↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/117

92話 足利学校その2

 僧に案内され、俺達は足利学校の奥へと進んでいった。


 廊下の先、開け放たれた部屋では、若い者達が書を読み、年嵩の男達が、何やら難しそうな話をしている。


「それにしてもここには色んな人がいるねぇ」


「ああ」


 葵が小声で呟いた言葉に、俺は頷く。


「学ぶ場所に身分はあまり関係ないんだろうな」


「へぇ、でもそれっていいことじゃん」


 葵は書を抱えた若者達を眺めながら、少しだけ笑っていた。


「まあ入学するのに銭は必要そうだがな」


「何だぁ、結局世の中銭ってことだね」


 まあそれは未来も今も変わらない真理ってところだな。


 そして歩き続けていると、やがて僧は一つの部屋の前で足を止めた。


「こちらに算術と文書に通じた者がおります。元は下野の小領主に仕えていた者ですが、主家が争いに巻き込まれ、今は仕える先を失っております」


「失職した者、ということですか」


「はい。ですが」


 僧は穏やかに続けた。


「帳面の扱いと銭勘定にかけては、なかなかの者でございます」


 俺は、思わず前のめりになった。


 今、俺が最も欲しい人材の一人だからである。


 町を作るにも、港を整えるにも、市場を開くにも、銭の出入りを正しく管理する者が必要になる。


 これは是非とも迎え入れたい人材だ。


「会わせてください」


「承知いたしました」


 僧が襖を開ける。


 部屋の中には、一人の男が座っていた。


 年は三十ほど。


 痩せ型で目の前には、何枚もの紙と算木が並べられている。


 男は俺達を見るなり、ゆっくりと顔を上げた。


「……どちら様ですかな?」


「小田家家臣、府中副城主、菅谷政貞と申します」


 俺は頭を下げる。


「牛堀にて、新たな町を作ろうとしております。湊を整え、市を開き、商人や職人が安心して集まれる場所を作りたい。そのために、帳面と銭を任せられる者を探しております」


 男は俺の言葉を聞きながら、算木を弄っていた手を止めた。


「……牛堀。霞ヶ浦の東にある、あの漁村ですかな」


「はい。今はまだ小さな町場ですが、いずれは常陸各地の物が集まり、そこから各地へ運ばれる湊にしたいと思っています」


 男は少しだけ眉を上げた。


「随分と大きな話ですな」


「そうですな。ですが、それが私の使命でございますゆえ」


 俺がそう答えると、男は目の前の帳面を閉じた。


「失礼ながら、菅谷殿は銭勘定をどのように考えておられる?」


「……というと?」


 俺が問い返すと、彼は静かに言った。


「町を作ると言う者は多い。湊を整えると言う者も多い。だが、その多くは商人から銭を搾り取るための口実です」


 男の声は、静かだった。


 だがそこには長年、帳面と向き合ってきた者だけが持つ鋭さがあった。


「市を開けば市の銭を取る。船が着けば運上を取る。蔵を使えば蔵の銭を取る。そうして最初は人を集めると言いながら、町が少し栄えた途端に税を増やして潰してしまう。……それでは、誰も残りませぬ」


 なるほど、尤もな言葉だ。


 だからこそ、俺はこの人を雇いたい気持ちがより強くなった。


 欲しい人材だ。


 ただ帳面を付けられるだけではない。


 町が栄えるために、何が必要かを考えられる。


 彼はまさに、小田に必要な人材だ。


「その通りです」


 俺は真っ直ぐに答えた。


「牛堀では、最初から民や商人を苦しめるような取り立てはしません。市の銭も、船の運上も、最初に決めた取り決めを、勝手に増やさない」


 俺はさらに続ける。

 

