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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第5章 夏休み!海と水着と、夏祭りの告白

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第122話 歩く挑発と、背伸びの一着

駅ビルの水着売り場で、心花は三桜先輩の見立てた白い水着に袖を通し、自分の手で試着室のカーテンを開けた。

 固まった三人のなかから、一花先輩が「あたしも着る!」と飛び出していったのが、ついさっきのことだ。


 心花が試着室を出ると、売り場はすでに慌ただしくなっていた。

 一花先輩は入り口近くのラックへ一直線に向かい、迷いのない手つきで一着を引き抜いた。

 真紅の布地が照明の下でつやりと光る。


「これ。決まり」


「早っ!? 一花先輩、まだ十秒も経ってませんよ!?」


「入ってきたときから目つけてたもん。目が合ったの、この子と」


「前髪は朝から六回も迷ったのに、水着は一度も迷わないのね」


「前髪は毎日変わるけど、水着で見せるとこは決まってるから」


「見せるとこが決まってるって、その言い方がもう大人すぎますよ……」


 一花先輩は真紅のハンガーを指先でくるりと回すと、片目をつむってみせた。


「私は迷わないの。迷うのは、これ見た誠のほう」


 二葉先輩はというと、別のラックの前で二着のハンガーを見比べていた。

 片方はプールで着ていたのとよく似た紺のワンピース。

 もう片方は片側の肩にだけ布がかかる、黒のビキニだった。

 しばらく黙って見比べてから、二葉先輩は紺のほうをそっとラックへ戻した。


「二葉先輩、そっちにするんですか!?」


「片側の肩で吊る形は、波を受けても肩紐が落ちないわ。合理的よ」


「で、本音は?」


「いまのが本音よ」


「二葉ちゃん、黒いの手に取ったとき、口の端っこがちょっとだけ上がってたよ」


 三桜先輩のなにげないひと言に、二葉先輩はハンガーを持ったまま、石像みたいに固まった。

 耳の先に、また色がのぼっていく。

 今日だけで三回目だ。

 それから無言ですたすたと試着室へ歩いていった。

 返事の代わりにカーテンがしゃっと閉まる音がした。


 残された三桜先輩はラックの前を行ったり来たりしていた。

 手に取るのは、フリルのついた小花柄や、パステルカラーのふんわりしたものばかりだ。

 プールで着ていたのと同じ系統。

 何着か胸にあてては、首をかしげて戻している。


「三桜先輩、迷ってます?」


「うん……。いつもの感じのは、たぶん似合うの。でもプールのとき、私だけタオル巻いてたでしょ」


「巻いてましたね。ほぼミノムシでした」


「ミノムシって言わないで……。だから、今度は……」


 三桜先輩の手が隣のラックの一着の上で止まった。

 淡いミントグリーンの、肩の出るデザインだった。

 胸もとをふちどるフリルは可愛らしいのに、肩紐がどこにもない。

 ハンガーを裏返すと、背中側はほとんど紐だけだった。


「これ……お姉ちゃんたちのみたいに、ちょっと大人っぽいの」


「わ、三桜先輩にしては攻めましたね!?」


「攻めてないの。……ちょっと、背伸びしただけ」


 ミントグリーンを胸に抱えて、三桜先輩はそそくさと試着室へ消えていった。

 四つ並んだ個室のうち三つが立て続けに埋まる。

 心花は空いた奥の個室の前で、丸椅子に腰を下ろした。


「今度は私が見る番ですね。ふふん、厳しくいきますよ!」


 膝の上に両手をそろえて、心花は審査員の顔をつくった。


 最初にカーテンが開いたのは、案の定、一花先輩の個室だった。


「はい、どうよ!」


 真紅のビキニだった。

 胸もとで二本の紐が交差して、首の後ろへと伸びている。

 その交差がちょうど谷間の真上で重なっていて、ただでさえメリハリのある体の線を、さらにくっきりと際立たせていた。

 一花先輩は片手を腰に当て、もう片方の手で髪をかき上げると、鏡ではなく心花のほうへ体をひねってみせた。

 見せ方を知っている人の立ち方だった。


「一花先輩、それもう歩く挑発じゃないですか!」


「褒め言葉として受け取っとく」


「褒めてますけど、半分は苦情です! プールのときの青いのより、明らかに布が減ってますよね!?」


「プールは予行演習。海が本番っしょ」


 悪びれもせずに言い切ると、一花先輩は隣の個室へくるりと向き直った。

 カーテンの向こうからは、さっきから衣擦れの音ばかりが続いている。


「二葉ー、まだー?」


