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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第5章 夏休み!海と水着と、夏祭りの告白

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第120話 静かな告白、最後のさくらんぼ

水着を買いに行く前に、駅前のカフェでひと休み——三姉妹と心花だけの初めての女子会は、名物のパフェが届いたところでいちばん賑やかになっていた。

 一花先輩の「あーん」と、二葉先輩の無意識のお世話。

 笑いすぎて伸びをしたら、ゆるいTシャツの胸のあたりまで、一花先輩に目をつけられた。


 特大のパフェは、四本のスプーンでみるみる削られていった。

 もっとも、削っている量のほとんどは一花先輩だったけれど。

 ブラウニーの層まで掘り進んだところで、一花先輩がスプーンをマイクのように心花へ向けた。


「で! 本題ね。篠崎ちゃん、今日なに買うか決めてる?」


「決めてますよ! ラッシュガードです。プールのとき、ファスナーが下がっちゃったじゃないですか。だから今度は、上まできっちり閉まるやつにしようと思って」


「またそれ? もったいなー」


 一花先輩は大げさに天井を仰いだ。


「篠崎ちゃん、顔めちゃくちゃ可愛いんだからさ。もっと攻めたの着て砂浜歩いたら、声かけてくる男の列できるっしょ。選び放題じゃん」


 その瞬間だった。

 心花の笑顔が、一拍だけ止まった。

 口角は上がったまま、目だけがどこにも焦点を結ばずに静止する。

 ブラックコーヒーの中で氷が崩れる小さな音が、やけに大きく聞こえた。


「あはは! 列って、そんな、行列のできるお店じゃないんですから!」


 声は出た。

 いつもより半音高くて、明るすぎる声だった。


「いやいや、ほんとに。篠崎ちゃんなら、一日で十人は――」


「ないですないです、そういうのは全然! 私、そういうの、その……」


 続きの言葉が喉の奥で引っかかった。

 笑っているはずの頬が、うまく動かない。

 テーブルの下で、指が勝手にTシャツの裾を探してつまむ。

 さっきまであんなに賑やかだったボックス席に、窓越しの蝉の声だけが流れ込んできた。


 最初に笑うのをやめたのは、斜め向かいの一花先輩だった。

 心花へ向けていたスプーンが、宙で止まっている。

 その目が、笑ったまま固まった心花の口もとを、まっすぐに見ていた。


 正面で、二葉先輩がコーヒーのグラスをコースターへ戻した。

 こつん、という小さな音。


「一花」


 短く呼ばれたときには、一花先輩はもう口を閉じていた。

 二葉先輩は心花から目を離さないまま、静かに続けた。


「篠崎さん。さっきパフェが運ばれてきたとき、少しだけ背もたれのほうへ下がったわね」


「え……」


「知らない男の人に近くへ来られるのは、あまり得意ではないのね」


 責める響きはどこにもなかった。

 見ていたことを、見ていたとおりにテーブルへ置いただけの声だった。


 心花は目を伏せた。

 裾をつまんだ指先に力がこもる。

 それから小さく頷いた。


「……はい」


 一度頷いてしまうと、その先は思っていたよりもすんなりと言葉になった。


「中学のころから、なんか、誤解されやすくて。私はふつうに喋ってるだけなのに、男の子にそういうふうに取られちゃったり。それで、女の子たちとも、なんかうまくいかなくなっちゃったり」


