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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
1542年 日常の章

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番外編 コケコッコーな一日

1542年 府中城 城下


 府中の朝は早い。


 城下の百姓達は日が昇る前から畑へ向かい、商人達は店先を掃き、女達は井戸端で水を汲む。


 そんな当たり前の朝の中に、最近やけに目立つ音が混じるようになった。


「こけこっこおおおおおお!!」


「……うるさい」


 俺は思わず呟いた。


 目の前には、一羽の雄鶏がいた。


 胸を張り、赤い鶏冠を揺らし、まるで自分こそが府中の主であると言わんばかりに鳴いている。


 場所は府中城下の一角。


 俺が試しに作らせた小さな鶏小屋の前である。


「政貞! こやつ、すごいのう!」


 隣で氏治様が目を輝かせていた。


「朝からこれだけ大きな声を出せるとは、なかなかの武者ではないか!」


「まあ立派な兜ついてますしねぇ」


「鶏を大量に連れていけば、敵の兵を怯えさせることもできるのではないか?」


「それはありですな。味方も騒音に悩まされることになりますが」


 俺がそう言うと、氏治様は残念そうに腕を組んだ。


 この人、目の付け所は中々いいんだよなぁ。


 まあ、詰めが甘いところはやはり氏治様といったところだが。


 ちなみに俺が鶏を集め始めたのは、勿論朝を騒がしくするためではない。


 鶏の卵と肉、糞を求めてのことである。


 鶏は小さな家畜だが、村の暮らしにはかなり役立つ。


 いや、家畜の王様と言っていい。


 卵は貴重な栄養になる。


 老いた鶏は肉にもなる。


 羽は肥料や矢羽としても使えるし、骨も骨粉にして肥料に使える。


 糞は畑の肥やしに使える。


 全てが役に立つ最高の家畜だ。


 さらに、畑の虫をついばむこともある。


 もちろん放し飼いにしすぎれば作物を荒らすし、狐や野犬に襲われる危険もある。


 だから、まずは小さく試す。


 いつものことだ。


「政貞」


「はい」


「鶏というのは、そんなに役に立つのか?」


「ええ。米や麦のように主食にはなりませんが、卵が取れれば子供や病人にも食べさせやすい。糞を集めれば畑の肥やしにもなります。家の周りで飼えますから、牛や馬よりずっと扱いやすい」


「ふむ。小さいが働き者というわけじゃな」


「そういうことです」


 氏治様は鶏をじっと見つめた。


 雄鶏もまた氏治様を見返している。


 妙な緊張感があった。


「小太郎様、あまり顔を近づけない方がいいと思いますけど……」


「何じゃ、政貞。ワシが鶏に負けるとでも———」


 次の瞬間、雄鶏が氏治様の足元を突いた。


「うわっ!?」


 氏治様が飛び上がる。


 俺は慌てて雄鶏を追い払った。


「あちゃあ、だから言ったではありませんか」


「こやつ、ワシに刃向かったぞ!」


「縄張り意識が強いのでしょう」


「なるほど。小さいながらも領地を守る気概があるわけじゃな」


「そう言えば聞こえはいいですが、ただ足を突かれただけですよ」


 氏治様は少し悔しそうに雄鶏を見た。


「名を付けよう」


「なぜですか」


「強者には名が要る」


「左様ですか。で、名は?」


「赤冠丸じゃ!」


「そのまんまですな」


 最近、氏治様は何にでも名前を付ける癖がある。


 この前の虫相撲の時もそうだった。


 そして大体、最後に丸が付く。


 そういや俺も最後に丸がついてたな、犬吉丸って。


 そんなことを思い出し、俺は唐突に懐かしさを覚えるのだった。


     


