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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第5章 夏休み!海と水着と、夏祭りの告白

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第119話 賑やかな女子会、最初のひと口

約束より二十分も早く、心花はカフェに着いてしまった。

 駅前の通りから一本入った角のカフェは、扉を押した瞬間に外の蝉時雨をきっちり半分に薄めてくれる。

 飴色に焼けた木の床と、壁で振り子を揺らしている古い時計。

 ずっと昔から同じ顔でそこに建っていそうな店の、窓際の四人掛けのボックス席に、ひとりで陣取っていた。


 お冷やのグラスを両手で包むと、中の氷が小さく鳴る。

 そのたびに背筋が勝手に伸びた。


 センパイのいない綾瀬先輩たちと、四人だけでテーブルを囲む。

 考えてみれば、そんなことはほとんど初めてだった。

 昼休みも放課後も、真ん中にはいつもあの人がいて、心花はその隣をどう確保するかばかり考えていたのだ。

 三人をライバルとしてではなく、ただ向かいに座る先輩として眺めるのは、どうにも勝手が違う。


 昨日の夜、三桜先輩から『明日、海の水着買いに行くの! 心花ちゃんも一緒に行こ? 女子だけでカフェもするよ!』とメッセージが届いた。

 読んだ瞬間、ベッドの上で二回転がって、三回目で壁に頭をぶつけた。

 痛かったけれど、にやけた顔はしばらく戻らなかった。


 窓ガラスに映った自分の格好を、心花はちらりと確かめる。

 グレーのオーバーサイズのTシャツに、デニムのショートパンツ。

 肩の縫い目が二の腕の途中まで落ちるぶかぶかの一枚で、裾は太ももの付け根近くまで届いている。

 いつもどおりだ。

 裾を軽く引き下げてずり落ちた肩の位置を直したところで、扉のベルが高く鳴った。


「あーっ、篠崎ちゃんもう来てる! 早っ!」


 真っ先に飛び込んできたのは一花先輩だった。

 肩の出た白いキャミソールに、透けるほど薄いシャツを羽織っただけの格好だ。

 そのシャツが歩くたびに片方の肩から滑り落ちかけているのに、本人に直す気はまったくないらしい。


「楽しみすぎて、一本早い電車に乗っちゃいました!」


「早いのね。感心だわ」


 日傘を畳みながら、一花先輩の後ろから二葉先輩が入ってきた。

 淡いブルーのシャツワンピースは、ボタンが喉元まできっちり留まっている。

 炎天下を歩いてきたとは思えないほど、首筋は涼しげなままだった。


「どこかの誰かは、出る直前になって洗面所の鏡を二十分も占領していたけれど」


「それ、あたしのこと言ってる?」


「ほかに誰がいるの」


「一花お姉ちゃん、前髪を三回もやり直してたもんね」


 最後に入ってきた三桜先輩が、悪気のかけらもない顔でとどめを刺した。

 小花柄のワンピースに冷房よけの薄いカーディガンを重ねていて、袖が指の先まで余っている。


「三桜まで!? 四回だし!」


「増えているわよ」


 二葉先輩の冷静なひと言に、一花先輩が「あっ」と自分の口を押さえた。

 心花は吹き出しかけた口元を、お冷やのグラスで隠した。


「心花ちゃんの隣、もーらいっ」


 言うが早いか、三桜先輩が心花の隣へするりと滑り込んできた。

 ソファがふかりと沈んで、肩と肩がぴたりと触れ合う。

 外を歩いてきたばかりの三桜先輩の腕は、薄いカーディガン越しでもまだほんのりと熱を持っていた。

 ふにゃりと寄りかかってくる重みが、くすぐったいくらいに柔らかい。


「あっ、三桜ずるい! あたしも篠崎ちゃんの隣狙ってたのに!」


「早い者勝ちだもん。一花お姉ちゃんは鏡の前で時間使っちゃったから」


「それ今関係なくない!?」


「あるわ。四回ぶんの遅れよ」


 二葉先輩はさっさと心花の正面に腰を下ろし、紙ナプキンの角を揃えはじめた。

 残った一花先輩が、ぶつぶつ言いながら三桜先輩の向かいに収まる。

 斜め向かいから淡いピンクに塗られた爪がひらひらと振られた。


「ま、いっか。ここ、篠崎ちゃんの顔がいちばんよく見えるし」


 ウインクひとつで不満を片づけてしまうあたり、一花先輩はやっぱり一枚上手だ。


「えへへ……なんか、すごいです。女子だけでこういうお店に来るの、私たぶん初めてなんですよね」


「うそ、篠崎ちゃんが? 友達めっちゃ多そうなのに」


「友達はいますよ! いますけど、中学のときは、なんかこう、女子だけでお茶って感じにならなくて」


「じゃあ今日は記念日だね」


「記念なら、メニューを撮っておきなさい。値段も残るわ」


「二葉、記念の残し方が渋すぎ」