 テーブルの木目を見つめたまま、心花は笑ってみせようとして、やめた。


「あと、人がぎゅうぎゅうのところとか、混んでる電車とか、あんまり得意じゃないんです。男の人がすぐ近くにいると、その……ちょっと」


 言ってしまってから、膝の上で指を握り直す。


「今日、一本早い電車に乗ってきたのも……楽しみだったのはほんとなんですけど。空いてるからっていうのも、ちょっとだけあって」


 三人ともすぐには何も言わなかった。


 斜め向かいで一花先輩がスプーンをそっと置いた。

 さっきまでマイクのように振り回していたそれを、音を立てないように紙ナプキンの上へ。


「……ごめん」


 跳ねる語尾がどこにもない、低い声だった。


「今の、私、最悪なこと言った」


「ち、違います! 一花先輩は全然悪くなくて、私がこう、勝手に……!」


 一花先輩は首を横に振っただけで、いつもの軽口はひとつも返ってこなかった。

 その静けさがかえって胸に響いた。


 正面の二葉先輩は、いつもの涼しい顔のまま窓の外へ視線を流していた。

 その目の奥がすっと温度を失っている。

 冷たさが自分に向いたものでないことは、心花にもすぐにわかった。

 ブラインドの向こうを行き交う、顔も知らない誰か。

 まだ会ってもいない誰かに向けて、それは音もなく研がれていた。


 テーブルの下で何かが心花の手に触れた。

 三桜先輩の手だった。

 余ったカーディガンの袖ごと、裾をつまんだままの心花の指に、そっと重なる。

 握りしめるのではなく、ただそこに置いておくみたいに。


「心花ちゃんの手、つめたいね」


「……アイスコーヒーのグラス、ずっと持ってたからですよ」


「そっか。じゃあ、あったまるまでこうしてる」


 三桜先輩はそれだけ言うと、空いているほうの手でクリームソーダのさくらんぼを軸ごとつまみ上げた。

 そして何も言わずに、それを心花のコースターの上へ置いた。

 最後に食べる派だと、さっき胸を張っていたさくらんぼだった。

 テーブルの下の手は離れなかった。


 喉の奥がきゅっと狭くなる。

 笑って、うるさくして、平気な顔をしていれば、誰にも気づかれずに済むと思っていた。

 気づかれたら最後、面倒な子だと思われるに決まっている。

 なのに三人とも、面倒そうな顔なんてひとつもしていなかった。


「あ、あの! でも、そんなに深刻な話じゃないですからね!? ふだんは全然平気ですし、学校も楽しいですし、今日だってほんとにすっごく楽しみにしてて――」


 一花先輩がテーブル越しに身を乗り出して、手を伸ばしてきた。

 指先が心花の頬をむにっとつまむ。

 さっきまでパフェのグラスを支えていた指は、ひんやりと冷たかった。


「知ってる。店に入ったときから、顔に書いてあったもん」


「当日の段取りを決めるわ」


 二葉先輩が、ずれてもいないコースターの位置をまっすぐに直した。

 それが合図だったみたいに、止まっていたテーブルの空気がゆっくりと動き出す。


「パラソルは人の少ない端に立てる。着替えも移動も、なるべく四人で固まって動くこと。……それでも寄ってくる人がいたら」


 そこで二葉先輩は、ほんの少しだけ言葉を切った。


「私が相手をするわ。二度と近寄る気が起きないように、丁寧に」


 声色は穏やかなのに、なぜか店の冷房が一段強くなった気がした。


「うわ。二葉の『丁寧に』出た」


「心花ちゃん、二葉ちゃんの丁寧ってね、いちばん冷たいやつなんだよ」


「じゃ、あたしは前に立つ係ね。ああいうのあしらうの、慣れてるし」


「私は、心花ちゃんの手をずっとつないでる係!」


 三桜先輩が、テーブルの下でつないだままの手をわざわざ持ち上げて見せた。

 小さく揺れる二人ぶんの指先を見て、心花の胸の奥で何かがほどけかける。

 けれどほどけきる前に、別の心配が口からこぼれた。


「……あの。海って、立花先輩も来るんですよね。それは、わかってるんですけど」


「タチバナくん? あー、あれは平気。声がでかいだけで、中身はたぶん大型犬だから」


「立花くんには、事情を話さなくても距離は取らせられるわ。席の配置で済むことよ」


「立花くんはね、たぶん大丈夫な人。でも、心花ちゃんがやだなって思ったら、私があいだに入るね」


「それでも変な真似したら、あたしが沖まで投げとくし」


 終業式の日、センパイの隣で笑っていた立花先輩の顔が、頭の中で三人ぶんの太鼓判に押しつぶされていく。

 最後のひとつだけは物騒すぎて、心花は思わず笑ってしまった。


「……それに、せっかくの海なのに、先輩たちが私の見張り番みたいになっちゃうの、やですよ。センパイと遊ぶ時間、減っちゃうじゃないですか。先輩たち、そのために水着を買いに来てるのに」