 鶏を飼う試みは、最初から順調だったわけではない。


 城下の者達は、卵を取れることには興味を示した。


 だが、鶏小屋の作り方、餌のやり方、卵を取りすぎない加減、狐除けなど、決めなければならないことが多かった。


 ある日、城下の女達が俺のところへ相談に来た。


「政貞様、鶏が畑へ入って菜をつついてしまいます」


「うちでは卵を産まなくなりました」


「夜に何かに襲われて、一羽いなくなりまして……」


 やはり問題は出る。


 俺は勘助殿にも意見を聞きながら、鶏小屋を少し改良することにした。


 まず、竹と木で囲いを作る。


 地面には藁を敷く。


 夜は戸を閉める。


 餌は残飯だけでなく、屑米や糠、刻んだ菜を混ぜる。


 卵は全部取らず、一定数は残す。


 そして、鶏の糞は藁と混ぜて積み、すぐに畑へ撒かず、少し置いてから使うように伝えた。


 何でもすぐに畑へ入れればいいというものではない。


 強すぎる肥は作物を傷めることもある。


 こういうところは、説明を丁寧にしなければならない。


「鶏一羽にも、随分と手間がかかるのう」


 氏治様が感心したように言った。


「生き物ですからね。放っておいて勝手に卵だけ産んでくれるわけではありません」


「民を治めるのと少し似ておるな」


「え?」


「飯を与え、住む場所を整え、危ないものから守る。そうすれば、皆が働き、家が豊かになる。乱暴に奪えば、すぐに駄目になる」


 俺は少し驚いて氏治様を見た。


 氏治様は鶏小屋を見ながら、真面目な顔をしていた。


 こういう時、この人は不意に本質を掴む。


「その通りです」


「そうか」


 氏治様は嬉しそうに笑った。


「なら、ワシは鶏から政を学んだことになるのう!」


「政治様にそう報告したら、何とも言えない顔をされそうですね」


「父上には内緒にしておこう」


「それがよろしいかと」


     


 しばらくすると、鶏小屋の評判は少しずつ良くなっていった。


 特に卵は人気だった。


 まだ数は多くないが、病人や幼い子に食べさせると喜ばれた。


 卵を湯で固め、少し塩を付けるだけで十分美味い。


 葵もすっかり気に入ったらしい。


「政貞、これ美味しいね」


 葵は茹で卵を手に、満足そうに頷いた。


「だろう?」


「柔らかいし、食べやすい。戦の後とか、体が弱ってる時にも良さそう」


「ああ。だから増やしたいんだよ。料理にも色々使えるしな」


「なるほどね。でも、増えすぎたら朝、絶対うるさいよ」


「ははっ、それは否定できないな」


 その時、遠くで赤冠丸が鳴いた。


「こけこっこおおおおお!!」


 葵が目を細める。


「あの子、絶対自分が一番偉いと思ってるよね。ちょっと立場を分からせてあげようかな?」


「やめなさいって、相手は鶏だぞ?」


「ほら、よく言うじゃん。武士はいかなる相手でも全力を尽くすものだって」


「流石に相手を選べ、相手を」


 俺がそう言うと、葵はくすくす笑った。


 その笑顔を見ていると、こういう小さな試みも悪くないと思える。


 水車や道や市の整備に比べれば、鶏小屋など小さなことかもしれない。


 だが、民の暮らしは小さなことの積み重ねだ。


 一つの卵。


 一掴みの肥。


 一羽の鶏。


 それが家の食卓を少し豊かにするのだろうな。


     


