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三年間愛を育んだネトゲ嫁が三つ子になって転校してきた〜「「「私があなたのお嫁さんだよ?」」」三姉妹全員が譲らない、甘くて騒がしい正妻戦争〜  作者: ハイさん
第4章 夏を待つ五人と、還ってきたルナ

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第114話 入道雲の下、軽い足取り

終業式の帰り道、駅へ下る坂の自販機で買った麦茶は、五人のあいだを一周して空き缶になった。

 そこから先は、日なたは鉄板、踏んだら焼き麦茶の影渡りだ。

 右腕を一花さんに、左の袖口を二葉さんに取られたまま、影の途切れた横断歩道を五人で走って渡りきった。


 駅前のアーケードへ駆け込んだとたん、頭の上から日差しが消えた。

 半透明の屋根が光をやわらげて、通りの奥まで白っぽい日陰がずっと続いている。

 どこかの店先で風鈴がちりんとひとつ鳴った。


「ここ、全部影だ……!」


「安全地帯です! もう焼き麦茶にならなくていいんですね!」


 三桜さんと心花は手を取り合ったまま、その場でぴょんぴょん跳ねた。

 ここまで来ると、隊形はすっかり元どおりだった。

 前ではしゃぐ三桜さんと心花、俺の腕を引く一花さん、澄まし顔で袖口をつまむ二葉さん。

 平日の昼前のアーケードは人もまばらで、五人で横に広がっても誰の邪魔にもならなかった。


 八百屋の店先では、水を張ったたらいの中に大きなスイカがひとつ浮かんでいた。

 三桜さんがその前で足を止める。


「スイカ割り、したいなあ……海で」


 ぽつりとこぼれた一言に、右腕の一花さんがすかさず食いついた。


「それ。海。タチバナくんに先に言われたのが、なんか癪なんだけど」


「誘えと言われただけよ。行くとは誰も言っていないわ」


「えっ、行かないの?」


「決めていないと言っているの」


 振り返った三桜さんの眉が八の字に下がりかけた。

 二葉さんはそれを見て、続けかけた言葉を飲み込んだ。

 かわりに袖口をつまむ指がほんの少しだけゆるんだ。


「じゃ、決めない程度に言ってこ。海でやりたいこと」


 一花さんが空いているほうの手で指を一本立てた。


「あたしは沖のブイまで競争。誠と」


「お、沖……」


 三桜さんの声が半音だけ裏返った。

 ほんの一瞬こちらへ泳いだ目が、俺の目とぶつかる。

 俺が小さくうなずいてみせると、三桜さんの唇が、声を出さずに何かの形をつくった。

 な、い、しょ。

 たぶん、そう読めた。


「わ、私はスイカ割り係! あと、砂のお城の建築係もやる!」


「三桜、海に行くと、いっつも浜でなんか作ってるよね」


「芸術は浜辺で生まれるんだよ、一花お姉ちゃん」


「三桜。今、マコトと目で何か話したわね」


「し、してないよ! 今のは、口の体操!」


「口の体操なら、家でしなさい」


 疑わしげな二葉さんの横顔から、三桜さんは全力で目を逸らしていた。


「怪しい〜。なんの内緒話? お姉ちゃんにも教えてよ」


「あ、あいうえお! かきくけこ!」


「本当に口の体操を始めるな」


 三桜さんが母音と子音を順番にがんばっている向こうで、心花がはいっと手を挙げた。


「私は、海の家の焼きそばが食べたいです! ああいうところの焼きそばって、なんであんなにおいしいんですかね。家で同じ材料で作っても、ぜったいあの味にならないんですよ」