 三人の声が、代わる代わる心花の上を跳ねていく。

 心花は笑いながら、グラスの水滴を指先でなぞった。


 一花先輩はメニューを開くより早く、壁に貼られた手書きのポップを指さした。


「今日はあれ! 名物の特大チョコパフェ!」


 写真の中では、背の高いグラスにチョコレートアイスとブラウニーとソフトクリームが塔のように積み上がっていた。

 隅には小さな字で『三〜四人でどうぞ』と添えてある。


「一花。三人から四人で、と書いてあるわ」


「だから四人で食べるんじゃん」


「心花ちゃん、あのね。一花お姉ちゃんの『みんなで食べよ』は、『最初のひと口だけみんなにあげる』って意味なんだよ」


 三桜先輩が心花の耳もとでこっそり通訳してくれる。

 こっそりのわりに、声はテーブルじゅうに届いていた。


「あ、それ知ってます! 水族館のとき、分けるのと味見するのは別の数え方だって言ってましたよね!」


「篠崎ちゃん、なんでそんなの覚えてんの……」


「一花先輩の計算方式、独特すぎて忘れられないんですもん」


「我が家では十年使われている理屈よ」


「伝統って言ってよ」


「悪習と言うわ」


 打ち合わせでもしてあるみたいに、姉妹の応酬には淀みがない。

 これが家の中でも毎日続いているのだと思うと、心花は少しだけうらやましくなった。


 注文を取りに来たのは、エプロン姿の年配の女の人だった。

 一花先輩がパフェとジンジャーエールを頼み、三桜先輩がメニューの上で指をさまよわせているあいだに、心花は元気よく手を挙げた。


「アイスコーヒーください! ブラックで!」


「えっ、心花ちゃん、ブラック飲めるの……?」


 隣で三桜先輩が目を丸くした。


「飲めますよぉ。暑い日は苦いので頭をシャキッとさせたいんです。甘いのは、パフェのほうでもらいますから」


「……私も同じものを。ブラックでお願いします」


 二葉先輩が店員さんにだけ向ける丁寧な声で続けた。


「わ、二葉先輩とおそろいです!」


「おそろいにしないで。たまたまよ」


「待って。二葉と篠崎ちゃんがブラックで、あたしがジンジャーエールって、なんかあたしだけお子さまっぽくない?」


「一花お姉ちゃんはまだいいよ。私なんか、クリームソーダにしようとしてたんだから……」


 三桜先輩が、メニューの緑色の写真から名残惜しそうに指を離しかける。


「三桜先輩、クリームソーダにしましょ! ほら、ここのやつ、さくらんぼ乗ってますよ!」


「……乗ってるなら、仕方ないね」


 仕方ない理由がさくらんぼで本当にいいのだろうか。

 ともかく三桜先輩は無事にクリームソーダを頼み、店員さんは注文を読み上げて下がっていった。


 ほどなくして飲み物だけが先に運ばれてきた。

 三桜先輩のクリームソーダのてっぺんには、約束どおり真っ赤なさくらんぼが乗っている。

 心花と二葉先輩はそれぞれのグラスにストローを挿し、まったく同じタイミングでひと口目を吸い上げた。


「ちょっと。そこ、同時に飲むのやめて。姉妹のあたしより息合ってるじゃん」


「ふふん。ブラック同盟です」


「結んだ覚えはないわ」


「ていうか三桜、そのさくらんぼ食べないならちょうだい」


「食べるよ! 最後に食べる派なの!」


「最後まで残すから、毎回狙われるのよ」


 二葉先輩の指摘に、三桜先輩はグラスをそっと自分のほうへ引き寄せた。

 どうやらこれも、姉妹のあいだで何年も繰り返されてきた攻防らしい。


 クリームソーダの泡をスプーンでつつきながら、三桜先輩が窓の外へ目をやった。

 ブラインドの隙間から、白く焼けた歩道がのぞいている。


「誠くん、今ごろなにしてるかなぁ」


「クーラーの部屋で溶けてるに一票」


「十四時から十六時は数学よ。工程表の上では」


「こうていひょう……? センパイって、建設中なんですか?」


「わかる。人間に使う単語じゃないよね」


「使えるわ。現に使っているもの」


 二葉先輩は眉ひとつ動かさなかった。


「昨日ね、誠くんがうちに来て、朝からいっしょに宿題してたの。そのときに二葉ちゃんが、夏休みの予定をぜんぶ、おっきな紙に書いてくれて」


「ぜんぶではないわ。起床と就寝と食事と学習の時間だけよ」


「それをぜんぶって言うんだよ、二葉」


 心花の手の中でグラスがぴたりと止まった。


「……昨日、センパイが、綾瀬先輩たちのお家に? 朝から?」


「お昼は二葉ちゃんが素麺ゆでてくれたの。つゆから手作りだよ」


「そ、素麺……!」


 心花はテーブルに両手をついて身を乗り出した。


「私なんか昨日、英語の課題を三ページやって、あとは洗濯物をたたんでただけですよ!? センパイが素麺をすすってるあいだ、私はタオルの角をぴしっと揃えてたんですよ!?」


