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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
1542年 日常の章

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番外編 揚げ物をしよう!

1542年 府中城 城下


 鶏を飼い始めてから、府中の朝は少し騒がしくなった。


 卵が取れるようになり、糞は肥になり、城下の者達も少しずつ鶏の扱いに慣れてきた。


 だが、鶏は卵を産むだけではない。


 増えすぎた雄鶏や、卵を産まなくなった雌鶏は肉にもなる。


 つまり、食える。


 そして食えるなら、美味く食いたい。


 それが人情というものだ。


「政貞、鶏って焼くだけ?」


 ある日、葵が真剣な顔でそう聞いてきた。


「煮てもいいし、汁にもできるな」


「他には?」


「……揚げる、という手もある」


「揚げる?」


 葵が首を傾げる。


 近くで話を聞いていた氏治様も、すぐに目を輝かせた。


「油で煮るようなものか?」


「大まかにはそうです。肉に粉をまぶして、熱い油で火を通します。外は香ばしく、中は柔らかく仕上がります」


「ほう! それは美味そうじゃ!」


「美味いです」


 俺は即答した。


 前世の記憶がある。


 鶏の唐揚げ。


 外はざくりと香ばしく、中は肉汁が残る。飯にも合うし、酒にも合う。子供も大人も喜ぶ、危険なほど美味い食べ物だ。


 だが、ここは戦国時代である。


 現代のように片栗粉を気軽に使えるわけではない。油も貴重だ。しかも揚げ物は火事の危険がある。


 だから、やるなら慎重にやらねばならない。


「今回はごま油を使います。香りは良いですが、かなり贅沢な料理になります」


「ほほう、贅沢だねぇ」


「贅沢だからこそ、まずは城内で試す」


 氏治様が胸を張った。


「ならばワシが味見役を務めよう!」


「小太郎様は味見役という名のつまみ食い役では?」


「違う! これは政務じゃ! 新しき食を民へ広めるため、若君自ら危険を引き受けるのじゃ!」


「危険なのは食べることではなく、油と火です」


 氏治様は少し残念そうにした。


     