「まだよ。紐の長さを調整しているの」


「その水着、紐って片っぽしかなくない?」


「……その片方を、念入りに調整しているの」


「はい、三秒待ったから開けまーす」


「一秒も待っていないわ!」


 問答無用でカーテンが引き開けられた。


 黒い布が右の肩から斜めに体を横切っていた。

 むき出しになった左の肩は、日傘に守られてきたせいか、驚くほど白い。

 その白さと黒の境目が鋭い斜めの線を描いている。

 そして、その線の下だった。

 喉もとまでボタンを留めていたシャツワンピースからは想像もつかない豊かな丸みが、黒い布地をはっきりと押し上げていた。


 カフェで紙ナプキンを差し出されたとき、ボタンとボタンのあいだに見えた、かすかな引きつれ。

 あれは気のせいではなかったのだと、心花は今さら思い知った。


「…………二葉先輩」


「なに」


「ずるくないですか!? なんでそれを、毎日ボタンで閉じ込めてるんですか!?」


「閉じ込めていないわ。シャツの縫製がそういう作りなだけよ」


「縫製のせいにするのは無理あるって」


 隣の個室のカーテンが細く開いた。

 首もとで布を握りしめたまま、三桜先輩が顔だけを出して二葉先輩を見上げる。


「二葉ちゃん、やっぱり、またおっきく……」


「三桜。やっぱりも、またも、要らないわ」


「だって、ずっと思ってたんだもん」


「……普通よ。一花と大差ないわ」


「大差あるって! あたし、姉としてずっと納得いってないんだから!」


「二葉先輩の普通って、どこの物差しで測ってるんですか……」


 二葉先輩は答えずに、自分の手でカーテンを閉めた。

 閉めた布の向こうから少しだけ早口の声が返ってくる。


「見せ物ではないわ。……でも、これにするわ」


「三桜も、ほら出ておいで!」


「む、むり……」


 顔だけ出していた三桜先輩が亀みたいにカーテンの内側へ引っ込んだ。

 布の下から裸足のつま先だけがのぞいている。

 一花先輩がカーテンの端に手をかけると、内側からも同じだけの力で引き戻された。


「だめー! まだ心の準備が……!」


「準備は着る前にするもんでしょ!」


「一花、手を離しなさい。破れたら買い取りよ」


 閉じたカーテンの奥から飛んできた二葉先輩の声に、一花先輩はぱっと手を離した。

 あまりの反応の早さに、心花は思わず笑ってしまう。

 それから丸椅子を立って、三桜先輩の個室の前に立った。


「三桜先輩。私だけ、入ってもいいですか?」


 しばらく返事はなかった。

 やがてカーテンが手のひら一枚ぶんだけ開いた。


「……心花ちゃんだけなら」


 するりと中へ入ると、三桜先輩は鏡に背中を向けて立っていた。

 両腕を胸の前でぎゅっと交差させて、肩を内側へ丸めている。

 淡いミントグリーンのフリルが、むき出しになった肩のすぐ下をふちどっていた。

 鏡に映った背中を、首の付け根から腰のくびれまで、細い紐のほかに何も覆っていない。

 浮き出た肩甲骨が呼吸に合わせて小さく上下していた。


「心花ちゃん……背中、ぜんぶ出てるの。こんなの、私じゃないみたい」


「わかります。私もさっき、鏡の前で同じこと思いましたもん」


「心花ちゃんも?」


「はい。腕だけTシャツの形に焼けてて、そこから先が、ぜんぶ知らない人でした」


 三桜先輩が心花の二の腕にちらりと目をやった。

 袖口からのぞいたくっきりとした境目に、小さく吹き出す。


「ほんとだ。脱いでも半袖着てるみたい」


「笑わないでくださいよ。ふつうに出歩いてるだけなのに、なんでこんなにくっきり焼けるんでしょうね」


「ふふっ……ごめんね」


「でも、カーテン開けたとき、先輩たち三人とも息止めてましたよ。三桜先輩なんて、袖で口ふさいでたじゃないですか」


「……うん。だって、すっごくかわいかったから」


「だから今度は、私が息止める番です。ほら、腕、下ろしてみてください」


 三桜先輩はしばらく視線を泳がせてから、そっと腕をほどいた。

 フリルの下で華奢な体の線があらわになる。

 控えめなふくらみをフリルがふんわりと包み込んで、いつもより少しだけ大人びた輪郭をつくっていた。

 細い首からなだらかな肩へ。

 ふだんはカーディガンの袖に隠れている線が、ぜんぶ鏡の中にあった。


「……どう、かな?」


「三桜先輩。いま、ちゃんと息止まりました」


 言い終わるより早く、三桜先輩が勢いよく抱きついてきた。

 むき出しの腕が首にまわり、すべすべした頬が心花の頬に押しつけられる。

 胸もとのフリルが、Tシャツ越しにくすぐったく触れた。