「雰囲気でしょ、雰囲気」


「海風で塩気が足されているのよ」


「じゃあ、さっきの塩レモンサイダー麦茶も、海で飲んだらおいしくなるかも!」


「それはない」


 俺と一花さんと二葉さんと心花の声が、見事にひとつに揃った。


「みんなひどい! ちゃんとおいしかったもん、二口目くらいから!」


「二口目からってことは、一口目は認めるんだな」


「それ、舌が慣れただけですよ、三桜先輩!」


 三桜さんは頬をふくらませたまま、それでも足取りだけは楽しそうに弾ませていた。


「あ、でも立花くんにも声かけるんだよね? さっき誠くん、約束してたもん」


「ああ。行くことになったら、ちゃんと声はかけるよ」


 前を歩いていた心花の足がほんの半歩ぶんだけ遅れた。


「……立花先輩も、海、来るんですね」


 振り返った顔はちゃんと笑っていた。

 いつもと同じ形の笑顔なのに、そこへ辿り着くまでに一拍ぶんの間があった気がした。


「いいですね! にぎやかなほうが絶対楽しいですもん。立花先輩、声大きいから、人の多い浜辺でもすぐ見つけられそうですし!」


「タチバナくん、浜辺でも絶対うるさいよ。海に向かってなんか叫ぶタイプ」


「海は広いもの。あの声くらい吸い込んでくれるわ」


 二葉さんはそう言ってから、前を向いたまま付け足した。


「どのみち、行き先も日にちも、誰が来るかも、まだ白紙よ。決めるなら、全員の予定を聞いてからにするわ」


「出た、委員長の白紙宣言」


「白紙のほうが、あとから好きに書けるでしょう」


 気づけば心花は三桜さんの隣から一歩下がって、俺のすぐ前を歩いていた。


 アーケードの中ほどに、昔からありそうな呉服屋が店を構えていた。

 日に焼けた暖簾の横で、ガラスのショーウィンドウの中のトルソーが浴衣を着て涼しげに立っている。

 その足もとには、校門の掲示板で見たのと同じ夏祭りのポスターが立てかけてあった。


「あ、ここにもある!」


 三桜さんがガラスに張りつかんばかりに顔を寄せた。

 その隣で心花も足を止める。

 さっきまでぴょんぴょん跳ねていた背中が、ガラスの前でふっと静かになった。


「……浴衣って、こうやって近くで見ると、ほんとにきれいですね」


「心花ちゃんは、浴衣着たことある?」


「ないんです。家にもなくて」


 ガラスに映った心花の顔が、ショーウィンドウの奥のトルソーをまっすぐ見上げている。


「……一回でいいから、着てみたいなあ」


「じゃあ心花ちゃんも、私とおんなじ持ってない組だ!」


 三桜さんが心花の手を取って、ぶんぶんと振った。

 俺の右腕を引いたまま、一花さんがショーウィンドウのほうへ一歩踏み出す。


「浴衣選びは篠崎ちゃんも一緒ね」


 あっさりした言い方だった。

 帰りにどこへ寄るかでも決めるみたいに、軽くて迷いがない。


「……えっ」


 心花は三桜さんに手を握られたまま振り返った。


「い、いいんですか? せっかくの姉妹のお買い物に、私が混ざっちゃって。一応、ライバルですよ、私」


「ライバルだから誘ってんの。同じ売り場で選ばないとさ、当日勝っても負けても、なんかすっきりしないじゃん」


「心花ちゃんと一緒なら、ぜったい楽しいよ! 試着室、隣どうしにしようね」


 三桜さんにぶんぶん振られている自分の手を見下ろして、心花の口もとがゆっくりとほどけていった。

 さっきの、一拍遅れてから作った笑顔とは違う。

 勝手にこぼれてきてしまった、という顔だった。


「……えへへ。はい。行きます。ぜったい行きます!」


「なら、私も行くわ」


「二葉はもう持ってるじゃん、紺の」


「着る側ではないわ。見る側よ」


 二葉さんはショーウィンドウのトルソーを品定めするような目で眺めた。


「見る側って、なあに?」


「浴衣は柄と体型の相性がすべてなの。そこを本人がいちばん見誤るのよ。三桜は可愛い柄を見つけた瞬間に、自分に合うかどうかを考えなくなるもの」


「うっ……当たってる……」


「一花は、目立つかどうかでしか選ばない」


「それの何が悪いのさ。祭りなんだから、目立ってナンボじゃん」


「篠崎さんは……」


 二葉さんの視線が心花の頭のてっぺんからすっと下りていった。

 ブラウスの胸もとで一瞬だけ止まって、また上へ戻る。


「……当日、体に当ててから考えるわ」


「えっ、なんで私だけ保留なんですか!? 私だって、ちゃんと似合うの選べますよ!」