「減らないって。誠のことは誠のことで、ちゃんと全力で取りにいくし。両方やるの。あたし、欲張りだから」


「見張りではないわ。段取りに一行足すだけよ。工程表を書くのは慣れているもの」


「私はね、心花ちゃんと遊びたいから隣にいるんだよ。見張りじゃなくて、いっしょにいるだけ」


 言い方はばらばらなのに、三つとも同じ場所へ落ちてきた。

 一花先輩がパフェの底から最後のブラウニーをすくい上げ、長いスプーンをテーブル越しに伸ばして、心花の口の前でぴたりと止める。


「それにさ、篠崎ちゃんはもう、うちの妹分みたいなもんじゃん。妹を守るのは姉の仕事っしょ」


 ブラウニーが口の前で揺れる。

 心花はそれを食べることも言い返すこともできずに固まった。


「……一花が姉らしいことを言ったわ」


「今日、珍しいこといっぱいだね」


「……妹分って、私がですか? 一花先輩の?」


「あたしのっていうか、うちの。三人ぶん。嫌?」


「嫌じゃないです! 嫌じゃないですけど……えへへ。なんか、すっごくいいですね、それ」


 ブラウニーをぱくりと口に入れると、チョコレートの甘さの奥で、目の端がじわりと熱くなりかけた。

 心花は慌てて瞬きを繰り返して、それを押し戻す。

 泣くのは違う。

 今は笑う場面だ。


「あ、あとっ。このこと、センパイには内緒でお願いします」


 涙の気配を振り払うように、心花はぴんと人差し指を立てた。


「センパイの前では、ただの元気でうるさい後輩でいたいんです」


「うるさい自覚あったんだ」


「ありますよぉ! 自覚したうえで、全力でうるさくしてるんです」


「言わないわ。約束する」


 二葉先輩の約束は短いぶんだけ重かった。


「私も、ぜったい言わない。……私、隠しごと下手だけど、これだけはがんばるから」


「三桜のそれがいちばん信用ならないんだって」


「一花お姉ちゃん、ひどい!」


 三桜先輩の抗議でテーブルにまた笑いが戻る。

 その笑いが引いたところで、一花先輩が頬杖をついた。


「ねえ、篠崎ちゃん」


 一花先輩の声が少しだけ柔らかくなった。


「ラッシュガード、着たいなら着ればいいよ。誰も文句言わないし、言わせない。……でも、一回だけ、ほかのも見てみない? あたしたち、隣にいるからさ」


 心花はテーブルの下でつながったままの手を見下ろした。

 三桜先輩の指が、返事を急かすでもなくそこにある。

 コースターの上では、さっきのさくらんぼが小さく光っていた。


「……見るだけですよ? ほんとに見るだけですからね?」


「見るだけ見るだけ」


「心花ちゃん、あのね。一花お姉ちゃんの『見るだけ』は……」


「『買うまで帰さない』という意味よ」


「ええっ!? それ先に言ってくださいよぉ!」


 空になった特大グラスの底を、一花先輩が名残惜しそうにスプーンでつついている。


「結局、半分以上は一花が食べたわね」


「篠崎ちゃんに最初のひと口あげたし」


「最初のひと口だけね」


 三桜先輩の通訳どおりの結末に、心花はまた吹き出した。

 さくらんぼは最後に食べた。

 甘くて、少しだけ酸っぱかった。


 会計を済ませて扉を押し開けると、真夏の熱気が壁のように押し寄せてきた。

 店の中で半分になっていた蝉の声が、元どおりの音量で頭の上から降ってくる。

 駅ビルまでは、大通りをまっすぐ歩いて五分ほどだ。


 歩きはじめてすぐに、心花はあることに気がついた。

 一花先輩が半歩前を歩いている。

 車道側にはいつのまにか二葉先輩が日傘を差して並んでいて、左手は三桜先輩とつながったままだった。


「……あの。これ、もう始まってません?」


「予行演習よ」


「本番は週末だからね!」


 三桜先輩がつないだ手を前後に大きく振る。

 その様子を振り返って見ていた一花先輩が、くるりと身を翻して戻ってきて、心花の後ろへ回り込んだ。


「はいはい、妹分は真ん中ー」


 言うなり、一花先輩の腕が後ろから心花の首に回された。

 ぎゅっと引き寄せられて、肩甲骨のあたりに薄いキャミソール越しのたっぷりとした柔らかさが押しつけられる。

 汗ばんだ素肌の熱まで、そのまま背中に伝わってきた。


「い、一花先輩! 当たってます、思いっきり当たってます!」


「当ててんの。姉の特権」


「一花。歩道で絡まないで。暑苦しいわ」


「二葉ちゃんもくっつきたいなら、言えばいいのに」


「……言わないわ」


 日傘の陰で二葉先輩の耳の先がまた赤くなる。

 今日だけで二回目だ。


 首に回された腕と、つないだ手と、隣で揺れる日傘の影。

 右も左も後ろも、ぎゅうぎゅうに囲まれている。

 それなのに、不思議なくらい息が苦しくなかった。


 心花は一花先輩の腕の中からするりと抜け出して、三桜先輩の手を握り直した。


「行きましょ、綾瀬先輩! 水着、ほんとに見るだけですからね!」


「はいはい、見るだけねー」


 一花先輩の返事はまるで信用ならなかった。

 二葉先輩は何も言わずに日傘を傾け、三桜先輩はくすくすと肩を揺らしている。

 心花は三桜先輩の手を引いたまま、笑いながら駆け出した。

 通りの先で、駅ビルのガラス扉が午後の日差しを白く跳ね返していた。

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