 背伸びをした水着の中身は、抱きしめてみると、やっぱりいつもの三桜先輩だった。

 柔らかくて、ふにゃりとしていて、ぴったりくっついたところから、とくとくと温かい。


「心花ちゃんの手、あったかいね」


 背中にまわした心花の手のひらに、三桜先輩が気づいたように言った。

 カフェのテーブルの下でつめたいねと言われた手だった。


「……三桜先輩が、さっきずっとあっためてくれてたからですよ」


 二人で個室を出ると、一花先輩と二葉先輩が並んで待ち構えていた。

 二人とも、もう元の服に戻っている。

 三桜先輩は心花のTシャツの裾をつまんだまま、半歩うしろに隠れようとして、隠れる場所が足りずに思いきりはみ出した。


 開いたままのカーテンの奥で、全身の鏡が三桜先輩の背中を映していた。

 一花先輩がぽかんと口を開けた。


「うっそ、三桜。いつのまにそんな背中になってたの」


「似合っているわ。肩を丸めないで、胸を張りなさい」


「張ったら、もっといろいろ出ちゃうよ……!」


 三桜先輩は真っ赤になりながらも、まんざらでもなさそうに鏡のほうを振り返った。

 それから、はっと何かを思いついた顔をして、カーテンの内側の棚に置いたスマホへ手を伸ばした。


「そうだ。これ、誠くんに一枚だけ……」


「だめ」


「だめよ」


「だめですよ!? ひとりだけ先に見せるの、ずるいです!」


 三方向からほとんど同時に声が飛んだ。

 一花先輩が三桜先輩の手からひょいとスマホを取り上げて、くるりと背を向けながら頭の上へ高く掲げる。


「返して、一花お姉ちゃん! 送らないから! たぶん!」


「たぶんって言った時点でアウトでしょ」


「届かないよぉ! 一花お姉ちゃん、背伸びしてるでしょ!」


「してませーん。同じ日に生まれたのに、不思議だねぇ?」


「それ絶対わざと言ってる!」


 三桜先輩が爪先立ちで何度も手を伸ばす。

 そのたびに胸もとのフリルがふるりと震えて、むき出しの背中で、ミントグリーンの紐の端が揺れた。


「当日まで、マコトには見せないこと。写真も、一枚もよ」


 二葉先輩が静かに言い渡した。

 それから少しだけ声をやわらげて付け足す。


「先に見せたら、海で驚いてもらえないでしょう」


「……あ、そうだった。それはもったいないね」


 三桜先輩が踵を下ろして、こくりと頷いた。

 一花先輩がスマホを返しながら、にやりと笑う。


「そういうこと。誠には、砂浜でいきなり一発目を食らってもらうんだから」


「一発目って……センパイ、ノックアウトされちゃいません?」


「されたら介抱したげる。水着のまんまで」


「不純な動機、混ざってます!」


  ◇


 会計の列に並ぶころには、四人の腕にそれぞれ一枚ずつ、新しい水着が掛かっていた。

 真紅と、黒と、ミントグリーンと、白。

 レジの店員さんが一枚ずつ丁寧に畳んで、薄紙に包み、それぞれの白い紙袋へ入れていく。

 その途中で三桜先輩が心花の袖をくいくいと引いた。


「心花ちゃん、結果発表。『見るだけ』が五回で、『一回だけ』が一回でした」


「なんで二種類も集計してるんですか……」


「で、篠崎ちゃん。買った枚数は?」


「……一枚です」


「効いたでしょう」


 二葉先輩がほんのわずかに口の端を上げた。

 心花は言い返す言葉が見つからずに、受け取った紙袋の持ち手をぎゅっと握った。


 会計を済ませて入り口のほうへ戻ると、さっきのラッシュガードの壁が見えた。

 紺に、灰色に、黒。

 上まできっちり閉まる、長い袖の列。

 心花はほんの少しだけ足をゆるめた。


「寄ってく?」


 一花先輩が何でもないことみたいに訊いた。


「……今日はいいです」


 心花は紙袋を胸の前に抱え直した。

 薄紙越しに畳まれた布のかすかな手ざわりが伝わってくる。


「なんか、これ抱えてたら、ちょっとだけ……センパイに見せるの、楽しみになっちゃいました」


 口にしてから、頬がかっと熱くなった。

 けれど言ったことを取り消す気にはならなかった。


「当日、センパイがびっくりして固まるとこ、ぜったい見ますからね。……綾瀬先輩たちにも、負けませんから!」


「言ったね? こっちだって、そのために買ったんだけど」


「受けて立つわ。マコトの目は、そう簡単に譲らないもの」


「わ、私も負けないもん! ……たぶん!」


「三桜、そこは言い切りなって」


 四つの紙袋がエスカレーターの手前でがさがさと揺れた。

 心花は自分のぶんを、もう一度ぎゅっと胸に抱きしめた。

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