 試作は府中城の台所で行うことになった。


 かまどの周りは土間にし、近くには水桶と砂桶、濡らした布、鍋を覆うための木蓋を用意する。火の粉が飛ばぬよう、周囲の藁や木片も片付けた。


「政貞、ずいぶん厳重だね」


 葵が周りを見回す。


「油に火が移ると危ないからな。水をかければよいというものでもない」


「水じゃ駄目なの?」


「油が跳ねる。火が広がることもある。だから火を弱め、鍋に蓋をして空気を断つ。砂も使える」


「へえ……」


 葵が感心したように頷く。


 そこへ勘助殿もやって来た。


「殿。揚げ物を広めるなら、火の扱いも共に教えねばなりませぬな」


「ああ。料理だけ広めて火事が増えたら本末転倒だ」


「その通りにございます」


 さすが勘助殿である。


 葵と氏治様が鶏肉を見ている間にも、勘助殿だけは火元を見ていた。


 鶏肉は小さめに切り、酒、味噌、生姜、少しの塩で揉み込む。そこへ山椒を少し加えた。肉の臭みを消し、香りを立てるためだ。


「おお〜!! もう美味しそうなんだけど!!」


 葵が覗き込む。


 既に口からは涎が垂れている。


 前々から肉好きを宣言していたが、ここまでだとはな。


「まだ生だ。食べるなよ」


「食べないよ!」


「小太郎様もです」


「ワシは何もしておらぬ!」


「目が食べようとしていました」


「それはお主の勘違いというものじゃ!」


 次に衣だ。


 今回は葛粉を主に使う。そこへ米粉を少し混ぜ、小麦粉もほんの少し加えた。葛粉だけでは高くつくし、米粉だけではやや重い。小麦粉を少し混ぜると肉に絡みやすくなる。


「粉でそんなに変わるの?」


 ちよが興味津々で覗き込む。


「変わる。料理は戦より繊細かもしれない」


「戦より?」


「少なくとも、油の温度を間違えると全部台無しになる」


「油って怖いね」


「怖い。だが、美味い」


「政貞、今ちょっと悪い顔した」


 その通りだ。


 俺は成功した時の味を知っている。


 だから、今かなり悪い顔をしている自覚がある。


「霧丸も食べるか?」


「食べよう」


 いつの間にか台所の隅にいた霧丸が短く答えた。


「そういや、忍びって普段何を食ってるんだ?」


「基本、任務中に食べることが多いからな。兵糧丸や乾燥米を食べることが多かったな」


 うわぁ、味気ないな。


 特に兵糧丸ばかり食わなければならないというのが俺は無理そうだ。


 生前、レシピを見たことがあるがそれを見ただけでどうにも受けつけなくなってしまった。


「なるほどな。それじゃあ、楽しみにしといてくれ。兵糧丸よりは美味いだろうからさ」


「フッ、比較対象が最悪だが……まあ、期待はしておくさ」


 あっ、やっぱり不味いんだな。


 そして雑談を交わしつつも、俺は料理を継続。


 ごま油を小鍋に入れ、火にかける。


 香ばしい匂いが、じわりと台所に広がった。


「よい匂いじゃ……」


 氏治様が呟く。


「まだ肉を入れていませんけどね」


「油だけで飯が食えそうじゃ」


「ははっ、一日中厠に篭ることになりますよ」


「それは嫌じゃ!!」


 俺は油の温度を見るため、小さく衣を落とした。細かな泡をまとってゆっくり浮き上がる。


「よし」


 下味を付けた鶏肉に粉をまぶし、余分な粉を落とし、一つずつ油へ入れる。


 じゅわあっ、と音が立った。


 台所に一気に香りが広がる。


「おおおお!」


 氏治様が身を乗り出す。


「小太郎様、近づきすぎです!」


「す、すまぬ!」


 肉を返しながら、じっくり火を通す。衣は薄く色づき、ごま油、味噌、生姜、山椒の匂いが重なっていく。


 最後に少し火を強め、表面を締めた。


 竹の箸で引き上げ、油を切り、木皿へ並べる。


 濃い狐色。


 現代の唐揚げとは少し違う。


 だが、間違いなくこれは唐揚げだ。


「できました。鶏の葛揚げです」


「鶏の葛揚げ!」


 氏治様が嬉しそうに繰り返す。


「よい名じゃ!」


「唐揚げではないの?」


 葵が俺を見る。


「唐と関係があるように聞こえるからな。今回は葛粉を使っているし、鶏の葛揚げでいい」


「ふーん。でも、私は唐揚げって響きも好きだけど」


「そうか。まあ、そのうち名前が変わるかもしれないな」


 しかし、問題はここからだった。


 揚げたては熱い。


 だが、氏治様、葵、ちよの三人は、すでに箸を構えている。


「少し冷ましてから食べてください」


「分かっておる!」


 氏治様はそう言いながら、もう箸を伸ばしていた。


「小太郎様、まだですよ」


「……まだか」


「まだです」