「張り合うとこ、そこ?」


「三ページなら上出来よ。昨日の朝の時点で、一花は二ページだったもの」


「朝の話でしょ!? 夕方には六ページまで行ったし!」


「私が隣で三時間見張ってね」


 二葉先輩が淡々と付け足すと、一花先輩はがっくりとテーブルに突っ伏した。

 突っ伏したまま、片手だけがひらひらと降参の旗を振っている。


「いいなぁ……私も見張られたいです。センパイの隣の席で」


「見張られたいって言う子、初めて見たんだけど」


 顔を上げた一花先輩が呆れたように笑う。

 心花はストローの袋を指先でくるくると丸めた。


「でも、センパイらしいですよね。文句言いながら、ちゃんと最後まで付き合っちゃうとこ」


 丸めた袋を、グラスの脇にちょこんと立ててみる。


「それにセンパイって、近くにいても自分からは絶対に詰めてこないじゃないですか。こっちが行かないと、ずーっと同じ距離のまんまで」


「それは美点よ。半分はね」


「あとの半分は?」


「鈍さ」


「二葉ちゃん、それ褒めてるの? けなしてるの?」


「両方よ」


 即答だった。

 心花は声を上げて笑った。

 自分からは詰めてこない人。

 だからこそ、こっちからはいくらでも詰めていける。

 その距離が、心花にはいつもちょうどよかった。


 そこへ、厨房のほうから大学生くらいの男の店員が、両手でグラスの脚を支えながら近づいてきた。

 テーブルの脇に影が差す。

 心花の背中がソファの背もたれに軽く触れた。

 店員はテーブルの真ん中に慎重にグラスを置き、長いスプーンを四本添えて、一礼して下がっていく。

 あとに残されたのは、チョコレートの塔だった。


「でっか!? え、写真より大きくないですか、これ!」


「でしょでしょ! これが夏の正解!」


「グラスの高さだけで、三十センチはあるわね」


「二葉ちゃん、測らなくていいよ……」


 一花先輩は長いスプーンを手に取ると、てっぺんのソフトクリームとチョコレートソースをたっぷりとすくった。

 そのまま、テーブル越しに心花のほうへ身を乗り出してくる。


「はい、篠崎ちゃん。最初のひと口あげる。今日のお客さんだからね」


 身を乗り出した拍子に、羽織っていたシャツが肩からするりと滑り落ちた。

 キャミソールの胸もとが前へ傾いて、柔らかそうな谷間の影が、ちょうど心花の目の高さに来る。

 一花先輩はそれを直すどころか、わざとらしく首を傾げてみせた。


「一花先輩、その角度でそれは反則です!」


「なにが? ほら、あーん」


 観念して口を開けると、冷たいソフトクリームとほろ苦いチョコレートソースが、舌の上でいっしょに溶けた。


「んんーっ、おいしい……!」


「一花お姉ちゃんが、あーんまでしてあげてる……」


「珍しいものを見たわ。記録しておくべきかしら」


「そこまで!?」


 頬を押さえて余韻にひたっていると、正面からすっと紙ナプキンが伸びてきた。

 身を乗り出した二葉先輩の胸もとで、喉まで留めたシャツワンピースの前立てが、ボタンとボタンのあいだでわずかに引っぱられる。

 きっちりした布地の下に隠れている、思いがけない丸みの気配。

 それに気を取られているうちに、ナプキンの角が心花の唇の端を、とん、とん、と二度押さえた。


「ついていたわ」


「あ……ありがとうございます」


「出た。二葉の無意識お世話」


「汚れていたから拭いただけよ。それ以上の意味はないわ」


「二葉ちゃん、誠くんにもよくそれやるよね」


 三桜先輩の何気ないひと言に、二葉先輩の手が止まった。

 黒髪のあいだからのぞく耳の先が、みるみる赤くなっていく。


「……マコトのほうが、つけ方が派手なのよ」


「それ、フォローになってないって」


 一花先輩のツッコミに、テーブルがどっと沸いた。

 心花も笑いすぎてお腹が痛くなり、思わず両腕を天井へ突き上げて大きく伸びをした。

 ぶかぶかのTシャツが、胸のところでだけ持ち上がる。

 余っていたはずの布地が、行き場をなくしたようにぴんと張った。


「……ん?」


 斜め向かいで一花先輩の目がすっと細くなった。

 心花は慌てて腕を下ろし、裾を引っぱってTシャツのしわを元に戻す。


「篠崎ちゃん、そのTシャツ、サイズいくつ?」


「メンズのLです! ゆるいほうが楽なんで」


「ふーん……」


「いいなぁ。私もそれくらいのやつ、パジャマにほしい」


 三桜先輩ののんびりした声に流されて、一花先輩の視線はそれ以上追いかけてこなかった。

 ただ、パフェにスプーンを差し込みながら、もう一度だけちらりとこちらを見た気がした。

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