94話 成果
それからも足利学校での人材探しは続いた。
その結果、十分とは言えないものの、各分野に長けた人材を各一人ずつ雇うことができた。
帳面と銭の流れを管理する者。
水路、井戸、堤を整える土木と治水に長けた者。
市の決まりを作り、商人達と交渉することに慣れた者。
新田の開発や農具、肥料について知る者。
そして、兵の訓練と城の守りを考えられる者。
俺が今まで一人で抱えていた仕事をそれぞれの分野で支えてくれる者達が少しずつだが集まり始めた。
こうして足利での人材探しは、大成功で幕を閉じたのである。
———が、俺達は早くも新たな問題に直面していた。
「民達に暖具を普及させたい、ですか?」
「うむ、そうだ」
後日、足利学校から帰った俺は勘助殿に相談していた。
その内容は民達でも安価に使用することのできる、量産が可能な暖具の相談である。
「来月には冬が来る。牛堀は水辺の町だ。風も強いし、夜になれば想像以上に冷える」
「確かにそうですな。特に漁師達は朝も夜も水辺で働きます。年寄りや幼子、病を抱えた者には厳しい冬となるでしょう」
勘助殿は腕を組み、静かに頷いた。
「だが、火鉢や囲炉裏を増やすだけでは駄目だ」
「炭も薪も必要になりますからな」
「そうだ。夜通し火を焚けば、薪代がかさむ。火の不始末で家が焼けることもある」
貧しい家ほど冬を越すための薪が足りない。
だからといって火を弱めれば寒い。
火を焚き続ければ銭が減る。
この時代の冬は、寒さそのものよりも、寒さによって生活が追い詰められることが恐ろしいのだ。
「そこで考えた」
俺は勘助殿へ向き直る。
「湯婆を作りたい」
「湯婆?」
「土で作った壺に湯を入れ、木栓で口を塞ぐ。そして布と藁で作った袋に入れ、寝床へ置く」
「火を使わずに暖を取る、ということですか」
「ああ。家全体を暖めることは出来ない。だが足元や腹を温めることは出来る。老人や幼子、病人が夜を越すには十分役に立つはずだ」
勘助殿は少し考え込む。
「なるほど。炭を使わず、寝床の近くで火を焚く必要もない。これは悪くありませぬな」
「だが問題は値段だ」
俺は机の上へ広げた紙に目を落とす。
「民達が買えるほど安く作れなければ意味がない」
「金持ちだけが使える暖具なら、民を助けることには繋がりませぬな」
「その通りだ」
勘助殿は紙を手に取り、指で材料を書き出していく。
「壺は領内で取れる粘土を使う。形を統一すれば、陶工も作りやすいでしょう」
「口を細くして、湯がこぼれにくい形にする」
「木栓は木工職人に作らせる。外側の袋は藁と古布ですな」
「ああ。藁ならいくらでもある。古布も、使えなくなった着物を集めればいい」
勘助殿はさらに考える。
「壺を焼くための薪が一番の問題ですな」
「陶工達が焼き物を作る時に、一緒に焼かせるのはどうだ?」
「なるほど。湯婆だけのために窯を焚かず、皿や壺、甕と共に焼く」
「そうすれば薪代を抑えられる」
「それならば……」
勘助殿は算木を取り出すと、静かに計算を始めた。
粘土、薪、職人への手間賃、木栓、藁袋。
そして運ぶための費用。
しばらくして、勘助殿は顔を上げた。
「利益を大きく取らぬなら、民でも手が届く値で売れましょう」
「本当か?」
「はい。ただし、最初から商いとして儲けようとすれば高くなります」
「なら最初の冬は、利益を取らない」
俺は即答した。
「町の整備で得た銭の一部を使う。まずは民に広めることを優先する」
「それでよろしいかと」
勘助殿は頷く。
「湯婆を使えば、薪を少し節約出来る。病に倒れる者も減るでしょう。民が冬を越せれば、春になればまた田畑を耕し、漁に出て、町を支えてくれる」
「それに」
俺は続けた。
「藁袋を作る仕事も増える。働けぬほどではないが、畑仕事や漁には出られぬ者もいる。年寄りや女達が藁を編み、袋を作れば銭になる」
「暖具を作ることで、冬の仕事も生まれるわけですな」
「ああ」
寒さをしのぐだけではない。
冬に働ける場を作る。
それもまた、町を育てることに繋がるはずだ。
「ですが政貞様」
勘助殿が少し真面目な顔になる。
「使い方を間違えれば火傷を負う者も出ましょう。湯を入れすぎれば壺が割れるやもしれませぬ」
「そこは最初に決まりを作る」
俺は指を折りながら答える。
「直火にかけない。沸かした湯を移す。熱すぎる湯は入れない。必ず布と藁袋で包む。そして寝ている間に子供が触れぬ場所に置く」
「なるほど」
「まずは牛堀の施療所と、戦で家族を失った者達の家へ配ろう。実際に使ってもらい、危ないところや壊れやすいところを調べる」
「その後で、市に並べるのですね」
「ああ」
勘助殿は、しばらく俺を見ていた。
やがて。穏やかに笑う。
「政貞様らしい考えですな」
「そうか?」
「城を強くする前に、民が冬を越せるように考える領主は多くありませぬ」
「城だけ立派でも、民が寒さで倒れたら意味がないだろう」
「ははっ。その通りです」
勘助殿は立ち上がる。
「では早速、陶工と木工職人を集めましょう。宗兵衛殿には費用の帳面を任せます。市の者達にも、古布と藁を集めるよう伝えましょう」
「頼む」
俺も立ち上がった。
「この冬は少しでも多くの者が温かく眠れるようにしたい」
窓の外では、冷たい風が牛堀の町を吹き抜けていた。
もうすぐ冬が来る。
戦に勝っただけでは民は生きられない。
だから俺達は次の戦に備えるためではなく、明日の朝、民達が生きて目を覚ませるように、小さな温もりを作るのだった。
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