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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第二部

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93話 足利学校その3

「その者に、会わせてくださいませぬか?」


「承知しました」


 俺達は僧に案内され、さらに奥へと向かう。


 向かった先は人の少ない書庫であった。


 外の賑わいから離れた場所にあり、風が吹くたび、古い書の匂いが漂ってくる。


「その御仁はどのような方なのですかな?」


 勘助殿が問うと、僧は歩きながら答えた。


「信濃から来た方でございます」


「……信濃、でございますか」


 信濃、か。


 現代では真田家の城があったことや、謙信と信玄の決戦の舞台、川中島があることで有名な地方だ。


 しかし信濃から来たとは、一体どこの武将なのだろうか。


 勘助殿は心当たりがありそうな顔をしているが……。


 そうして俺が考えている横で、僧は続けた。


「かつては一族と共に領地を治めておられました。ですが戦に敗れ、故郷を離れられた」

 

「……何?」


 そうの話を聞いた瞬間、俺の胸が大きく跳ねたのを感じた。


「ほう、その様子ではその人物に心当たりがあるようですな」


「ええ……勘助、お主もだろう?」


「はい。私も信濃に滞在していたことがあり、その際に一人の才ある若者と会いました。もしやとは思いますが……」


「さて、どうでしょうな」


 僧は笑うと、更に歩みを早めた。


 答えが知りたいのであれば、ついてこい。


 言外にそう言っているようだった。


 それにしても信濃からこの年代に落ち延びた武将は限られる。


 海野家、そしてその家臣である———いや、それはこの先に進めば分かることだ。


 俺は更に、更に僧の後に続き進み続けた。


「ですが一つだけ言っておかなければなりません」


「なんでしょうか」


「その御仁は」


 僧は一度だけ足を止めた。


「仕える先を探しておられるわけではありませぬ」


「……どういうことですか?」


 葵が不思議そうに首を傾げる。


 僧は静かに答えた。


「あのお方は今、書を学びに来ておられるのではない。人を見て、世の流れを見て、そして己が再び立つ時を待っておられるのです」


「再び立つ時を……」


 やはり、間違いない。


 故郷を奪われ、それでも諦めずいつか再起するため、力を蓄えている男。


 そんな人物を俺は未来の知識で一人だけ知っている。


「つまり」


 勘助殿が低い声で言う。


「小田へ仕えるよう勧めても、簡単には首を縦に振らぬと」


「ええ」


 僧は頷いた。


「ですが、話を聞く価値はある御仁です。才ある者は、才ある者を見抜きますゆえ」


 僧はそう言うと、再び歩き始めた。


 やがて書庫の一番奥、木窓から差し込む光の下に、一人の男が座っているのが見えた。


 年は三十を少し越えた頃だろうか。


 決して大柄ではなく、服装も質素だ。


 だがただ書を読んでいるだけではないことが、一目で分かった。


 男の周りには兵法書だけではなく関東や信濃の地図、街道を書き記した紙、そして幾つもの小さな石が並べられている。


 石を兵に見立て、何度も何度も、戦の形を作り直しているのだろう。


 俺達が書庫へ入った瞬間、男は書から目を離した。


 そしてこちらの人数、腰に差した刀、立ち位置、さらには窓と出口の位置まで一瞬で見たように感じた。


 鋭い。


 まるで俺達の腹の内まで、見抜こうとしているような目だった。


 間違いない、この人物は———


「……真田殿」


 僧が静かに呼び掛ける。


 男は、ゆっくりと書を閉じた。


「何用です」


「小田家の菅谷政貞殿が、人を求めて足利へ来られました」


 その言葉を聞いて、男の目が僅かに細くなる。


「菅谷政貞。土浦を栄えさせ、常陸で名を上げている者ですな」


「……私のことを知っているのですね」


「勿論」


 男は、ゆっくりと立ち上がった。


 そして俺の前まで歩いてくる。


「真田幸綱、信濃小県の者にござる」


 真田幸綱。


 その名を聞いた瞬間背筋に冷たいものが走った。


 やはり、この男だった。


 後に武田信玄へ仕え、信玄でさえ勝てなかった村上義清の城を、たった一日で落城させた『攻め弾正』と呼ばれる武将。


 その知謀は信玄は自身に勝ると称し、あの上杉謙信も弓とらば負けぬが、知謀では幸綱が大きく勝ると認めるほどの武将である。


 そして何より、真田昌幸、真田信之、真田幸村、後に数々の伝説を残す真田一族の始祖だ。


