第11話 戦利品と、言いかけた言葉
放課後の駅前アーケード。
クレープを平らげても、三姉妹の勢いはまだ止まらなかった。
誰も帰ろうとは言い出さず、次はどこへ向かうかで小さな押し合いが始まっている。
「誠、こっち!」
勢いよく俺の袖を引いた一花さんに連れ込まれたのは、駅前にある大型のゲームセンターだった。
「あたし、ここのゲーセン来たかったんだよね」
「一花さん、本当に行きたいところが多いな」
「だって、新しい街なんだもーん。ぜんぶ制覇するに決まってるじゃん」
電子音が響く店内で目を輝かせる一花さんに苦笑していると、今度は反対側から袖を引かれた。
「マコト。私もここの音ゲーが、密かに気になっていたわ」
「二葉さんも? 意外と渋いところ攻めるな……」
クールな顔に似合わないチョイスに驚いている間もなく、少し先を行っていた三桜さんが弾んだ声を上げる。
「うわぁ、クレーンゲーム、いっぱい! 誠くん、見てっ、あのクマ、まんまるだよっ!」
三桜さんの声に釣られて、一花さんがクレーンゲームの筐体に駆け寄る。
ガラスケースの中に鎮座する、でっぷり太ったまんまるのクマのぬいぐるみ。
それを見た瞬間、一花さんはピタリと動きを止め、獲物を狙うガチのゲーマーの目つきに変わった。
「……あの、まんまるのクマ。あれ、絶対取る」
「あーあ。一花お姉ちゃん、完全にスイッチ入っちゃった」
「マコト。こうなった彼女は止められないから、諦めて付き合うことね」
「マジか……」
硬貨を投入し、アームの動きをじっと睨む一花さん。
さっきまでの笑顔が嘘みたいに、口元がきゅっと引き結ばれている。
狙いを定めて――空振り。
ぐい、と前のめりになった拍子に、ゆるく巻いた茶髪がふわりと舞い上がって、カーディガンの裾がめくれる。
もう一手、二手と空振りするたびに「うー」と悔しそうに唸りながら、ぴょんと爪先立ちになって筐体を覗き込んだ。
そのたびに制服の下で体のラインが揺れるのが視界の端に入って、意識しないほうが難しい。
「一花お姉ちゃん、がんばれー!」
「ちょっと応援じゃなくて、誰かこれの攻略法知らない!?」
「少し落ち着きなさい」
見かねた二葉さんがため息をつき、横からすっと手を出してガラスの一点を指さした。
「このタイプの筐体は、アームの保持力が弱い。景品を直接持ち上げるのではなく、重心を支点の隙間に寄せて、落下口側へ滑らせるのが定石よ」
「な、なにそれ怖い。ガチのプロじゃん……」
「あなたが毎回散財するのを隣で見続けてきたら、嫌でも筐体の構造的な欠陥に気づくわよ」
二葉さんの指示どおりにアームを動かすと、まんまるのクマはぐらりと傾いて、二手で落下口へとごろんと転がり落ちた。
「っしゃー! 取れたぁ!」
「わぁ、二葉ちゃんすごい!」
一花さんが両手を突き上げて、子どもみたいに飛び跳ねる。
ぴょんぴょんと弾むたびに、制服のブラウス越しに形の良い胸のシルエットが大きく揺れた。
本人はまったく気にしていないらしく、満面の笑みでクマを抱え上げている。
二葉さんは当然の帰結だとつんと澄ました顔をしているが、その耳がほんのり赤い。
そして一花さんは、取れたばかりのクマを、ぽいと俺に押しつけた。
「はい、これ。誠にあげる」
「えっ、あんなに本気で取りたがってたのに、いいのか」
「取る過程が楽しいんじゃん。物は誠が持っときなよ。……みんなで頑張った記念、ってことで」
ぬいぐるみを抱えさせられて、俺はふと、奇妙な既視感を覚えた。
全力で挑んで勝ち取った戦利品を、あっさり人に譲ってしまうこの感じ。
苦労して手に入れたレアな素材をすぐ回してきて、自分は楽しかったからいいのと笑う、画面の向こうのあの空気と、すっと一つに重なって見えた。
今はただ、この三人の底抜けの明るさに付き合うのも、案外悪くない。
柄にもなく、俺はそんなふうに思っていた。
◇
「次、プリクラ! ぜったい撮ろ!」
一花さんが俺の腕を引いて、ゲーセンの奥へまっすぐ突き進んでいく。
「いや、俺、こういうの撮ったことないんだけど」
「だから撮るんじゃん。ほら、もっと寄って。フレームに入んないよ」
