87話 <第二部>政貞、予期せぬ来客と出会う
あれから二ヶ月経ち、現在は十一月の下旬となっていた。
この二ヶ月間は本当に忙しく、休む暇はなかった。
というのも、府中城の城主は慶幹に戻ったものの、俺は副城主継続で共同経営という形となり、同時に府中三万石を追加で与えられることとなったのだ。
それだけでも大変というのに、今度は江戸忠通殿から何と一万石も譲り受けたのである。
というのも———
「此度の戦、政貞殿の戦振りは本当に天晴れであった! 佐竹を退け、我ら江戸家の旧領を取り戻してくださった恩。江戸忠通、この身がある限り忘れはせぬ」
江戸忠通殿は、そう言って深く頭を下げた。
「頭を上げてください、忠通殿」
俺は慌てて言った。
「旧領を取り戻せたのは、江戸家の皆が共に戦ってくれたからです。俺一人の力ではありません」
「はははっ! 相変わらず、お主はそう言うと思っておった」
そう言うと忠通殿は、家臣へ目配せした。
家臣が一枚の書状を持ち出し、俺の前へ差し出す。
「これは?」
「江戸家より、お主へ与える領地の書状じゃ」
「……領地?」
「一万石」
「一万石!?」
思わず声が裏返った。
府中で三万石を任され、さらに牛堀新城の築城まで始まっている。
そこへ一万石、あまりにも大きすぎる話だった。
「忠通殿、これは流石に受け取れません」
「何故じゃ?」
「江戸家も、ようやく旧領を取り戻したばかりでしょう。その大切な領地を、俺などに———」
「だからこそじゃ」
忠通殿は、俺の言葉を遮った。
その目は戦場で見た時と同じように、鋭かった。
「政貞殿。お主は牛堀に城を築き、湊を整えるつもりなのであろう?」
「……はい」
「府中で集めた米や布、鹿島の塩と魚、佐竹から入る鉱石、それらを牛堀へ集め、各地へ運ぶ」
忠通殿は口元を上げる。
「ならば、江戸家もその流れへ加わらせてもらう」
なるほど、そういうことか。
忠通殿は恩賞として領地を渡すだけではない。
牛堀が栄えれば、江戸家もまた栄えると見ている。
「一万石を与える。その代わり」
忠通殿は指を一本立てた。
「牛堀へ集まる商人を、江戸の地にも積極的に流してもらいたい。江戸領にも市を開き、北から運ばれる米、木材、鉄、鉱石を扱わせる。そして江戸家の船頭達には、牛堀と水戸、鹿島を結ぶ船運を任せたい」
「……ちゃっかりしていますね」
俺が苦笑すると、忠通殿は、また大きく笑った。
「ははははっ! そう言うな! それと領地だけ増えても大変だろう! 其方にはワシの家臣達の倅も任せたい。歳も近いだろうし、上手くやっていけると思うぞ!」
「それは有難いです! 丁度人手不足で困っていたところなので!」
「うむ! では政貞殿、これからも共に栄えようぞ!」
「はい!!」
———と、その時は気分良く引き受けたものだがその後が大変だった。
いくら忠通殿が人手をくれたといっても一万石を治めるには足りず、それはもう苦労した。
つまり、現在菅谷家は人手不足に悩まされているのである。
府中に関しては今、慶幹殿や常陸介に任せることができているものの、牛堀の発展と旧江戸領にも目を向けないといけないため、それはそれは大変だ。
ちなみに、城の築城についてはまだ始めていない。
なんなら城の名前もまだ正式に決めていない。
仮の名前として牛堀城としているだけだ。
それよりも城下町や農村、漁村の発展を優先している。
寝泊まりはもっぱら府中や城下町の仮宿だ。
しかし、幸いというべきか発展に用いることのできる金はたくさんあった。
というのも、慶幹殿が俺は副城主であるから、と過去に俺が稼いだ分は全て使って良いと言ってくれたのだ。
それだけではない、俺を知る小田城の民や府中の民達も俺のために駆けつけてくれたのである。
その時はもう感極まって泣きそうであった。
そんな彼らの活躍と潤沢な資金もあり、領地の発展については予想以上に早く進んでいる。
農村には新農具と干鰯の導入を始め、水車の設置をし、更に荒地・湿地の排水と新田開発を始めた。
漁村だけだった川沿いには、港町となる町場を整えた。
船着き場と蔵を増やし、商人や漁師が住むための土地を割り振った。
その町場には土浦から父上が送り込んでくれた漁師の多くが住むこととなった。
そしてもともと牛堀に住んでいた漁師達や、周辺を治める島崎俊興殿にも協力を頼んだ。
元々牛堀は島崎殿の領地だったのだが、忠通殿と同じく収益と商人への島崎領の宣伝を条件に割譲してもらった。
そして今回、港の発展にも協力してくれ、現在港町には島崎領に住んでいた者も多く住んでいる。
更に牛堀の町場となる土地を整え、後に市場となる広場を整備した。
何なら広場には整備段階だというのにもう商人がやってきている。
彼ら曰く、政貞殿のいるところに銭あり、ということらしい。
まあ来てくれる分には有難いがな。
そして、今一番発展しているのはやはり港だ。
ここに来た時は漁村がぽつりとあるだけで漁業も小規模にしか行っていなかったが、現在では漁師の数も船の数も大きく増え港として発展し、水揚げ量は以前よりはるかに増加した。
といっても、まだ発展途中なのでこれからまだまだ増えるだろう。
たった二ヶ月でというのに、ここまで発展できたのはひとえに皆のおかげだ。
今度宴でも開いて、皆の事を労うとしよう。
しかし、それもだいぶ先になりそうだけどな……。
……いや! 落ち込んでいても仕方ない!
今は仕事だ、仕事!
俺はそう自分を奮い立たせ、仕事を続ける。
その時だった。
「お久しぶりですな、政貞殿」
背後から、聞き覚えのある声がしたのだ。
俺は声を聞き、咄嗟に振り向いた。
「……貴方は」
そこには、俺にとって因縁のある人物がいた。
「真壁、久幹殿……」
俺が殺した真壁宗幹、その息子が目の前に立っていたのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
ブックマークや評価をしていただけると励みになります!!