「帳面も出来る限り明らかにする。何に銭を使い、何を整えるのか、町の者達にも分かるようにしたい。公正であることを、私は目指したい」


 男の目が僅かに細くなった。


「……綺麗事ですな」


「確かにそうですな。ですが———」


 俺は男から目を離さずに、言った。


「綺麗事を現実にする。それが俺の使命だと思っています」


 彼の言葉に、俺は真っ直ぐにそう言い放った。


 彼はすぐには何も言わなかった。


 しかしやがて男は、小さく息を吐いた。


「……面白い。綺麗事を口にする領主は多い。だがそれを現実にするとまで言い切る者は、そう多くありませぬ」


 男は算木を一つ手に取り、指先でゆっくりと転がした。


「ではもう一つ、お尋ねしたい」


「何でしょう?」


「菅谷殿の近しい家臣か、あるいは菅谷殿の親族が帳面に載らぬ銭を使わせろと命じたなら、どうなさる?」


 その場の空気が少しだけ張り詰めた。


 由兵衛がちらりと俺を見る。


 勘助殿は面白そうに目を細めていた。


 試されている。


 そう感じた。


 だが、答えは最初から決まっている。


「断ってください」


 俺は即答した。


「俺の家臣でも、親族でも、帳面にない銭は使わせない。必要な銭なら何に使うのかを話し納得させ、帳面に載せればいい。それが出来ぬなら、俺が止めます」


 男の目が僅かに揺れた。


「菅谷殿自身が帳面にない銭を使えと言ったなら?」


「その時も同じです」


 俺は真っ直ぐに答える。


「俺が間違っているなら、止めてください。城主であろうと、自分の銭ではなく城の銭を使うのなら、公平であるべきだ」


「……なるほど」


 男はしばらく黙っていた。


 そして初めて、はっきりと笑った。


「その言葉、忘れぬでくだされよ」


「ええ、約束します」


 男は、座っていた場所から立ち上がる。


 痩せた身体。


 だがその目には、長く行き場を失っていた者とは思えぬ強い意志が宿っていた。


「私は蔵田宗兵衛。かつては下野の小領主に仕え、勘定と年貢、兵糧の出納を任されておりました。主家を失ってからは、この足利で書と算術を学び直していたのです」


 宗兵衛殿は深く頭を下げた。


「牛堀という町。そして菅谷殿の言う未来、この目で見届けとうございます。菅谷家へ仕えさせてくだされ」


「……本当ですか!」


 思わず俺は声を上げてしまった。


「はい。ただし」


 宗兵衛殿は、静かに続ける。


「不正を見つければ止めます。相手がどれほどの重臣であろうと、菅谷殿ご自身であろうとです」


 手厳しい。


 だが、構わない。


「構いませぬ。むしろ、そういう人材に来て欲しかったのです。牛堀の銭と帳面を、任せます。俺達の町を、一緒に作ってください」


「ははっ!」


 宗兵衛殿は深く頭を下げた。


「この蔵田宗兵衛、菅谷殿の期待に背かぬよう必ずや働いてみせましょう!」


 こうして足利学校へ来て最初の人材を.俺達は得ることが出来た。


「いやぁ」


 由兵衛が頭を掻く。


「銭の話ってのは難しいな。俺にはさっぱり分からねえ」


「由兵衛殿」


 宗兵衛殿は、穏やかに笑った。


「銭の流れを知らぬ者はいつか銭に足をすくわれます。だからこそ、少しは学んでおくべきですな」


「うげぇ……」


 由兵衛が露骨に嫌そうな顔をした。


 その様子に、葵がくすくすと笑う。


「由兵衛も勉強するんだね」


「しねえよ! 絶対にしねえ!」


「いや、お前一応元武士だったろ? 少しは勉強しなさいよ」


「俺は戦闘専門なんだよ!」


「まあまあ」


 まったくわ由兵衛らしいっちゃらしいがな。


 俺は笑いながら、僧へ向き直った。


「ありがとうございます。これほど早く、良い人材と出会えるとは思いませんでした」


「菅谷殿のお考えが、彼の心を動かしたのでしょう」


 僧は穏やかに頷いた。


「さて、次は土木と治水に通じた者へ会われますか?」


「それとも」


 僧は僅かに意味深な表情を浮かべた。


「先ほど申した。故郷を失い、再び立ち上がる時を待つ者へ会われますかな?」


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺の胸が僅かに騒いだ。


 故郷を失った者。


 再び立ち上がる時を待つ者。


 その人物が誰なのか。


 まだ名を聞いたわけでもないのに俺には、何となく分かっている気がした。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

ブックマークや評価をしていただけると励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。