「四人だと、明らかに定員オーバーじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、くっつけば入るって」
狭いブースの中に、四人で無理やり詰め込まれる。
一花さんが、当然みたいに俺の右へぐいぐい身を寄せてきた。
肩が触れた拍子に、柑橘の甘い香りがすぐ隣から立ちのぼる。
シャツ越しに押し当てられる、主張の強い柔らかさに思わず息が詰まった。
反対側からは、二葉さんが音もなく距離を詰めてきて、俺の左腕に自分の腕をぴたりと添えた。
着痩せしているはずの制服の奥から、確かな重みが押し返してくる。
「マコト。カメラは正面。私の顔も、ちゃんと映る位置に」
「近い近い、二葉さんも近いって……」
「これくらいの密着は、構図上、必要な範囲よ」
真顔で言い切られると、なんだか反論できない。
正面では、三桜さんが「えへへ、はい、ちーず!」と両手でピースを作って、満面の笑みを浮かべている。
無防備な三桜さんの胸元が、俺の腕にすれすれまで迫っていた。
「誠、表情かったーい。ほら、笑って笑って」
一花さんが、俺の頬を指先でちょんとつついて、無理やり口角を上げさせる。
触れた指先が、ほんの一瞬、頬の上をすうっと撫でるように滑る。
その距離で、一花さんの顔がすぐ横にあった。
睫毛の影まで、はっきり見えるくらい近い。
「ほら、口角上げて?」
「……自分でやるから、つつくな」
「えー、つついたほうが笑うじゃん」
左右からの体温と、正面からの全力の笑顔に挟まれて、俺の理性はもう半分くらい、どこかへ溶けかけている。
……逃げ場がない。
まったく、調子が狂う。
シャッター音が、立て続けに鳴った。
撮り終えたプリクラに、一花さんは慣れた手つきで落書きを足していった。
ハートだの星だの、やたらと賑やかな飾りつけ。
二葉さんが「この余白には、撮影日時を記録すべきよ」と几帳面に日付を書き込み、三桜さんが「私のところ、お花いっぱいにする!」とスタンプを連打する。
「……なんかもう、俺の顔が見えなくなってるんだけど」
「大丈夫、誠のことはちゃんと見えてるから」
「意味が違う」
三人三様の落書きで埋まったシールを、一花さんは丁寧に四等分に切り分けた。
「はい、こっちが誠の分ね」
◇
駅の改札の前で、俺たちは別々の方向へ別れることになった。
三姉妹は徒歩圏のマンション、俺は電車で帰る。
「今日、付き合ってくれてありがと。……ね、楽しかったでしょ?」
一花さんが、いつものからかうような笑顔でこちらをのぞき込む。
「まあ……それなりに」
「うわっ、それなりっ? もうちょっと、こう、心からの感謝とかないわけ?」
「あったらお前、調子に乗るだろ」
「ふふっ、わかってるじゃん。誠も成長したねー」
俺がため息混じりにごまかすと、一花さんは一瞬だけ、その笑みをふっとやわらげた。
さっきまでの小悪魔の仮面がすっと薄くなって、その奥にある素の顔が透けるみたいに。
「……でしょ。だから、また――」
一花さんが、何かを言いかけて。
けれど、すぐ後ろから二葉さんと三桜さんが「次は私の番だから」「私も、私も!」とのぞき込んできたのに気づいて、その続きをくるりと飲み込んだ。
「……なんて、ね。また三人で、誘ったげる」
いつもの調子に戻って、一花さんはひらりと手を振る。
言いかけた言葉が何だったのか、俺には分からなかった。
ただ、ほんの一瞬だけのぞいたその素のままの声だけが、妙に耳に残った。
「あ、そうだ。誠くん」
別れぎわ、三桜さんが思い出したように振り返る。
「今夜も、ゲームで会おうね。待ってるから」
「待ってる、ね」
二葉さんも、淡々と、けれど確かに念を押すように繰り返した。
「じゃ、また学校で。旦那様」
三人は、軽い足取りで駅前の通りを連れ立って帰っていく。
その背中が人混みに紛れるのを見送ってから、俺は一人、改札をくぐった。
残された手の中には、まんまるのクマと、やたらと賑やかな飾りつけの四人のプリクラが一枚。
……なんだか、調子が狂いっぱなしの一日だった。
それなのに、不思議と嫌な疲れではない。
むしろ、家に帰って、今夜あの三人がどんな顔でルナとして現れるのか。
それを思うと、柄にもなく少しだけわくわくしている自分がいた。