 しかし、事件は起きた。


 ある朝、氏治様が血相を変えて俺のもとへ駆け込んできた。


「政貞! 赤冠丸が逃げた!」


「赤冠丸が?」


「うむ! 城下を走り回っておる!」


 嫌な予感がした。


 外へ出ると、予感は的中した。


 赤冠丸が城下の道を堂々と歩いていた。


 その後ろを子供達が追いかけ、女達が笑い、男達が慌てて避けている。


 さらに悪いことに、赤冠丸は店先の野菜をつつき、市の真ん中で勝ち誇ったように鳴いた。


「こけこっこおおおお!!」


「完全に府中を支配した顔をしているな」


「……仕方ないなぁ」


 葵は小さくため息をつくと、赤冠丸へ向かってゆっくり歩き出した。


 最初の足取りは、意外なほど穏やかだった。


「ほら、赤冠丸。こっちおいで。大丈夫、怖くないよ。別に取って食べたりしないから」


「葵、その言い方は逆に怖いぞ?」


「政貞は黙ってて」


 葵は腰を低くし、両手を広げる。


 赤冠丸は首を傾げた。


 そして、じっと葵を見た。


 まるで、目の前の相手が自分より上か下かを見定めているようだった。


「いい子だから、こっちに——」


「こけっ!」


 次の瞬間、赤冠丸が跳んだ。


 いや、跳んだというより、突撃した。


 羽をばたつかせ、足を振り上げ、葵の手の甲を鋭く突いたのである。


「ぎゃっ!?」


 葵の顔から笑みが消えた。


 赤冠丸は勝ち誇ったように胸を張る。


「こけこっこおおおおお!!」


 城下に響く勝利宣言。


 葵のこめかみが、ぴくりと動いた。


「……へえ」


「葵?」


「やっぱりあの時、分からせておくべきだったね……!!」


「よくない、よくないですよ葵さん……相手は鶏だぞ!?」


「今晩のおかずにしよう」


「ダメダメダメダメ、駄目だって!!」


 俺は慌てて葵の前に立った。


 葵は既に腰の刀へ手を伸ばしている。


 駄目だ、本気だ。


 葵の目が完全に本気である。


「政貞、どいて!! そいつ殺せない!!」


「だから駄目だって! 赤冠丸はまだ試験飼育の大事な雄鶏だ! それに小太郎様の鶏でもあるんだぞ!?」


「大丈夫だよぉ、小太郎様も分かってくれるって……」


 葵はにこりと笑うと、少し離れた場所で震えていた氏治様の方へ視線を向ける。


 氏治様は視線を受けてピクリと肩を震わすと、俺に向かって叫んだ。


「政貞ーッ!! 葵と赤冠丸を止めてくれぇーッ!!」


 ……結局、こうなるんですね。


 俺はため息をつくと、葵に背を向けて赤冠丸と向き合う。


 赤冠丸は、こちらを見ていた。


 その小さな目には、まるで「次はお主か」とでも言いたげな不遜さがあった。


 ……鶏のくせに、妙に腹が立つ顔をしている。


「赤冠丸、悪いことは言わん。今すぐ鶏小屋へ戻れ。でないと、お前は本当に今晩の汁物になる」


「こけっ」


「返事だけは立派だな!」


 俺は腕をまくる。


 恐らくコイツとの戦が、今年一番の熱戦となると確信したからだ。


「いくぞ、赤冠丸ッ!!」


「こけえええええッ!!」


 今ここに、鶏と人間、その戦の幕が上がった———。





 その、結果。


「はぁ……はぁ……えらい強敵だった……」


「コケ〜……」


 俺は地面に膝をつき、赤冠丸は古布に包まれたまま、こちらを睨んでいた。


 勝った。


 いや、捕まえたという意味では勝った。


 ただし、俺の袖は破れ、手の甲には小さな傷が増え、髪にはなぜか藁が刺さっている。


「政貞……鶏相手にそこまでぼろぼろになる?」


 葵が呆れたように言う。


「言うな。こいつ、想像以上に強かったんだよ」


「あははっ、兵達に鶏を世話させたらいい訓練になるかもね」


「確かに、忍耐力と体力がつきそうだ……」


 俺が呟くと、赤冠丸が布の中で小さく鳴いた。


「こけ」


 まるで勝ち誇っているようだった。


 氏治様はそんな赤冠丸を見て、妙に感心した顔で頷いた。


「赤冠丸よ、お主はまこと武者じゃな。だが、民の菜を荒らす武者は良き武者ではないぞ。これよりは鶏小屋の守り役として励むのじゃ」


「小太郎様、鶏に言い聞かせても分かりませんよ」


「いや、目が分かっておる」


「分かっている目には見えませんけど……」


 結局、赤冠丸は鶏小屋へ戻され、戸は二重にされることになった。


 店先の菜は俺が弁償し、葵には機嫌直しに卵を一つ多く渡した。


「こけこっこおおおお!!」


 だがしかし、今日も明日もこれからも鶏の喧しい鳴き声は響く。


 ……府中の朝は、しばらく騒がしいままになりそうだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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