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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第二部

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89話 怨恨

「というわけで、久幹を我が家臣に加えることとなった。皆、これからよろしく頼む」


「皆様、よろしくお願い致します」


 後日、家臣達に俺は真壁久幹を紹介した。


 戦々恐々であったが、その反応は様々であった。


「なるほど、あの武勇名高い久幹殿ですか。それは頼もしいですな。どうぞ、よろしくお願い致します」


 まず、勘助殿はすんなりと受け入れていた。


 まあこれは予想通りだ。


 感情的になったり、恨みを引きずったりというイメージは勘助殿にはない。


 むしろ恨みに思っていてもそこは割り切る、そういう人物像が勘助殿のイメージだ。


 だから久幹を前にしても平静を保っていた。


「ふーん、アイツの息子か。どんな腕前か、せいぜい見させてもらおうじゃん」


「何でもかなり強いみたいですよ。これは戦力がまた上がりそうですね!」


 葵は歓迎もしていないし、拒絶もしていない。


 ちよは戦力として期待している、という様子だった。


 まあここまではいい。


 問題は———


「どういうことだよ大将! コイツはあの真壁の息子だぞ! そんな奴を雇うなんて!」


「それには俺も同意だ。今回ばかりは賛成できないな」


 久幹加入に対して反発を強くみせたのは由兵衛、そして霧丸であった。


 霧丸は意外にも思えるかもしれないが、感情の起伏が少ないだけで元々仲間思いの性格だ。


 だからこそ、仲間を多く失うきっかけとなった真壁の息子も許せないのだろう。


 そして、由兵衛は今は亡き三平太と大の仲良しであった。


 三平太が死ぬきっかけを作った真壁の息子である久幹を、許せないのは明白だった。


「二人とも、裏切ったのは彼の父であって彼ではない。そして久幹自身は政治様のため、小田のために戦っていた。それは知っているはずだ」


「だから仲良くしろって? はん、そんなのはごめんだな。蛙の子は蛙だ。コイツを雇ったとしても、いつか裏切るに決まってる。俺は絶対に認めねえぞ」


「俺も由兵衛と同じ意見だ。気に入らないのは勿論だが、家臣にする危険性が高い。まだ仇であるお前を狙うために近づいた疑いが、消えたわけじゃないんだぞ」


 由兵衛は感情的に、霧丸は理屈で久幹を否定する。


 彼らの懸念は尤もである。


 裏切りの可能性が少しでもある人間は、家に置けない。


 それは、家を守る上で重要な考え方であるからだ。


 これは説得が難航しそうだ。


 もしくは、できないか。


 そう思ったその時である。


「由兵衛殿、霧丸殿」


 久幹が、静かに口を開いた。


 二人は険しい目を久幹へ向けたまま、何も答えない。


 だが久幹は臆することなく、真っ直ぐに二人を見返した。


「お二人が私を疑うのは、当然のことです。父は小田を裏切り、多くの者を死なせた。三平太殿が命を落とすきっかけも作った」


 久幹はゆっくりと頭を下げる。


「私を許せとは申しませぬ。父の罪を忘れろとも、仲間として受け入れろとも言いませぬ」


 広間が静まり返った。


「ですが」


 久幹は、再び顔を上げる。


「蛙の子は蛙、と先ほど由兵衛殿は申されましたな」


「ああ」


 由兵衛は吐き捨てるように答えた。


「なら」


 久幹の口元が、僅かに上がった。


「その通りです」


 そして久幹は堂々と、そう言い切った。


「私は真壁宗幹の息子です」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 普通ならば否定するだろう。


 父とは違うと言う。


 だが久幹は違った。


「父は真壁を残すために小田を裏切った。真壁を大きくするために生き残る道を選んだ。その選択を、私は恥だとは思いませぬ」


 その声は冷静だった。


 けれど、父を想う気持ちがないわけではない。


「ただ父は敗れた。そして、真壁を残すという願いも果たせぬまま死んだ」


 久幹は、拳を握り締めた。


「敗れた者には、敗れた者の結末がある。それが武士の世です。私は父の選んだ道を否定しない。だが、父と同じ道を歩むつもりもない」


 由兵衛と霧丸の目が僅かに揺れた。


「私も生き残り、名を上げたい。いつか、自分の家を興したい。そのために、強い家へ仕える。共に上へ行ける主を選ぶ。それだけです」


 久幹は俺へ視線を向けた。


 その目には、先ほども見た真剣さと強い意志が込められていた。


「今の小田家は、常陸で最も勢いのある家です。そして菅谷政貞殿は、その小田をさらに大きくする男だ。だから私は来た。父の仇を討つためではなく、父の名に縋るためでもない。私自身が生き残り、成り上がるために」