 しばらく待ち、ようやく一つを小皿に取る。


「では、どうぞ」


「いただく!」


 氏治様が真っ先に口へ運んだ。


「熱っ……!」


「だから言ったでしょうが!」


 氏治様は口を押さえながら目を白黒させる。だが吐き出さず、必死に噛み、飲み込んだ。


 そして、涙目のまま叫んだ。


「美味い! 外がさくっとしておる! 中は柔らかい! 味噌と生姜が効いて、飯が欲しくなる!」


「口の中熱々だったのに詳しい解説ですね」


「ハッハッハッ! これも次期小田家当主の為せる技じゃ!」


 それ、すごい風に言ってるつもりかもしれないですけど、中々しょぼいですよ。


 葵もふうふうと冷ましてから口へ入れる。


「……ん! 何これ。美味しい。外が軽いのに、中がちゃんと肉。ごま油の匂いもいい」


「気に入ったか?」


「すごく」


 ちよも目を輝かせた。


「これ、山で食べたい!」


「油鍋を山に持っていくのは危ないぞ?」


「じゃあ、揚げたやつを持っていく!」


「それなら試す価値はあるな」


 霧丸も静かに一つ食べた。


「どうだ?」


「美味い」


「それだけか?」


「もう一つ食べたい」


「ははっ、十分気に入ってるな」


 勘助殿も一つ口にし、頷いた。


「兵糧には贅沢ですが、褒美や客人のもてなしには使えますな。冷めても味が落ちにくければ、行軍前の力飯にもなるやもしれませぬ」


「ただ、油が高いからな」


「ええ。広めるなら、まずは祭りや市の名物でしょう」


 その通りだ。


 ごま油は貴重だし、葛粉も安くはない。日常食にはならない。だが、祝いの日や市の日、武家の膳、商人へのもてなしなら使える。


 少量でも、人を驚かせる力がある。


 それがこの一日で、よく分かったのであった。


     


 数日後。


 府中城下の市で、小さな試食会を開いた。


 名目は、火の扱いを教えるための講習。実態は、鶏の葛揚げの試食会である。


 土間のかまど、砂桶、水桶、木蓋。燃えやすいものを近くに置かないこと。油鍋に水を入れないこと。火が強すぎる時は薪を抜くこと。


 それらを説明してから、少量の鶏肉を揚げた。


 じゅわ、と音が立つたび、集まった者達が目を丸くする。


「何じゃ、この匂いは」


「肉を油で?」


「贅沢だな」


「でも美味そうだ」


 揚がったものを小さく切り分け、少しずつ配る。


 最初に食べた百姓の男が目を見開いた。


「……美味え」


 その一言で、周囲がざわめいた。


 子供達も目を輝かせる。


「もっと食べたい!」


「今日は一人一つだ」


「ええー!」


 不満の声が上がる。


 だが、これで十分だった。


 俺は声を張った。


「これは美味い。だが、油は火を呼ぶ。作る時は必ず土間で、砂と蓋を用意し、子供だけで火を扱わせるな。約束できる者だけが、この料理を作れ」


 集まった者達は真剣に頷いた。


 美味いもののためなら、人は案外よく話を聞く。


 氏治様が隣で嬉しそうに笑う。


「政貞、これは流行るぞ」


「油が足りれば、ですがね」


「ならば油も増やさねばならぬな」


「ごまの栽培と搾油ですね」


「また仕事が増えたのう」


「小太郎様が言い出したようなものです」


「ワシか!?」


 葵が横で笑った。


「でも、いいんじゃない? 鶏を育てる人、ごまを作る人、葛粉を作る人、粉を挽く人、料理する人。全部繋がる。美味しいものは、人を動かすんでしょ?」


 俺は少し驚いて葵を見る。


 葵は得意げに笑っていた。


「ああ。その通りだ」


 氏治様も大きく頷いた。


「鶏の葛揚げ。これは府中の名物になるやもしれぬ!」


「ただし、高級品ですよ」


「ならば、まずは祝いの日の料理じゃな」


「それがよいでしょう」


 市の中に、ごま油と揚がった肉の香りが漂う。


 百姓達が笑い、商人達が興味深そうに話し合い、子供達がもう一つ食べたいと騒いでいる。


 ただの料理。


 されど料理。


 鶏一羽、粉少し、油少し。


 それだけで、市に新しい賑わいが生まれる。


 国を豊かにするものは、田畑や城だけではない。


 美味いものを食べたいという、人の素直な欲もまた、商いを生み、作物を増やし、職を作る。


 この日、府中の者達は初めて知った。


 油の中で弾ける音が、これほど人を笑顔にするのだということを。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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