 まさかこれほどの大人物がいるとは予想だにしていなかった。


 今でこそ、故郷を追われた一人の浪人に過ぎない。


 だがこの男が持つ才を、俺は知っている。


「……久しいですな」


 その時、勘助殿が一歩前へ出た。


「幸綱殿」


 幸綱は勘助殿の姿を見ると、僅かに目を見開いた。


「勘助か。まさか常陸におったとはな」


「私も驚きました」


 勘助殿は少しだけ懐かしそうに笑った。


「信濃で会った頃の貴方は、まだ海野家のために走り回っておりましたな」


「ああ」


 幸綱の表情がほんの少しだけ曇る。


「海野は敗れた。真田も、守るべき地を失った」


 その声には怒りも、悲しみも、そして消えぬ悔しさもあった。


 だがそこで幸綱は立ち止まらない。


「だから今は、奪われたものを取り戻す術を探している。ただそれだけだ」


 淡々とした言葉。


 だがその奥には、恐ろしいほど強い執念がある。


 この人は信濃を諦めていない。


 いつか必ず故郷へ帰るつもりなのだ。


「菅谷殿」


 幸綱が俺へ向き直る。


「人を求めているとお聞きした。それは真にござるか?」


「はい。そして、私は貴方を家臣に迎えたいと思っております」


 その言葉に、幸隆は少し笑みをこぼした。


「率直な物言いですな。しかし嫌いではない。」


「貴方相手に言葉を偽るなど、意味がありませぬからな」


「ははっ、それは些か買い被りすぎに思えますがな。それにしても、常陸のことは某も少しですが聞き及んでおります。数百年来統一されなかった常陸を、遂に小田家がまとめたと。正直に言って、かなり驚きました。常陸を統一するのは佐竹だとばかり思っておりましたから」


 そりゃあそうだ。


 実際、史実では常陸を統一するのは佐竹だからな。


 今回統一に成功できたのも俺の現代知識、そして氏治様達の頑張りがあったからだ。


 どれか一つでも欠けていれば、下手をすれば秀吉が来る前に小田家が滅んでしまっていた。


 そう考えると、史実以上の綱渡りをしていたことになるな。


 まあ史実でも何で滅んでいないのか分からない戦歴なんだが。


 本当、ある意味すごいよ氏治様は。


「そうですな。自分でもまだ信じられぬ気持ちです。ですが町中を佐竹や鹿島、島崎の船や商人が行き交うのを見ると、常陸は確かに統一されたのだと実感いたします」


「なるほど、それは民も安心でしょうな。しかし、一度常陸の外へ出れば関東ではまだ戦が溢れております。特に、武蔵では」


 武蔵、それを聞いて俺はすぐに察した。


「両上杉家と北条家の争いですな」


 俺の言葉に、幸綱は頷いた。


「両家の争いにより、武蔵の地は戦火に荒れております。……身を寄せている身でこんなことを言うのは憚られますが、上杉家にはもはや関東を治める力はないでしょう。今は優位でも、いつかは北条に降され、その座を奪われると某は考えております」


 その幸綱殿の考えは正しい。


 実際、三年後の川越野戦で両上杉家は敗北し、関東は北条の天下となるのだ。


「しかし、それで良いのかもしれませぬ。両上杉家は関東管領でありながら今まで争い、関東の地を荒らしてきました。対して北条家は戦こそ繰り返していますが、彼らが治めた地は民達がそれまでよりも遥かに良い生活を送ることができている。ならば、民達にとっても上杉より北条に治められる方が嬉しいでしょう」


 否定はできない。


 俺も同じ立場だとしても、住むのなら北条家の領土の方が良いと思うからだ。


「ならば、上杉家にはもう未来はないと?」


「そこまでは言いませぬが、信濃にまで手を伸ばす余力はないでしょう。このまま上杉にいても、真田の地を取り返すことはできぬでしょうな」


 幸綱は小さく息を吐くと、そう言った。


「であれば、北条につきますか?」


「いいや、北条は信濃には進出せぬでしょう。北条の感心は関東のみにあります」


 そしてそこで幸綱殿は真っ直ぐに俺を見据えると、問いかけてきた。


「政貞殿、私はいずれ北関東は小田家のものになると考えております。その時、信濃に進出することを、其方の主は考えますか?」


 その問いに。書庫の空気が、僅かに張り詰めた。


 幸綱殿は俺を試している。


 小田家がどこまでを望み、どこまで手を伸ばす家なのか。


 そして自分の故郷である信濃を取り戻すために、小田を利用出来るのか。


 それを見極めようとしているのだ。


「……正直に申します」


 俺は一度、息を吐いた。


「今の小田家に、信濃へ兵を出す余力はありませぬ」


 幸綱殿の目が僅かに動く。


「常陸を統一したばかりです。まずは戦で荒れた土地を整え、民を落ち着かせ、兵糧を蓄え、領地を豊かにせねばならない。私の一存で遠い信濃へ攻め入るなどと約束することは出来ませぬ」