 その言葉はあまりにも正直だった。


 綺麗事などない。


 忠義だけを口にするわけでもない。


 だがだからこそ、久幹の覚悟が伝わってくる。


 久幹の目に、鋭い光が宿る。


「父とは違う。小田を裏切ってではなく、小田と共に上へ行く」


 葵が面白そうに目を細めた。


 勘助殿も僅かに口元を上げている。


「それに」


 久幹は、由兵衛と霧丸へ向き直った。


「私が政貞殿を狙うために近付いたと思うなら、見張ればよい。背中を預けるな。私が少しでも怪しい動きを見せたならその時は、迷わず私を斬ってください」


「……簡単に言うな」


 霧丸が低く呟いた。


「簡単ではありませぬ」


 久幹は即答した。


「だから、命を懸けて示すのです。私は死ぬために小田へ来たのではない。生きて武功を挙げ、誰よりも働き、この家で名を上げるために来た。ですが、もし小田を裏切るような真似をするなら、その時は私を斬るのが当然でしょう」


 久幹は背筋を伸ばした。


「武士とは主を選ぶ者です。そして、選んだ主へ尽くす者です。政治様は父の罪を私へ負わせず、生きる道をくださった。政貞殿は私を家臣として迎えてくださった。その恩を仇で返すなら、私は武士ではない。ただの外道です」


 由兵衛は黙ったまま、久幹を睨んでいた。


 だが、先ほどまでの怒りだけの目ではなかった。


「……口だけなら、随分と立派なことを言うじゃねえか」


「ええ」


 久幹は頷く。


「言葉だけでは、何の価値もありませぬ。だから、これから見ていてください。私が小田のために、菅谷家のために、何をするのかを」


 しばらく重い沈黙が続いた。


 やがて由兵衛が乱暴に頭を掻いた。


「……今すぐ認める気はねえ。三平太のことも、真壁のことも、俺は忘れねえからな」


「それで構いませぬ」


 久幹は睨みつけられながらも、俺を前にした時と同じような笑みを浮かべていた。


「だが」


 由兵衛は久幹を指差す。


「口にしたことを忘れるな。一度でも裏切るような真似をしたら大将より先に、俺がその首を取る」


「承知しました」


 久幹は表情一つ変えずに答えた。


「その時は、由兵衛殿の手で斬られても文句は言いませぬ」


 それに対して、由兵衛は何も言わなかった。


 だが少なくとも、久幹に猶予を与えることだけは、認めてくれたようだった。


「霧丸」


 俺は霧丸を見る。


「……俺も」


 霧丸は、短く息を吐いた。


「信じたわけじゃない。だが少なくとも、仇討ちだけを考えて近付いた目ではない。しばらく見ている、決して目を離す事はないがな」


「好きにしてください」


 久幹は淡々と答えた。


「私も、見られるだけの働きをします」


 その時、葵が腕を組みながら笑った。


「いいじゃん。大口を叩くなら、まずは腕前を見せてもらおうよ。手合わせでもする?」


「手合わせ? ふふっ、望むところです」


 久幹は初めて、少しだけ楽しそうに笑った。


 やはり武人として、手合わせをする事は好きなのだろう。


 そして久幹は、挑戦的な笑みと共に言った。


「ただし、俺は負けるために戦うつもりはありませぬよ」


「へえ」


 葵の目がきらりと光る。


「言うじゃん」


 広間に張り詰めていた空気とは別の、新たな緊張が生まれ始める。


 やれやれ、これはまた騒がしくなりそうだ。


 真壁久幹。


 父の罪を背負いながらそれでも父の影へ隠れず、自分の野心を自分の言葉で語った男。


 まだ、誰も彼を信じてはいない。


 だがこの日、菅谷家の者達は初めて真壁久幹という男が、ただの裏切り者の息子ではないことを知ったのだった。

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