「保留ではないわ。慎重に審議するの」


 一花さんだけが、何かを察したように口の端をにやりと持ち上げていた。

 俺にはさっぱりわからなかった。


「つまり、二葉ちゃんは浴衣の監督さんだね!」


「監督……厳しいですか?」


「似合わないものを、似合わないと言うだけよ」


「それがいちばん厳しいんだって。……で、二葉。ほんとは、誠の前に並ぶあたしたちが可愛くなりすぎないように、見張りたいだけだったりしない?」


「監督に私情は挟まないわ」


 二葉さんはきっぱりと言い切った。

 言い切ったのとまったく同じ瞬間に、俺の袖口をつまむ指がきゅっと生地を巻き込んだ。


「……俺も、ついていっていいのか?」


「だめー」


「センパイは、当日までのお楽しみ枠です!」


「先に見ちゃったら、当日びっくりできないもん!」


「マコトは、当日の感想だけ用意しておきなさい」


「感想を前もって用意するのは、だいぶ変だろ」


 四人ぶんの却下を、俺はひとりでまとめて受け止めた。


「変じゃないですよ! センパイ、いまから語彙力鍛えといてくださいね。『可愛い』の一言で済ませたら減点ですから!」


「そうそう。最低でも、ひとり三パターンは用意してきてもらわないと」


「面接試験か何かか」


 笑っていた心花が、そこでふと真顔に戻った。


「あの……夏祭りって、私も一緒に行っていいんですよね? 浴衣だけ一緒に選んで、当日はばらばら、とかじゃなくて」


「今さら何言ってんの。一緒に選んだのに着ていく場所が別とか、意味わかんないじゃん」


「五人で行こうね、心花ちゃん! 誠くんと、一花お姉ちゃんと、二葉ちゃんと、私と、心花ちゃん!」


「三桜。指で数えなくても、五人は五人よ」


「数えたいの!」


 三桜さんは心花の手を握ったまま、反対の手の指を五本ぜんぶ広げてみせた。

 さっき自販機の前で心花が折った指は、四本だった。

 心花は三桜さんの広げた指を一本ずつ目で追って、最後の一本のところで、照れたように笑った。


「私、ちゃんと五本目に入ってるんですね」


「入ってなかったら、最初から誘ってないって」


 アーケードの出口が近づくにつれて、屋根の向こうの白さが強くなっていった。

 最後の店の軒先を抜けたとたん、真上から日差しが叩きつけてくる。

 思わず細めた目の先、駅舎の屋根の向こうに、入道雲が立ち上がっていた。

 青い空のいちばん高いところまで、白い塊が何段にも積み重なっている。

 縁だけがまともに日を受けて、見ていると目が痛くなるほど輝いていた。


「うわ、でっかい……!」


「あれ、ソフトクリームみたいじゃない? 巻きが山盛りのやつ」


「食べたい!」


「さっき、麦茶を五人で回し飲みしたばかりでしょう」


「二葉先輩、麦茶はデザートに入らないですよ!」


「そうそう。麦茶は水分補給、ソフトクリームは別腹だって」


 一花さんが俺の腕を揺すりながら援護射撃を飛ばす。


「別腹という臓器は存在しないわ」


「急に医学で返すな」


 三桜さんが入道雲を見上げてから、ちらりと俺のほうを見た。

 この前、同じ坂道で夕立に降られた日のことを思い出したのかもしれない。


「……誠くん。今日は降らないよね?」


「猫が顔を洗ってなければな」


「猫? なにそれ。二人だけの暗号?」


 一花さんが俺の腕をぐいっと引き寄せた。

 左の袖口でも二葉さんの指がぴくりと動く。

 三桜さんは「なんでもない!」と笑って、心花の手を引いたまま日なたへ飛び出していった。


「あっ、三桜先輩! そこ鉄板です、鉄板!」


「アーケード出たから、ここから先はもう鉄板じゃないもん! ここから先はぜんぶ夏なの!」


「ルールが勝手に変わりました……!」


 心花の悲鳴まじりの笑い声が真昼の光の中で弾けた。

 右腕を一花さんに引かれ、左の袖口を二葉さんにつままれたまま、俺も日なたへ足を踏み出す。

 焼けたアスファルトの熱が、靴底ごしにじわりと這い上がってきた。


 考えてみれば、夏休みはまだ一日も始まっていない。

 始まるのは明日からだ。

 それなのに、話したいことも行きたい場所も、もう抱えきれないくらい溜まっていた。

 抱えようにも、両腕はとっくに差し押さえられているのだけれど。


 駅舎の屋根の向こうでは、入道雲が空のてっぺんへ向かって、まだ背伸びを続けていた。

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