 嘘を言ってこの男の信頼を得られるとは思わない。


 真田幸綱という男は、甘い言葉を信じるような人物ではない。


「小田家には政治様がおられ、小太郎様がおられる。私は家臣です。主君の考えも聞かず、勝手に未来を約束することなど出来ませぬ」


 幸綱殿は黙って俺の言葉を聞いている。


「ですが」


 俺は真っ直ぐに幸綱殿を見た。


「いつか、真田殿が信濃を取り戻すために立ち上がる時が来たなら、その時に小田と真田が互いに手を取る価値があると考えるなら、私は力になります」


「……力になる、と」


「はい。ただし、真田の土地を小田のものにするためではありませぬ」


 幸綱殿の目が僅かに細くなる。


「信濃を取り戻すのは、真田殿です。真田の者達です。俺達が助けることがあっても、それは真田を小田の家臣にするためではない。共に生きる同盟者として、互いの未来を守るためです」


 書庫の窓から風が吹き込む。


 古い書の頁が、さらりと揺れた。


「……面白い」


 やがて、幸綱殿は小さく笑った。


「信濃を欲しないと申すか」


「今は小田は常陸を豊かにするだけで手一杯ですからな」


 俺も苦笑する。


「他国を奪う前に、まず自分達の土地で生きる者を幸せにしたい。それが出来ぬ者が、他国を治められるはずもありませぬから」


「なるほど」


 幸綱殿は机の上の石を一つ手に取った。


「大きな夢を語るが、都合の良い約束はせぬ」


「それは嫌いではない」


「ありがとうございます」


「だが」


 幸綱殿の目が、再び鋭く俺を射抜く。


「菅谷殿は北条と争うつもりはあるのですかな?」


 書庫の空気がぴんと張り詰めた。


 北条、関東で最も勢いを増している家である。


 そしてただ戦に強いだけではなく、民を守り、商いを育て領地を豊かにしている家でもある。


 俺が目指しているものに最も近い家かもしれない。


「争うつもりはありませぬ」


 俺は、はっきりと答えた。


「むしろ、北条とは手を結びたい」


 幸綱殿の眉が僅かに動いた。


「北条が民を重んじる家であることは、私も聞いております。小田が目指すものと、北条が目指すものはきっと似ているはずです」


 戦が起こらず、民が死ぬことに怯えず生活することのできる国。


 きっと北条家と小田家が目指しているものは同じなはずだ。


「北条と小田が手を組めば、民が安心して暮らせる関東を共に作れるかもしれない。俺は、そう思っています」


「……北条の下へ付くと?」


「いいえ」


 俺は首を振った。


「従うためではありませぬ。対等な盟友としてです」


 確かに北条の力は大きい。


 だが、常陸にも常陸に生きる者の誇りがある。


 そう易々と頭を下げさせるわけにはいかない。


「小田は誰かの下で生き残るだけの家にはしたくない。常陸の者達が、自分達で未来を選べる家にしたい。だからこそ北条と共に進むとしても、小田は小田の旗を掲げます」


 幸綱殿はしばらく黙っていた。


 やがて口を開くと、俺の目を見据えて言った。


「なるほど。では古河公方には従わぬと? 上杉にも従わぬと申されるか」


 その問いに、俺は少しだけ目を伏せた。


 古河公方、関東管領どちらも関東にとって本来は大きな意味を持つ存在だ。


 だが今の関東を見れば、その権威が民を守っているとは言えない。


「古河公方は、関東における大きな権威です。上杉家も関東管領として、本来なら関東をまとめるべき家なのでしょう……ですが」


 拳を握る。


「上杉は関東管領でありながら互いに争い、武蔵を、関東を戦火で荒らしてきた。そして古河公方もそれを止められず、ただ権威を掲げるだけになっている」


 それは事実だ。


 上杉家は関東管領という立場でありながら、ある時は公方に反乱を起こし、ある時は分裂を起こして争い、関東を荒らしてきた。


 そして関東の公方も今や鎌倉を追われ、上杉家を抑える力はもはや無い。


 そんな名ばかりの守護役に、関東を到底治めることはできないだろう。


 俺は幸綱殿の目を真っ直ぐに見た。


「権威があるから従う。名門だから従う。そんな理由だけで民が苦しみ続けるのを、私は黙って見ているつもりはありませぬ」


 勘助殿が僅かに息を呑む気配がした。


