかく乗っかっていた。


「ま、誠くん! 私のも、あーん!」


 負けじと三桜さんが箸を突き出してきた。

 つまんでいるのはラーメンだった。

 持ち上げた麺の束から、スープがぽたぽたとテーブルに垂れている。


「三桜ちゃん、それ汁が全部相沢の膝にいくやつ!」


「えっ、あっ、あつっ!」


 垂れたスープが、慌てた三桜さん自身の手首に落ちたらしい。


「三桜さん、気持ちだけでいい。麺は三桜さんが食べてくれ」


「……気持ちだけ届いた?」


「届いた。汁より先に届いた」


 三桜さんはふにゃりと笑って、垂れかけた麺を自分の口にすすりこんだ。

 すすった勢いでスープのしずくが鼻の頭に跳ねた。

 三桜さんは舌を伸ばして鼻の頭を舐めようとし、届かずに寄り目になった。

 二葉さんが黙ってテーブル越しに紙ナプキンを伸ばし、その鼻の頭をとんと押さえてやる。


「じゃあ私はカレーで! センパイ、ひと口どうぞ」


 奥の席から、心花がめいっぱい腕を伸ばしてスプーンを差し出してきた。

 断る理由を探しているうちに、スプーンはもう唇の前まで来ていた。

 観念して口を開けると、甘ったるいルウのあとから、遅れて辛さが追いかけてきた。


「海の家のカレーって、なんでかすっごくおいしくないですか?」


「具がほとんど見当たらないけどな」


「そこがいいんですよ! 具がないぶん、海の味がするんです」


「海の味がするなら、それは衛生の問題よ」


「二葉先輩、海の家でそれ言うのは野暮ですって!」


「野暮で結構よ」


 二葉さんはそう言いながら、自分の麦茶を心花のほうへ少しだけ寄せた。

 辛いのかどうかは聞かずに、黙って。


「相沢、お前さっきから、ひな鳥みたいに口開けっぱなしだぞ」


「好きで開けてるわけじゃない」


「うそ。とうもろこしのとき、自分から開けてたよ」


 一花さんの証言には反論の余地がなかった。


「三桜先輩。質問の仕方を変えます」


 カレーのスプーンを置いて、心花が居住まいを正した。

 尋問はまだ終わっていなかったらしい。


「はいか、いいえで答えてください。それなら、ひみつにしたまま答えられますよね?」


「う、うん。それなら……」


 三桜さんはラーメンの器を両手で抱えて、こくこくと頷いた。

 頷いた時点でもう半分くらい負けている気がした。


「練習したのは、最近ですか?」


「は――ひ、ひみつ!」


「今、『は』まで出たよね」


「出たわ。最近ね」


「出てないもん! 今のは、ラーメンが熱くて、はふはふの『は』!」


 三桜さんは証拠を見せるみたいに、冷めかけたラーメンにふうふうと息を吹きかけた。

 湯気はもうほとんど立っていなかった。

 次の問いは、二葉さんの口から静かに出た。


「……練習は、ひとりで?」


「ひとりで! ひとりで、毎晩、洗面器に顔つけて、息止める練習してたの!」


「洗面器で息止め……あ、それはちょっとありそうですね」


「篠崎ちゃん、納得しかけないで」


「洗面器では、前に進めないわ」


「……進めないね」


 二葉さんのひと言で、三桜さんの声がしぼんだ。

 しぼんだまま、どうにか言い返そうとして身を乗り出す。


「で、でもね! 顔を上げたら、誠く――」


 三桜さんの口がそこでぴたりと止まった。

 テーブルの上の目という目が、焼きそばを食べている俺のほうへ集まってくる。


「誠く、の続きは?」


「ま、誠くんが! お、おかわりするって!」


 三桜さんの指がまっすぐ俺の皿を指していた。

 皿の上にはまだ半分以上残っている。


「……する。おかわり」


「焦げたところなら、まだ私の皿にあるわ」


「センパイ、今かばいましたよね? かばう人の顔でしたよね!?」


「誠、目が泳いでる。三桜より泳いでる」


「私だって泳げるもん!」


「三桜先輩、そこは張り合うとこじゃないです」


 三桜さんが頬をふくらませて、心花がテーブルに突っ伏して笑う。

 俺はおかわりする予定のない焼きそばを、黙って口に運んだ。


「てかさ」


 大盛りの焼きそばを半分ほど片づけた立花が、箸を持ったまま顔を上げた。


「三桜ちゃんが泳げるようになった。それでよくね? どこで練習したとかより、俺、さっきの普通に感動したけど。ばしゃばしゃーって、ちゃんと前に進んでたじゃん」


 テーブルの上が一瞬静かになった。

 天井の扇風機がちょうど一往復した。


「……立花くんにしては、まともなことを言うわね」


「にしてはって何!? 俺、わりといつもまともだろ!」


「帰りに履くもの、考えてなかったやつがか」


「それは未来の俺の担当だって言ったろ!」


 立花が箸を振り回して抗議する。

 三桜さんがテーブル越しに、両手を合わせて拝むような格好をした。


「立花くん、ありがとう……! 立花くんだけが味方だよぉ……」


「三桜ちゃん、俺はいつでも味方。焼きそばの次くらいに」


「二番目なんだ……」


 心花がお腹を抱えて笑いだした。

 つられて一花さんが吹き出し、二葉さんまで、紙コップの陰で口もとをゆるめている。


 そのとき、通路を、日に焼けた男の人たちの一団が通りかかった。

 大きな声で笑いながら、テーブルのあいだを縫うように奥へ歩いていく。

 二葉さんの目が俺の肩越しに通路のほうへ流れて、その背中をひとつずつ追っていった。

 一花さんは頬杖をついたまま、通路側へ少しだけ体をずらした。

 三桜さんの片腕がテーブルの下へ消えていた。


 知り合いでもいたのかと思ったが、一団が通り過ぎると、二葉さんは何事もなかったように麦茶を口へ運んだ。

 心花はテーブルの下に目を落として、小さく笑った。

 くすぐったいような、少しだけ困ったような笑い方だった。


「……先輩たち、今日、ずーっと私の隣ですね」


「だって、心花ちゃんといっしょに遊びたいから!」


「篠崎ちゃんの席はいちばん奥って決まってんの。あたしが決めた」


「決めたのは私よ」


 心花は三人の顔を順番に見て、それから俺のほうを見た。


「……えへへ。じゃあ午後は、センパイのことも、ちゃんと取り合ってくださいね。私ばっかりじゃ、もったいないですよ」


「人を景品みたいに言うな」


「景品じゃないですよ。特賞です」


「なお悪い」


 特賞、のひと言で、三人の顔がそろってこちらを向いた。


「特賞かー。じゃ、あたしが当てたら誠、一日貸し切りね」


「公正を期すため、抽選の管理は私が行うわ」


「二葉ちゃんずるい! 自分の当たり増やす気でしょ!」


「……心外ね」


 誰もくじを引くとは言っていないのに、小上がりの上ではもう抽選会の段取りが始まりかけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。