 由兵衛も、葵も、何も言わずに俺を見ている。


「古河公方が関東の平穏のために動くなら、小田は敬意を払いましょう。上杉家が争いを止め、民を守るために力を使うなら手を取り合うことも出来るでしょう。ですが———」


 俺は幸綱殿の目を見据え、さらに続ける。


「それでもなお己の権威や意地のために、関東を、そして常陸を荒らし続けるというのなら小田は従わない。相手が関東管領であろうと古河公方であろうと、民の未来を奪う者なら俺達が倒します」


 俺は心の底からそう宣言した。


 力のない統治者ほど無力な者はない。


 私欲に溺れる統治者ほど民を困らせる者はない。


 俺達の障害となるなら、それは排除するだけだ。


 静寂が落ちた。


 窓から入る風が、書の頁を揺らしている。


 幸綱殿はしばらく、何も言わなかった。


 ただ俺の顔を見ていた。


 まるで俺の覚悟がどこまで本物なのか、それを見定めるように。


「……面白い」


 やがて幸綱殿は小さく笑った。


「北条にも従わず、古河公方にも、上杉にも従わぬ。民を守るためなら関東の大勢力すら敵に回すと、そう申されるか」


「はい」


 俺は頷く。


「小田は、誰かのために頭を下げる家ではない。常陸で生きる者達のために、頭を下げる家です」


 幸綱殿は目を細めた。


 そして、どこか楽しそうに笑う。


「なるほど、菅谷政貞殿……お主は思っていたよりもずっと危うい男ですな」


「危うい、ですか」


「大きな理想を抱き大きな敵へ向かおうとする者は.時に己も周りも滅ぼす。だが」 その危うさを持つ者だけが、大きなものを変えることもある」


 そう言うと、幸綱殿は書架の陰へ視線を向けた。


「頼綱」


 その声に、一人の若い武士が姿を現した。


 幸綱殿より少し若い。


 大きな身体に太い腕。


 腰には使い込まれた刀を差し、どう見ても書庫より戦場の方が似合う男だった。


「はははっ!」


 男は俺を見るなり、豪快に笑った。


「北条にも、公方にも、上杉にも従わぬか! 大したことを言う若造だな!」


「頼綱」


 幸綱殿が呆れたように呼ぶ。


「最初から聞いておったのか」


「兄者が珍しく楽しそうに話しておるからな! どんな奴かと思えば、なかなか面白いではないか!」


 男は俺の前へ進み出た。


「真田頼綱だ! 兄者ほど難しいことを考えるのは得意ではないが、槍と城の守りなら任せろ! 城を守るには兵だけでは足りん! 水も、米も、逃げ道もいる! 民が逃げ込めぬ城など、ただの石ころと同じだ!」


 豪快な物言い。


 だがその言葉には、城と領地を守る者としての確かな考えがあった。


 幸綱殿は小さく笑う。


「こやつは考えるより先に槍を持つ男です。ですが、城と村を守ることに関しては、なかなか目が利く」


「兄者! 褒めるなら最初から褒めろ!」


 頼綱殿は笑うと、再び俺へ向き直った。


「菅谷政貞! お主が本当に民のために戦う主なのか、この目で見てやる! 牛堀とやらの町も見せてもらおう!」


 幸綱殿は静かに俺を見据えた。


「菅谷殿、頼綱を貴方へ預けましょう。仕えさせるわけではない。頼綱自身に見極めさせるのです。お主が命を預けるに値する主かを」


 幸綱殿は弟へ向き直る。


「そして頼綱。値すると思うなら、自らの意志で仕えよ。値せぬと思うなら、迷わず去れ」


「承知した!」


 頼綱殿は力強く頷いた。


「菅谷政貞! お主が本物なら、この頼綱の槍は誰よりも先にお主のために振るってやる!」


「それでいい」


 俺は頼綱殿へ手を差し出した。


「俺も、見極められて恥じない主になろいた」


「はははっ!」


 頼綱殿は豪快に笑いながら、俺の手を強く握った。


「約束だ!」


「ああ」


 こうして俺は足利学校で、真田幸綱という未来の大人物と出会い、そしてその弟、頼綱を預かることになった。


 幸綱殿自身を迎えることは出来なかった。


 だが真田と小田、二つの家を繋ぐ縁は、確かにこの足利の地で生まれたのだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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